執着の証

 この男は弱者だ。剣を握る手を震わしながら敵と対峙するような軟弱者。


 この男は人間だ。父と母を謀った憎むべき種族。


 でも、打算とはいえ満足に動けない私を救ったのはこの弱者で、苦痛を受ける私を護ろうとしたのはこの人間だった。


 暖かい。この男が私に何かを期待するように、私もこの男に何かを期待したくなった。


 何より、もう独りは嫌だと思ってしまった。





 ☆





「おい、調子はどうだ」


「ああ……楽になってきた」


「そうか。……副作用が収まりつつある。あと少しすれば、お前は完全に復活するだろう」


「力が漲るのを感じるな……これならヤツとも戦えるだろう」


「……お前、正気か?ここは一度退くべきだろう」


「任務の成功は絶対だ。それに、先の赤猪の死臭にヤツは勘付いている筈だ。戦いは避けられん。安心しろ、次はあのような無様は晒さん」


「……信用して良いんだな」


「ああ」


「なら良い。それと、帰還した後だが――」


「恩は忘れん。牙に誓う」


「……獣人なりの誓いか?分かった。なら――ぐ!?お前っ、何を……!」


「っぁ。……この首元の歯形はその証だ。私はお前の恩を忘れない。だから、お前も私を忘れるな。置いて行くな。私を心と身体に――刻め」






 ☆





 ルイゼの推測は当たった。夜、完全な回復を果たし洞穴を出た先で、銀狼は月明りに照らされて待ち構えるように座っていた。


 普通では勝てない筈だった。そもそも、ルイゼは軽くあしらわれただけで重傷を負ったのだから。


 何か策でもあるのか。その俺に期待に反して、ルイゼが行ったのは極々単純な――。


「ははっ!」


 闘争だった。剣すら持たず、まさしく獣の様に地面を蹴り、木を掴み、宙を駆ける。


 二匹の獣が幾度も交差する。ルイゼの本来の戦い方とはこうなのだと、俺は悟る。


 いつしか銀狼は目に見えて疲弊し、俺にも分かる大きな隙を作り。


「死ぃ、ねっ!」


 力任せに振るわれたルイゼの拳が、その頭を地に叩き付けた。果実を潰したような音が響き、銀狼はぴくりとも動かなくなる。


「は、はは」


「……ルイゼ」


 俺にはその光景が異常に見えた。以前の実力差はなんだったのか。何がここまでルイゼを強くしたのか。


 コイツが強いのは良い。それは俺の利になる。だがこれは――。


「良い気分だ……私は、本当の強さを得たのかもしれん……」


 酒にでも酔ったかのような声色で、ルイゼは頬に付いた血を拭う。そしてその視線は俺へ。


「任務は終わった」


「……ああ、そうだな」


「ロイ」


 始めてルイゼが俺の名前を呼んだ。雲に隠れていた月明かりが差し、ルイゼを照らす。


 高揚で赤くなった頬と瞳。二つの赤。


「少し前からな、お前を見ていると……疼いてしょうがない」


 熱に浮かされたような声色。首元の噛まれた傷が何故か痛む。


 遠くから獣の遠吠えが聞こえる。それに反応し、ルイゼはいつものような硬い表情に戻った。


「いや違う。今じゃないな。――良し、帰還するぞ。私の側を離れるなよ」


「……ああ」


 前を歩き出したルイゼの背を追う。ここまでの道のりでの不機嫌そうな後ろ姿ではなく、今にも跳ねだしそうな童女のような背中。


「これで……良い筈だ」


 賭けには勝った。恐らく想定していた以上の信頼を勝ち取る事も出来た。


 これから、俺の生活は潤い始めるだろう。


「――ふふ」


 だが何故か、俺はとんでもなく厄介な――獲物を決して諦めない獣にでも目を付けられたような。


 何故か小さく笑ったルイゼの声を聞くと、そんな予感がしてならなかった。

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俺は瀕死のコイツに恩を売ることにした〜高飛車で高慢な実力派獣人女冒険者と下っ端冒険者の俺、二人きりで遭難する ジョク・カノサ @jokukanosa

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