第1話 今日、ちょっと割れぎみ。

 少し暑くなってきた。

 太陽が体にあたり肌が少し黒くなってきた頃。

 片道40分、ずっしりのしかかる紙の束を背中で感じながら、なにも考えずに前へ前へと足を動かす。とりあえず足さえ前に出しておけば、この苦行から解放されるのではないかと思いながら、背中にくっつくワイシャツを信号で止まるたびにパタパタと動かす。

 最近できたおにぎり屋の前を通り、あと5分で…という淡い期待を抱く。

 やっとの思いで教室につくと、そこは外とは違う暑さで、僕は毎日絶望する。

 8時…

 扇風機がつくまであと30分。

 地方の市立中学はどこもこんなものなのだろうか?

 自分の学校が変なのではないかと思ってしまう。テレビでは学校にエアコンが設置されているなどというニュースがあり、テレビの中のおっさんたちは「今時の若者は…」なんて言うけれど、僕たちにはエアコンはないし、昔と今は気温が違う。

 なんとなく反抗心を抱くも、そんな声は届かないことを知っており、心のなかで反響させる。

 時間になり先生がやってくると、来年の夏からこの学校にもエアコンが設置されることが伝えられる。

 【僕たちがいない来年の夏はこの学校にエアコンが存在する。】

 なんとなく自分たちが捨てられた世代のように感じてしまった。

 

 学校というものは意外とあっという間に終わるもので、授業なんてボーッとしていればすぐに6時間目になってしまう。

 気づけば今は帰りのホームルーム。

 日直が前にたち進行を始める。

 今日が終わることに少しだけ胸の高鳴りを感じながらそそくさと帰り支度を進める。


「さようなら」


 部活ガチ勢と、帰宅ガチ勢たちはスタートダッシュをきめる。

 このラッシュ終わりを見極めて僕もそろそろ教室をでる。


 一斉に発車した脳筋マリカーやろうどもはとっくに消え、周回遅れの僕が下駄箱に行った時にはほとんど人影がなかった。

 履き慣れたNIKEの靴を履き、スタスタと校門をでる。

 校門をでるとうちの学校ではない制服の少女が立っていた。赤いネクタイと、顔周りがスッキリとしたショートカットの彼女は液晶の外にいる人間だとは思えなかった。

 彼女をみた瞬間、僕の不格好な髪型と猫背、身長がどうしようもなく疎ましく、彼女の前から消えたくなった。

 しかし同時に、僕の心には彼女とどうにかなりたいという矛盾した気持ちも芽生えていた。


 少し風が吹くと彼女の髪の毛はとてもきれいになびいた。

 僕の前髪は不格好に少し割れて、なんとなく髪を手でくしゃくしゃした。


 2021年、7月7日。僕の世界は今日をもって色めき出した。

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前髪の調子が気になる時。 茶乃木 @chanogi

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