異世界召喚されたけど勇者に興味はありません。

セメント暮し

ACT.1

「そっちの考査が終わったら千晶ちあきの車で遊びに行こうよ」

 手元に置いたスマートフォンから通話相手である夏美なつみの元気な声が聞こえてきた。


「いきなりすぎだろ……」


「どうせ考査が終わったら暇なんだしいいじゃんか」

 電話の主は千晶の事情なんか気にせずに話を進めようとしてくる。


「そっちこそ授業で忙しいんじゃないのか?」


「やっと最近になって余裕が出てきたの!! だからどこか行ってリフレッシュしたいんだけどさ」

 互いに学生の身分で授業や実習で忙しく、気軽に会えないせいかどうやら我慢の限界のようだ。確かに千晶自身もバイトや就活で忙しかったが、無事に志望の企業から内定を貰いその疲れは癒したかったのである。


「分かったわかった」


「やったぁ!! じゃあどこ行く?」

 スピーカの向こうからは枕を投げるぼふっという音が響き、続いて上ずった声が聞こえてきた。


 その時である。突然、千晶の視界がゆらりゆらりと揺れ始め、スピーカから聴こえてくる夏美の上ずった声も途切れ、ブラックアウトした。


 色とりどりのステンドグラスが嵌められ、美麗な装飾があしらわれた巨大な礼拝堂の中心に五芒星と古代文字によって加飾された魔法陣の上には男女六人が突如として現れた。


「素晴らしい!! 古の魔術をよくぞ復元してくれた」

 煌びやかなステンドグラス群を背に、召喚の儀式を見守っていた、所々に白髪が目立つ壮年の男が口を開いて言う。


「さすが王立魔導学園の師であられる!!」

 

「時間はかかりましたが成果は十分ですな!!」

 

「後は“異能”を持っていれば言うことはありませぬ……」

 召喚を成功させた深緑のローブを纏う老人を労う者もいれば、成果を喜ぶ者、“異能”と呼ばれる特殊能力があるかどうか憂う者まで、数名がこの儀式を注視していたのである。


「さて、それでは勇者諸君にお目覚め頂こう」

 壮年の男が指を鳴らした。小気味の良い音が礼拝堂に響き、魔法陣の中央で気を失っていた千晶達転移者六名が目を覚ます。


「っ……何処だよここ?」


「あれ……千晶?」


「……え、夏美?」

 隣同士で気を失っていた夏美と千晶は互いの顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべる。


「ふむ……顔見知りなのは僥倖」

 壮年の男が手を一度叩き、千晶達転移者の意識と視線を引きつけた。


「異世界より召喚されし勇者諸君、ご機嫌よう。私はこの国を統べる王である。突然の事で申し訳ないが諸君らには我が王国の領土拡大に手を貸して戴きたい」

 自らを王と名乗った壮年の男は、千晶達を前に大胆かつ雄弁に語る。


「この国は長いこと戦乱の世を生き延びてきた。その度に国は栄え、臣民達はその生活を豊かにしてきた。しかし、我が国と長年手を携え合ってきた北の大国“ノルデンヴァイス”が突如として我が“ミラージ王国”に牙を剥いてきたのだ」


「諸君らには、この戦争における絶対的な勝利とこの後々、我が臣民達の子孫が他国に暮らしを脅かされることのない安寧を求めたい」

 手を用いながらの語りを終えた王は、説明を聞きつつも頭は混乱していた千晶達を一瞥し、苦笑を浮かべた。


「まぁ、そうなるのはよく分かる。人という生き物は、普通では無いことにはひどく驚くものだ」


「で、受けてくれるかね?」

 期待に満ちた眼差しを注ぐ王は、その場に用意されていた椅子に腰掛ける


「……嫌だと言ったらどうされますか?」

 千晶の前にいた少女がおどろおどろしつつ言う。


「もちろん強制はせん。しかし、諸君らはこの世界で生きていくにはちと辛かろう? 見れば諸君らは随分と育ちの良いところから来たのであろうな。我らとは違う匂いだ」


「そのような諸君らがこの世界に何も持たずに放り出されても三日三晩と生きてはいけぬであろう……それに、諸君らが元の世界に戻る事は不可能なのでな。元に戻せと言われてもどうもできぬ」

 まことしやかに語る王に千晶達転移者は言葉を失った。


「この世界、特に我がミラージ王国には“異能”と呼ばれる特殊な力を持った者らがいる。普通の魔法や武術を扱う他にその者だけの力が存在するのだ。ジュエルをここに」

 王からの合図を受け、白いローブをまとう妙齢の女性が透明に輝く水晶を携え、千晶達転移者の前に膝をつく。


「諸君らの中にも“異能”を持つ者がおるようだな」

 王の口にした言葉に、側近達の顔が明るくなった。一方の千晶達転移者は、各々が各々らしい表情をしていた。


 例えば、千晶の斜め右にいた男は希望に満ちた顔をしており、千晶の隣の夏美は不安そうに体を震わせている。そんな夏美に千晶はそっと体を寄せ、手を握りしめた。


「……千晶」

 千晶が夏美の手を握ると、夏美の身体は震えるの止め、落ち着きを取り戻す。


「して、神官よ。いくつの色が顕現した?」


「おぉ……これは……」

 神官と呼ばれた妙齢の女性が驚きの表情で伝える…


「深緑、黄、橙、藍、鉛……そして鮮紅」

 神官が読み上げていく色は、神官の眼にしか映らない。その為、王や側近達はその色を聞いて表情を変えていく。


「諸君ら全員が異能を持っているとは……!?」

 王の声音が変化する。


「……誰がどの色であろうか?」

 

「手前側の女性から深緑、男性が黄、その後ろの男性は橙、その隣の女性は藍……そして、手を繋ぎ合うお二方……男性の方は鈍い鉛。女性の方が鮮紅ですわ」

 ゆっくりとした声で色を千晶達に色を伝えていく神官の表情に変化は無い。


「鮮紅……血潮の如き色であるか……」

 幾度もの戦争に従軍し、数多の血を見てきた王が呟いた。


「して、異能の事も知れた所で改めて問おう。諸君らはどうする?」

 王が答えを問い始める。いの一番に千晶の斜め前にいた男がやると声を上げた。それに続いて他の三人も手を挙げたり反応を返す。


「うむ……その反応実に善い。後ろの2人はどうであろうか?」


「あ、あたしも……」


「申し訳ないですが俺と夏美は抜けさせてもらいます。別にそんな事、俺らには関係ないです。そもそも勇者とか興味無いんで」

 周りがやると言い出し、夏美はそれに流されかけるが千晶は真正面から反対の意見をぶつける。


「そうか……それもまた一考であろうな。よく分からないものには手を出さない。そんな気概も大事であろう……しかし、この世界はそなたらを臆病と囃し立てるぞ」


「臆病で結構。大国同士の戦争に巻き込まれて心を無くすのはゴメンです」

 夏美の手をぎゅっと握りながら王に言葉を返す千晶。その手の力が僅かながら強くなったと感じたのは夏美だけである。


「……ジャック、奥の二人を別室へ連れてゆけ。シャペル大魔導師も一緒について行って貰えますかな」


「立て」

 ジャックと呼ばれた青年が千晶達の前に赴き、立つように促す。二人は繋いでいた手を解き素直に立ち上がると、青年の後を追い始めた。他の四人はその光景を黙って見ているだけであった。


「……さて、諸君ら四人の勇者をこの国は歓迎する。まずは場所を変えて宴といこう」

 王は朗らかに笑みを浮かべ、手を叩く。新たな勇者の誕生にその場にいた側近達もそれに合わせて拍手を始めた。



 煌びやかな礼拝堂から場所を移し、こじんまりとしたシャペル大魔導師の執務室で、ジャックと千晶達が向かい合って話を始める。千晶と夏美の前には、部屋の主であるシャペル大魔導師が淹れた紅茶が置かれた。二人は揃って頭を下げた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。陛下は異能をお持ちの方には非道な事は致しません」

 千晶とほぼ同年代の青年は相好を崩して答えた。


「お二人は相当にお強い異能をお持ちの様ですね。国王陛下があそこまで表情をお変えになるのは相当に珍しい事ですよ」

 ふと、夏美はジャックの瞳の色があからさまに変化し、一瞬で元の碧眼に戻る光景を目撃する。


「……あの、ジャックさん?」


「夏美さんどうかされましたか?」


「今、瞳の色が一瞬だけ金色みたいになりませんでしたか?」

 夏美の問いに、ジャックはティーカップを口元に運びながら答える。


「よく気が付かれましたね。異能を持つ人間は異能を使う時、瞳の色が一瞬だけ変化するのですよ」

 例えばこんな風にと、ジャックは再び異能を発動させ瞳の色を変化させた。よりはっきりと瞳の色が変わる様子に千晶と夏美はそれをくいる様に見つめる。


「一瞬だけ変わる時の色って、神官さん?が言っていた色なんですか?」

 

「そうです。私の場合は神官から金色と告げられました。ちなみに私が持つ異能は心眼と言いまして、他人の秘密や異能を把握することができるんですよ。」

 碧眼の青年は恥ずかしがる事なく自分の異能の正体を教えると、にこりと微笑んだ。


「……俺の異能、教えてもらえますか?」

 手を組んで黙っていた千晶が口を開いて言った。


「いいですよ」

 ジャックの瞳の色が鮮やかな碧から金に変わるほんの一瞬、千晶の体が硬直する。瞳の色が戻るとその硬直は解けた。


「千晶さんの異能は、物体を自由に召喚できる能力の様ですね。古の召喚師の様な異能でしょうか?」


「物体召喚だと!?」

 今迄、自身の机で蔵書に目を通していたシャペル大魔導師が声を荒げた。


「お祖父様、どうかされました?」


「いや、気にするな」

 突然、シャペルの事をお祖父様と呼んだジャックに千晶と夏美は揃って首を傾げる。そして、失礼とは思いながらも二人はジャックとシャペルの顔を交互に見比べ、目元や口元の形がそっくりなのを見つけた。


「ふふっ、シャペル大魔導師は私のお祖父様なのですよ」

 

「まったく……そうやって直ぐにベラベラ喋るな!! 陛下の親衛としてもっと慎んだ行動を心掛けなさい!!」

 シャペルから叱責が飛び、ジャックは罰の悪そうな顔を千晶達に向ける。


「ねぇ千晶、試しに何か出してみたら?」

 千晶の異能に興味津々といった様子の夏美が、脱線していた会話を元に戻した。


「わしも気になるんじゃが」

 蔵書を携えたシャペルがソファに腰かけていたジャックの隣に立ち、千晶に視線を注ぐ。


「どうやって発動させるんです?」


「私の場合は異能の名前を口にするか、頭の中で意識すると発動できますね」

 千晶の問いにジャックはすらすらと答え、やり方を教えた。


 千晶は頭の中で自分の異能を意識した。すると、日本人の瞳に多いブラウン一色の瞳から鉛を思わせる青灰色に変化し、すぐに元のブラウンに戻る。そして、ほんの少しの間黙考した。


「……召喚」

 ウォールナットの天板の上に、何種類かの鍵がついたキーホルダーが現れる。自動車のキーレスキーと一緒にされたそれは、まごう事なき千晶の物であった。


「これ……千晶のフォレスターの鍵じゃん」

 机上のキーレスキーを夏美は手に取り、その質感を確かめる。プラスチックで出来たシェルに埋め込まれているアンロックボタンを何度か押し、一緒についているS字カラビナのゲート部分をかちゃかちゃと弄んだ。


「まさか、本当に物体を召喚してしまうとは……」 

 

「凄いですね……」

 シャペルとジャックが揃って、驚嘆の眼差しを千晶に向ける。


 愛車であるフォレスターの鍵を召喚した事で、千晶はもしかしたらという考えが生まれた。自身の能力によって多種多様な物が手に入り、この世界でも夏美と共に生きていけるのではないかと。

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