◇現在。夕暮れ時の隠れ家にて
「君塚、起きて。起きないと――」
「はぁっ!」
耳元に
どうやら、俺は眠っていたらしい。
「……目を覚ますのなんか早くない?」
「断じて気のせいだ。……ところで夏凪、その格好はなんだ」
俺の横でなんだか不満げに頬を膨らませる夏凪を見れば、普段と違う格好をしていた。
大きな黒い帽子に、赤い耳飾り。
紫と黒の生地で作られたドレスに長手袋をしている。
「何って魔女だけど。これがいいって、君塚が言ったんでしょ」
「そうだったっけか」
言いつつ部屋を見回せば、窓も無く殺風景だったはずの内装は、今やいたるところに装飾を施されてカラフルになっていた。
そのいずれもが
ああそうか、今日はハロウィンだった。
そして今はパーティのための準備中といったところか。
なるほど、どうりで俺の身体に大量の巻きかけの包帯が絡みついているわけだ。
だからあんな夢を見たんだろう、とこれまでの記憶が一気に蘇ったところで後ろから声が飛んできた。
「君塚さんやっと起きたんですか。もう準備終わっちゃいましたよ」
振り返って見れば斎川も普段の格好と違い、赤いドレスの上に黒い襟付きマントを羽織っていた。眼帯も赤と黒の特別仕様である。
「似合ってるな斎川。流石はアイドルだ」
「えへへ、ありがとうございます! プロデューサーにそう言ってもらえるよう今日のために用意してきたかいがありました」
「そうか、そりゃ良かった。それで……」
素直に年相応の笑みを見せる斎川の隣には、緑色の四角い物体が佇んでいた。
「誰だお前」
「ひどいっ! これなら絶対に遠目でも目立つってキミヅカが言ってたのに!」
「ああ、シャルか。そういえば言ってたなそんなこと」
思い出した。シャルが仮装で目立ちたいと謎の相談を持ちかけてきたから目についた爆発する匠の着ぐるみを勧めていたんだった。
「そもそもなんでこの島にあんな着ぐるみがあるんだ……?」
「――バカなのですか、君彦は」
聞き慣れたはずの、けれど未だに聞き慣れない声にそちらを向けば、そこには紅茶を淹れている最中の《シエスタ》がいた。
格好は普段と同じだが、いつだかシエスタがつけていたようなケモ耳をつけている。
「あなたが言い出したのでしょう。何も娯楽のないこの島でせめてもの楽しみとしてパーティをしたい、と。床に寝っ転がりダダをこねながら」
「人を勝手に幼児退行させるな。……で、ここまでやってくれたのか」
「ええ。なんでも今日は作者様の誕生日らしいですし、どうせなら盛大に」
「そういうメタいことは言わんでいい」
やれ、身もふたもない発言をするのはやはりシエスタと同じらしい。
「君塚も起きたことだし、パーティにしよっか。ほら、席につこ?」
「ん……」
夏凪に引っ張られて俺はソファから身を起こす。
そして身体に巻きつく包帯を引きずりながらテーブルに向かおうとして――斎川とシャルに阻まれた。
「ちょっと、二人とも何してるの」
「渚さん。この人を席につかせる前に、しなくちゃならないことがあります」
「しなくちゃならないこと……?」
首をかしげる夏凪を置いて、にんまりと笑う斎川と着ぐるみをきたままのシャルが俺に手を差し出す。
「君塚さん、トリックオアトリートです!」
「キミヅカ、トリックオアトリートよ!」
……なるほど、そういうことか。
まるでいつだかのハロウィンのようだ。
あの時も俺はお菓子なんか持っていなくて、シエスタにされるがままになってしまった。
「ふっ……」
だが、今とあの時で決定的に違うことが一つ。
俺は自由に動けるということだ。
「やれるもんならやってみろ――――!」
そう言って俺はくるりと振り向き、逃げ出した。
「あぁっ君塚さん!?」
「あの男、お菓子を持っていないからって逃げたわ! ユイ、追いかけましょう! ワタシはバイクを持ってくるわ!」
「はい! どこに逃げたって《左眼》を使って追いかけますからね、君塚さん!」
「お前らお菓子にどこまで全力なんだ!」
「ちょっとぉ! 早くパーティしようよぉー!」
遅れて夏凪まで追いかけてくる。
だからこの時、俺たちは誰も見ていなかった。
「――――本当に、相変わらずだね」
紅茶を淹れ終えた《シエスタ》が笑みを浮かべていたのを。
《SPES》との戦いに挑むまでの、わずかな空白期間。
俺たちはこの日も、バカなことに明け暮れた。
ハロウィンはお菓子がないとこうなる にのまえ あきら @allforone012
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