サイゴの色彩
只野夢窮
サイゴ
色はもはや無用の長物だ。脳に埋め込んだチップが、現実よりも鮮やかな色を描き出す現代においては。
そもそも色は、本質的に真逆である二つの本質を持っていた。“意図”を伝える実用と、単にそれ単体で機能する芸術とだ。
前者はかつてデザインと呼ばれていた。危険なものには黄色の警告マーク。禁止事項は赤。許可は青。今日ではほとんど廃れてしまった。脳に埋め込まれたチップが、的確に必要な情報を伝えてくれるからだ。
脳にチップを埋め込む技術が一般化したのはもう30年も前のことだ。脳に小型のコンピュータを埋め込んで、人間の思考能力を底上げするというアイデアは、はじめサイエンス・フィクションの中から出てきた特異で奇怪な妄想として逆風の中で迎えられた。人々は問題点を並べ立てた。経年劣化はどうする? 一旦埋め込んだものが、技術の進化で陳腐化したらどうする? チップがハッキングされたら、その人の行動まで操られることにならないか?
それらは確かに正しい指摘だ。でも正しいだけだ。数々のトラブルは、新技術が世界を変える時につきものだ。世界初の自動車が追突事故を起こしたように。それでも便利なものなら、人々は受け入れるのである。結局のところ、正しいだけの人ではなく、間違いながらもチャレンジする人たちが、人類の生活水準を押し上げてきたし、これからも押し上げていくだろう。このチップもその偉大な進歩の歴史の中に、名誉ある一席を占めている。今では多くの人がチップを気軽に埋め込み、新製品が出たら買い替える。各メーカーは性能の向上とコストカットに鎬を削っている。
多くの人にとっては生きやすい社会になった。それはもう、誰にも反論のしようがない。目が見えない人や色弱の人が、色から得られる情報から疎外されて困ることもなくなった。前時代に主流だったスマートフォンと呼ばれる機械とは違って、災害時に充電が切れて使えないということもない。そもそも、単に、普通の人々にとってとても便利だ。だから誰かが強制するまでもなく、爆発的に普及した。現代においてチップを入れていないのは、規制でチップの埋め込みが許可されていない未成年、そういう宗教の人、そしてとても年寄で頑固な人ぐらいだ。
しかし私は、そのような変化に取り残された人間のうちの一人である。未成年でもなければ信徒でもなく、若くはないが老人でもない。
私は画家だ。色と形状を組み合わせて人を感動させる職業だ。だった。
色の持つもう一つの本質。アート。それ単体で存在し、人を満たすもの。
けれども誰もが脳内チップで見たい色を見るこの時代に、そんなものが何になるだろうか。
例えばトマトがここにあるとする。濃い赤色のほうがみずみずしく、美味しいという印象を持つ人もいる。あるいはそんなに色が濃いのは不自然だ、多少色が薄いほうが農薬も少なそうで安心だと思う人もいる。そうするとチップの神通力が自動で働き、前者にとってはそのトマトは濃い赤色に見え、後者にとっては淡い赤色に見える。映画でも街並みでも同じことだ。その人が気に入る色になるように視覚情報が編集される。映画のラストシーン、燃えるような夕焼けの中でヒロインとヒーローがキスをするような画面でも、観客がめいめいに自分のチップを通してスクリーンを見ていて、誰一人として同じ映画を共有してはいない。同じ夕焼けの赤を、同じ唇の赤を、同じ赤でも全く違う赤を、正しく視てはいないのだ。一人一人が自分にとっての理想の色合いに変換して世界を見ている。
自然と街並みからは色が消えていく。建物は単に、構造物としての耐久性と機能性を満たしていれば、それでよい、ということになっていく。色がコストとして排斥され、カットされ、コンクリで灰色な建物ばかりの街並み。そこを歩く人々は自分好みの色を投影する。
そんな世界に、画家の居場所はあるだろうか。
いや、もうわかっている。並みの画家に居場所がないことぐらい。
色と形状を組み合わせる芸術家たちは、選択を迫られた。この時代に適応した新しい芸術を創るか、廃業するか、意地で旧来の芸術を作り続けるか。
私は最後の選択肢を選んだ。私は新しい芸術を創るほど優れているわけではなく、廃業するほど無能でもなかった。実のところ、チップが流行る前から、私は一流の芸術家と言うわけでもなかった。かといって絵で食べていけないほど劣っているわけでもなかった。贅沢をせずに、結婚をあきらめて、高級な画材を使わず妥協して済ませる術を身に着ければ、そこそこ生きてはいけていた。そうやって、年老いているというほどでもないが、なんとかこの二十年近く凌いできたのだ。今更他の生き方ができるわけでもない。私のような人間を雇いたい会社などない。
芸術家の知り合いたちはみな、めいめいに異なる道を行った。私より優れている者が沢山いた。天才たちがいた。秀才たちもいた。天才でも秀才でもないが、何よりも絵が好きで、毎日十六時間ぶっ続けで書き続けられる人間だってゴロゴロしていた。幾人かは新しい芸術にするりとシフトした。まだ若い幾人かは会社勤めを始めた。発狂した者が数人いた。だが多くは風の便りすら聞くことができない。
そうすると不思議なもので、残存者利益というものがスーッと効いてくる。つまり生産者が急激に減ったことで、需要が急激に減ったのと釣り合いが取れて、絵の価格がまともな水準に戻ってくる。絵が、全く、完全に、この世から不必要と烙印を押されたわけではない。先に述べたように、チップを埋め込まない人たちもいた。反チップの宗教家たちからは時折宗教画の依頼を受けた。私が理解もしていない宗教的秘蹟を、無難に絵に仕立てたら大喜びされた。また一部の金持ちの中では、あえてチップを通さずに絵を見ることが“粋”だとされる文化ができた。彼らからの依頼も少しは受けた。生活のためだ。もちろん彼らにとっては、チップによってコントロールされていない色を見ることそのものが大事なのであって、私の絵が好きだ、私の絵を見たい、という感情などは一かけらもあるわけがないのだ。彼らの賛辞を聞けば聞くほど嫌になった。的外れだからだ。上っ面だからだ。私なんかが偽物の賛辞を受けるに値するなら、どうして彼らが筆を折る必要があった?
ある日、私は最後の作品の発送を済ませて、アトリエにシャッターを下ろし、鍵と財布だけを持って拗ねたように旅に出た。もう全てが嫌になってしまったのだ。チップ越しの“色”よりも美しいものを見つけたかった。そんなものが見つかるわけがないと頭ではわかっていた。チップを通した色彩が比類なく美しいことは、自分の審美眼が一番わかっていた。「そんな色は歪んでいる、不自然だ、昔からの芸術のほうが良い」心からそう思えたらどれだけ幸せだったろうか。けれども私は、そんなことを臆面もなく言えるほど芸術がわからないわけではなく、かといってその上を行く芸術を創れるほどの才はなかった。いつだって半端者なのが私の不幸だ。
間違いなく技術は人の生活と精神を豊かにしており、時を巻き戻すことも、ラダイトに走ることも正しくなく、出来もしない。
世界から見ればちっぽけすぎる距離を歩きながら、涙が出てきた。全てが嫌になったと言いながら、作品の締め切りはきちんと守り、鍵を閉め、財布を持って出ていくような自分の無難な情けなさと来たら! むろんどこぞで野垂れ死ぬような覚悟は未だにできぬままなのだ。芸術家なら多少なりとも持っている狂気への羨望。ここで全てを放り出せるような人間なら、別の人生があったんだろうか。わからないけど、もし別の人生があるなら、やはりそこでも絵を描いている気がする。
足に任せて流れ着いたのは、小さな砂浜だった。人の手は全く入っておらず、奇跡的にと言っていいだろう、漂流したゴミ一つ見当たらない。直視できるほどに輝きを失った赤い太陽が水平線上に溺れ、今際の際に発する美しい陽光が海に満遍なく反射している。寒くない程度の潮風が適度に吹き付け、ざざん、ざざんと白波を立てる。シンプルで、それでいて美しい。
この風景なら、あるいは。いや、違う。私は、ケチな、1.5流の、なんとか糊口を凌ぐ程度の芸術家だけれども、自分の審美眼にだけは、最期まで嘘をつけない。
「ああ……チップに比べれば……ゴミみたいな風景だ」
サイゴの色彩 只野夢窮 @tadano_mukyu
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