王太子は蛮族の乙女に恋をした

 今回の事件の主犯であるヴィンス・ジェイミソン侯爵には今後重い罪が課せられることとなり、侯爵家は取りつぶし。

 それに手を貸した貴族たちもそれぞれ裁判にかけられることとなった。

 暴動を起こそうとした民たちも一応は罪に問われるものの、様々な要因を考えた上、さらにカイル、ナタリア兄妹が口添えしたおかげで長く捕らわれることはないらしい。


 そして元婚約者、ホリィ・ゴールズワージー公爵令嬢は、最後まで「自分は悪くない」と抵抗をしていたという。

 だがどんな言い訳もゴールズワージー公爵は許さず、彼女に裁判を受けさせるために騎士に引き渡した。

 ゴールズワージー公爵家は現在の公爵で爵位を返上し、今後自分たちは社交の場及び国政に関わらぬと宣言したらしい。


 一方でカイルの名誉は徐々に回復してきている。

 ヴィンスは貴族は皆己に失望しているようなことを言ったが、それは大げさで悪しきざまに言っていたのは彼の仲間や反ロックウェル王朝の者たちだった。

 今回の件に加担した者たちが捕まった途端皆口を閉ざすのだから、現金なものである。


 国民たちがカイルに向ける目はまだ厳しいが、真実が広まればそれも弱まるだろう。



 事件から数日後、カイルとナタリアは王の私室へ招かれていた。

 豪奢なソファにゆったりと腰かけてエリオットは兄妹を迎え、慈愛に満ちた目を向けながら言葉をかける。


「今回の件はご苦労であったな。カイル、ナタリア。特にナタリアの勇気は素晴らしかった」

「はっ」

「ありがたきお言葉にございます」


 うやうやしく腰を折る二人にエリオットは苦笑し、「そうかしこまるな」と椅子から立ち上がった。

 執務で見せる厳格な王の姿はそこにはなく、子供の無事と成長を喜ぶ父親がいる。


「久しぶりに親子で話せるのだ。二人とも、もう少し私に甘えてもいいのだぞ」

「いえ、俺は……、」

「ふふ、わかりましたわ、お父様」


 照れもあり、戸惑うカイルをよそにナタリアはにっこりと笑みを浮かべて父親に甘えるように抱き着く。

 こういう愛嬌も彼女の美点であり、他者を惹き付ける天性の魅力であった。


 王族には必要なものだ。残念ながらこれも、己には備わっていない。

 父と娘の触れ合いを穏やかな目で見つめながら、カイルはゆっくりと口を開いた。


「父上、今回のことで俺はやはり王太子としての素質は無いと痛感しました。やはり、未来の王として俺は相応しくないのでしょう」

「え、お兄様……」


 父と妹の視線がこちらに向く。エリオットは冷静にこちらの顔を見つめ、ナタリアは非常に慌てた様子だ。

 違う意味を含んだ両者の目を真っ直ぐに見つめ返し、カイルは父に向かって告げる。


「もしナタリアが望むのなら、王位は彼女に譲ろうと考えています。父上、許可を頂けませんか?」

「そんな!それではお兄様が……!」

「ふむ……。カイル、お前はナタリアなら王座に相応しいと考えるのか?」

「お父様!」


 咎める声がナタリアから上がる。が、エリオットは彼女を柔らかく一瞥したあと、再びカイルへと視線を向ける。

 妹は眉根をつり上げたまま、おろおろと父と己を交互に見つめる。カイルは彼女に笑いかけ、「俺がそれを望むのだ」と言った。


「今回ナタリアが国を思い、民のために行動したことに感服した。俺は疲れ果て逃げてしまったのに。立ち向かうお前の姿に、未来の賢王の姿を見たぞ」

「そんな、わたくしはただお兄様のために……」

「しかし最終的にお前は民の心を掴んだだろう」


 羨望の眼差しで妹を見ていた民らの姿を思い返しながら返すと、ナタリアは本当に困った様子で己を見上げる。

 兄妹の様子を微笑まし気に見ていたエリオットは、穏やかに笑いながら屈み、ナタリアと視線を合わせた。


「ナタリア。ひとまず兄のことは考えるな。お前はどうしたい?」

「わたくし、ですか……?」

「ああ。お前は王の座に興味があるか?国を発展させ、民を導いていく存在になる覚悟はあるか?」


 問われ、ナタリアは真剣な顔をして僅かにうつむく。

 兄と父、二人の視線の中彼女は長く考えていたが、じきに顔を上げて現王を見つめた。


「覚悟、と言うものがどのような物かわたくしにはまだわかりません。しかし、今回のことを経て、この国にはまだたくさんの課題があることを知りましたわ」

「ふむ……」

「わたくしに出来るなら、その問題を解決していきたい。もしそれに『王』という立場と力が必要ならば……」


 しっかりとしたナタリアの言葉にカイルは目を細める。

 やはりこの娘は両親の気高さを引き継いでいる。素晴らしい、己の誇れる妹だった。


 エリオットも胸に来るものがあったのだろう。ナタリアに頷き、そしてこちらを見た。

 冷静な態度を崩していないが目が輝いている。幼いと思っていた王女の成長が嬉しいのだろうと、カイルは苦笑した。


「なるほど。今は正式な場ではないので決められないが、二人の意見は頭に入れておこう。……ナタリア、成長したな」

「あ、ありがとうございます……!」


 褒められてナタリアの頬がぽっと上気する。

 愛らしい彼女の姿に父と兄は笑い合った。


「ところで、カイル、お前はこれからどうする?」

「それはもちろん、今後も国の為、次代の王のために尽力するつもりであります」


 心からの気持ちを述べたつもりであったがエリオットは、「ふむう」と悪戯っぽく唸りながら目を細める。

 その視線に含まれたものに感づき、カイルは少し嫌な予感がして身じろぎした。


「一人で国に仕えるつもりか?お前はすでに婚約者はおらぬし……」

「父上……」

「名高き辺境伯の娘なら、お前の後ろ盾にもちょうどよい」

「父上!」


 先ほどのナタリアよりも頬を赤らめる己に、今度は父も声を上げて笑う。

 見れば妹もエリオットに似た悪戯っぽい瞳でこちらを見ており、「シャノン様をお姉さまと呼ぶのが楽しみです」と己をからかった。



 穏やかな……僅かに気恥ずかしかった家族の団らんを終えて、カイルは王城を後にしてモリス辺境伯の屋敷へと急ぐ。

 これから次期王が誰になるか、民にも大々的に発表されることだろう。


 今回の騒動の後始末もまだ終わりそうにないし、当分身辺は忙しくなりそうだった。


「カイル!」


 大通りの向こうから己を呼ぶ快活な声が聞こえ、カイルは足を止めてその声の主を捉える。

 橙色の髪の毛を持った鎧姿の娘が、太陽の如く輝かんばかりの笑顔で手を振っていた。


 「シャノン」。その名を呼び返すと、カイルの心の中に暖かな光が灯ったようになる。

 まさしく彼女は自分にとっての太陽だった。傷心の己を、時に厳しく時に優しく導いてくれた蛮族の乙女。

 何よりも強く揺るがぬ、辺境の大地の雄々しき娘。


 こちらを見つけた途端笑顔を浮かべ駆け寄ってくれるシャノンの姿に居ても立っても居られなくなり、カイルもまた彼女へ向かう足を速める。

 脳裏には先ほど父王に言われた言葉がぐるりと巡っていた。


 やがてその体に触れられるほど近づいたとき、カイルは微笑み、そっとシャノンの手を取る。

 「え?」と彼女は首を傾げて、不思議そうに己を見上げる。

 その様子も何だか愛おしく、カイルはまなじりが下がったのを感じた。


 ───この人とともに生きたい。この人に相応しい自分でありたい。


 その思いが胸を突いた瞬間、カイルの口は自然と開いていた。


「モリス辺境伯令嬢、シャノン・モリッシ。俺は貴女を愛しています」

「え?」

「貴女に相応しい人間としてそばを歩きたい。許されるなら……どうか、貴女のこれからの愛を俺にくれないだろうか?」


 カッとシャノンの頬が朱に染まった。

 珍しい彼女の様子にカイルは微笑ましくなり、口元に笑みを浮かべて今一度その名を呼ぶ。

 するとおろおろとシャノンは視線を彷徨わせ、しかししっかりと己の手を放すまいと言わんばかりに握り返す。


「カイル、ずるい!わ、私のほうから、言いたかったわ!」


 シャノンらしい了承の言葉に、カイルは軽やかに笑った。

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王太子は蛮族の乙女に恋をした~浮気の冤罪で追放されてしまった王子ですが、辺境の女騎士を愛したのでもう元婚約者に心は動かされません~ 天藤けいじ @amatou2020

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