8話 田中波留は捨てられ少女と出会う

「それじゃあ俺、冒険者ギルドに行ってくる」

「一人で行ける? あたし、一緒に行こうか?」

「馬鹿にしてんのか。地図だって貰ったし、一人で行けるっての」

「わかった。なら行ってらっしゃい。気をつけてね」

「……あぁ、行ってくる」


 そう言って、玄関から孤児院を出た。


 あぁ……今日もいい天気だな、異世界。

 俺の心は曇天模様なのに。


「……はぁ」


 また溜め息を吐いてしまった。昨日から分刻みで溜め息を吐いてるような気がする。

 それもこれも、全部あの鼻毛カッターのせいだ。あの鼻毛カッターのせいで、俺は……っ。


 考えただけでもまた溜め息が出てしまいそうになる。


 結果は何となく想像ついてたけど、あのときの俺は今まで以上に興奮していたからな。

 たとえ予想通りだったとしても、一気に現実を突きつけられるのはよろしくなかった。


 そう、精神衛生上な……。


 やっぱり異世界に来たからには魔法を使ってみたかったし、俺TUEEEしたかった。


 でも俺にはそれができない。弱いから。


 あのときは魔力があるだけでよかったと思ってたけど、結局はそうやって思い込みたかっただけなんだな、きっと。


 魔力3で一体、何ができるというのか。

 これから何もしなくても事件に巻き込まれていくというのに……。


 前途多難だなぁ……。


 とは言え、何もしなかったら今のまま。

 それに愛しの瑠美に誓ったばかりだ。


『危ない道を歩むのもいとわない』


 ……と。


 だから俺はどんな困難が待ち受けていたとしても、絶対に乗り越えられるように力をつけていく必要がある。


 そのために俺は冒険者ギルドに向かうことにしたのだ。

 冒険者ギルドには戦闘のエキスパートがいるだろうし、何よりお金を稼ぐことができる。


 お金があれば、多少は低ステータスを補えるようになるはずだ。


 それに。


「いや、今はまだ後回しだな。博打要素も大きいし、しばらくは堅実に行った方がいい」


 自分を落ち着けて、レギーナに描いてもらった地図を頼りに冒険者ギルドに向かう。


「それにしても、異世界って本当に日本とはまるで違うよなぁ」


 街を歩きながら、それを確認する。


 と言っても俺には教養がなく、それを日本と比較し言語化するのは難しい。


 よく異世界は中世ヨーロッパ風の世界観だとライトノベルでは言われてるけど、俺は中世ヨーロッパがどういったものかわからない。


 だから中世ヨーロッパと言われれば、そうなんだと思うほかにないのだが。

 そんな俺にでも言えることがあるとすれば、家の壁にはカラフルな石が使われていて、馴染みがない。


 多分、これはレンガとは別物だと思う。

 レンガと言えばオレンジ色のイメージがあるけど、ここで使われてるのは緑とか水色とか……その他色々。


 とにかくカラフルな家が立ち並んでいて、本当に見慣れてない景色だ。

 ちなみに地面は白っぽい石が敷き詰められている。どうでもいいだろうけどな。


 後は以外にも人が多い。普通に獣人も歩いてて、異世界ならではの景色も広がってる。

 服装はよくわからない。そこら辺の知識も全くないから、何とも言えないのだ。


 でも、そうだな。男女ともにシンプルで、動きやすそうな衣服を着ているな。

 これなら俺でも着れるかもしれない。

 てっきり動きにくくて派手な服装が多いと思ってたよ。


 もしかしたらそういった服装は、お金持ちの貴族が着ているのかもしれないな。


 そう思いながら冒険者ギルドへの道を進む。


「…………」


 どうやら地図を見る限り、次は角を右に曲がるみたいだな。


 そしてその曲がり角に差し迫ったとき、


「ん?」


 何かが俺の下半身にぶつかってきた。


 たまにあるよね、角を曲がろうとしたら人とぶつかりそうになるとき。

 まあ今回はそのままぶつかったけどな。

 でもよかった。もし俺が走ってたら危ないことになっていたかもしれないからな。


 そう、思っていたのが馬鹿だった。


 ――バタッ。


 ……明らかに人が倒れる音がした。


 やっべ。マジやっべ。


 俺、瑠美から言われてんだ。自分より小さな子には優しくしろって。

 だと言うのに俺は約束を破ってしまった。


 あぁ……妹よ。馬鹿な兄を許してくれ……。


 と、ここにはいない妹に願いながら、俺は後ろに倒れてしまった女の子に声をかける。


「大丈夫? 怪我はないか?」

「…………」


 しかし、女の子から返事はない。

 それどころか体を縮こまらせて、怯えているように見える。それも異常なまでに。

 どんな生き方をしてくれば、強面でもない俺に対してここまで恐怖を抱けるのか。


 ……まあ何となく服装を見ればわかる。


 何せ、女の子が着ている服はもはや衣服とは呼べず、ボロ布を纏っているに近しい。

 それに体も薄汚れていて、何日もお風呂に入っていないのが見て取れた。


 ゆえに俺はこの子を捨て子だと判断した。


 きっと親に見放された際に、想像し得ないことが女の子の身に起きてしまい、ここまで人に対して怯えるようになったんだろう。


 それか後は……女の子が獣人だからか。

 勿論これは憶測だけど、この世界での獣人は、立場が低いのかもしれない。

 もしそうだとしたら、不当な扱いを受けてきた可能性もある。


 ……ちなみに女の子が獣人だというのは、今さっき気づいた。

 初めはロクに頭も洗えないせいで髪が絡まって、大きなまとまりを作っているだけかと思ったが、それは立派な犬耳だった。


 よく見れば腰辺りに犬の尻尾のような物も付いている。

 が、今さら驚きはしない。エルフがいるんなら、獣人がいたって何らおかしくはない。


 まあ何にせよ、女の子は酷い目に遭ったのは確かだろう。


 だから俺は無駄に怖がらせてしまったことに対して、謝らなければならない。

 

 そう思った俺は、


「ごめんな、怖がらせて。でも俺は何もしないから、安心しろ。な?」


 そうなるべく優しい声で言って、安心させようと女の子の頭に手を置こうとした。


 その瞬間、


「――や、やめてくださいっ!」


 俺の手は叩き落とされてしまった。


 が、また次の瞬間には打って変わった様子で、


「ち、違いますっ。ごめんなさい……っ。許してください。お願いします……っ」


 なぜか謝ってきた。


 今にも泣き出しそうだし、俺が悪いことをしたみたいな感じになってる。

 幸い、辺りに人はいない。通報されるなんてことはないだろう。


 けど、この子どうしよう。

 何かこのまま放っとくのは違う気がする。

 それは瑠美との約束があるからじゃなくて、単純にそう思ったのだ。


 とは言え、今の俺は怖がられている。

 多分、怒られると思ってるんだろうな。


 なら、俺ができることと言ったら、


「大丈夫」

「ぇ……?」


 抱きしめてあげる以外にはない。


 これがやっぱり一番安心するのだ。

 人の体温って馬鹿にならなくて、この世で一番安心できるものだと思う。


 ……初めからそう思っていたわけじゃない。


 あれは……そう、まだ俺が小さかったときのこと。

 あるとき、俺は皿を何枚も落として割ったことがある。勿論、俺は泣いた。


 それは別に怪我をしたからとかじゃなくて、母さんに怒られると思ったからだ。

 でも駆けつけた母さんは俺を怒ることはしなかった。『怪我はない?』って優しい声で心配して、抱きしめてくれたのだ。


 そのときのことを俺はとてもよく覚えている。


 それからはよく、泣いている瑠美を抱きしめてあげたっけ? 

 瑠美は泣き虫だったからな、昔は。

 今は俺を泣かそうとするぐらい強くなったけどな。


「ぁ、あの……?」

「ん?」

「怒らないんですか……?」

「キミは悪いことをしたって思ってるのか?」

「ぅ、うん……」


 うーわっ。重症だよ。


 そもそもよそ見をしていた俺に原因があるわけだし、それにまだ子どもだ。

 どれだけ相手に非があろうと怒る気にはならないな。そもそもの話、俺あまり怒らないし。


 もし俺がよく怒る人だったら、一日一回は怒ることになってしまう。

 それぐらい瑠美は俺の扱いが雑い。多分、瑠美の中での俺は虫以下だろうな。


「まぁそんなことより、怪我はないか?」

「うん、ないよ」

「なら、いいんだ。でも、もしかしたら足がこれから痛くなっちゃうかもしれないから、家までおんぶしてあげるよ」

「……う、ううん、平気。平気だから、もう……コロネに優しくしないで?」


 そう菓子パンみたいな名前を名乗った女の子は俺を拒絶した。……が、余計に放っておかなくなってしまった。

 優しくしないでと言っておきながら、抱きしめるのをやめると少し寂しそうにする。


 そんな子を放っておいてあげるほど、俺は薄情じゃない。


「いーや。俺はキミを優しくするし、家にも連れて行く」


 そう言って、俺は無理矢理コロネをおんぶした。

 が、コロネはジタバタと暴れて拒絶する。

 というより、拒絶するほかになかったんだろうな。


「コロネは捨てられたの……っ。だから家に帰っても誰も……」

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