9話 田中波留はホームレスの爺さんに託される
……思い出したくないことを思い出させてしまったか。当事者でない俺でも心が痛む。
きっところねは想像もしえない悲しみや寂しさを味わってきたに違いない。
……こういうとき、どう声をかけてあげればいいのか。皆目見当もつかない。
だけど、このまま何もしないというのは男として非常に情け無いだろう。
それに、瑠美なら利害とか損得とかそんなもの考えずに、助けてあげるに違いない。
何せ瑠美は優しくて、自慢の妹だからだ。
なら、その兄である俺も、
「そっか。悪いこと聞いちゃったな」
助けるほかにない。
まあそもそもの話、歳下の女の子には優しくしなければならないからな。
瑠美なら助けるってのは、ただの理由付けでしかない。
俺は歳下の女の子だから助けるだけだ。
とは言っても、助けるってなんだろうな。
俺がころねの家族になってあげるとかか? 違うか。
……まあ今はそれよりも大事なことがある。
何事もまずは準備から始めなければならない。
この場合、ころねとの関係をより深めることだ。
「……ころねは何かしたいことあるか?」
「したい、こと……?」
「うん、したいこと。何でもいいよ。美味しい物を食べたいとか、たくさん遊びたいとか……。本当にころねがしたいことを聞きたいな」
「えと、あの、ころねは……」
「ん? 何だ?」
どうやらその先の言葉が思い浮かばないようだ。
それもそうだろうな。いきなりこんなことを聞かれてもすぐには答えられないだろう。
とは言え、家族に捨てられてから生きるのに精一杯だっただろうから、絶対にあるはずだ。
それも一つじゃない。できなかったことがいくつもあるはずだ。
俺はそれを全て叶えてあげたい。ころねの家族の代わりに……な。
「今は無理に応えようとしなくていいよ。俺はずっとキミと一緒にいるから」
……恥ずかしっ! 俺、こんなことを言うようなキャラじゃないからな。
と、一人で顔を熱くしていると、
「――おい、そこの男! ワシらのころねに何をする気じゃっ!」
一人の爺さんがこちらに駆け寄ってきた。
おや? もしかしてこれ、俺要らない?
百パーセント善意で良くしてあげようと思ってたけど、余計なことをしていたか?
……いや、待て待て。早まるな。その考えは非常に早計だ。判断を誤るなよ、田中波留。
いつこのお爺さんがころねを裏切るかわからないぞ。俺はころねの味方になると決めたのだ。
「あっ、トーマスおじちゃんっ!」
ころねは俺の背中から降りて、得体の知れない爺さんの方へ走って行く。
……ん? もしかしてこの場合、俺の方が得体の知れない奴なのでは?
……逃げよっかな。
だってさっきのころねの声聞いた? めっちゃ嬉しそうだったし、弾んでた。
これでわかったよ。ころねは不幸だけど、不幸じゃない。きっと今の方が幸せになれる。
下手に俺が関わると不幸になりかねない。
何せ俺は事件に巻き込まれる体質だからな。だったらここは手を引いた方がいいんじゃないだろうか。
それにそもそも、俺ごときがころねを助けられるかどうかもわからないしな。
「…………」
それでも、瑠美なら……。
俺は瑠美じゃないけど、その兄だ。瑠美にできて、俺にできないことはない。
それに決めたじゃないか。
『危ない道を歩むことをいとわない』
と。
ならば、俺はころねに手を差し伸べ続けたい。
そっちの方がカッコいいし、瑠美も見直してくれるはず……!
「お兄ちゃん、頑張っちゃうぞ」
「何を頑張る気じゃ、お主は。もし、ワシらが孫のように可愛がってるころねを怖がらせることをしたら、許さんぞ」
「…………」
「なんじゃ。ワシの顔に何かついておるのか?」
「いや、何も」
「何なんじゃお主は! 人の顔をジロジロ見おったからに!」
……やかましいな、この爺さん。
人が覚悟を決めようとしているときに割り込んできやがるし。
ころねがいなかったらただでさえ薄い髪をもっと薄くしてやったところだ。
にしてもこの爺さんもホームレスか。服が小汚いを通り越してボロボロになっているからな。体もところどころ薄汚れてるように見えるし、何よりやっぱ臭いな。一回風呂入った方がいいレベル。
と言っても、それで差別する俺ではない。
この爺さん、ノリいいから面白いしな。
それにころねからも信頼されてるみたいだし、邪険に扱うこともないだろう。
だが、一つだけ言いたいことがある。
「なぁ爺さん。ころねを孫のように可愛がってるなら、何でこんな生活させてんの?」
「なんじゃ、お主はころねが可哀想とでも?」
「そりゃ可哀想だろ。何言ってんだ、爺さん」
「お主こそ何を言っておるのじゃ。さっきの笑顔を見ていたのか?」
「見てないけど」
「ならころねを可哀想呼ばわりするでない! お主はころねのことを何も知らないではないか!」
……?
何か俺と爺さん、同じことを話してるようで、話してない気がする。
だって俺が言いたいことに、笑顔がどうとか関係ない。それに笑顔を浮かべているから可哀想じゃない?
何を言ってるんだ、この爺さんは。
不幸せに感じていても、それを悟らせないように笑顔を浮かべる人はいくらでもいる。
まあころねに限ってそれは無さそうだけど、この爺さんは視野が狭いように思う。
というか、ころねのことを何も知らないのは当たり前だ。まだ会って十数分の仲だぞ、こっちは。
爺さんところねがどれだけの時間を一緒にいるかはわからないけど、わざわざマウントを取ってくるな。
だがまあ、そっちがその気なら俺も言いたいことを言ってやる。
「それなら爺さんは女の子のことを理解してるのか? ころねは女の子だぞ。その前提条件があっても、まだころねは可哀想じゃないと言い切れるか?」
「なんじゃ。何が言いたいんじゃお主は!」
そう言って、爺さんは俺に詰め寄ってくる。
どうやら本当にわからないらしいな、この爺さんは。まあ一文無しの俺に言われたくはないと思うけど、この際だから言ってやろう。
これを言えば、この爺さんも自分がいかに間違っているかがわかるはずだ。
「あのな、爺さん――」
しかし、それを許さない女の子がいた。ころねだ。
俺と爺さんが言い争っているのが嫌だったんだろうな。
だから、話に割って入ってきた。
「――ころねは幸せだよっ! ころねは可哀想なんかじゃないよっ! だから、トーマスおじちゃんとお兄ちゃんには喧嘩しないでほしいの」
これは言わずもがなころねの本心なんだろう。
でも。
「違うよ、ころね。俺と爺さんは喧嘩してるわけじゃないし、俺は別にころねを不幸せだと思ってないよ」
ころねと同じ目線に立って、優しく話しかけた。
しかし、ころねは困惑しているみたいだ。
「……え? で、でもっ、トーマスおじちゃんと喧嘩してたよ?」
「あれはお互いにころねのことを大事に想ってのことだ。それにね、俺が言いたいのはキミが思ってるような可哀想とかじゃないんだ」
「お兄ちゃん……?」
やっぱりまだ俺が何を言っているのかわからないらしい。眉根を下げて、困っているのが見て取れる。
だから俺はころねの手を取って、本当に言いたかったことを口にした。
「これは女の子なら思って当然のことなんだけど……もっと可愛い服を着よう。ころねは可愛いんだから、そっちの方がもっと可愛くなれるよ」
次に俺は爺さんの方に向き直り、
「そうだろ、爺さん」
と、同意を求めた。
すると、
「そうじゃな! そうに決まっておる! なんじゃお主もわかっておるではないか! ころねは可愛いからのぉ!」
と、想像以上の共感を得られた。
しかし、それと同時に。
「ワシと分かち合えたお主なら、ころねを任せられる。ワシはもう長くはないからの……」
悲しいことを告げられた。
【休止中】楽に生きたいだけなのに異世界召喚された俺、【1000円ガチャ】で量産したガラクタを売って悠々自適なスローライフを送りたい。ついでに俺を馬鹿にしてきた奴らにざまぁするため最強になって成り上がる 霜月琥珀 @sk11_19nv3001
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