ハロウィンはお菓子がないとこうなる

にのまえ あきら

◇ある日の昼下がり。とあるオンボロ宿の一室にて。


「助手、助手ってば」


 窓から見下ろせば秋一色の街を横目に、俺は一人がけのソファにうずまり、コーヒーを啜りつつ新聞をめくっていた。

 これぞ大人のたしなみ。こんなにも優雅な午後はない――そう思っていたのに。


「もう……起きないと、いたずらしちゃうよ」 

「はぁっ!」

 

 耳元に吐息交じりのあでやかな声が届いた瞬間、俺は強烈な本能によって目を覚ましていた。


「やっと起きた。お昼寝にしては長すぎるんじゃない?」


 すっかり日が落ちて電気のついた部屋の中、シエスタがソファの右縁に頬杖を付いて俺を見つめていた。

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 

「あぁ、悪い。コーヒー飲んだのにな……ってシエスタ、その格好はなんだ!」


 目を覚ましたばかりで頭が働かず、認識していなかったがシエスタの格好は普段と違っていた。

 これは……なんと説明すれば良いのやら。

 頭にはケモ耳をつけ、首元は紫毛のモコモコとしたファーが取り付けられていた。

 そして胴体、というか胸元と腰回りにのみ同じくファーがついていて、足先から太ももまでを肌にぴっちりと合う薄紫色のハイソックスで覆っている。

 二の腕から先も灰色のタイツ素材で覆われていて、頬杖をつく手元には黒い大きな爪がついていた。

 起きたら相棒がとんでもない格好で見つめていた事実に戦慄する俺に、シエスタはこともなげに言う。


「ほら、今日ハロウィンじゃん?」

「ハロウィンだから何!?」

「だから仮装してみたんだよ。似合ってる?」


 シエスタはがおー、と言いながら両手の爪を立ててポーズをとる。

 その時に揺れた腰を見て、ご丁寧に尻尾までついていることを知った。

 なんと細かい。――いやいやそうじゃなくて!


「下着同然だ! 着替えろそんなの!」

「……もしかして似合ってない?」


 シエスタが形の良い眉をひそめ、しゅんとしてしまう。

 心臓に悪いので急にそんな顔をしないでほしい。


「似合ってないことはない……んだが、」


 顔を背けつつ、なんと言ったものかと考える。

 端的に言えば今のシエスタの格好は際どい。

 それはもう、めちゃめちゃに際どい。

 振り向くだけでパンツが見えそうになる猫耳メイドやら、目にも眩しい水着やら見てきたが、これはその中でもトップレベルに危ない。

 歴代トップに肌色が多いし、お腹周りを交差する紐のせいでヘソに目がいきがちになる。

 言葉を付け足すならデンジャラスでビーストな格好。

 だが、それを本人に言えるはずもない。


「とにかくそれはやめてくれ。するならもっと布面積の多いやつで」

「えー、こんなのよりよっぽどアウトなこといっぱいしあったし見合ったじゃん」

「それはそれ、これはこれだ。そもそもなんだよハロウィンで仮装って。ガキじゃあるまいし」


 俺は(体感で)つい先ほどまで大人で優雅な時間を過ごしていたというのに、おそらく同い年かそれ以上のはずのシエスタは子どものようにはしゃいでいる。

 と思ったが、シエスタなりに考えがあったらしい。


「子ども扱いされるのは心外だな。私だってちゃんと考えがあってこの格好をしているのに」

「へえ」


 なるほど、それなら拝聴させていただこう。

 俺が真面目に聞く態度を示せば、シエスタは格好に似合わぬ真面目な表情を作る。


「いい? 君、わたし達は常に貧乏なの。おかげでその日の食事にありつけるかどうかも怪しい」

「そうだな。どっかの誰かさんの食費がバカみたいにかさむせいでな」

「そして今日はハロウィンでしょう?」


 相変わらず都合の悪いことは耳に入らない仕様らしい。

 シエスタは胸元に手をやり、自信満々な表情で言葉を締めくくる。


「つまり仮装して家々を回ればタダでお菓子がもらえるってこと。わかった?」

「ただのタカリじゃねえか! 真面目に聞いてた俺の十秒ちょっとを返せ!」


 俺は憤りながら立ち上がろうとしたが、謎の反動でソファに押し戻された。


「――なぁっ!? なんだこれ!」


 なぜ今まで気づかなかったのか。

 首から下に目を向ければ、俺はソファごと白く細長いものでぐるぐる巻きにされていた。

 ハロウィン的に、ミイラ男ということだろうか。

 

「言ったじゃん。起きないといたずらしちゃうよ、って」


 俺をソファにくくりつけた張本人はウィンクと共に舌をペロリと出して挑発してくる。


「くっそ、こんな包帯くらい……あれっ?」


 力任せに引きちぎろうとするが、全く取れない。

 腕だけ引っこ抜こうとしてもまるで吸い付いてくるかのようだ。

 いや、まるでじゃない。これは――


「これ包帯じゃなくてダクトテープだ! シエスタお前、最初っからこうする気だったろ!」

 

 日本ではなかなか売っていない、普通のテープより遥かに粘着力の強いそれに俺はぐるぐる巻きにされているというわけだった。

 

「そりゃそうだよ。と言っても君は私の淹れてあげた特製コーヒーだって何も疑わずに飲んでくれたから特に苦労したりはしなかったけどね」

「特製コーヒーって……睡眠薬入りだったのか、どうりで不味かったはずだよ」

「いや、味が不味いのは普通に失敗しちゃっただけ」

「なんなんだ!」

「そこは『理不尽だ』でしょ」

「やかましい。……とにかく、これを解いてくれ。一緒に近所を回るくらいならするから」


 俺は手首から先しか動かせない手を降参とばかりにパタパタするが、シエスタはテーブルにあるはずのハサミを取ろうとしないばかりか、その場から動こうともしない。

 ……何か悪い予感がする。

 そして大抵の場合、俺の悪い予感は当たる。

 シエスタは瞳をいたずらに細め、俺に向かって手を差し出した。

 

「ねぇ君、トリックオアトリート」

「……は?」

「お菓子、くれないの?」


 可愛く首をかしげてくるが、貧乏人がそんなもの持っているはずもない。

 もらった時点で胃に直行だ。


「持ってないし、持ってたとしてもこんな状態であげられるわけないだろ」

「そっか、くれないんだ。じゃあ……いたずらされても仕方ないよね」

「いやもう十分してるだろ……って待てシエスタ、お前何をするつもりだ」


 シエスタは舌舐めずりをして、こちらに近づいてくる。

 肌色と紫色が視界を覆っていく。


「待て、待てシエスタ。後生だからっ――!」

「いただきまーす♪」

「い〜〜〜や〜〜〜っっっ!」

 

 後日、このオンボロ宿で泣き女霊バンシーの噂が立ったらしいが、俺のせいじゃないと思いたい。


 

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