ACT.4

 ポーションの配送という初依頼を終えた二人は、ナターシャに先駆けて郊外の森の中でキャンプを張っていた。千晶が使い慣れたキャンプ道具を召喚し、夏美と協力して設営をしていく。


「緩めで組むね。焚き火で料理しないでしょ?」

 円盤型の焚き火台に、近くに落ちていた枝や薪を円錐状に組んでいた夏美が言う。


「うん、中火でいいよ」

 千晶はフォレスターの屋根に載せられたエレベータ型__テント本体が上に開くタイプのルーフテントを展開させる。入り口のファスナーを開け、テント内に収められたラダーを取り出し、ルーフシェルの金具にラダーを掛けた。


「火つけるね」

 夏美が近くから拾ってきた卵型の実、いわゆる松ぼっくりに似た球果と着火剤に火を付ける。微風が吹く中で着いた火は少しずつ小枝に拡がっていき、よく乾いた薪に燃え移った。


「この瞬間好きだなぁ」

 風上に置いたローチェアで、薪バサミ片手に火が拡がるのを見守っていた夏美が呟く。


「ほら、カフェラテ」

 シングルバーナーで沸かしたお湯で淹れたカフェラテを夏美に手渡し、千晶もローチェアに腰を降ろした。


「ありがと」

 薪バサミを足元に置き、カフェラテの入ったチタンマグに口を付ける夏美と焚き火を見てリラックスする千晶。


「もう少ししたら軽く何か作ろ」

 

「そうだな」

 二人は結局、マグカップの中身が無くなるまで炎を眺めていた。



 換気のために網戸にしていた窓から差し込んで来た朝日で千晶は眼を覚ます。背を向けて寝ている夏美を起こさない様に静かにテントから降りた。


 凝り固まった身体をほぐすと、車のバックドアを開けて中に片付けていたテーブルやチェアを取り出し設営する。辺りに響く鳥のさえずりをBGMにしながら千晶は水の入ったウォータージャグを召喚し、傍にタオルを置いて顔を洗い始めた。


「水とか魔法で出せんのかな」

 ふと、千晶はそぼ濡れた手のひらに意識を集中させる。王立魔導学園の執務室でジャックが話していたマナと呼ばれる魔法を使う上で欠かせない力。異能と同じように頭の中でマナを意識した。


「集める、集める、集める」

 地面に散らばった物を掻き集めるように、マナを手のひらに集めていく。微かに輝き出してきた手のひらを見ながら水を構成する原子を思い浮かべた。大気中に存在する水素と酸素からなる化合物である水をイメージすると、手のひらの上にソフトボール程の水の玉が現れる。


「うぉ……」

 自分の手のひらに現れた水に驚き、千晶は集中を切らしてしまった。静止していた水の玉が弾け、無数の露となって草の上に降り注ぐ。


「声に出せばもっと早くいけるか?」

 再び手のひらを出し、マナを集めるのと同時に水と声に出した。が、集中不足なのか現れた球体は先程の半分くらいの大きさで激しく揺動している。


「こんなの戦闘中に使えるのかよ……」

 少なくとも銃の方が直感的に扱えると考えながら千晶は、植物に水をやるイメージで水玉の形を変え、シャワーの様に水を地面に流した。


「あ、でも応用は効くな。ってことは、もっと素早くマナを集められるようになれば使えるかも」

 水を流し終えた千晶はタオルで手を拭うと、テーブルの上にシングルバーナーをセットし小さいフライパンで二人分の朝食を作り始めた。暫くしてベーコンが焼ける音で眼を覚ました夏美がルーフテントからゆっくりと降りてくる。


「おはよう。もう少しで朝飯出来るから顔洗ってきなよ」

 

「おはよ、ん」

 アメニティを入れた小さいポーチを片手にした夏美が朝の準備を始める。千晶はその間、二人分の朝食を完成させ、朝露に濡れる森をゆったりと眺めながら、先程行っていた魔法について考えていた。


「お待たせ」

 

「ん。あぁ、ありがとう」

 目の前に置かれたマグカップで千晶の意識が引き戻される。夏美は自分の分のカフェオレと千晶が飲むコーヒーをいつものように淹れていた。


「考え事してたでしょ?」


「魔法についてちょっとな」

 カフェオレを一口飲み、目の前にあるカンパーニュサンドを頬張る夏美。ハム、チーズ、レタスとマスタードが加えられたサンドイッチにベーコンエッグ。二人で行くキャンプの朝食はいつもこれで済ましていた。あまり手間が掛からず、撤収など何かと忙しい朝にはもってこいなのである。


「一週間で覚えられるかな……」

 

「基礎さえ身に付けられればあとは繰り返しやればいけるさ。この世界に来る前もそうやってきたんだからさ」

 夏美が淹れたコーヒーを口に運びながら千晶は言う。小中高、専門といつでも学びの始まりは基礎からであった。例を挙げるとすれば、千晶の専門は自動車整備であり、そこで一番最初に学ぶ事は基礎の基礎であるエンジンの構造だ。構造を学ぶと次は実際にエンジンを分解し、部品を教科書と照らし合わせて覚える。基礎が理解できれば、後は整備、整備の繰り返しで技術を自分の得物にしていくのだ。


「そうだね……頑張ろ」

 

「この一週間で出来るとこまで行こう」

 二人はマグカップを軽く当てて意気込むのであった。



 千晶と夏美はナターシャに連れられ森の最奥部で一週間にわたる修行を始めていた。まずは大気中に存在するマナを集め具現化させる事が最初の課題である。二人の手のひらにはゴルフボール程のマナがふわりと集まり、そこからどんどんと大きくなっていった。


「ここまで出来たらまずまずだね」

 ナターシャが見本として出したのはバスケットボールより少し程大きい球体であった。二人は驚いてマナの塊の揺動が激しくなるが、何とか集中力を保ち見本のサイズまで拡大して見せる。


「初めてでこのサイズを維持出来るとは……教え甲斐があるね。よし、二人とも身体強化と唱えな」

 

『身体強化』

 二人は揃って詠唱する。それぞれの手のひらにあったマナが、それぞれの身体の中にスルッと入っていった。


「ッ……」

 

「何これ……」

 身体強化の魔法によって体のあちこちが変化するのを感じ取った二人。ナターシャはそんな二人に木の上までジャンプしてみなと言う。トランポリンから跳ねるような感覚で夏美が飛び上がった。千晶は木の上で楽しそうに笑う夏美を見てから軽く地面を蹴り上げ、飛び上がると太めの枝に綺麗に着地する。


「忍者になった気分だね」


「ほんと、漫画みたいだ」

 少しの間、木の上を移動し続ける二人を見ながらナターシャが呟く。


「ジャンプしろって言っただけなのに、エルフみたいな動き方するなんてね……」

 基礎の基礎しか教えていない弟子二人が、枝の上を縦横無尽に動き回る様に呆れながら、攻撃魔法も軽くこなしてくれるのでないかという期待を抱くナターシャ。二人はナターシャの下に戻ると、身体強化魔法について説明を受ける。


「身体強化をかけている間は、自身の体の動きが普段とは違う事に気づいただろう? 後他に気づいたことがあるかね?」


「聴覚が良くなった気がします。森の至る所から動物の鳴き声がしました。昨日の夜は全然聴こえなかったのに」

 ナターシャの問いに夏美が答える。夏美は無意識に聴覚も強化させていたようだ。


「ふむ、動物達が何処にいるかまでは分からなかったのかい?」


「流石にそこまでは……」


「千晶の方はどうだい?」

 今度は千晶に問う。


「動体視力が上がってたことですかね……木の上を縦横無尽に走る夏美に目がついて行ったんですよ」

 普通なら絶対に目が追いつかないのに、と付け加える千晶。


「夏美は身体強化中に聴覚強化の魔法をかけたようじゃな。だが、基本的に聴覚強化は探知魔法と一緒に使う物じゃからそっちも教えようかね」

 切り株に腰掛けたナターシャは夏美に冒険者として欠かせない魔法を教えることを決めた。探知魔法を使えることが出来れば、対人戦やダンジョン、夜戦等を有利に進めることができるのである。


 その後は、日が暮れてからも二人は身体強化魔法を自分の物にすべく鍛錬を続けた。千晶は身体強化による徒手格闘を学び、夏美は身体強化で出来るサポート系魔法に重きを置いてトレーニングし、一通りの技術のコツを掴んだ。


「はぁ……疲れた……」

 LEDランタンが輝くテントの中でインフレーターマットの上に寝転がる千晶が息を吐く。朝から続いた魔法訓練の一日目が終わり、やっと休息の時間が訪れたのであった。


「先寝てていいよ、まとめるの終わってないから」

 千晶の隣で夏美はノートに今日教わった魔法の発動方法、マナの維持の仕方等を書き記している。既に夏美の頭の中では、自身の異能を使わずに魔法を主にして冒険者をしていくと決めていたのであった。


「ん……分かった。おやすみ」

 

「おやすみ、千晶」

 千晶が意識を手放してからも夏美はペンを走らせ、自分だけの教科書作りを進めていった。


 翌日は、朝から二人とも攻撃魔法の習得であった。千晶は火と土の魔法、夏美は水と風の魔法を主に教わっていく。これはナターシャが二人の適正を鑑み、それぞれが互いの弱点をカバーしあえるように考慮した為であった。


「アースウォール」

 詠唱を行った千晶の前方、三メートル程の場所に土壁が出現する。千晶の持つマナによって生成された壁は、夏美が放つ魔法の的の役割も持っていた。


「ウォータースピア!!」

 スピアの様に先端が尖る水の奔流が幾重も土壁に向かって放たれた。ウォータースピアが直撃した箇所は水圧によって穴が穿たれる。


「さっきよりも威力高くないか?」

 自身が発動させたアースウォールに穿たれた穴を見ながら、千晶が夏美に問いかけた。


「スピアの数を増やすのと一緒に、マナの量を増やして威力を上げてみたんだ」

 威力調整を器用にこなした夏美が笑みを浮かべながら答える。


「次は千晶の番だよ」

 今度は夏美が水壁と風壁を生み出した。分厚い水壁と可視化された風が盾となって千晶の前に出現する。


「二段構えとかズルくないか?」 


「使えるものは使わなきゃ」

 千晶の言葉に夏美は薄ら微笑んだ。


「イグニッション」

 人差し指を風壁に向けた千晶が詠唱し、指から火がほとばしった。放たれた火炎は伝播するように巨大になっていき、あっという間に風壁に到達してしまう。


「ほぉ……」

 ナターシャが感心したように声を上げる。その間にも炎は、風壁の酸素を喰らいながら巨大化し風壁を無かったものにしてしまった。


「うわぁ……それはないわ……」

 千晶の魔法に夏美が呆れた声を出す。せっかく出した二段構えの障壁の一段目が強引に喰い破られ、二段目の水壁も炎を受け爆発を起こしてしまったのである。


「結界を張っていて正解だったのぅ」

 爆発に耐える為、障壁を千晶達にかけていたナターシャが二人を見ながら告げた。


「こんなに魔法を発動させてマナ切れを起こさないのは素直に褒めてやろうかね。にしても、たった二日でここまでいけると思わなんだ」

 地面に刻まれた訓練の跡を横目に、二人を褒めるナターシャ。単純にここまでいけるとは思いもしていなかったのである。


「ナターシャさんのおかげですよ。自分達だけだったらこんなに早く魔法を覚えることはできませんでした。本当に感謝しています」

 夏美の言葉に千晶がうんうんと頷いた。


「なら、明日からもビシバシいかせてもらうとするかね」

 不敵な笑みを浮かべたナターシャに千晶と夏美は揃って身震いを起こし、明日以降も気を引き締めて取り組もうと思ったのであった。

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異世界召喚されたけど勇者に興味はありません。 セメント暮し @shigushigu233

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