第286話 後日談

「何度か顔を合わせてはいるけど、大丈夫かな?」

四葉が大学を卒業して1年程経った土曜日、四葉と昼食を食べながら、この後控えているイベントの心配を僕は口にする。


「大丈夫よ……多分」

最後の言葉で心配が増す。


「初めて四葉の家に行った時は、今にも殴りかかってきそうなくらいに不機嫌そうな顔を向けられたからなぁ」


「娘が彼氏を連れてきたら複雑な気持ちになるのは普通じゃないかな」


「僕の親に四葉を紹介した時は手放しで喜んでいたけどね……。息子と娘の違いかな」

引きこもっていた事もあって、彼女を連れてくるなんてイベントはないと思われていたのだろうな。


「今日、悠人君を連れていくって言ってあるから、お父さんも覚悟はしていると思う。お母さんは応援してくれているから心配ないけど、やっぱり働いていないっていうのは引っ掛かっているみたい。働く必要がないくらいにお金を持ってるとは伝えてあるんだけど……」


「実際には色々と働いているんだけど、ほとんどあっちの世界のことだから、四葉の両親には無職に見えるのは仕方ないね。お金があっても四葉は働いているわけだし、印象が良くないのは理解しているよ」


「一応こっちでも少しだけ稼いではいるよね?」


「ゲーム実況のこと?」


「うん」


「あれは頼まれてたまに一緒にやっているだけで、僕がチャンネルを開いてやってるわけじゃないからね。職業として名乗るなら、もう少し腰を据えてやらないといけないかな」

僕がFPSでチートを使用して日本代表になったと濡れ衣を着せられた後、あんころさん経由でクロノスさんから連絡がきた。

クロノスさんがフレンドにクオンの行方を知らないか聞いて回っており、あんころさんから教えてもいいか確認された。

FPSの大会にはクオンという名前で参加していたので、以前一緒にプレイしていたクオンが噂のクオンなら動画に出てくれないかという話だ。


チートを本当に使用していたのか、動画の企画としてクロノスさんとFPSで対戦することになり、その後もゲストとしてたまに呼ばれ、良くも悪くも反響は多いようで、出演料として少なくないお金は頂いている。


「それじゃあ、どうしても職業は無職になっちゃうんだね」


「何か職業を名乗ることで安心するなら、星宮さんのところで雇われてもいいけどね。事務員として雇われることになるだけで、やることは変わらないだろうし」


「そこまでしなくても大丈夫だと思うけど、どうしても心配するようならお願い。そうなったら私からも星宮さんに頼んでおくね」


「四葉の方の仕事はどうなの?子供の相手は大変じゃない?」

立花さんは保育士として近くの保育園で子供の面倒をみている。


「大変なのは子供の相手というよりは、保護者の対応かな。外で元気に遊んでもらうとどうしても転んで怪我をする子も出てくるの。もちろん怪我をしないように目を光らせてはいるんだけど、それをどんな監督しているんだ!って保護者の方に怒られちゃうと、その子を外で遊ばせることが難しくなるから」

子供が好きで保育士になったけど、大人相手で苦労しているようだ。


「モンスターペアレントってやつだね」


「そこまで言うつもりはないよ。ただ、他の子が自由に遊んでいるのに、その子だけ制限されているのは可哀想だなって思うだけ」


「無理はしないでね」


「うん、ありがとう。お父さんも痺れを切らしているかもしれないから、そろそろ行こうか」


「そうだね」



「ただいま」


「悠人君、いらっしゃい」

四葉の家に入ると、四葉のお母さんに出迎えられる。


「お邪魔します」


「お父さんは?」


「朝からずっとそわそわしてるわ」


「そわそわしてるって、何の話をするか話してないの?」


「お母さんには話してあるけど、お父さんには大事な話があるから悠人君を連れてくるとしか言ってないの」


「勘違いしてるんじゃない?」


「勘違いさせてるのよ。その方が許してくれそうだからね」

娘さんをくださいと言われると思って朝から待っているのか。悪いことをしてるな。


「玄関で長話もあれだから入って」


「はい。あ、これどうぞ」

買っておいた手土産を渡して、四葉のお父さんが待つリビングに入る。


「遠慮せずに座りたまえ」

笑ってはいるけど、頬がぴくぴくしているので、無理に作った笑顔だとわかる。

ただ、笑顔で迎えようとはしてくれているようだ。


「お言葉に甘えて」

お父さんの対面の椅子に座り、四葉は僕の隣に、お母さんはお父さんの隣に座る。


「私は娘がこの人だと決めたなら、どんな相手だろうと反対はしないつもりでいた」

お父さんが真剣な顔をして話し始める。

待っている間、何を話すか決めていたのだろう。


「少し誤解があるようなんですが……」


「まずは最後まで話を聞きたまえ」


「……はい」

明らかに誤解をしているので、まずは誤解を解きたいわけだけど、言われた通りまずは話を聞くことにする。

なるようになるだろう。


「反対しないつもりではいたが、娘を幸せに出来る者でなければならない。君は働いていないそうだね。お金は持っているようだが、無職というだけで周りからの目も厳しくなる。親として安心出来ないという気持ちはわかってもらえるだろうか?」


「自分も親にならないと本当の意味で理解は出来ないと思いますが、わかりたいとは思います」


「何か仕事をしない理由でもあるのなら教えてくれるかな?」


「働かなくても遊んで暮らせるだけのお金があるからです。必要のないお金を稼ぐ為に時間を使うよりも、やりたいことをやる為に時間を使った方が有意義だと思ってます。ただ、周りからの目が気になるという話であれば、高校生の時のクラスメイトの手伝いをしているので、今はボランティアとしてお金を受け取っていませんが、雇って貰えるように頼むことは出来ます」


「ボランティアはしているのかい?」

強張っていた顔が少し緩んだ気がする。

これならとりあえずは星宮さんに雇ってもらわなくてもいいだろう。


「カウンセラーをしている友人の手伝いをしているくらいです。それでですね、今日訪ねた用件なんですが」

少しだけ印象が良くなったタイミングで本題に入らせてもらう。


……ごくっ

お父さんが息をのむ。


「四葉さんとは中学を卒業した頃からお付き合いさせていただいていまして、四葉さんの将来のことを真剣に考えた結果、同棲して一緒に生活しようということになりました。今日はそれを許して頂こうと思って話をしに来ました」


「……同棲?」


「はい。僕は自分ができた人間ではないと自覚しています。中学の時は部屋に引きこもり学校には行っていませんでしたし、高校卒業してからはずっと無職です。そんな僕に四葉さんが好意を持ち続けてくれていることは素直に嬉しく思っていますが、同棲して僕がどんな人間なのか改めて見てもらいたいと思ってます」

昔に比べてゲーム漬けでも無くなって、四葉と向き合う時間は増えた。

四葉のことは大切な存在だと思う。

ただ、それが結婚して一緒になりたいかということなのかが未だにわからない。

大事な青春時代をゲームに捧げた影響なのかもしれないけど、それを確認する為の同棲だ。


その気がないならいつまでも四葉の時間を奪い続けるわけにもいかないので、身を固めるのか別れるのか決めるつもりでいる。


「……一緒に暮らせば良いところも悪いところも見えるだろう。良い機会になるかもしれないな」


「いいの?」


「ただし、その時の感情で間違いは起こさないように。もし嫌になったらいつでも帰ってきなさい」

これが勘違いをさせてハードルを下げた影響だろうか。

すんなりと話が通ってしまった。


「うん、ありがとう」


「それじゃあ家族の許可も貰えたところで、部屋を探しに行こうか」

四葉の家に来て早々、同棲の許可を得たところでお暇して、四葉と外に出る。


「無事に許しがもらえてよかったね」


「うん、悠人くんが真っ直ぐに言ってくれたからお父さんもわかってくれたんだと思う」

さっき言ったのは本心で、嘘を言ったわけではないけど、四葉に僕が好きだとも、愛しているとも、好意の言葉を言ったこともない。

それについて四葉がどう思っているのか聞けていないのでわからない。


「僕達も結婚していてもおかしくない年齢ではあるから、本当に僕でいいのか真剣に冷静に考えてね」


「悠人君のことはもう十分わかっているつもりだから、気持ちは変わらないと思うけどね。部屋探しだけど、どういった部屋がいいとか何か考えてる?」

四葉が僕からのプロポーズを待っているのは分かっている。

分かっているからこそ、その判断を先送りする為の同棲でもある。


「ネット環境が整っていれば僕はどこでも……あ!!」

大事なことを思い出して僕は声を上げる。


「どうしたの?」

四葉が心配そうに聞く。


「時間限定のイベントがあるのを忘れてたよ。急げばまだ間に合いそう。……悪いけど部屋探しはまた今度にしてもらっていいかな?」


「いいよ。また連絡して」

呆れた顔で許しをくれた四葉と別れ、僕は自宅に帰り仮想空間へと向かった。




あとがき


最後までご愛読いただきありがとうございます。

頭のネジが1本外れていそうな主人公による異世界冒険譚ですが、楽しんでいただけましたでしょうか?


死ねば帰れる世界でクラスメイトを元の世界に帰すために殺人鬼となる。

ありそうな話ではありますが、正義の為に悪役を演じるのではなく、自分が楽しむ為のついでとして殺人鬼となる道を選ぶというのは、クオンというキャラを作るのに良い味を出したと自画自賛しています。


ただ、ヒロインであるヨツバがあまり読者に刺さらなかったのが残念で、私の力不足なところですね。

物語のスパイスとしても、クオンを更生させる役目としても大事なキャラなのですが、有能にすると一緒にいる意味が薄まり、クオンの足を引っ張ると読者には嫌われる……難しいです。


クオンが神になった後の話も書くか迷いましたが、盛り上がりにかけるのでこれで終わりとさせていただきました。


今作はこれで終わりとなりますが、よろしければ作者のフォローをしていただき、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

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クラス転移したひきこもり、僕だけシステムがゲームと同じなんですが・・・ログアウトしたら地球に帰れるみたいです こたろう文庫 @kotarobunko719

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