時オナ

高橋 白蔵主

時オナ

ええ、枕の前にもひとつ枕でございます、いつもはばかばかしいお話を、っていうのは吉原でも評判の花魁、メスイキ太夫の十八番でございましたが、毎晩毎晩、通ってくれるお大尽を前に、ついに面白い小噺のストックがなくなっちまったってんで今晩のお座敷、かつてないほどのピンチでございます。

もう頭の中は真っ白、でももうお大尽がお座敷まで上がってきちゃったってんで仕方ないから三つ指ついてお出迎えをしようってんですけれども、やっぱりなあんも思い浮かばない。

仕方ない。

これは謝って、今日だけは枕ナシで床のテクニックだけで頑張って挽回しようってんで、「もし」、とメスイキ太夫、しなしなっとシナをつくるんですね。

「もし、今日の枕の前の枕でありんすけれども」と話し始めるが早いか、お大尽は

「おう、今日も景気のいいやつやってくんな」。もう見るからに楽しみで仕方ないってえ様子で、こう、正座なんかしちゃったりしてですね、ワクワクして太夫が喋るのを待ってるんでございますね。もちろん立てるものはおっ立てたままでございます。そうするとながーいこと黙って、メスイキ大夫が思いつめたみたいに、


「昔、あるところにオナホ長屋って長屋がございましてね」


あっ、いけない。

これは隣の座敷のナツメ大夫の十八番です。これはいけません。

吉原には、一度贔屓を決めたら別の花魁とは口も利いちゃならねえって決まりがありますが、さすがに東のメスイキ太夫、西のナツメ太夫と称される超有名人だ、お大尽もナツメ大夫のオナホ長屋くらいは一般教養としてさすがに知っていなさると来たもんだ。メスイキ太夫が枕の「ま」の字も言い終わらないうちに、お大尽のお大尽がふんにゃり、萎れちまったんでございます。


「……なあ太夫、大夫よう」


悲しそうにお大尽が首を振ります。


「あい」

「盗作はいけねえよ、なあ。倒錯した性ってのはおれも大好きだが、盗作だけはいけねえよ。わかるだろ」

「あい」


お大尽は悲しそうな顔をして、


「なんか今日は湿気っちまったから帰るよ、明日又来るからさ、また、おれのお大尽が思わずお大尽しちまうような、たまらねえ枕の枕を用意しといてくれよな」


まだ宵の口だってのに、せっかくつけたお燗にも手を付けず、なあんもせずに帰って行ってしまったんですね。こうなると困ったのはメスイキ大夫だ。通ってくれるお馴染みさんをがっかりさせちまった。わっちもプロフェッショナルでありんす。プライドってものがござんす。なんつって俄然奮起したけど、奮起したからってうまい枕が思いつくもんじゃあない。

うんうん唸ってましたが、浮かばないものは浮かばない。

この間仕入れた、「番町サラサラ屋敷」の噺を少し弄ったら格好がつくかな、なんて思いながら、いちまい、にまい、さんまい、と音楽に合わせて妖艶に着物をはだけていく練習をしてるうちに、はっ、そうだ、とメスイキ大夫、思いついたみたいなんですね。


善は急げってんで人をやって、帰りの籠に乗ってたお大尽を呼び戻し、二時間ください、本当の枕の枕をお見せしてやりましょう、必ず満足させてみせますよってんで、もう一遍、二人っきりのお座敷でございます。太夫が張り切って、


「時オナ、というものがござんしてね」


囁くようにお大尽の耳に、ふうっ、って息をかけるんです。それだけでもうお大尽のお大尽はむくむくとお大尽して、臨戦態勢だ。ふうふう言いながら


「なんだい、太夫、時オナってのは」

「お大尽、一晩に何かいくらいならお大尽できるんかえ?」

「まあ、頑張っても六回が関の山だなあ」

「時オナってのは、その限界を超えることができるンでござんすよう」

「馬鹿言っちゃいけない、できないものはできない、なんでも装填数ってもんがあらぁな。だっておれァもう四十だぞ」

「騙されたと思って、わっちのまえでその、マスターベーションをしていただきたいんでござんす」

「せっかく吉原にきたってのに、せんずりかい」

「騙されたと思って」

「まあ、そこまで太夫が言うなら仕方ねえ」


試しにやってみるかねえ、って、いっしょうけんめいごしごし、ごしごし、うっ。お大尽が果てると、花魁がにいっと笑って「一回」。

今度は花魁がそのすんなりした手で、手伝ってくれるんですね。ごしごし、ごしごし、うっ。今度は花魁の真っ赤なくちびるが色っぽい声で「二回」。

もうだめだ、これ以上はお大尽できないよう、と荒い息のお大尽の耳元で、まだまだいけますよう、というが早いか、大きく口をあけた花魁がお大尽に覆いかぶさって、あっという間に、うっ。

「三回」

「ほら四回」

お大尽は目を白黒させて、とうとう気を失ってしまいました。

次にお大尽が気が付いたのは、自分が、うっ、っと叫ぶ声でした。お大尽のお大尽は出しすぎでじんじんいたんでおります。


「太夫、いまのは何度目だい」

「へえ、六回で」

「うっ」

「って言ってる間に七回目。ほらね、新記録でござんす」


時オナ、というお話でございました。






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