第6話 お見通し

「で。さんざん煽り倒した挙句、トドメの一言をぶつけて自分を襲わせて、証拠動画をしっかり録ったうえで返り討ちにして、警察に引き渡したと」


 呆れ顔をした赤澤結衣が言う。呆れられるようなことはしていない、むしろ褒めてほしいくらいなのだが。


「なによー。あんたの家庭が荒らされたっていうから懲らしめてあげたんじゃない」

 言い返すと、結衣は短くため息をつく。


「別に荒らされたってほどじゃないわよ。普通に信頼関係できてれば誰かの悪戯だって言い分も信じるし、仮にロリコンだったとしても趣味には口出さないし」

 キモいはキモいけど、と彼女は付け足す。

 人と人とのつながりは、脆いようで堅い。


 そして、

「まああんたに話したらこうなりかねない、というのを想像できなかった私が悪かったわ」

 こんな失礼な一言を添えてくれた。


 赤澤の夫とは私も面識があるが、Dabetterで荒らしをするような人間でもなければ、個人情報をそこで漏らすような隙のある人間でもない。正義感の強さはやや潔癖気味ではあったけれど物腰柔らかな常識人。Dabetterでも、日頃からリアルでの行動と結び付けられない発言を心がけていたようだ。今回の嫌がらせを受けたときに最初に頭に浮かんだのは、直前まで議論していたとあるアカウントだった。


「ジャックなんたら、というアカウントなんですけどね。友人のアカウントに言いがかりをつけているのを注意したら矛先がこっちにきちゃって。それほど強い言葉を使ったつもりはないんですが……」

 とは赤澤(夫)の弁。


「それで調べてみたら、ジャックなんたらと議論、というよりは口論した相手はいずれも私生活でトラブルがあったみたいでね。自宅に変なものが届いたとか、個人情報をバラまくぞと郵便物が届いたとかつぶやいてたわ」


「あー。それが常套手段だったわけね。スーパーハカーってやつ? それとも超能力? 仮にそうだとしても、何のためにそんな能力なんて手に入れたのかしらね。本当に欲しかったものはそんな力じゃないでしょうに」


「さあねー。方法まではわかんない。でも何かしらの手段で個人情報を手に入れているっぽいというのはわかったから、住民票を仮住まいに移したうえで、偽の裏アカウントを作ってコンタクトしてみたら、釣れちゃった」


 なにせ私が本名でアイドルをやっているというのは、紛れもなく事実なのだ。

 手段はわからないが、本当に名前と住所がわかるなら、釣れるはずだと思っていた。性格的に。


 ジャックなんたら——天野にも、証拠もなくあのアカウントが千里川だと言っても誰も信じないのがわかるくらいには理性が残っていたわけだ。惜しむらくは、証拠を撮影してやろうとして出向いてくる程度には理性が蒸発していたという点である。蒸発させたのは私かもしれないが。


 ちなみに偽アカウントに載せていた男の画像は全部弟だ(三人もいる。時には役に立つ)。ぼかしていたし、もう消したから、まあ大丈夫だろう。

 ちなみにトドメの一撃も、当然ながら嘘である。あの言葉なら動くんじゃないかと考えただけで。


「手段がわからないまま逮捕させちゃうっていうのもまた変な話よね。探偵アイドル・千里川瞳! なんて売れそうじゃない?」

 赤澤が他人事のように言う。全然売れそうに聞こえないし、探偵でもない。やってることはどちらかというと猟師である。


「別に全部がわかってる必要なんてないわよ。行動原理さえわかれば、罠は張れるもの」


 あなたのことはお見通し。

 異能なんてなくてもね。

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あなたのことはお見通し 綾繁 忍 @Ayashige_X

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