第5話 激発

 来る日も来る日も千里川のアカウントから届き続ける否定の嵐に、天野の頭は限界だった。

 天野が一言つぶやくたびに、千里川から複数のリプライが届く。元々「アイドルの裏アカウント」であることを公言していることもあって、ギャラリーもほとんどが彼女の味方だった。少なくとも天野は、人々が彼女に味方する理由はそれくらいだろうと認識していた。


『そんなことを言ったら失礼にあたりますよ、という当たり前の助言さえ虚しく響きますね。これならブルドーザーに説教している方がまだ生産的かもしれません』


 他のアカウントの発言を嗜めてやっているときも、彼女のアカウントは噛み付いてきた。天野の意見について、執拗に反論をぶつけてくる。しかし自分をブロックしてきた相手を「逃げ」だと罵倒してきた天野にとって、彼女をブロックすることはすなわち敗北を意味していた。意地でもブロックするわけにはいかない。だがそうすると、嫌でも彼女のリプライが目に入ってくる。見ないようにしようとしても、他のアカウントとやりとりしている際にどうしても目に入る。


『どうしたらそこまで的外れな反論ができるのでしょうか。脳が人とは逆に取り付けられているとしか思えませんね。酸素を生み出している植物達に申し訳ないと思わないんですか?』


 彼女を監視していても、一切ボロを出さないこともまた天野にとって耐えがたいストレスであった。雨の日や風の日はさすがに辛いので避けていたが、晴れている日は可能な限り監視を続けていた。それなのに何も収穫がない。あれだけ奔放な投稿を続けているアカウントの持ち主のはずなのに、家に男を連れ込む様子が一切なかった。

 そして、鍵をかける様子もなかった。


「くそが……俺はお前の名前も住所も掴んでるんだぞ……いつだって思い知らせてやれるんだからな……」


 そう口に出して、初めて気づく。何も搦手だけが相手に「わからせる」手段ではない。一日の大半をパソコンの前で過ごし、インターネットに首まで浸かりながら生活している天野にとって、逆にそれは盲点だった。自宅の前までたどり着いているのに、やることが「写真を撮る」だけだなんて。


『あなたの体内で生きている微生物達が可哀想です。どうしてこのような罵詈雑言を生産することしかできない宿主を選んでしまったのでしょう。あなたのカルマはきっと周りの人も動物も微生物も不幸にしてしまいます。微生物に謝って』


 しかし最後の理性が無意識ながらも行動に移すことを踏みとどまらせていた。ネット上ではともかく、現実世界で暴力を振るったことなど一度もない。むしろ大人しいと言われてきたタイプの人間だ。周りと揉めることもあまりなかったし、親を困らせた記憶もない。友達が多かったかと言われればそんなことはないが、地味ながらもそれなりに勉強はできたし、そこそこの大学も出ている。少なくとも天野は自分を理性的な人間だと定義していたし、実際彼の過去を見ても、ネット上での振る舞いを除けば概ね暴力とは無縁だった。彼が直接的な暴力を選ぶには、それなりに切迫した動機が必要なことは確かだった。そう、たとえば、リプライを送ってきていた彼女から、


『ところで、私はあなたの個人情報を握っています』

 

 このようなダイレクトメッセージが届いたとき。

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