第6話 留守番

 月曜日になり、寿は自分の住んでるマンションを出て、呼んでいたタクシーに乗り込んだ。空港までの道のりはタクシーで30分程といった所だろうか。空港までの道中、寿はずっとイライラしてた。タクシーの運転手がうるさいからだ。とはいえ、寿は表情を崩さずにずっと黙っていると、すぐに黙ったのだが・・・。5分ほど静かになると、またベラベラと喋ってくるのだ。なかなか心の折れない運転手さんだなぁと寿は苦笑した。




 寿は空港に着き、時間も余裕があるようなので、喫茶店に入ってコーヒーを頼んだ。ゆっくりと流れる時間の中でコーヒーを飲みながら、




「今はのんびり出来てるけど、着いたら直行だろうしバタバタしそうね。どんなヤツらが待ってるのか、楽しみだわ・・・。でも、留守番があの猪本さんってのがちょっと気になるわね。人事の方で何か意図があるのかしら?」




 心配事をボソっと口走る寿は、コーヒーを飲み干し席を立った。そして時間が訪れ、寿は機上の人となった。




一方、猪本はというと・・・。




 留守番中、会社が借りてくれた店舗近くのビジネスホテルで、ついつい夜更かしをして安定の朝寝坊をカマしてしまった。あまりにヒマなので、ホテルの有料放送に手を出してしまったのが原因である。猪本は開店時間ギリギリに店に着き、慌てて開店した。その直後に部長の沢田から電話があり、




「おう。一応来てたか。言っとくが、くれぐれも間違いの無いようにな。それから掃除とかしとけよ。」




 猪本はため息をつきながら電話を切った。




「わかってるっつーの。さて、何から手を付けたらいいんかねぇ・・・。」




 店主になった経験はあるのだが、他人の店だと少々戸惑う猪本である。寿が置いていってくれてたマニュアルとにらめっこしながら、悪戦苦闘する事10分ほど。やっと端末を立ち上げた。




「ふうー。久々に触るとやり方忘れちゃうな・・・。」




 とはいえ開店したものの、お客さんが来る気配もない。猪本は何かヒマを潰せる物が無いかと、店の中を物色し始めた。雑誌やらなにやら色々あったが、とりあえず目についたコーヒーメーカーでコーヒーを淹れることにした。




 脇にあった豆を挽いて、入れてみる。




「うまいな・・・。こんないい物をアイツはいつも飲んでるのかぁ。俺も会社に掛け合ってみるかぁ。」




 これらは全て寿の私物なのだが、猪本の頭の中からは全て抜け落ちていた。コーヒーを堪能した後は流し台のシンクに置いて、洗うこともしなかったのである。




 あまりのヒマさに先日合コンで知り合った女性にLINEを送った。




(おはよー。イノッチだよぉー。夜時間ないかなー?飲みにいこーよ。)




 返事を待つ間、ボーっとテレビを見ているものの、特に気を引く番組も無く、時間だけが静かに過ぎ去っていった。




 猪本はばらくしてると昨晩夜更かしをしたせいもあり、ウトウトと舟を漕ぎだした。




 カランコローン




 お店のドアが開いた音に、猪本は慌てて飛び起きた。




「ラッシャーイ。」




 寝ぼけた目を擦りながら見てみると、そこには立派なスーツを着た年配の男が2人立っていた。1人はでっぷりと太っていてあまり見栄えも良くないが、もう一人は細マッチョな感じで執事をイメージさせるような見た目だ。ツカツカと細マッチョの方がカウンターまで歩いてきて、




「こちらでは寿命の売買をされていると、とある方から耳にしまして。我が主人の話を聞いて頂けないでしょうか?」




 そう言われ猪本が主人と呼ばれる人間の方に目を向けると、明らかに顔色が悪く死相が漂ってる顔をした人間がこちらに向かって歩いてきた。




「ワシはと不動産会社を経営してる佐々木という者だ。こちらは秘書の山崎だ。見ての通り、歳は76になる。ここ何年かはガンを患って治療をしていたのだが、とうとう先日、医者から半年の余命宣告を受けてしまった。一代で財を成したものの、寿命という物は金ではなんともならないと思っていたのだが、とある人間からここの事を聞いてな。それで来た訳だ。金で何とかなる物なら、何とかしたい。生きれるものなら生きていたいのだ。」




 猪本が佐々木の頭のてっぺんから足元まで見てみると、確かに身なりもしっかりしてていい物を着ているようだ。お金持ちというのが一目でわかる風貌である。




「で、ご用件は?」




 客など来ないとタカをくくっていた猪本は、少々不機嫌に言い放った。




「ここでは寿命の売買をしていると聞いた。ワシはお金が大好きでな。汚く稼いできた事もあった。しかし、死の間際になると惜しくてたまらんのだ。向こうまで稼いだお金を持っていける訳ではないからな。そこでだ、寿命を買いたいのだ。出来れば半永久的の生きて、ずっと稼ぎ続けたい。金さえあれば、何でもできるからな。」




 うーんと悩む猪本だったが、客だし俺の成績になるからまぁいいかと考えた。




「では身分証明書を出して、こちらの用紙に記入してください。寿命の購入は年単位となってますので、何年希望です?あとは寿命にはランクがあります。年あたり100万の寿命もあれば、10億の寿命もありますので。ご予算と年数に応じて考えてください。ではちょっと失礼して在庫見てきますね。」




 そう猪本に言われると秘書が佐々木の免許証を持っていたカバンから差し出し、猪本はそれを持って裏に引っ込んだ。




 裏に引っ込んだ猪本は佐々木の名前と生年月日を端末に打ち込み、調査部へ照会を掛けた。しばらくすると、今まで佐々木が歩んできた人生が端末に映し出された。




「ほほぉ・・・。結構な悪党だのぉ。自分が手を下す事なく脅迫恐喝、果ては殺人までやってんのか。しかもなかなか稼いでいらっしゃる・・・。あー、84日後にはガンで死ぬのか。まぁ悪党にしてはいい人生だったんじゃないのかね。それでも生きれるもんなら生きたいか・・・。まぁいっか。俺の人生じゃねぇし。」




 そして猪本は端末を操作し、在庫を確認した。




「一番下のランクが100年程度。一番上のランクが3年。まぁ10億の寿命なんぞ、誰が買うんかね?」




 一通り確認した猪本は店頭に出て行き、書類を書き終わった佐々木の前に立った。




「在庫なんすが、一番安い100万が100年。一番高い10億が3年。あと間にもいろいろありますけど、どうします?」




 猪本はコイツ金に汚いだろうから一番下のランクだろうと思い、あえて一番上と一番下のランクしか言わなかった。




「そうか、100年もあるのか。一番安いヤツでいい。金が勿体ないからな。それを全部買い取ろう。これで向こう100年は安心だな。おい。」




 佐々木は秘書に声を掛けて、車にお金を取りに行かした。ニヤニヤとしている佐々木に少しながらイラっとした猪本だったのが、これだけの案件を纏めれるとリストラ候補からも外れるかもと思い、気持ちを落ち着かせた。




 数分もしない内に秘書がジュラルミンのケースを持って店に戻って来たのだが、そのケースを猪本の目の前で開くと、札束がギッシリと詰まっていた。事もなげに猪本はそれを眺めて、フンと軽く鼻を鳴らした。




「随分と稼いでるみたいっすね。まぁそれに関してどうのこうの言える立場ではないすけど。あまり悪どい事をしてると、自分に返ってきますよ。」




「ははは。金があれば何でも出来る。金で動かん人間はおらん。寿命ですら金で買える。このまま生き続けてこの国すら買えるくらい稼いでやるわ。」




 佐々木の言い分に猪本はため息を吐いた。




(自分の人生だからそれはそれでいいんだけど、生かしとく意味あるんかな?とはいえ、俺もケツに火が点いてるからなぁ。成績上げる為にもいい顔しとくか・・・。)




「そうですねぇ。お金があれば何でも出来ますからねぇ。自分もあやかりたいものです。じゃあ100万のやつを100年でいいですか?」




「うむ、かまわん。」




「ではこちらが売買契約書です。」




 猪本は書類を差し出して、佐々木に書き込む事を促した。佐々木に至ってはこれで長生きできると思っているのか、ニヤニヤしながらさっさと書き込んでいった。そして書き終わると猪本が声を掛けた。




「何か質問は?」




「いや、特にないが・・・。100年の寿命が尽きる前にまた買い足す事は可能か?」




「その時に在庫があれば、買い足す事は可能っす。ギリギリだと在庫がない可能性もあるので、ある程度余裕を持って来て下さいね。それと注意事項がいくつかあるんで、説明させてもらうっす。」




 猪本は一拍置いて話を始めた。




「まずこの寿命は100年となります。この期間中、死ぬ事はないので安心してください。あと守秘義務に関してなんすけど、契約後すぐに発効する事になってます。もしこのお店に関する事を他言しますと、何らかのペナルティーがあり、それはそちらの秘書様にも掛かってくるわけなんで、充分気を付けてくださいね。守秘義務の範囲はこの店の中で起こった事、話した事、業務に関わる事全てに渡ってなんで、ここでの事は他言しない方がいいすね。ペナルティーはその人が一番困る事が起きるんで、まぁ言わない方が身のためっす。それとこちらを困らせようとか、そういう行為もペナルティーの対象になるっす。それを感知する為に、この指輪を付けておいて貰うようになります。その指輪を無理に外そうとしてもペナルティーになるんで、気を付けておいてくださいね。」




「わかった。ここでの事は自分の頭の片隅において、他言する事はないようにする。お前も気を付けろよ。」




 佐々木に同意を求められた秘書は軽く頷き、札束の詰まったジュラルミンのケースから、1000万の束10個を猪本の前に並べた。




 猪本はそれを見てヒュ~と口笛を吹き、その束を抱えてさっさと金庫に納めた。その様子を怪訝な表情で見ていた佐々木は、




「確認せんのか?」




「あー大丈夫っす。めんどくさいし、もし一枚でも足りなかったらお客さんの方が困るんで。さっき言いましたよね?こちらを困らせたらペナルティーがあると。それと領収書は発行出来ないんで勘弁してくださいね。」




 ヘラヘラと笑いながら話す猪本に、佐々木は秘書と顔を見合わせながら、少々困惑した表情を見せたのであった。

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