ロボットさんの心
高黄森哉
博士。故障です!
制服の上を下着ごと脱いだ年端のいかない娘が扉を勢いよく開けた。髪型はショート。胸の赤灯が四畳半を周期的に赤く染める。
「わわわわわ! 大変です博士、私、故障しました!」
「どれどれ」
私は冴えない発明家、三峯陽介。発明家と言うには何か発明したんだろうと思うだろうが、そうこの通りロボットを自作した。
一見すると高校生の娘にしか見えないこの娘は実はロボットである。地下のパソコンを連結した解析装置により、自我が作られている。その自我を受信する肉体部分こそ、この娘である。
なぜ私がこの自我に肉体を、それも高校生の肉体を授けたのか。それは私の趣味だ。今では当初の邪な気持ちは消え去り、立派な父であるが。
「うーむ。おかしい、今回も故障してない」
「ええ。そんな。でもランプが光ってるんですよ」
「自分で止められないのかい?」
「はい!」
「そんな訳ないんだがなぁ」
「でもぉ………………」
ロボは、うっとりとした目で私を見つめる。一体、どうしてそんな目で私を見るのだろう。それはともかく、身体に故障が無く、警告を自分で止められないとなると、これは安全装置に問題がありそうだ。つまり、緊急信号を胸のランプに送る装置自体が故障したのである。
「あっ」
「変な声を、ださんでくださいな。そうかなら、午後から工作ロボットが届くはずだったがなあ、明日にしようか」
私はロボが強烈に所望した安物の工作ロボットを思い出していた。夏休みの自由研究に使うような簡単なつくりのキットで、ロボットである我が娘はシンパシーを感じたようだ。もう一目ぼれである。まあ今年で三歳になるし(見た目は十五歳くらいだが)、そう言えば誕生日プレゼントを与えていなかったし、誕生日も今月だからと買ってやった。しかし、『一緒に作る』ということを強調するのは何ゆえだろうか。まあ、謎の拘りは彼女の搭載するAIが人間に近い証左であるか。
「へっ? い、いやその………………」
そういうと俯いてしまう。自分で作っといてなんだが変な奴だ。前回の対処法を試すか。よくわからない理屈だが、コンセントに充電プラグを刺すと治るようである。
「また充電が減ってるのかもしれん」
「では、接続してきます」
尻尾のように生えた器官をアウトレットに挿入する。するとパルサーのように明滅する赤の光はこと切れた。ほっと一息。私はこのロボを我が子のように思っているのだ。決して消耗品ではないのである。
「治りました!」
「それは良かった。でも、また点検しないとな」
「はい!」
返事がとても元気良かった。
点検ということはシャットダウンが必要なのだが、怖くないのだろうか。因みにだが、このロボは寝ることはない。本人がそう希望するからだ。本質的には人間と違うのである。体だけじゃない、思考だって人間離れしている。それは彼女のインプットが人間と異なる事に起因する。
例えばこんなことがあった。ハンバーグを食べているとロボが急に、私のハンバーグに充電プラグを刺してきたのだ。摂取したら動き回れるようになる茶色い塊を、コンセントの類と解釈したらしい。わからなくもない。
他にもこんなことがあった。彼女の部屋に入ると、腕を工具で外して遊んでいたのである。技術者として機械への興味は微笑ましいと思ったが、ロボは私が見ているのを発見するなり、早口で言い訳をし、それから三日も口を利かなくなってしまったのだ。なぜ口を利かなかったのか今でも不明である。そしてそのことを聞くと怒り出すので、今では禁句になっている。合金の塊と喧嘩になれば命が危ない。
「早く服を着なさい」
点検の際、脱がしておいた服を着るよう促す。
「このままじゃだめですか?」
「駄目に決まってるだろう」
まあ、ロボだからそのような羞恥は持ち合わせてないのだろう。私は娘が心配だ。
しかし人間と似たような構造のプログラムをしたから、羞恥心を持ち合わせていない訳は、ないはずだ。はて、何かトラブルでもあったろうか。
そう言えば、ハンバーグじゃないが、食欲と電力は彼女にとってイコールで結ばれているとかなんとかだった。じゃあ羞恥心を司る欲、性欲は何か別のものと結びついているのではないか?
人間の生殖本能の本質は個体を増やすことである。それを満たすために自慰に及んだりするものだが、果たしてロボの生殖や自慰とはなんだろうか。ロボの誕生を考えると、どうやらロボットの繁殖とは『人の手によって作られる』ことのようだ。すると腕を外して遊んでいたのは人間でいう自慰行為と考えられないだろうか。自分をバラして、自分で自分を作る、一人での繁殖の模倣。なるほど、三日も口を利かなかったわけだ。
げっ、待てよ。じゃあネットで注文した工作ロボを二人で作るのは、より直接的な行為じゃないか。だって、二人で一人を生み出すのは、繁殖行動そのものなんだから。理由をつけて断らねば。私は飽くまで父親である。
「また、……………… 故障しちゃいました」
扉がバタンと開かれ、ロボがトロンとした目つきで部屋に押し入る。胸の赤い光が顔に反射して、頬が上気しているようにも見えた。またか、と工具箱からドライバーを取り出したその時、体の配線をいじくりまわすことが、彼女にとってナニを意味するのかに気づいてしまった。
ロボットさんの心 高黄森哉 @kamikawa2001
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