ACT.3

 冒険者御用達の安宿のダブルベッドの上で千晶は目を覚ました。隣に横たわる夏美の程良い大きさの胸に挟まれている格好ではあったが、それをするりと抜け出す。


「さて、とりあえず必要な物一式で召喚してみるか」

 寝起きの頭を覚醒させるには丁度良い、と千晶は頭の中で必要な物をリストアップしていき最後に召喚と告げた。ダブルベッドからゆっくりと腰を上げ、目の前の床に現れた物を一つずつ確認していく。


「腕時計、シャツにパンツ、下着、シューズ、プレートキャリア、ストール……」

 千晶が召喚したのは自身が趣味としているサバイバルゲームで使用している装備であった。黒系のMC Blackと言われるマルチカム迷彩で揃えたコンバットシャツとパンツに、吸汗性に優れたアフガンストールで首や頭部を保護する。この格好が千晶の中で一番のお気に入りなのである。


「こんなもんかな」

 召喚した中にはもちろん実銃も含まれていた。千晶がサバイバルゲームで相棒としているHK416と呼ばれるアサルトライフルとハンドガンであるグロック17。どちらもある程度のカスタムが行われ、弾倉には実弾が装填されていた。


「……夏美を守る為、程のいい言い訳だよな」

 カーテンが引かれた薄暗い部屋の中で四キロ近い重さをその身に感じつつ、千晶は俯き加減で呟く。


「でも、ここは日本じゃない。命懸けで生きないと」

 千晶は顔を上げる。いつの間にかカーテンからは柔らかな朝日が入り込んできていた。銃を壁に立てかけ戦闘服を着込む。コンバットシャツの袖を捲り、同じく黒系のトレッキングシューズの細い紐を締め上げた。


「ねぇ、千晶。私も頑張るけど、何かあったら守り抜いてくれる?」

 いつの間にか目を覚ましていた夏美が千晶に問いかける。千晶はギョッとベッドの方に体を振り向けた。


「起きてたのかよ……」


「ほんの少し前にね。で、さっきの答えを聞かせてよ」

 はにかみながら夏美は言う。


「守り抜くよ。何があっても……」

 ベッドの前で膝をついた千晶とそれを見つめる夏美。二人の視線が交わり、すっと顔を近づける。そして、互いの唇がゆっくりと触れ合った。



「こんなもんか」

 夏美に頼まれた物を一通り召喚し終えた千晶が床に腰を下ろす。軽く化粧をしていた夏美は、召喚された服を身につけていく。


「俺みたく長いパンツじゃなくていいのか?」


「動きやすいのは見てて分かるんだけどさ、私はレギンスとショーパンの方がいいんだよね」

 千晶と同じトレッキングシューズの紐を括りながら夏美が言った。ショートパンツからでる色白の脚はスポーツレギンスの濃色できっちりとガードされている。


「ホルスターつけるから正面向いて」

 立ち上がって正面を向いた夏美の腰に通されたベルトにホルスターを取り付けた。千晶が装備している物と同じグロック製ハンドガン専用のホルスターである。


「これつけるってことは私も持たなきゃいけないよね……」

 半袖の上から無地のパーカーを羽織り、ウエストポーチに物を仕舞い込んだ夏美が神妙な面持ちで言う。


「最低限これだけは渡しておくよ」

 夏美にハンドガンを手渡す。千晶の持つハンドガンよりコンパクトなグロック19の薬室には初弾が装填されているが、セイフティと呼ばれる安全装置が何重にも渡ってきちんと作動している。その為、トリガーに触るだけでは銃弾は発射されないようになっていた。


「トリガーに指かけるなよ。弾が装填されてるからさ」

 

「後でちゃんと撃ち方教えてね」

 ハンドガンを受け取った夏美は千晶に言われた通り、トリガーに指をかけずに右腰のホルスターへ銃を取り付けた。ごく一般的なホルスターの様にハンドガンを入れるタイプではない為、トリガーガードの周辺を固定するだけである。


「わかったよ。じゃあギルドに行くか」

 

「うん」

 ショートボブにキャップを被る夏美とアフガンストールを首に巻いた千晶は、チェックアウトの手続きを行い、冒険者ギルドへ赴く為部屋を後にした。


 

 宿から十分程歩いた所にある冒険者ギルドに着くと、前日に手続きをしてもらったシンディのカウンターへと足を運ぶ。


「あら、二人ともおはよう。講習会の部屋は二階上がってすぐの部屋よ。居眠りすると再講習になるから気をつけてね」

 依頼書の紙束をカウンターに置きながらシンディが言う。


「シンディさんおはよう。千晶寝ないでよ」

 

「……寝ない様に頑張る」

 夏美に脇腹を小突かれ、千晶が目を逸らした。ふと、シンディが二人の格好を周りにいた冒険者と見比べる。


「それにしても、二人とも変わった格好してるわね。戦闘には向いてなさそうだけれど大丈夫?」

 初心者である千晶達の服装に、シンディは心配そうな表情を浮かべた。周りの冒険者達に比べて体を保護する金属製のメイルや革鎧といった防具を付けない千晶達の格好に、入って来た時からギルドの受付嬢達や他の冒険者達から注目を集めていたのである。


「この装備でも、至近から中距離くらいまでカバーが効きますからご心配なく」

 千晶の持つ武装は、中距離戦を担うアサルトライフルと近距離や室内戦で威力を発揮するハンドガン、そして近接戦闘やサバイバルの際に役立つナイフの三種類だけだが、剣や槍、魔法といった武器が主流の世界で、中距離から敵を一掃できる銃と並ぶ物はない。


「ならいいけど、絶対に無理はしないでね。私達は冒険者に死なれると後味が悪いから」

 シンディの真剣な言葉に同意する様に、周りの受付嬢達が頷いた。


「肝に銘じておきます」

 

「無理はしないしさせません」

 千晶と夏美が揃って返事をした。


「うん、よろしい。そろそろ講習会始まるから頑張ってね」

 シンディに礼を言って二人は二階にある講習が行われる部屋へと向かう。



 元Aランクの冒険者から、冒険者の心構えやモンスターと接敵した際の動き方、依頼者との対応といった内容の講習を受け終えた千晶と夏美は晴れて依頼を受託できる様になった。


「講習お疲れ様。で、早速依頼を受けるのかしら?」

 ギルド内の食堂で軽い昼食をとった二人は、シンディの居るカウンターで依頼を受けようとしている。


「初心者向けの依頼ってどんなのですか?」

 

「今ある依頼だとこんなものかしら」

 シンディが手渡して来た数枚の依頼書を二人はめくって確認していく。


「ポーションの配送、納品に教会での負傷者救護、草木の伐採、荷馬車への積み込み作業……」

 

「ポーションの配送からやってみようよ」

 一番上にあったポーション配送の任務を受けようと夏美が言い、千晶も最初だからと、その依頼を受ける事になる。


「ポーションの配送ね。魔法使いのナターシャさんのお店からポーションをここまで運んでくる依頼よ。報酬は銀貨四枚ね。地図があるからこれを参考にして」

 依頼内容を確認しながら、千晶と夏美のギルドカードをカウンターの下から取り出した。


「ナターシャさんのお店に着いたら依頼書にサインを貰ってね。このサインと荷物で依頼達成の判定になるから無くさないように」

 二人はそれぞれのギルドカードと便箋に入った依頼書、地図を受け取る。


「じゃあ、初依頼頑張ってね」

 シンディに見送られながら冒険者ギルドを出て、渡された地図を参考にしながら魔法使いであるナターシャの店を目指す。


「地図見ると結構距離あるな」

 アサルトライフルを右肩にかけて歩く千晶と地図を片手に軽い足取りの夏美は、ギルドから五キロ程離れたセントラルの郊外までやって来た。


「でももう少しじゃない? まさかへばったとか言わないよね?」

 

「最近は筋トレもサバゲーも離れ気味だったからな。少しキツいくらいが丁度いいわ」

 

「前に比べたらさ、少し太ったよね」


「太ったじゃなくて筋肉がついたと言って欲しいんだけど」

 他愛無い会話をしつつ、二人はナターシャの店に着く。店先には紐で括られた薬草類が木箱の上で売られており、二人が想像していた魔法使い独特の雰囲気は存在していなかった。


「ごめんください。ポーションの集荷にやってまいりましたー」

 千晶が店内に入ってナターシャの姿を探す。


「こっちに居るから入ってきなさいな」

 綺麗に整頓されたカウンターの奥から声が聞こえ、千晶と夏美は失礼しますと言って間仕切りがわりのカーテンを少し開け入る。


「おや、初めて見るね。新顔かい?」

 二人の前に白髪の老婆が椅子に腰掛けていた。


「昨日冒険者になったばかりの者で、千晶と言います」


「夏美です」


「あたしがナターシャだよ。で、これがギルドまで運んで欲しいポーション今回はちと量が多くて」

 二人でいけるかい?とナターシャが木箱の山を指差しながら言う。

 

「十五箱ですね。夏美、表にカーゴ出しとくから」

 千晶は頭の中で宅配便などの集荷に使うカゴ付き台車を思い浮かべ、召喚した。


「この量をアンタ達二人で運べるのかい?」


「荷物を運べる台車を持って来てますので大丈夫です」

 千晶はそう言ってナターシャの隣に置かれている木箱をせっせと外に運び出し、二台召喚したカゴ付き台車に乗せていく。


 あっという間に十五箱近い木箱が積み込まれ、後はギルドに運ぶだけとなった。


「この台車いいねぇ。一つ置いておけばこれから運ぶのが楽になるよ」

 ナターシャがカゴ付き台車を見ながら呟く。


「もしでしたら一台お貸ししましょうか?」

 

「いいのかい?」


「ええ。さっき外で夏美と話したんですが、定期的にこの依頼を受けさせて戴きます。その際に木箱を台車に入れておいていただければ直ぐに運搬できますのでいかがでしょうか?」

 千晶の提案にナターシャは少し考える素振りを見せた。


「定期的に来てくれるのならありがたいね。その提案のらせてもらうよ」

 

「その代わりとは言ってなんですが……」

 言葉の端を言い淀む千晶にナターシャは喝を入れる。


「男ならハッキリ言いな」


「……俺達二人に魔法を教えていただけますか?」

 千晶が先に頭を下げ、ワンテンポ遅れて夏美もお辞儀をした。


「……弟子は取らない主義なんだが、定期的に荷物を運んでくれるんだろ?」

 ナターシャが溜め息を吐いて答えた。千晶達は依然、頭を下げたままである。


「こちらから提案させて戴きましたから反故には致しません」


「アンタ達がそこまで言うなら教えさせてもらおうかね」

 二人はナターシャの言葉を聞くと揃って頭を上げた。


『……ありがとうございます!!』

 

「一週間だ。明日から一週間でアンタ達に魔導学園の生徒とタイマン張れるまで教え込む」

 ナターシャが人差し指を立てて宣言する。


「……一週間でですか」

 心配そうな表情を夏美が浮かべた。夏美としてはもっとゆっくりと進むのだろうと思っていたようで、まさか一週間という制限付きだとは信じられなかった。


「店を閉めてやるんだから、そんくらいでモノになってもらわなきゃ困るね」

 じゃなきゃ受けないよと、ナターシャがそっぽを向く。


「わかりました。一週間で掴んで見せます」

 千晶がはっきりと力強く答えた。二人がこの世界で生きて行く為の修行が始まる。

 

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