Twin Pendulum

ゆな「ねぇお兄様。秩序とは何だと思う?」

 一月のしんしんと雪が降る静寂な夜。ゆなはベッドの中で兄に問うた。

ゆずる「…全てが規則正しく動くことかな?」

 ゆずるは妹の気紛れな問いかけに天井を見ながら答えた。

ゆな「そうね…。じゃあ、この世界は秩序だって動くと思う?」

ゆずる「人は秩序が好きだけど、そうじゃないことの方が多いね」

ゆな「…そうね」

 ゆなはぶっきらぼうにそう答えた。

ゆな「秩序とは何かと問われれば、私は自然のサイクルのことと思うわ」

 ゆなはそう言うと、這いずるように身体を起こして兄の胸に頭を置いた。

ゆな「世界は振り子よ。秩序だてて右へ左へとふれる、美しくて単調な、調和に彩られたコスモスよ」

ゆずる「ゆなはいつの間に数学を学んだの」

ゆな「私は数学の知識なんてないわ。ただ、私が見ている世界は全てが秩序だって動いているとしか思えないのよ」

ゆずる「世界には喜びも悲しみも溢れているよ」

ゆな「創造も破壊も秩序の一端でしかないわ。争いは外来種が固有種を侵略し、新たな生態系を築く本能に基づく行動なのよ」

ゆな「意味のないことなんてこの世界にはないと人はいうわ。なんて恐ろしいことと思わない?お兄様」

ゆずる「そうかな?」

ゆな「えぇ、そうよ。意味のあることというのは、世界の全てを秩序だたせるピースとして組み込まれることと同じことじゃない。全てを統べる存在から見てみれば、その行動は全て秩序を維持するための変数のひとつとして扱われるといえるのじゃないかしら」

ゆな「天体の公転軌道が狂いなく作動しているのは、飛来する彗星も他の星の運動も全て受け入れているために他ならないわ」

ゆな「意味のあることで世界が完璧に構成されているのなら、意味のないことこそ構成を変化させるものと思うの。秩序を狂わせる誤差こそが、新しい秩序へと移行させる大事な変数なのよ」

ゆずる「ゆなは特別になりたいんだ」

ゆな「えぇ、そうよ、そうよ」

 ゆなは炎の揺らめきを思わせるように、ゆらゆらと身体をしならせ、ゆずるの首筋に頭を埋めると、シルクのように柔らかな髪がゆずるの肌を滑るように撫でた。

ゆな「お兄様、お兄様。この瞬間よ。私たちのこの瞬間こそ、特別なのよ」

ゆずる「罪を犯したいわけではないんだね」

ゆな「サドは言ったわ。殺人や罪悪は自然の生み出す行為のひとつだって。進んで罪を犯して意図的に差異を生み出そうとする行為は、一見特別に見えて正しい変数のひとつなのよ。だって、生命は有史以前からお互いを簒奪し合ってきたんだものね」

ゆな「私たちは子どもも作れないわ。老いることもないし、死ぬこともない。そのかわり成長もせず、ずっとこのままよ」

ゆな「素敵だわ。神様の築く世界の秩序から舌を出してはみ出してやるの。私たちのこの小さな誤差は、この果てしなく大きく美しい秩序にわずかにでも変化をもたらすに違いないわ」

 ゆなはゆずるの桜唇を軽く噛んで、小さなキスを繰り返した。

ゆな「でもね。お兄様。私たちがこうしてキスをしたら、もうこの世界の秩序のなかに組み込まれたも同然よ。だって、この世界にもう私たちはいるのだから」

 ゆなはそう言って、ゆっくりと仰ぐようにして天井を見上げた。

ゆな「私たちを悪魔が見ているわ。悪魔は私たちのこの先を予測しているの」

 ゆなはそう言って、今度は兄の身体に倒れ込んだ。乱れた髪を戻そうともせず、ただ頭をゆずるの胸に擦りつけながら、のたうつようにして呻いた。言葉は静かで、ヒステリックにわめくようではなくとも、まるで業火に背中を焼かれるかのような苦しみに満ちた姿に思えた。

ゆな「あぁ、もうすでに私たちは秩序のなかにいるの。悪魔の思う壺よ」

ゆな「いやね、いやね。私も所詮はこの世界の変数に過ぎないというのかしら」

ゆな「お兄様。お兄様。私と一緒にいてね」

ゆな「私たちは対の振り子よ。私たちは秩序に誤差を与えるの。非秩序の存在よ」

ゆずる「僕はずっとゆなのそばにいるよ」

ゆな「そばにいるのではないわ。共にいるのよ。ひとつにね」

 ゆなはそう言って、目を閉じると、ぜんまいが切れた人形のように眠った。

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ヴィアレット家物語 双子についての話 Yuna=Atari=Vialette @AtariYunaV

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