真相を見極め、二人は謎を解決へ導く03

 青年侯爵はそのままじっとこちらを睨みつけ、地の底から這い出てくるような恐ろしい声で訊ねる。


「例えカイル王子でもその言葉は許されませんな。そこまで言うなら魔法爆弾の設計図を送ったのが私と言う証拠はあるのでしょうね」

「もちろんだ。何の証拠もなしに俺たちが乗り込んでくると思ったか」


 あっさり返してやると、ヴィンスの片眉がぴくりと跳ね上がった。

 カイルがちらりと背後の兵士たちに視線をやると、代表して一人がこちらへ歩み寄り、侯爵へ向かって一度礼をする。


「ジェイミソン侯爵。貴方のここ数か月の行動は、ナタリア姫によって報告されています」

「何だと?ナタリア様?彼女は我々の信念に共感して……」


 そこまで言ってヴィンスは何かに気が付いたのか、顔を引きつらせてカイルを見た。

 彼は……そしてホリィやその仲間たちは、幼き王女ナタリアを上手く丸め込み、自分たちの『善行』に引きずり込めたと確信していたのだろう。


 確かにか弱く震えるナタリアの面影が強いカイルも、最初はそう思っていた。

 しかしあの娘は己が思うよりも図太く強かであった。間違いなく現王と王妃の血を引いているのだと、確信せざるを得なかったのである。


「我が妹、ナタリアがただお前たちの奉仕の心に感動して行動を共にしていたと思っていたのか?全てはあの子の計画だったのだ」

「計画だと?」

「ジェイミソン侯爵。あの子はお前とゴールズワージー公爵令嬢のたくらみを察し、自らお前たちに近づいた上で内情を探っていたのだよ」


 予想はしていたものの、やはり強い驚きがあったのだろう。カイルの言葉を聞いたヴィンスは愕然と目を見開き、そして眉間に深くしわを刻む。

 その様を冷静に見つめながら、カイルは王都に帰還した後、久しぶりに対面したナタリアの瞳に宿っていた強い光を思い返しながら続けた。


「賢き我が妹ナタリアは、俺が辺境へ追いやられたときに決意してくれたのだ。兄に着せられた汚名を晴らし、ホリィたちが何を目的として動いているのかを暴こうと。そしてそこでジェイミソン侯爵、お前たちのたくらみを全て見たと証言したぞ」

「み、見た?何を……」


 掠れる声で、ヴィンスは言った。その額にはじっとりとした脂汗がにじみ出ている。

 自分の立場が危うくなってきていることに気が付いたのか、彼には焦りが見え始めていた。


 その焦燥全て切り捨てるようにきっぱりと、カイルは全てをヴィンスにぶちまけた。


「お前たちは現王を王座から引きずり下ろすため、俺に浮気の冤罪を着せてモリスへ追いやった。そして俺の元婚約者のホリィを利用し、暴動の直接的な原因に仕立て上げるため、わざと仲間に引き込んだのだ」


 ここで今まで呆然としていたホリィが、ぎくりと体を強張らせてこちらに顔を向ける。

 虚ろな目はヴィンスを捉えており、唇は震えて「え?」とか「そんな」とか小さく哀れに呟いていた。


 元婚約者の様子を一切の同情なくちらりと一瞥して、カイルは再び前を向く。


「これにはローランズ男爵も関わっているな。彼女の娘を演じたアマンダ嬢からも証言は得ている。彼女はモリス辺境伯の領地で身柄を保護している」

「……彼女は私が黒幕だと語ったのですか?」

「いや、そこまでは知らないようだったよ。しかしナタリアを傀儡の王にして後ろから操ろうとしていたことを、アマンダ嬢は聞いていたらしい」


 冷たく切り裂くようなカイルの言葉を聞き、ヴィンスはしばらく呆然としていた。

 しかしやがて目を伏せてかくりと肩を落とし、自嘲気味に首を横に振る。


「ここにいるのは王都の騎士たちですね。シャノン嬢がいたので、辺境伯の兵士かと思いましたが……ああ、気づいていれば少しは上手く立ち回れたものを」

「……父上が俺たちに貸してくれたのだ。お前に引導を渡すためにな」


 今回の件は全て、現王にして己の父、エリオットの耳に入っている。

 そもそもナタリアの潜入作戦とて、王が許可しなければ実行に移されなかっただろう。


 エリオットももちろん、父として娘を案ずる気持ちはあったが、王族として才を見せようとしている王女の背中を押すためサポートに徹したのだ。


「……全て、王の手のひらの上だった、と言うことですか」

「ああ、そうだ。あまり現王を舐めないことだな、ジェイミソン侯爵」


 ヴィンスは嗤った。観念した様子だった。

 カイルが兵士たちに目で合図すると、彼らはヴィンスの肩を抑えて連行しようと歩き出す。


「ヴぃ、ヴィンス様……!」


 その背中を慌てた様子の声が引き留めた。

 カイルとシャノン、そして兵士たちは部屋の中を振り返る。そこにはようやく我に返ったらしく、ゆっくりと立ち上がり、ふらふらとヴィンスに向けて歩み寄るホリィがいた。


 哀れたくらみに利用された公爵令嬢は目に涙を浮かべ、懸命に恋人へすがりつこうとする。


「全て噓だったのですか?私が有能で求心力を持っているとおっしゃってくれたことも?私こそがこの国を変える人間になるだろうと言ってくれたことも……?」

「ホリィ嬢……」


 柔らかい声でホリィの名を呼んだヴィンスは振り返り、そして慈愛に満ちた目でその姿を捉える。

 視線を交わし合ったことでホリィの頬に色が戻るが、ヴィンスはその希望をばっさりと切り捨てた。


「貴女は頭が良いが……うぬぼれ屋で騙されやすい。思い通りに操るのは簡単でした。貴女に指導者の資格は無いですよ」


 言い告げて、侯爵は顔を背けて兵士とともに部屋を出て行く。彼が振り返ることは二度となかった。

 顔を土色気にしたホリィは、再びへなへなと床へ座り込む。そして哀れっぽい顔で、視線をカイルへと向けた。


「か、カイル様。申し訳ございません。私、私が間違って、ですからもう一度私と……」

「ゴールズワージー公爵令嬢」


 カイルはヴィンスよりも冷たい声で彼女を呼んだ。はっとした様子でホリィの体が強張る。

 こちらを見る彼女の目は涙に濡れて、同情を誘った。だが不思議なことにカイルの心は一切動かされなかった。


「貴女にも追って沙汰がある。大人しく待っているように」

「そ、そんな!カイル様!待って!カイル様!!」


 カイルは顔を背け、シャノンを伴い部屋を出て行く。

 背後から悲痛な声でホリィが己を呼ぶが、振り返ることなく無言で扉を閉めた。

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