ACT.2
シャペルの部屋に置かれた大型の置き時計が時報を告げた。針は午後の十四時を指し示している。
「それで、お二人はこれからどうされるんですか?」
千晶の異能を見学した後、この世界について簡単に説明を行なったジャックは、この先どうやって生きていくのかを二人に質問した。
「勇者に興味は無い、と言い切ってしまいましたから、何か仕事を探していかなければ……」
「だから、あの時やるって言えばよかったのに!! 千晶が変なとこで意地張るからぁ」
夏美が頬を膨らませながら千晶に反論する。
「日本でぬくぬくと生きてた俺らが、あんな侵略戦争に従軍出来るはずないだろ」
「それもそうだけど……でも、衣食住は保証してくれそうだったじゃん!!」
「夏美はまだ看護学生としての知識が使えるだろうけど、俺なんか何できんだよ。車無いんだからさ」
千晶は自動車整備士、夏美は看護師になるための勉強途中であり、看護師は二月中旬、自動車整備士は三月下旬に行われる国家試験の為に座学、実技を学んでいる最中である。そんな二人の不毛な言い争いを止めたのはジャックのある言葉であった。
「でしたら、お二人して冒険者になられたら如何ですか?」
ジャックの言葉に二人は言い争いを止めると正面に向き直る。
「冒険者? 冒険するんですか?」
夏美が首を傾げた。
「いえ、冒険者とは所謂、何でも屋さんです。先程お話しさせて頂いたモンスターと言われる生き物等の駆除や依頼された品物の収集、廃墟の捜索等々……様々な仕事を紹介しているのですよ」
そう言ってジャックは上着の内ポケットから自身の冒険者証を出すと、千晶達の前にそっと置いた。
「かくいう私も、陛下に召し上げられる前は此処……王立魔導学園で勉学に励みながら冒険者として活動しておりました」
「……まともに勉学に励んでいたのは異能が顕現してからの二、三ヶ月ではないか」
「仕方ないじゃありませんか。丁度よく国外に赴く依頼があったのですから」
「その依頼とやらのせいで、お主の担任からどうにかならないのでしょうかという問い合わせを何回も受けたのだぞ!!」
どうやらシャペルはジャックの飄々とした態度が気に食わないようである。実の孫とは言え、その性格は百八十度違うようだ。
「と、まぁゆっくりと依頼をこなしながら生活していただいて、もし心変わりをなされたら陛下のお手伝いをして頂ければ幸いでございます」
ジャックは淡い期待を抱きつつ、千晶達に頭を下げた。
「冒険者やるか?」
「……うん、やるよ」
千晶の問いに、夏美は深く頷いた。二人の方針は決まった様である。
「お決まりになった様ですね。では、鉄は熱いうちに打てという事で、直ぐにギルドへ向かいましょう」
自身の冒険者証を懐に仕舞い、ジャックはソファから立ち上がった。
「それではお祖父様、私はお二人を冒険者ギルドへお連れ致しますね」
「うむ、気をつけてな。あぁ、それと二人とも、異能の事で何か有ればいつでもわしの所に来て貰って構わんからな」
シャペルが蔵書から顔を上げ、二人に言う。王立魔導学園の現学園長を務め、異能や魔導に深く造詣を持つシャペルは異能の相談役を買って出てくれた。
「ありがとうございます。もし何か有ればよろしくお願いします」
シャペルに向かい二人は揃って礼をする。そして、ジャックに連れられ部屋を出たのであった。
ジャックが用意した馬車に乗り込み、冒険者ギルドへ向かう道中、不意に千晶は夏美の異能が気になり出した。
「自分の異能が何か気にならないのか?」
「あんまり聞きたくないんだよね。多分だけど、血に関する何かだと思うんだ」
夏美は、礼拝堂で聞いた鮮紅という言葉が引っかかっていたのである。医療業界では、酸素を多く含む動脈血を鮮紅色、反対に二酸化炭素を多く含む静脈血を暗赤色と定めている。そのため、神官に鮮紅色と評された色が何を示すのか、理解してしまったのだ。
「……正直に申し上げまして、私が最初に異能を使用した時に夏美さんの異能を見させていただいたのです」
先ほどとは打って変わり、ジャックは声のトーンを一段階落として語り出す。
「率直に言わせて頂くと……貴女の予想通り血液に関する異能でした。それもかなり特殊な部類だと思われます」
「……言ってください」
夏美の真っ直ぐな瞳がジャックに向けられた。その瞳には、自分の異能に対する怯えの色は見えない。
「血液掌握……掌握という言葉が示す通り、血液を意のままに操れるでしょう。暗殺や大規模戦闘だけでなく、モンスターの討伐でも有効に働くかもしれません」
人体にとって血液は生命活動を維持する上で無くてはならない物である。その血液を自由自在に操れるということは、強制的に血液を体外排出させたり、逆に血液を止める事も可能なのだ。例えば、脳組織には多くの血液が必要であり、その脳組織に行くまでの血流を全て止めることが出来るのであれば、血行障害を引き起こし失語や片麻痺(半身不随)といった症状が現れる。もしそれが戦闘中に起こった場合、死に直結するのは確実であろう。
「千晶に流されて正解だった……戦争なんかしたくない。こんな力で大勢の人達を殺したくないよ……」
ぐっと涙を堪える夏美を千晶は自分の胸に抱き寄せた。泣いてもいい、と千晶は優しく呟くが、夏美は大丈夫とだけ言って目を瞑り、心を落ち着かせる。
「あと十分程でギルドに到着致しますので、それまで心を休めていて宜しいですよ」
冒険者ギルドの前に馬車が付けられ、ジャック達三人が馬車を降りる。石造のエントランスを抜け、艶やかな黒髪をした女性のいるカウンターの前に向かった。昼過ぎの時間は人が少ないのかギルド内は閑散としている。
「あら、ジャックじゃない。久しぶりね」
「久しぶりだねシンディ、僕宛の依頼来てる?」
「来てるどころか溜ってるわ。ざっと二十件程あるけど受けれるの?」
シンディと呼ばれた女性が、カウンターの下からジャック宛の依頼書の束を取り出した。
「異能鑑定の仕事だったら喜んで受けるよ」
「わかったわ、鑑定系の依頼だけ抜いておくから確認しておいてね。それで今日は何をしに来たのかしら?」
シンディはジャックの後ろに控えていた千晶と夏美をチラリと見る。
「外国から来た僕の知り合いだよ。冒険者登録の手続きしてくれるかい」
異世界召喚された千晶達をジャックは外国から来た知り合いとして話を進めた。
「はじめまして、シンディよ。よろしくね」
にこやかな笑顔を見せながらシンディが自己紹介をし、冒険者登録の紙を二枚分机に並べ、登録に必要な水晶、ギルド加入者が持つブレスレットを準備する。
「そこに座って貰っていいかしら」
シンディに促されて二人は椅子に腰を下ろす。二人の前にインクの入った小壺とつけペンが用意された。
「じゃあ、上の枠から記入していってね」
千晶と夏美はつけペンを手に取ると、インクをちょんちょんと付けて用紙を埋めていく。
「記入し終わったら、確認事項の方読んでもらってサインお願いね」
確認事項には、冒険者が守るべきルールとそれを犯した場合の罰則が記載されており、二人はそれを読み終わるとサインをしてシンディに手渡した。
「チアキさんとナツミさんね……あら、二人とも私と同い年なんだ」
仲良くしましょ、とシンディが言いながら、水晶に革で出来たブレスレットを近づけた。ほんの一瞬だけブレスレットが淡く輝き、元の色に戻る。すると、ブレスレットには名前とランクが印字され、二人の身分を証明する物となった。
「これが二人の身分を明かす物になるから、なくさない様にね。ギルドカードは最初の依頼を受ける時に渡すから、その時もこのカウンターで対応するわね」
千晶と夏美にブレスレットが手渡される。二人はすぐにブレスレットを腕に付けた。
「あとは、講習を受けて貰えばいつでも依頼を受けれるようになるから」
「その講習、次はいつなんですか?」
「一番近い日にちで明日の午前よ。受ける?」
「受けます」
直ぐに返事をし、千晶達が講習を受ける日程が決まった。シンディは手元のボードに追加参加者の名前を書き加える。
「じゃあ、明日の朝九時からお昼までのスケジュールだから遅れないでね」
シンディにスケジュールを伝えられた千晶と夏美は、ジャックに連れられ冒険者ギルドを後にした。
「これで冒険者ですね。では、こちらを」
ミラージ王国のセントラルにある冒険者向けの安宿の前で、ジャックは懐から金貨六枚を取り出す。そしてそれを千晶と夏美に手渡した。
「これってお金ですか?」
夏美が首を傾げながら質問する。
「はい、陛下からの餞別の品となります。此方の勝手で召喚してしまいましたので、何も渡さずに野に放り出してしまうのは身勝手であろうとのことです。少ないですが装備や宿代にお使いください」
ジャックが頭を下げて詫びた。
「いえ、こちらこそ色んな説明やギルドにまで案内していただいて助かりました。本当にありがとうございます」
揃って二人が礼をする。ジャックがいなければ二人は自分の異能の把握も出来ずに、モンスターの跋扈する野に放たれて直ぐに命を落としていたかもしれない。そんな思いを抱きながら千晶は感謝の言葉を伝えた。
「それでは、私はこれで。冒険者として共に戦えるのを楽しみにしています」
最後にジャックはにこりと微笑んで、馬車の客室に乗り込み夕方の喧騒にまみれた市街に消えていった。
「俺らも宿に入るか」
「うん」
ジャックを見送った二人は踵を返して宿に足を進め、手続きを済ませた。
宿で軽い夕食を済ませた二人は、ダブルベッドの上で今日聞いた話の内容を整理している。
「二人とも魔法は使えるみたいですねってジャックさん言ってたよね」
「使えるとは言っていたけど使い方なんて知らないしなぁ」
自分が使う枕を体の前で抱きしめながら夏美が言う。千晶は昼間召喚した車の鍵を弄んだ。
「ねぇ?」
「なんだ?」
フォレスターの鍵に視線を送る夏美。千晶はその視線の意味に気づくとはぁ、とため息をついた。
「なんでため息つくの!!」
「どうせ、あれこれ召喚してと言い出しそうだったから?」
幼稚園から小中高と十五年近く一緒の関係である千晶と夏美は以心伝心という言葉がよく似合うと周りの友達から言われていた。それ故、今もこうして千晶の察しは当たっているのだ。
「でも、それが召喚出来るってことは他の物も簡単にいけそうだけどね」
「かもな……」
千晶の手から夏美の手に渡ったフォレスターの鍵に目を向けながら千晶はふと考えた。
「あのさ……」
「千晶の好きな様にしていいよ……どうせ、千晶しかその能力使えないんだから」
千晶の胸を背もたれにするかのように夏美が寄りかかる。
「ありがと」
そのまま千晶は夏美を抱きしめた。久々に会えた二人は互いの心音を意識しながらゆっくりとベッドに倒れる。
「久しぶりだね、二人で寝るの」
「そうだな」
千晶に抱かれながら夏美はその意識をまどろみに落とした。
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