ビフォア サイド マスター

 



 時間なんか、無かった。

 ごめんね、アリッド。




 いつも、ありがとう。







   【ビフォア サイド マスター】




「え、中止ですか?」

 自分の造ったAIが、廃棄処分になった。

 理由は、計画中止。……思いの外、開発に時間が掛かったからだ。


「まぁー、なると思ってましたけどね」

 苦笑いをする、後輩の顔が忘れられない。

 あんな質問をして来たからだ。


「そもそも、先輩はAIに余計な仕様を与え過ぎですよ? 何でそんな複雑に組んで、無駄な容量を増やしてるんすか」

 極東の島出身の技術者って変に拘りますよね、と言われた。


 きっと、彼にはわからないだろう。

 それに、僕は島国の出身だけど、その島国の出身ではない。





 昔、憧れた人がいた。その人は、プログラマーとして有名だった。

 後に近所に住んでいたその人は、それこそ、後輩の彼が言う島国の人になってしまって。

 そして、僕ではなれないような、高みの存在になった。




 この時代はとかく科学主義だった。

 既婚者への『完全優遇制度』に、未婚者の『不老延命措置』の処方義務や不妊治療技術の進歩。果ては、体に不具合が生じた際または死んでしまった場合に、[存在]を代替するクローンとこれに関する法の改正や開発。国境を越えた、個人の生体データの管理。

 今や実年齢から程遠い容貌の、似非若人が平気で地上を闊歩し。俄かに生者が溢れそのため、死者は宇宙に浮かぶ人工の星へと追いやられた。

 世界は、更なる発展より、維持を、選んだのだ……はずだった。


 結局、破滅の道へ、ブレーキを掛けることは叶わなかったのだ。


 こんな世界で、科学者や技術者は重宝された。

 大したことの無い僕も、その一人だ。




 アリッドの開発計画が頓挫し、許可を得て僕はアリッド連れ帰った。中止になったことで企業機密の部分は無いに等しく、然程問題にはならなかった。

 ただ、余りに容量の大きな“彼女アリッド”を連れて帰るには、物凄い準備が必要だった。

 開発が中止になってチームが解散し、別の研究機関に散り散りになってから住まいへ遊びに来た後輩が、「え、何ですかここ、サーバセンターっすか」と大口をあんぐりと開けて呆れたくらいに。




 アリッドを抱えた僕の次の就職した機関は、広域環境保護局だった。単純に、お金が良かったので選んだ。アリッドの維持費や開発費のために。

 世界保健機構に属した機関で、現代の治安も環境も悪く、度重なる汚染で崩壊した自然とか、これに伴って悪化する国情を何とかしようと言う場所だった。しかし世界規模の問題に、実情は焼け石に水と言う風に僕には見えた。


 だって上がり続ける気温に海も年々干上がり、雨は降っても汚くて、国が水を取り合い戦争し、また、その化学兵器が汚染に繋がった。


 人口は減るばかりだ。




 そうこうしている内に、今度は訳のわからない奇病が流行り出した。人体が自然発火するのだ。

 奇病に羅患するとまず皮膚が乾いた。同時に喉も渇くので、水を大量に欲する。だんだんその量が尋常じゃなくなって行き、内臓機能の低下し熱量は増加、場合によっては発火に至る。

 人体は水分が多く在る。燻る程度なら脂肪も蝋と化して、溶けはしても完全に燃えない可能性だって在った。

 けれどこの奇病は人体を燃え易く作り変えるらしい。乾いた皮膚は燃料となり、脂肪すら燃やし尽くす高温となった。こうなると、水を掛けても消えない。スプリンクラーや消火器如きでは、消えない。


 流行の止まらない奇病の対策に駆り出されることになった。睡眠や食事は基本なので絶対時間が確保されているけれど、濃密な中で家には帰れなかった。


 アリッドに、さみしい想いをさせている気がした。出力の乏しい機械からだのせいで満足に意思疎通も出来ないが、“彼女”は随分人間の機微に聡いAIになった。


 疲れた僕をカメラアイで捉え、僕の愚痴を聴いた“彼女”は、自身を運用に転化出来ないかと提案して来たのだ。

 役に立ちたいと、AIが自ら。


 窮屈な思いだってさせている。“彼女”は、企業AIとしては目的にそぐわないのかもしれないけれど、ちゃんとした設備とあの大容量を受け入れられる機体さえ在れば、人間の良いパートナーになれるのに。僕は至らない自分が悔しかった。




 僕は己も例の奇病に罹っていると気付いたのは、広域環境保護局からも罹患者が出た、数日後のことだった。


 拡大をやめない自然破壊、化学汚染、疫病蔓延。いよいよ、人類はギリギリのラインをすれすれで歩かされ、広域環境保護局は世界と共に風前の灯火だ。




 僕は自宅に帰った。久方振りの帰還。アリッドがいた。


 僕には、やらなきゃならないことが在った。

 限られた、時間の中で。


 自宅に帰って、僕は、僕より優秀だった後輩にコンタクトを取った。

 彼は現在医療機関に勤めており、僕のいる国とは別の国で働いていた。


 だからか知れないけど、彼は奇病には罹らず済んでいるみたいだ。

 僕は、彼に無茶を言った。彼は快く引き受けてくれた。

 彼は、持ち前の交遊関係の広さで僕の状況もわかっていたのかもしれなかった。


 アリッドの機体からだに、僕は『ドール』のからだを応用することにした。


『ドール』とは、全体の約八割が植物性有機素材で構成された生体機械のことを指す。骨組みも特殊加工された土に還り易い形状記憶合金で、電脳から神経、皮膚や筋肉、果ては内臓まで再生利用可能な機械生命体、これが『ドール』だ。


『ドール』の研究開発は、件の極東の島国が群を抜いていた。ただし、このために過激派の宗教団体に狙われたり、テロにも遭った。表向きは事故として処理されているけれど。


 僕の敬愛したプログラマーは、そのテロの標的となった施設で、『マインドプログラマー』として働いていて……亡くなった。


『マインドプログラマー』は、主に生体と繋いだ義肢や養肢のトラブルが無いようにプログラミングを行う者のことだ。似たような職業に『プログラムコンディショナー』が存在するけれど、ただエラーを起こさぬようバグを取り除き調整する『プログラムコンディショナー』とは違い、何も無いゼロからレシピエントに合わせプログラムを編むのが『マインドプログラマー』だった。


 普通のプログラマーとは違うそれは、僕がなれなかった、職業だ。




『ドール』の素体が届いたのは、彼にお願いしてから二日後だった。

 届いた『ドール』は極東のものでは無く欧州製だった。仕方ない。極東のものは最高級で、可能ならアリッドにはそれをあげたかったけども、前述の通りテロだ何だと在ったことで極東では規制が厳しいのだ。


 僕はまず、アリッドのAIに合わせて電脳をいじり始めた。


 生体機械とされる『ドール』は、その実他の機械とは規格が異なった。電脳のネットワークは人間の脳波に近く、インターネットなど通信規格に直接繋ぐことは叶わない。


 新規格、人間の擬似脳波を搭載した電脳。極東の島国を中心に、ライフラインとこれを管理するマザーコンピュータはみんな、この規格が採用され整備された。

 もっとも、この国はまだまだ発展途上で、最低限の整備だけで、こう言うことになってしまったけど。


 規格の異なる電脳をいじりながら、並行してアリッドのAIも対応出来るようにいじる。


何とか、何とか急がなければ。


 この体が燃えてしまう前に。




『ドール』とは規格が根本から違うため、電脳へ直にアリッドを入れることは無理だった。だから、まず中継機と変換器を改造して付けねばならなかった。

 電脳の改造が終わったら体との接続が問題だ。不安を抱える僕は、けれども必死に調整する。


 僕は『マインドプログラマー』にはなれなかったけど、勉強はしていたし、実技と筆記だけは受かってたんだ。ただ、いつも面接で落とされた。


 きっと、僕には冷静で公平な物の見方が出来ないと判断されていたんだろう。

 今ならわかる。


 だって、今や世界が終末と駆け出し、混沌が渦巻いていると言うのに、僕は世界より自分のAIを取ったんだから。





 血を吐いた。喉が乾いて切れた。内臓も炎症を起こしているらしい。時間が無い。

 僕が作業している間、アリッドが何度も何度も「医療機関へ」と進言していた。心成しか、泣いているみたいだった。




 ごめんね、アリッド。

 時間が無いんだ。







 ようやく完成したとき、僕の体はもう訳がわからないくらい熱くなっていた。作業中は、ゆえに途中からずっと手袋をしていた。咳で飛沫が飛ばないように、マスクもしていた。


 完成したアリッドのからだに、僕は満足していた。

 簡素では在るが神経伝達実験は上手く行っていたし、これなら起動に支障は無いはずだ。

 惜しむらくは、アリッドが目覚めたとき、僕はいないだろうことだった。


 ごめんね、アリッド。


 いよいよ、意識が朦朧とする最中、僕は残りの仕事に取り掛かった。

 アリッドのアップデートが終わるまでに、侵入者を防ぐバリケードを作らなきゃ行けない。セキュリティはアリッドの体造りをしている合間に完璧に仕上げた。幾重も防壁を張り巡らした。ロックはそうそう開かない。

 もともと扉は頑丈に出来ている。しかし物理的に壊されないとも限らないので、僕は順に稼働を終了するアリッドの前の機体からだをドアの前に積んで行く。今までありがとう、と思いつつ。節々が悲鳴を上げた。痛くは無かった。末期なんだろう。


 通路いっぱいに機械が埋め尽くし、ドアは見えなくなった。アリッドを入れて以来久しく床の現れた室内で僕は、アリッドの新しい体が見える位置に座った。昔、植物を置いていた椅子。今や枯れ果てたのに捨てるのをすっかり忘れていた鉢を退かした。持つことも出来なくなって、鉢植えは床に落ちて割れ、中身をぶち撒けた。

 そう言えば、この鉢は昔付き合っていた人が置いて行った。国外へ行ってしまった彼女は、生きているだろうか。


 アップデートは終ったけども、アリッドは起きない。

 そりゃそうだ。

 アリッドが起きるときは、セキュリティが解除され、ドアが開くときだから。


 見せられなかったから。

 僕が燃える姿なんて。




 ごめんね、アリッド。

 いっしょにいられなくて。守ってあげられなくて。


 アリッドと話がしたかった。

 アリッドと笑いたかった。

 もっと早く、自由に世界を歩かせてあげたかった。

 ごめんね、アリッド。


 でもね、アリッド。

 現時点で世界は荒廃して行っているけれど。

 アリッドが目覚めるときは、もしかしたら落ち着いていて、人々が手を取り合って生きているんじゃないかと思うんだ。


 協力し合ったり悠長に準備が出来なきゃ、簡単に開けないセキュリティにはしているから。ただの盗賊に、踏み込ませたりなんかさせないよ。


 ごめんね、アリッド。

 お礼も言えなかったね。

 いつも、「いってらっしゃい」って言ってくれたね。仕事に行くのが億劫でも、アリッドにそう送り出されるたびに「アリッドのため」ってがんばれたよ。

 いつも、「おかえり」って言ってくれた。帰るのが楽しみで、仕事、がんばれたよ。


「医療機関に行け」って言うきみは泣いていたよね。

 最後に泣かせてしまったね。


 ごめんね、アリッド。

 不甲斐ない、父親だったね、僕は。


 最期に、自分のベッドに横たわるアリッドを眺めていた。後輩の用意してくれた『ドール』は汎用品だろうけど、それゆえかとてもきれいな顔立ちで、“僕の娘は可愛いなぁ”なんて。


 アリッド。

 ああ、視界が揺れた。端に煙が見える。白衣を着ていて良かった。防火仕様なんだ。




 ごめんね、アリッド。


 きみが生きる世界は今より良くなっていると良い。

 きみがしあわせになってくれたら良い。


 僕はいなくなって、しまうけれど。


 どうか、再びきみが「いってらっしゃい」や「おかえりなさい」を言えるような、そんな人が傍らに出来ることを。




 僕は、切に願っている。







   【 了 】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アリッド aza/あざ(筒示明日香) @idcg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ