第42話 素敵よ


 今日は気心の知れた仲間たちとピクニック。


 局長の件はいったん忘れて、俺たち一行はぞろぞろと第一の拠点の駅へ向かう。


 先頭にモンドとメイドのノンノ。


 続く娘たちは交代でチビの肩の上へ乗ってはしゃいでおり、俺とセーラは一番後ろで彼らを眺めながらゆっくりついていった。


 キャッキャ♪……


 ところで、駅は最初に作った石壁の上にスペースを拡張して作られている。


 ここ第一の拠点でも、魔除けのために高架の立体ステーションにしておく必要があったからな。


 ちょうど東側の門のとなりに石段があり、これを上るとその駅である。


「フー、やれやれ」


 俺はホームのベンチに座り一息ついた。


 列車の出発までにはまだ時間がある。


 空は青く、わずかな雲はくっきり白い。


 その間、少女たちが白線付近でキャッチボールをして遊んでいるのをモンドが「危ないからよしなさい」と注意していて、そんな光景を見てベンチのとなりに座るセーラが『クスリ』と笑った。


「……なんかごめんな」


 俺はセーラを見てポツリつぶやいた。


 そう。


 このお休みは約束していた『埋め合わせ』ということで、湖でふたりデートしようと話していたのだが……


 その話を壁の影からノンノに聞かれてしまって、結局こう大勢で出かけることになってしまったのである。


「いいのよ。みんな一緒の方がにぎやかで楽しいわ」


 セーラがそう言った時、ちょうど列車がやってきた。


 改良を重ねた列車はより速く、より乗り心地のよいものとなっている。


「みんな1号車に乗れ。貸しきりにしてるから」


「「「はーい!」」」


 俺たちが車両に乗ると、列車は震動と共に魔力光を放ち、出発した。



 キュイイイイイン、ゴゴゴゴゴ…………ポォォォォ!!!!



 列車は荒野のただ中を孤独に走っていった。


 一里進み、二里進み。


 やがて第二の拠点の『農業地』が見えてくる。


 なかなかの景観。


 最初に作った1000歩×1000歩の区画は拡張を繰り返しており、今や6000歩×6000歩の広大な農業地区となっていた。


 現在、領地の人口は1万人を超えているが、すべて食料は自給している。


 いずれ帝国全土の食料をまかない得る供給力をつけたいと考えていた。


 将来的な帝国独立のために食料自給率は最重要項目だからな。


「わー、綺麗!」


「すごいねー!」


 第二の拠点を初めて見る少女たちは、車窓にかじりついて広々とした農園を眺めていた。


 俺はほほえましく思ってフフッと微笑すると、となりの銀髪の女へ目を戻す。


 今日は戦闘用のレオタード・アーマーではなく私服である。


 ロング・スカートに白いブラウス、金のイヤリング……


 そんな女らしい格好をしていて、まるで普通の綺麗なお姉さんのようだ。


「セーラ、本当に眼鏡メガネなくて大丈夫なのか?」


「え? ええ。問題ないわ」


 セーラはそう言って銀のびんを耳にかける。


 そう。


 この前の盗賊襲撃で彼女の眼鏡は壊れてしまって、それからはずっと裸眼だったのだ。


「見えづらかったら注文しとくよ?」


「いいえ、視力は7.0あるし、もともと度は入っていなかったのよ。おばあちゃんの形見だったから……代わりを用意する意味もないわ」


「……そうか」


 眼鏡メガネをかけたセーラの顔が、俺はずっと好きだったのだけれど……


 でも、こうして裸の顔をジッと見つめていると、より眉目の作りの秀麗さがきわだって、改めて理想的な顔立ちをしているのがよくわかる。


「……なあに? 私の顔に何かついてる?」


「べ、別に。なんでもねえよ」


 俺はそうタバコを咥えながら、車窓へと目をそらせた。


≪えー、第二の拠点、第二の拠点、到着です……≫


 列車が着くと、俺たちは東口の階段へぞろぞろと向かう。


 ここの東側には、農業地のために作った湖がある。


 当初は汚濁した沼であったが、工作BOXの『素材の編集』により、飲み水としても上質で、清浄な湖へと再構成されていたのだった。


「ここも久しぶりね。さっそく泳ぎましょう」


「そうだな」


 水辺に着くと、セーラはおもむろに腰をねじりつつ骨盤の横のホックを外す。


 スカートがストンと地面へ滑り落ちると、ぷりっとしたお尻がにょきっとあらわれた。


「……!」


 瞬間、パンティのお尻が丸出しになったのかと思ってギョッとしたが、あらかじめ服の下に水着を着込んでいたらしい。


 ブラウスのボタンを外し、両腕をつり上げながら肌着を脱ぐと、細かいレエスに花の刺繍がほどこされたレジャー用のハイレグ水着に乳房のふくらみと股間の姿がくっきりとして華やいだ。


「今日のために用意したのだけれど、変かしら……?」


 不覚にも見とれてしまっていた俺を、不安げに見つめ返すセーラ。


「い、いや……」


 俺はなんとか魅了された心を素直に伝えてあげようと言葉を探して言った。


「ええと、すごくエッチだと思うよ」


「……バカ」


 セーラはぷいっとお尻を向けると、人魚のように泉へ飛び込んで行ってしまった。


 ……いかん、やっちまったぁ。



 パシャパシャ……キャッキャ♪



 まあ、何はともあれバカンスである。


 俺も服を脱ぎ去り、モンドや少女たちも水着になって湖で遊び始める。


「ゴゴゴ……」


「きゃー! チビちゃん!」


「沈んでる!」


 チビはゴーレムなので水に浮かない。


 これでは可哀想なので、工作BOXで木製の浮き輪を作ってやった。


「ゴッゴッゴ~♪」


「わあ、楽しそう」


「いいなー!」


 すると思いのほか好評だったので次々と浮き輪を作ってやると、泳ぎの苦手な子も水にプカプカ浮いて楽しみ始める。


「みんな、ご飯にしましょう」


 やがてお昼時になると、セーラがバスケットを持ってお尻をぷりっとさせた。


 バスケットにはたくさんのサンドイッチが入っている。


「わあ! すごーい」


「おいしそー」


「ウフフ、たくさん食べてね」


 水辺にシートを敷いて、みんなでバスケットを囲む。


 太陽がいっぱいだ。


 午後の日差しが湖に乱反射して、無数の光がそれぞれのしゃべりの表情を黄金に彩っている。


 そして、セーラの作ってくれたサンドイッチは本当においしかった。



 ◇



 お昼が終わると、俺は腹ごなしに水辺を歩くことにした。


 湖の西側からゆっくりと歩みを進めて、南側、東側へと回る。


 ザッザッザ……


 湖の東側は鬱蒼うっそうとした森が広がっていて、水辺の付近まで木陰の涼しさがおよんでいた。


「シェイド」


 するとその時、背後から鈴のような女の声が響くのを聞く。


「セーラ……」


「どうしたの? 一人で急に離れて」


「いや、別に。散歩してただけ」


「そう」


 水着姿のセーラは銀髪を耳にかけ、身に付けたままのイヤリングを凛と揺らした。


「でも、湖より東は魔物が強くなっているのよ。一人で歩き回るのは危険だわ」


「そうだったな」


 俺はタバコへ火をつけて、背を向ける。


「でも、これからはそうも言ってらんねーから」


「どういう意味?」


「バイローム地方はまだまだ未開の土地が続く。この領地のポテンシャルを引き出すためには、ここより東も探索していかなくちゃいけない。そのために、俺は俺自身の力もつけたんだ」


 俺はそう言って、自分の拳を見つめる。


「水も、もっと必要だ。資源や鉱石も、もっといろいろな種類を発見できるかもしれない。資源が増え、人が増えれば、さらに産業を興せるだろう。もっともっと拠点を築いて、それぞれを鉄道で繋いで……」


 こうして俺が未来図を語るのに夢中になっていると、ふと、女が後ろに手を組んで俺の方をジッと見つめているのに気づく。


「ふーん」


「な、なんだよ」


 ヤベッ、ちょっと夢語りすぎたか?


「いいえ。なんでも」


 セーラはそう首を振ると、俺の腕に寄り添って小さな声で言った。


「素敵よ。シェイド」


 水着に映る乳房が俺の腕とぴったり密着する。


 誇り高い女の胸が、俺にだけは接触に寛容だ。


「セーラ……」


 とは言え、俺はまだセーラのおっぱいを揉めずにいた。


 思えば14、5歳の頃だったか。


 俺はずっと『この国で子供を作ることは、ペットを飼うのと同じこと』と結論していて、そして、そんな大人たちのようには決してなるまい、子供は作るまいと、そう考えていたのだった。


 そう。


 大義をあきらめた国では、個別の愛も存立しない。


 何故なら、大きな人間組織の大義と、身の回りの人間関係には、どこかで“価値の相互依存関係”があるはずだからだ。


 例えばこの国の大人たちのように、大義が空白だからって核家族の愛に閉じ籠ったりしても、そこには間違いなく『自分への嘘』が致命的に折り混ざっているはずなのである。


 だから、俺は永遠に女性の胸からは遠ざかっていなければならないと思っていたのだけれど……


 でも、それでも、もしも子供を作るならば、正直に戦うことが大切だった。


 自分に偽りのない大義と戦いの筋道さえあれば、愛は存立すると、今なら思うから。


 ペットが子供のように、子供がペットのようには、なったりはせずに。


「シェイド。どうしたの?」


「え……」


 声をかけられてハッとすると、腕に寄り添う乳房のプニプニした感触がよみがえる。


「悪い。ちょっと考え事だ」


「考え事?」


「ああ。ちょっとな」


 と言うと、セーラはくてんと首をかしげて銀のポニーテールを揺らした。


「そう……でも、そろそろ戻りましょう? みんなが心配するわ」


「ああ」


 そう答えると、セーラは尻を向けて先を行った。


 しなやかな脚が歩みを進めるのに合わせて、木々の葉から注ぐ光が水着の花刺繍の上をコロコロと転がって女性的な肉付きを強調している。


「セーラ」


 俺は彼女の隣に追い付くと、男らしく、女の尻を右手でムチッとつかんで言った。


「セーラ……俺の子を産んでくれ」


「シェ、シェイド……」


 水着姿の規律正しい背中にキュッと緊張が走る。


「お前に産んで欲しいんだ」


 俺は、彼女のお尻をやさしくで続ける。


「……」


 セーラはしばらく戸惑うように太ももをモジモジとさせていたが、やがて宝石のような青い瞳でジッとこちらを見つめて言った。


「ええ。産むわ。あなたとの子供……たくさん作りましょう」


 風が領土の香りを運び、女の長い髪が俺の頬に触れた。


――――――――――――

【あとがき】

第一部完です。

(この作品、割と気に入っているので続きが書ければなあと思ってはいます)


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予算のムダだと追放された土魔法使いだけど、辺境に《最強都市》築いたので今さら「戻って来い」と言ってももう遅い ~掘削×工作スキルで荒野に町づくり~ 黒おーじ@育成スキル・書籍コミック発売中 @kuro_o-oji

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