真相を見極め、二人は謎を解決へ導く02

 怒りが限界にまで達したのか、聞き苦しい言い訳をしたホリィに詰め寄ったのはシャノンだった。

 辺境の地で剣を振るう乙女はびくりと体を震わせる公爵令嬢に顔を近づけ、狼の唸りのような声を出す。


「ホリィ様。貴女はそれで本当に民を思って行動していると言えるの!?立場が悪くなったら逃げるなんて、貴女の言う王族よりもたちが悪いじゃないの!!」

「な、何なんですの!?貴女は……!」


 何とか言い返したホリィだが、迫力に負けてすっかり顔を真っ青にしている。


 今にも掴みかかりそうなシャノンがそれでも耐えているのは、ホリィが自分よりか弱いせいだろう。

 事実、鎧をまとった大柄な彼女が飛び掛かれば、都会の公爵令嬢などひとたまりもない。


 だがこのまま行けばシャノンの忍耐はいずれ尽きると悟ったカイルは、彼女の肩を抑えて名を呼んだ。

 肩越しに振り返った蛮族の乙女はやや不満げに眉をつり上げた、が、素直に後ろに下がり無言でホリィを睨みつける。


 ただ見据えられただけですっかり怯えてしまったホリィはシャノンから視線を逸らし、自らを抱きしめるように腕を回してカイルを見つめる。

 何となく縋るような哀れっぽい感情をその目の中に見つけてしまったが、無視をしてカイルは話し続けた。 


「シャノンの言う通りだ、ホリィ。君の民への尽くし方は間違っているとしか言えない」

「……っ」

「それに君への疑いはもう一つある。暴動を起こそうとしていた民は、君から魔法爆弾の設計図を受け取ったと証言した」


 はっきりと告げたこの言葉にホリィは「え」と小さく呟き、呆然と目を瞬かせた。


 しかし彼女より先に声を上げたのは、今まで不自然なほど黙りこくって成り行きを見守っていたヴィンス・ジェイミソン侯爵であった。

 彼は先ほどまで一切感情が浮かんでいなかった目を真ん丸に見開いて、呆然とホリィを見つめる。


「何だって……!それは本当なのか!?ホリィ嬢が魔法爆弾を!?」

「ヴィンス様!嘘ですわ!以前のようにカイル様が私を陥れるためについた嘘です!私は今回の暴動には一切関与しておりません!」


 真っ青を通り越して血の気の無くなってしまった顔を振り向かせ、ホリィはヴィンスに弁明する。

 しかし青年侯爵は取り合わなかった。先ほどまで彼女と仲睦まじげに抱き合っていたとは思えない冷徹さで、重苦しいため息を落とす。


「……わからない。カイル王子。どういうことか説明してくれ。本当に民たちはホリィ嬢から魔法爆弾の設計図を受け取ったのか?」

「厳密には公爵家から秘密裏に送られてきたらしいが……。同封されていた手紙にはホリィ・ゴールズワージー公爵のサインと公爵家の家紋印が押されていたのを俺も見た」

「なんと……!」


 祈るように天井を振り仰いでヴィンスは、両手で顔を覆った。そしてそのまま俯き、指の隙間から再び重い吐息を漏らす。

 ホリィががたがた震えながら彼の様子を見守っていた。恋人が自分のことを庇ってくれることを祈っているのだろう。


 だが両手から顔を離して彼女を見たヴィンスの言葉は、あまりにも無情だった。


「ホリィ嬢。貴女はそこまで思いつめてしまっていたんだね……」

「ヴぃ、ヴィンス様……?」

「王家への恨みを暴動と言う形で晴らそうとしてしまったのか。確かに君の気持ちはわかる。しかし君の感情に民を巻き込んではいけないよ」


 その言葉を聞くや否やホリィは悲鳴を上げ、へなへなとその場にへたり込んでしまった。

 気絶してしまえば楽だったのだろうが、もはや目を閉じる元気も無かったのだろう。椅子から立ち上がり、冷たい目で自分を見下ろすヴィンス侯爵を呆けたように見つめている。


 青年侯爵は哀れなホリィからカイルへと視線を転じると、すたすたと足音をたててこちらに近づいてきた。


「確かに今回のことはホリィ嬢の咎でしょう。しかしカイル王子。これは貴方の責任でもありますよ」

「何だと?」


 冷静に問い返すカイルをヴィンスはあの爬虫類じみた目で見つめ、まるで断罪でもするかのような声色で語る。


「ホリィ嬢を追い詰めたのは貴方です。貴方がホリィ嬢の民を思う気持ちを理解せず、王太子として不適格な行動をし続けたために今回のことは起こったのです」

「……」

「やはり貴方を次期王と認めるわけにはいかない。私は民や他貴族と協力し、今のロックウェル家の体制を崩さなければ。今回の件を公にすれば、皆私の考えに賛同してくれるでしょうね」


 こちらを嘲るように薄く笑ってヴィンスは、「早く皆さんにお知らせしなければ」と言い残し部屋を出て行こうとする。

 カイルは肩越しにその背中を見た。そして小さく吐息を漏らし、彼に聞こえるように声を出す。


「……なるほどな。やはり、そういう筋書きにするつもりだったのか」

「なに?」


 ぴたりとヴィンスの歩みが止まり、こちらを振り返る。

 カイルもまた彼と向き合うと、感情を押し殺した声で言い告げた。


「今回の暴動は成功しても失敗してもどちらでも良かったのだな。民を思い、婚約者に裏切られた可哀想な貴族令嬢が手を貸してしまった暴動。そしてそこまで王家に不満を持つ者たちがいる現状。貴方がた反ロックウェル派はそこをついて我々を責めようとしたのだろう」

「カイル王子?何を言っているんです?」


 ヴィンスが首を傾げた。その表情は変わらないように見える。

 しかし彼の瞳の奥深くに僅かな動揺が走ったことを、カイルは察することが出来た。


「魔法爆弾の設計図を暴動のリーダーに送ったのはゴールズワージー公爵令嬢ではない。ヴィンス・ジェイミソン侯爵。貴方だな」


 迷うことなくきっぱりと告げると、青年侯爵の爬虫類のような目が忌々し気に細められた。

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