魔王討伐後の長い長い帰り道

豹柄猫

魔王討伐後の長い長い帰り道

「ワタシノマエカラ、タチサレ!」


 雷鳴が轟く中、男は無骨な剣と共に異形の怪物へと飛びかかる。と呼ばれるその怪物は爛れた肌から腐臭を放ちつつ、自らの体長ほどもある右腕を振り回し、深紅の雷をあたり一面に放っていた。


「おいおい、冗談じゃないぜ……! こっちはもう限界だってのによ……!」


 その場に存在するもの全てを飲み込まんとする稲妻をすり抜け、勇者は虎視眈々と刃を胸に突き立てる機会を伺う。


 聖剣などといった特殊な武具を持たず、己に宿ったを用いてここまで戦い抜いてきた勇者だが、度重なる戦闘で蓄積された疲労に襲われ、動きに精彩を欠き始めたことを自らが持つ鋭敏な感覚が感じ取っていた。


 しかし、それでも彼が血反吐を吐きつつも剣を握りしめるのはひとえに彼女の存在があるから。人に仇なす魔王を討つ、そんな人類の悲願を今にも砕けそうなひ弱な双肩に背負った少女。


 最初は生意気な妹のようにしか思っていなかったが、いつの間にか何にも代えがたい存在に変わっていた。


「私のことは構わないで! ほんの少しでも魔王の動きを止めてくれたら、私がなんとかするから!」

「けどそれをしちまったら、お前が死ぬんだろうが! ここまできて俺1人で国に帰れるわけねぇだろ!」

「あーもう分からず屋なんだから! 勇者がいれば国は持ち直せるんですよ! 何人も代わりがいる王女と違って!」

「何をっ……!」


 魔王の振りかぶった右腕に剣を添わせ後ろに受け流した勇者は根元から腕を切り落とすため、さらに一歩踏み込む。それに対し、魔王はその大きさに見合わない速さで不気味に脈打つ右腕を引き戻す。


 そんな紙一重の攻防の中で、ついに勇者はその鈍い光を放つ愛剣を魔王の右腕に差し入れる。両断するには至らないと察しつつも、確かな手応えを感じた刹那、左腕から放たれた視認することすら難しい細い細い雷が勇者の胸に飛び込んだ。


「ガハッ……」


 ハンマーで叩かれたかのような衝撃に襲われ後ろに吹き飛び崩れ落ちた後、勇者の全身の筋肉が限界を訴えるかのように痙攣する。


「ナゼワタシノマエニ、タチハダカル! オレノジャマヲスルナ!」

「国王様からの依頼よ……!! それにあれだけ村を、街を、国を襲っておいて何を言ってるのよ!! どれだけあなたに殺された人がいると思ってるの!!!!」

「ウルサイウルサイウルサイ!」


 魔王は使い物にならなくなった右腕を引きずりながら王女の元へと歩みを進めようとするが、先ほど崩れ落ちた勇者が微かに身じろぎするのを視界に捉え、立ち止まる。


 魔王のその様子を見て勇者は口の端の血を拭い、剣の柄に手をかけ立ち上がった。


「今俺たちがやらなきゃいけねぇのはこいつをぶっ飛ばすことだろ! バフ頼んだ!」

「ほんっと、人使いが荒いんだから!」


 己の身体に鞭を打ち、勇者は突き進む。その全身は、この地上で最も支援魔法に卓越した王女の手の平から溢れ出した金色の光に包まれる。


「さぁ! これで終わりにしようぜ!」

「ダマレダマレダマレ!」


 勇者はこれまで長い旅路を共にしてきた愛剣を。魔王は己の身を焼き焦がさんばかりの雷と共に、自らの存在を否定するかのような正反対の存在へと向けて駆け出す。


 2人は自分を殺そうとする目の前の存在から視線を外すことなく、突き進む。まるで不思議な磁力によって引き寄せられるかのように。


 人外の速度で足を踏み出し前進する勇者だが、苛烈な状況とは裏腹にその胸中は凪のような静けさに満ちていた。誰よりも失いたくないと思う大切な人を視界の端に捉えつつ、構えた愛剣を滑らせる。


 そして2つの影が交錯したその瞬間、勇者と魔王はその場に崩れ落ちた。







 *







「うっ……ここは……?」

「ハテノ森よ、ジーク。相変わらず寝るのが好きみたいね、勇者様は」


 頭蓋の内側から襲ってくる鈍痛に顔をしかめながら目を覚ましたジークを迎えたのは、鬱蒼と生い茂り夜空を覆い隠す樹木と鈴を転がすような声だった。ジークは額に手を当て、砂漠で水源を求めるかのように記憶を掘り起こす。


「そうだ……俺たちは魔王の住処を暴いて……それから……」

「そうよ、それでもって真正面から突入。あんたが魔物をバッタバッタとなぎ倒して魔王様とご対面って訳。その後は覚えてる?」


 流れるような美しい黄金色の長髪を垂らし、アーモンドのような、全てを包み込む深い海の色をした美しい目を細めたクレアは安心したように微笑んだ後、そう少し小馬鹿にしたようにジークに語りかける。


「あぁ、確か俺が魔王のことを瀕死まで追い詰めて……そうだ! 魔王は結局どうなったんだ!?」

「そうよね、あんたはその後ぶっ倒れてた訳だから何も知らなっ……」

「あいつはまだ生きてるのか!? おい! どうなんだ!?」


 クレアに詰め寄ろうとしたジークは足をもつれさせ、まるで幼子のように無様に大地に転がる。


「何やってんのよ! バカ! 死んでもおかしくないくらい血を流してるんだから大人しくしてなさい! それに! そんな焦らなくても魔王はちゃんと死んだわよ」


 その言葉を聞くやいなやジークは立ち上がり、クレアのことを二度と離さないとでもいうかのようにきつく抱きしめる。力強い抱擁の中でクレアは安心したようにまなじりを下げ、ジークの背中に腕を回す。


「よかった……!。クレアも"王家の宿願"を使わなかったんだな…………!」

「そうなのよ。王族だけが使える自らの命を賭すことで願いを具現化できる大魔法。伝承では魔王はそれ以外の方法で倒されたことがなかったはずなのに」

「わからない……。けど魔王は倒せた。そしてクレアも俺も生きてる。それが全てだ」


 ジークがそう言い切ったあと、2人は自分を包み込む相手の肌の温もりに気づいて気恥ずかしさから慌てた様子で少し距離をとる。その距離は旅の始まりに比べると大分縮まっていて。しかし、その事実に2人は気づかない。


 ジークは全身の力を抜き大地に寝転ぶと、遠い過去を思い返すように空を見上げる。木々に覆われており常人なら息が詰まるような閉塞感を感じる空間だったが、張り詰めた糸が緩んでいくのを確かに感じ取っていた。


「全く情けないな、ここまで命懸けて戦ってきて事の顛末を見届けられないなんて」

「そうね、でもこんな終わり方もあんたらしいわ」


 クレアはそう憎まれ口を叩きながらもジークの傍に寄り添い、幼子をあやすかのように頭を撫でる。


「ほら、今日は特別に膝貸してあげるからそのまま寝なさい。今日ぐらいは甘えたってバチがあたることもないわよ。魔物も魔王が死んですっかり姿を消したから、見張りもいらないわ」

「ったく、俺はお前の弟かっつーの」


 そんな世界の救世主たる2人は、誰も足を踏み入れぬ世界の果ての陰鬱な森の中で眠りにつくのであった。








 *






 揺れる、揺れる、揺れる。


 ジークは馬車の中で整備が行き届いていない街道の感触を全身で感じつつ、中空を見つめていた。ハテノ森で共に一夜を過ごした後、2人は森を抜け出て街道沿いを進んだ。


 そしてその途中で見つけた乗り合いの馬車に乗り込み、王城への帰還の一途をたどっていたのだった。まず目指すのは、魔王の住処に突入する前に寄った商人の聖地とも呼ばれるマキア。


「ここまで長かったわね」

「王城に集まったのが4年前だもんな。はるか昔のように感じるぜ」

「最初旅のメンバーで集まった時、みんなよそよそしかったなー」


 ジークとクレアは狭い馬車の中で肩を寄せ合い、旅の始まりに思いを馳せる。


「ルストなんてダンケルにビビり散らかしてたよな、最初はずいぶん弱っちい奴が選ばれたもんだと思ってたよ」

「まぁ、誰でもあんな大剣見せびらかせるように持ってたら驚いちゃうわよ。そういうあんたもおっかなびっくり話しかけてたくせに」

「しょうがねぇだろ! まだまだあん時は甘ったれたガキだったんだからよ」


 からかうようなクレアの調子にジークは少し笑みをこぼす。


「そんなお子様でもカーマさんの色気にはちゃんと反応してたわよねー。私には見向きもしなかったくせに」

「それはある意味健全な反応だろうが! それにあの年頃の男はお前みたいなタイプより年上のお姉さんに惹かれるもんなんだよ」


 2人しかいない空間にふてくされたようたジークの声が響き、2人して思わず顔を見合わせ笑う。しかし、車輪が街道の砂利を踏みしめる音と馬の蹄が大地を蹴る音がすぐに2人を覆い隠す。


「それにしても打ち解けるまでだいぶ時間かかったよねー」

「確かレイラインで魔物の群れと戦った時だったかな、距離が縮まったのは」

「本当に大変だったもんね、まだ連携も取れない中で急に街が襲撃されて、いきなり生死のかかった戦いに駆り出されるなんて。襲撃が終わってみんなで朝日を見た時、肩組んで泣いちゃったっけ」


 クレアは自らの膝を抱え、愛おしい宝物について話すかのように当時を振り返る。そんな彼女を愛おしげに見つめるジークもさらに懐かしく大切な記憶を掘り起こす。


「何度も死にかけたし、その度ダンケルに助けてもらってよ。でもあの人、いつも気にすんなとか、ガキは大人に甘えてな、としか言わないんだよな。ホント叶わねーわ」

「うふふ、確かにいつもジークはダンケルに憧れてたもんね。でもさ、私も助けてもらったよ、ジークに。本当にもうダメだって思った時に庇ってくれてさ、思わず見直しちゃったんだから」

「そうだったか? 死に物狂いで覚えてねーよ」

「またカッコつけちゃって。結局あの時は言えなかったけどさ、ありがとう。それまで憎まれ口しか叩かなかった私なのに。自分だって必死に戦ってたはずなのに。ずるいよあんなの」

「はいはいそーだな」

「またそうやってごまかして!」


 走り続ける馬車の中で2人はそうして笑い合う。


 まるで何かを必死に忘れようとするかのように。







 *








 揺れる、揺れる、揺れる。


 2人は未だ馬車の中でひたすらに身を寄せ合う。


「やっぱり遠いね、王城」

「色々寄り道したからとはいえ、ここまで4年もかかってるからな。それだけ遠くまで来たさ」



「本当に色んなことがあったなぁ。ジークは覚えてる? みんなで受けた依頼で報酬払わずに行方くらましちゃったおじいさん」

「あー、あったなそんなことも。珍しくダンケルは怒り心頭でさ、カーマがなだめてたっけ」

「そうそう、ルストは相変わらずあたふたしてるのよ。それ見てジークは笑ってるし」



「あれ覚えてるか? ルストが有り金すられたやつ」

「覚えてるわよ、カーマさんがカンカンだったもんね。これからは私がお金を管理するわ! なんて言っちゃってさ」

「そもそも国王様ももっとちゃんと資金を用意してくれれば良かったのにな。まぁ確かに魔物被害の支援で財政も厳しいのかもしれねぇけど」



 揺れる、揺れる、揺れる。



「私さ、やっぱり後悔してるんだよね。あの街に寄ってもらったこと」

「あの街……カルロのことか?」

「そう、別に無理に寄らなくてもいい街だったのにさ。ちょっと体調崩したからって甘えたこと言って」

「それは仕方ないだろう。支援魔導師のお前の体調が万全じゃないとパーティー全体に影響が出る」


 ジークは肩にもたれかかるクレアに向かってそう呟くが、当の彼女はそれを意に介さず言葉をこぼす。


「その街でヤドラックに会って。支援魔導のことで意気投合して。やっぱ最初の頃は、正直みんなの支援するのに私だけじゃ不安でさ。それで舞い上がっちゃって、みんなの意見無視してパーティーに勧誘なんてしちゃった」

「おい――」

「それで連携を確認しようってヤドラックの誘いに乗って。…………ワイバーンに襲われて」

「おい! それは違うぞ!」

「みんながワイバーンにかかりきりになってる中……私はナイフ持ったヤドラックに襲われてさ。……本当にバカみたい。都合よく現れた人勝手に信用して、裏切られて。それだけなら良かったのにさ……ダンケルに助けられちゃったんだよね。…………今でも覚えてる。私のこと庇ってヤドラックと一緒に谷底に落ちてく時の彼の顔」

「あれはお前だけのせいじゃないぞ!」


 ジークはクレアにそう諭す。


「あいつのことについて誰も疑わなかった! 俺たちが勇者パーティーってことを知ってる人は限られてるはずだからな! それが! まさか魔王軍に知られてるなんて思わないだろ!」

「それでも! 私が体調を崩さなければ! 仲間に勧誘しなければ! ダンケルは死ななかったの! それなのに、それなのにみんな私のこと責めなかった…………」


 クレアはジークと目を合わすこともなく、自らの身体を抱きしめる。彼女には自分の手が血塗られた、どこか罪深いものに見えていた。


「知ってた? カーマさんってダンケルのこと好きだったのよ? 私にだけこっそり教えてくれた。そんなあの人も! 泣きながら私のこと抱きしめてくれた……! 私さえいなければ……私さえいなければ…………」


 疲れ果ててジークの肩で眠りにつくまで、クレアは青ざめた顔でうわ言のようにそう呟いていた。







 *







 揺れる、揺れる、揺れる。


 馬車の中には車輪と馬の蹄が2人を王城へと運ぶ音が響き渡る。


「…………俺だって後悔してるさ。ダンケルのことも、カーマのことも」

「カーマさんね……かっこい人だったなぁ。お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって、いつも思ってた」

「今でも夢に出るんだよ、最後の笑ってる顔が。これから首を落とされるっていうのに微笑んでよ。逃げて、って囁くような口の動きがな」


 うなだれるジークの脳裏に浮かぶのは、城下町の広場で首筋に刃を添えられるカーマの姿。  


「魔王の腹心が城塞都市リューズに潜伏してるって情報を手に入れてよ。カーマに侵入してもらって情報収拾させた」

「でもそれはみんな納得した上でじゃない。魔物が人間に扮して紛れ込んでるって証拠がないと世論が味方してくれないって。もちろんカーマさんもね」

「そうじゃないんだ……! カーマが捕まってみんなの前に引きずり出された時、俺は躊躇したんだ……! 今俺が行動しても助けられないかもしれない。なら残った仲間と一緒に逃げた方がいいんじゃないかって」

「ジーク……」

「俺の力なら! カーマを助けられたかもしれないんだ! 俺が! 見殺しにしたんだ!」

「ジーク! 確かにあの時違う行動をとっていれば、違う未来があったかもしれないわ! でもそこに今のあなたと私はいないかもしれない! 魔王もまだ倒されていないかもしれない! あなたの判断は間違っていないわ…………」

「俺は勇者なんだよな? 自分の仲間を見捨てるような、諦めるような奴が勇者? ホント、馬鹿みてぇな話だな」


 ジークは最後にそう呟いた後、薄汚い荷馬車の天井を見つめる。いっそ誰か俺のことを罵ってくれないか、そう思いつつ。


 2人しかいない狭く薄暗いその場所には重苦しい沈黙が横たわっていた。







 *







 揺れる、揺れる、揺れる。


「ルスト……無事かな……」

「わかんねーけどよ、あいつのことだから平気な顔してひょっこり現れるかもな。本当に死ぬかと思いましたよ! なんて言ってな」

「…………確かに言いそうかもね。おどおどしてるくせに魔法の腕だけはずば抜けてたし。 きっと無事よね」


 2人の声にぎこちなさと共に明るさが戻る。お互いが目を合わせようとしないことに気づかないまま。それは不都合な真実から目を背けるようで。







 *







 揺れが、止まる。


 馬車が辿り着く、2人が最後に訪れた街に。







 *







 夕暮れ時、ジークとクレアは荒れ果てた大地をさまよい歩いていた。灰色で覆われた大地を一歩一歩踏みしめるごとに、かすかに原型を留めていた灰の塊が形を崩す。どこを見渡しても生きた存在はない。一体誰がこの現状を見て、かつてここが行商で栄えた街だといことが分かるのだろうか。


 商人の聖地、マキア。辺境の地にも関わらず、希少な魔物の素材や植物が手に入るため年間を通して商人や冒険者で賑わう活気に溢れた街だった。それが今ではどこを見渡しても灰と煤にまみれる荒廃した世界に変貌していた。


「何も……残ってないのね…………」

「草木も、魔物も――人も。全部が灰になっちまってる」


 白くなるほど手を強く握りしめる。


「そう……だよね……そりゃ無事でいれるわけないよね……! だってあんなに魔物が襲ってきたんだもの! 分かってたわよ……! でも、信じたくなかった…………!」

「ルストのやつ、最後になってあんな啖呵切ってたくせによ! 何がここは任せろだよ……お前はそんな性格じゃねぇだろ…………!」


 唇を噛み締めそう呟いたジークは、握りしめた手から血を流しながら脆くなった建物の外壁を力任せに叩く。音を立てながら壁が崩れ落ち煤が舞い上がる中、手に伝わる鈍い痛みが夢であってくれと願う己に対して、この世界が現実であることを伝えてくる。


 その瞬間、ジークの視界の端で瓦礫が弾け飛ぶ。


「ジーク! 避けて!」


 クレアの言葉の意味を理解する前に、4年間で蓄積された殺し合いの記憶が勇者であるジークの身体を強制的に動かす。


 己の喉元に向かって突き進む黒い影に向かって、右の腕を持ち上げ手のひらをかざす。刹那、影にその行動の意味を認識させる間も無く、が迸る。


 この世のものとは思えないおぞましい咆哮を上げて倒れ伏したのは、身の丈3メートルはあろうかという巨大な狼。あの時、最後までジークとクレアに追い縋り、ルストと相対した魔物。その姿をきちんと認識した時、黒く、暗く、名状し難い感情が這い上がり、胸の奥が万力で締め付けられるかのように苦しくなる。


「ジーク……、大丈夫……?」

「あぁ……もう帰ろう、何も考えたくない…………」


 2人はどちらからともなく手を取り合い、死の香りが充満した街を後にする。その背中では、灰舞い上がる黄昏の世界の中で狼が静かに横たわっていた。







 *







「クレア様!? ご無事だったのですか!? そうなると魔王は……?」


 クレアとジークは灰色の髪を後ろに撫で付けた執事のそんな言葉で出迎えられる。ハテノ森を抜け出てから2人は心身ともに疲弊しつつも1年という時間をかけて王城にたどり着き、驚いた様子の衛兵によって応接間に案内されていた。太陽はすっかりと沈み、夜の帳が下り始めた頃だった。


「ええ……、この通り無事よ、ロベルト。……それに心配しなくてもいいわよ、魔王はジークが殺したから」

「この男が……?」


 クレアにそう言われたロベルトは、訝しむむ様な目でジークを睨めつける。


「ロベルト! 彼に対してそんな態度が許されると思ってるの?」

「……申し訳ございませんでした、ジーク殿」

「いや、いいんだ……。平民生まれの俺がこんな扱いなのは今更だしな」


 渋々といった感じで頭を下げるロベルトに、ジークは全てを諦めた様子で返す。それを見たロベルトは再び口を開く。


「それより、他のお三方は――」

「ロベルト。それについてはまとめてお父様に報告するわ……」

「左様ですか……。ヒース様がお会いになりたがると思うのですが、それはいかがなされますか?」


 クレアに言葉を遮られたロベルトだったが、彼女の弟であるヒースのことの口にする。


「そうよね……。ただやっぱり一度ゆっくり身体を休めたいわ。ヒースにはまた明日と伝えておて…………。ジークもそれでいい?」

「あぁ……。すみませんロベルトさん。夜も遅いですし、国王陛下への謁見もまた明日でお願いしたいと思います」


 絵画や美術品が立ち並ぶ、豪華絢爛な応接間。


「――承知いたしました。では少々お待ち下さいクレア様、ジーク殿」


 扉が閉じる音が響くその部屋には、乾いた笑みを顔に貼り付けた2人の地上の英雄が取り残された。







 *







 ジークがロベルトによって案内された部屋は、勇者として初めて登城した際にダンケルとルストと一緒に割り当てれられたものと同じ部屋だった。


「あんなに狭く感じた部屋なのにな……」


 備え付けられたベッドで仰向けに寝転びながら寂寥を噛みしめる。瞼の裏に浮かぶのは、魔王討伐の旅に不安を感じながらもダンケルとルストに虚勢を張っていた自分。以前ならばこうして黄昏ているとすぐにいじられたものだが、そんな自分をからかってくるような仲間はここにはいないことに気づき、顔を手で覆う。


 それはまるで底の見えない谷底を覗き込んだような気分だった。一体自分は何をしているんだろうか。仲間を死なせた勇者がおめおめと城に帰ってきて。果たしてそれは勇者と呼べるのか。幼い自分が憧れた勇者は、そんな存在だったのだろうか。


 そんな答えが存在するかどうかも分からない血に塗れた問いが、魔王との対決を終えてからジークの頭の隅にこびりついて剥がれない。あの時魔王と刺し違えてれば…………。そんな深く、冷たい思考の海を何時間漂っただろうか。ジークを現実に呼び覚ましたのは、部屋の扉をノックする音だった。今はちょうど日を跨いだ頃。城内に親しい友人を持たないジークには思い当たる人は1人しかいない。


「ジーク……まだ起きてる……?」


 クレアの少し遠慮した、躊躇いがちな声が扉越しにジークの耳に伝わる。それはジークを軽視したロベルトに毅然と注意した時とは打って変わって、年相応の誰かに縋るような弱々しい声だった。


「あぁ、起きてるよ」


 ジークが返答すると、これもまたゆっくりと扉が開かれる。そこから白いレースで彩られたネグリジェを身に纏った可憐な少女が身をのぞかせる。


「少し話せない? まだ寝れなくって……」

「もちろん。俺もやっと城に着いたってのに落ち着かなくてな……」

「よかった、もう寝ちゃってたらどうしようかと思ったわ」


 悲しげに微笑みながらそう呟いた彼女はジークの隣にそっと腰を下ろす。ジークは知っている。普段は大輪の花が咲いたように笑う感情豊かな彼女がそうやって微笑む時は、心が押し潰されそうな時だと。


 彼女に合わせて身を起こし、テーブルの上の水差しに手を伸ばす。そうして口を湿らせた彼はクレアに向き直り、口を開いた。


「城に着いて少しは落ち着けたか?」

「そうね、落ち着けてないわけじゃないけど…………。ううん、嘘。みんなのこと思い出しちゃう。どうすればよかったんだろうって」

「……俺もだ。考えれば考えるほど分からなくなるし、どうしようもない焦燥感とか不安に押しつぶされそうになる。もう過去は変えられないっていうのにな」


 2人は自身の心情を最も信頼する存在に吐き出す。その様子は冬の寒い日に幼子が身を寄せ合っているかのようで。そして幼子同士はお互いの存在を確かめ合うかのように手を握り、それに合わせて相手が握り返してくることに安堵と執着とが入り混じった形容し難い感情を抱く。


「もう2人になっちゃったね」

「………………」

「もう私達以外にあの旅のことを覚えている人なんていない」

「………………」

「これであなたまでいなくなったら私…………耐えられない…………!」


 クレアはその誰もが見惚れるような美しい瞳を潤ませ、その眦から一筋の雫を零す。彼女はどんな厳しい状況でも決して泣くことはなかった。そんな彼女の姿を目の当たりにし、思わず言葉を発することを忘れる。


 王城に相応しい最高級の調度品や窓から見える満点の星空はもはや彼の視界に入っていなかった。その雫が頬を伝い、互いに握りしめ合う手の甲に落ちた時、ようやく脳が彼女の言葉を認識する。


 城に帰ってきて心の箍が外れたのだろう、気丈な彼女の拠り所を求める心の底からの叫び。普段は大人びて見えるクレアだが、その様子は随分と幼く見えた。


「俺は……いなくならないよ。絶対お前の側にいる。そう約束する」

「ありがとう、ジーク…………」


 その華奢な肩を抱き寄せ、二度と離さないようにと力強く抱きしめる。確かに感じるその温もりが、自分は1人じゃないと伝えてくる。


 それからはあてどもない会話を続けた。明日報告を終えたらどうしようか。もう戦うようなことはいいよね。リチャード様を困らせることにならないか? もう私達は十分頑張ったよ。


 そうしたら南に下って2人で小さな家を建てよう、そこで毎日ゆっくり過ごすんだ。なんか2人で暮らすってドキドキしちゃうね。何を今更言ってるんだ、旅の間だって似たようなものだっただろう。それとこれは違うんです! ジークには一生わからないかもね!


 そうしてどれくらいの時間、他愛のない話を続けただろうか。心地良い眠気を感じ始めた頃、2人は寝静まる。お互いの存在を確かめ合うかのように手を繋いだまま。







 *







 翌朝、ロベルトに連れられた2人は玉座の間に繋がる扉の前にいた。


「……ここも久しぶりだな」

「そうね……、お父様も元気かしら」


 王家の証である黄金の鷲の細工が施された重厚な扉に目をやり、言葉を交わす。2人は目を覚ました直後こそ、昨晩お互いのやり取りを思い出して顔を赤らめていたものの、身支度を整え終える頃にはすっかり元の様子に戻っていた。


「じゃあ行きましょうか」

「ああ、そうだな」

「ではお二方とも、こちらに」


 ジークとクレアがロベルトによってゆっくりと押し開けられた扉をくぐると、豪華絢爛な装飾が彼らを出迎える。きらびやかな広間の最奥で待つのは、結われた灰のような髪を肩に垂れ下げ玉座に腰を掛けたクレアの父でもある現国王、リチャードであった。


 ステングラスから差し込む陽の光によって細められたその目はクレアに似た美しい深い海の色。しかし、クレアのそれは何をもを包み込むような穏やかな海であるのに対し、リチャードの海は波風が荒れ狂う激しい海のようだった。


 リチャードの他には国王の横に控える近衛騎士団長と宰相、そして広間の隅にはクレアの弟であるヒースしかおらず、この広間の大きさに見合わぬ人数であった。


 ジークは人の少なさを疑問に思ったものの内密の話であればこんなものかと思い、部屋の中ほどまで歩き膝をつく。一方でクレアは跪くことはせずに、誰もが見惚れるように背筋を伸ばして自らの父親に向かって声を掛けた。


「お父様、件の魔王の討伐を完了したためご報告に上がりました」

「クレア……それにジークも……、本当に無事だったのだな。よくやった」


 クレアによく似た美しい目を細め、リチャードは声を漏らす。しかし愛娘との再会だというのにその反応は少し薄いように感じられた。国王として英雄を出迎えるスタンスなのだろうか。


 しかしクレアにとではなくと呼びかけられてなお、そのような態度を取るのは不自然だ。しかし、そこまで考えてジークは思考を止める。政治に無頓着である自分が考えたところで仕方がないと思ったからだ。


「はい。ただ……カーマ、ダンケル、ルストについては…………」

「そうか、過酷な旅だったのだな。して、…………魔王はいかにして討伐したのだ。あれは尋常の手段では倒せなかったろうに」


 自らの大切な仲間を軽んじるようなリチャードの態度に対して、ジークは己の手を強く握りしめる。一体お前に何がわかるのだと。この4年間で苦しみ、嘆き、それでも世界のためにと血反吐を吐いて進んできたこの道のりの厳しさを。


「それについてですが私達もわかっておらず……。ジークが止めを刺したのは間違い無いのですが、なにぶん伝承と違うものですから……」

「そうか……。ジークが止めを…………それほどまでにお主は強くなったのだな」


 そんな発言にジークは唇を噛み締め、小さく頷くことで応える。


「さて、魔王を倒しこの世で最も強い存在となったわけだがジークよ、今のお主は何を望むのだ」

「は……望むとは……?」


 話の流れを大きく変えるリチャードの問いに、ジークは思わず首をかしげる。


「言葉の通りじゃ。使い切れんほどの富、両手に抱え切れんほどの女、はたまた世界の覇権。魔王を倒したお主ならば望めばどれも手に入れることのできるものだろう。……長い旅を経て勇者としての責務を完遂したお主は、その勇者という呪縛から解き放たれて何を望む」

「俺は…………」


 脳裏に浮かぶのは辛く厳しい旅の記憶。仲間に助けられつつ魔王へと歩みを進めた。その道のりは遠く、険しく。まるで大空に向かって鋭く突き出し、雪に覆われた稜線を歩くかのようだった。そして、その道のりから外れて奈落の底に落ちゆく仲間に手を差し伸べることもできなくて。



 最後に自分と共にいたのはクレアのみ。そんな彼女は、いつしか自分の半身とも言える存在になっていた。そんなクレアに目をやったあと、彼はリチャードの目を正面から見据える。


「俺は、これからもクレアと共に生きていきたいです。多くのことは望みません。カーマ。ダンケル。ルスト。あいつらに胸を張って会いに行けるよう、これからの人生を生きぬきます。もちろんまだ魔王による被害が大きく、そんなことを言っていられない状況かもしれません。被害の小さかった帝国は我が国に攻め込んでくるかもしれません。それでも俺は、普通の暮らしを、彼女と共に過ごしたいです」

「…………クレアはどうなのだ」


 クレアは一度振り返ってジークの目を見つめる。彼女の全てを見透かすような眼差しに射抜かれたと感じたと同時に、彼女は目を細める。そして再度振り返ると自らの父親に向かって口を開いた。


「私も彼と同じ時間を、同じ場所で、同じ想いを持って生きていきたいと思っています。我儘な娘でごめんなさい。でも、自分の気持ちに嘘をつきたくないわ! 私はジークを愛している!」


 王族である彼女の心の底からの叫びは、ジークだけでなく、それを聞く全ての人に彼女自身の想いを余すことなく伝える力強さを内包していた。クレアの言葉が自らの耳を捉えて離さない。その告白に、目が、耳が、心が、全てが囚われていた。


 だからだろうか、







「ヒース、やれ」

「――我が血をもって命ずる。彼の者の自由を奪いたまえ」







 正面で唱えられた祝詞への反応が遅れてしまった。


 その呟きとともに、広間に莫大な魔力が満ち溢れる。魔力とは本来実態のあるものではないが、あまりの密度に確かな質量を持って四方に吹き付ける。


 ジークとクレアは異変に気づくと、正面に振り返ると視界の端に捉えた小柄な人間へと駆け出そうとする。


「ヒースッッ! お前一体何をッッッ――!!」

「あなたその祝詞はッッッ!!」


 しかし、そんな思いとは裏腹に、ジークの足は地面に縫い付けられたかのように動かなくなる。足元に目をやると、魔力で構成された細い紐のようなものでジークの足は完全に玉座の間の床に何重にも固定されてしまっていた。


「クソッッ! こんなものでッッ……!!」


 そうして己の状況を咄嗟に確認したのちクレアに目をやるが、彼女には何も異変がなかった。完全にジークを狙い撃ちしたものだろう。


 完全に迂闊だった。その間にも魔力の紐はジークの足元を這い上がり、四肢に絡みついていく。見た目とは裏腹に、ジークの人並み外れた身体を持ってしてもビクともしない頑丈さがあった。しかもどうやら魔法に類する力も封じているらしく、己に備わった雷の力も発揮することができない。


 その一方で、ジークに直接的な命の危険はないと判断したクレアは再びヒースに向かって駆け出す。


「ヒース!! あなたなんてことをッッ!!」


 自らの姉の焦燥感に駆られた声に対してヒースは、まるで見当違いな返答を返す。


「ああ、お姉さま!! これでお姉さまは自由の身です!!」


 彼は満足げな顔でそう叫び返すとクレアの手が届く前に、その顔に狂気的な笑顔を貼り付けたまま地面に崩れ落ちる。


「ヒースッッッッ!!」


 刹那の時間、遅れて弟の元に辿り着いたクレアは彼を自らの胸に抱きかかえ、彼の名前を叫んだ。


「おいッッッ!! これはどういうことだ!!!! リチャード!!!!」


 そんな様子を見てジークは唯一動く顔を前に向けると、この事態にあっても慌てることなく冷静にジークを見つめていたリチャードに問いかける。


 彼と目を合わせると、クレアとよく似たアーモンドのような目の奥に、人の命を値踏みするような底知れぬ冷たさを感じた。思わず視線を外してしまうがリチャードの低く、しかし広間全体に響き渡す声が再びジークの視線を引き戻す。


「見たままだよ、ジーク。王家の血を引く者のみが使える大魔法"王家の宿願"。その命を代償にして、望むものを現実とする奇跡の力だ。……人の生き死にに関する願いは叶えてくれないらしいがな」

「そうじゃない! なぜこんなことをさせたんだと聞いている!!」

「お父様答えて!!!!」


 こと切れた自らの弟を胸に抱きしめたまま、クレアも自らの父を問い詰める。


「…………ジークよ。お前は強くなり過ぎたのだ。この世の誰もが並び立つことができぬほどにな」


 諦観したようにも見える表情で、リチャードはそう呟いた。


「……それと一体なんの関係があるっていうんだ!」

「…………私は怖いのだ」

「「怖い…………?」」


 リチャードの意外な言葉に、ジークとクレアは思わずそう問い返す。


「そうだ、私は今お主を恐れておる。魔王討伐の実績とそれを可能とする力にな」

「だからそれが何なんだよ!!!!」

「私にはな……昔、兄と弟が一人ずついた。それは私とは比べ物にならないくらい優秀な兄弟だった。母親は違っていたがな」


 唐突に昔の話を語り始めたリチャードに対して、ジークとクレアははさむべき言葉を見つけれられなかった。そんな戸惑う二人のことはまったく意に介さず、彼は懐かしむような優しい声色で言葉を吐き出し続ける。


「まあ、それはそれは仲の悪い兄弟であった。なにせお互いの母親同士が自らの息子を次期国王にしようと目の色を変えて争っていたからな。次期国王は現国王の指名によってのみ決まるという我が国独特の文化が生んだ争いとも言えるが。ともあれ、物心つく頃には既に兄弟同士仲良くしてはいけないと刷り込まれておった」


「だからか城内の雰囲気も殺伐としておったわ。水面下での派閥争いが絶えなかったからな。その中でも私の勢力はひどく脆弱でな、城のほとんどの者がより優秀であった兄や弟の派閥に与しておった。今でもやつらの支持者が私を見る冷え切った目を思い出す」


「ただな、私が唯一彼らよりも得意だったものがある。…………搦め手だよ。それが分かったのは20になるような頃だったがな。兄も弟もそれはそれは優秀ではあった。武芸に学問、容姿もな。ただ二人ともでしかなかった、欲望渦巻く城に似合わずな。もちろん彼らにも裏で手を引くような人材もいたが……私には敵わんかった」


「宝物商の娘であった母の伝手を始めとして繋いだ城外の有力者とのパイプを使って、徐々に彼らの支持者どもの財政基盤を削り取っていったのだ。真綿で首を絞めるようにな。そうして弱体化させきった後で、彼らは事故に見せかけて処分させてもらった」


 そこまで語ったリチャードはクレアに目を向ける。


「クレア、次期国王という立場に拘泥しない弟を持つお前からすれば想像もつかないだろうな。幼き頃から血を分けた兄弟と競い合い、最後には手を下す私の人生が」

「そんな……お父様の兄弟はただ事故で亡くなったと聞いていたのに…………」


 リチャードはクレアから目を外すと、がらんとした玉座の間を恍惚とした表情で眺めまわす。


「この景色は私が手に入れたものだ!! 他の誰でもない!!この私が!!!!」


 急に耳を聾さんばかりの声で大きく叫んだかと思うと、血走った目でジークを睨みつける。


「だからここで魔王を討伐した勇者の存在を認めるわけにはいかんのだよ。この国を手放さないためにはな」

「ふざけるな! 俺はここを出ていくと言っただろう!! その俺を封じ込めるためにキースを犠牲にする必要はなかった!!!!」

「そうだな、お主はそう思っているのだろう。……だがな、他の人間はどう思うのかな。魔王を討伐しただけではなく、当代の王女と懇意にする勇者を」


 リチャードはジークに言い聞かせるようにさらに言葉を続ける。


「国民はおろか、城内にいる者たちもお主が次期国王となることを望むだろう!! 他国の侵略に怯える貧しい国から!! 世界に名を馳せる強国へと変わるために!!!! ――――もちろんお主の意志とは関係なく!!!! 」

「だったら! 俺がこの国を出ていけばいいのだろう!? それで解決するはずだ!!」

「そうよ! なにもジークを害する必要なんてないじゃない!!」

「お主の気が変わらないという保証は何処にあるというのだ。そんな簡単な口約束で安心できるとでも思うか? だとしたら随分と甘い考えを持っているようだな」


 リチャードはそうジークの考えを切り捨てると、これまで静観していた近衛騎士団長に対して口を開く。


「話は終わりだ。やれ」


 国内の最大戦力である近衛騎士団長ではあるが、平時であれば勇者には到底及ばない。しかし、身体の自由はもちろんのこと魔法の力まで封じられた勇者であれば話は別だ。もちろんクレアは自由に動けるわけだがその能力はあくまでもサポート用であり、単純な武力では団長に敵わないことは明らかである。


「勇者様、申し訳ございませんがこれも命令ですので」


 完全に顔から表情を消し去った団長が腰から長剣を抜き、ゆっくりと広間の中心にいる勇者に向かって歩みを進める。


「お父様!! やめさせてよ!!!! 団長も!! 少しでもジークの言葉を信じられないの!!??」


 クレアの必死の叫びを聞いてリチャードは、出来の悪い娘を見るかのように嫌悪を顔ににじませる。


「理解できなくてもいい、これが私の国王としての意志だからな」

「そんなのって……!!」


 ジークはそんな会話がなされている間も拘束から脱出しようともがいていたが、王家に連なる者の命を代償にして使用された祝詞は流石に強力で到底逃れることができそうになかった。


 なんでここまで来てこのような仕打ちなんだ、今までの旅はなんだったんだ、そんな思いがジークの頭を駆け巡る。ただ、ただ後はクレアと一笑に過ごすことができればいいのに、どうして、どうして。


 そうやって自らの思考に没頭してしまったからか、彼はクレアの表情の変化に気づけなかった。打ちひしがれたような顔から覚悟を決めた顔へ。


 そしてクレアはキースの身体をそっと横たえ、ジークの傍に向かって駆け出した。


「……クレア様?」


 団長は少し訝しんだが彼女がいても自分であれば勇者は問題なく処分できると考え、そのまま歩みを進める。しかし、それが運命の分かれ目となった。




「ッッッ!!!! クレアを止めろ!!!!!!!」




 焦ったようなリチャードの声が響き渡るが、既に彼女はジークの元にたどり着いていた。


「ッ……?」


 ジークがハッとしたような声を漏らしつつ俯いていた顔を上げると、そこにはどこか寂し気な、しかしどこか覚悟を決めたようなクレアがいた。


「ジーク……先に謝っておく。ごめんね」

「クレア、一体何を……?」


 クレアは少し呆けたような表情を受けべるジークの顔を見つめると、自分の胸の鼓動が高鳴るのを感じた。この人と一緒に旅をして、ここまでたどり着いて、そして恋をして、本当によかった。そんな想いを胸に、口を開く。







「我が血をもって命ずる――――!!!!」







 自らの弟の命を奪った祝詞を彼女は再び玉座の間にて響き渡らせる。するとクレアとジークを中心とした円形状に幾何学模様の魔法陣が大理石の床に広がる。そしてそれに呼応するように魔法陣を起点とした黄金色の膜が覆い、外部から遮断された空間を作り出す。


「おい! クレア、一体どういうことだ!!」


 切羽詰まったようなリチャードの声がジークの耳に届くが、それどころではない。彼女はいったいなんと言った? ヒースと同じ祝詞ではなかったか? そんなジークの心の声を彼の表情から察したのか、クレアは苦笑しつつさらにジークに近寄る。


「なんて顔してるのよ、ジーク」

「お前! 今キースと同じ祝詞を……!!」

「そうよ、もうこれしかないと思ったからね」


 そして、クレアは手を伸ばせばジークに触れることができる場所までたどり着く。


「でも……お前はなんで倒れてないんだ……?」

「馬鹿ね、まだ私の願いを口にしていないからよ。この祝詞って本当にすごいのね。ちゃんと願いを叶えられるように祝詞を言い切るまで守ってくれるなんて」


 クレアは自分たちを囲う黄金色の膜を見ながらそう呟く。膜の外では剣で切りかかってどうにかして入り込もうとする団長や怒り狂ったように喚き散らすリチャードの姿が見えた。


「おい!! 早く中に入ってジークを――――」


 急にリチャードの声が聞こえなくなり不思議に思ったジークだが


「うるさいから声も遮断しちゃった」


 そうにこやかに呟いたクレアの言葉で納得する。しかし、我に返って声を荒げる。


「そんなことはどうだっていいんだよ!! なんでお前あの祝詞を唱えたんだ!!!! 命を代償にするんだろう!?」

「そうよ」

「そうよって…………」


 クレアの清々しい返答にジークは思わず言葉を詰まらせる。


「あなたは動けないし、私は戦えない。おまけに近衛騎士団長までいる。こうするしかなかったのよ」

「いや……!! 他に何か方法があるはず……!!」


 ジークは頭をかき乱しつつ、必死に頭を振り絞ってこの窮地を脱する方法を模索する。


「ジーク、あなたのそういうとこ本当にすごいわね。旅の途中もいつもそんなジークに助けられてきた」

「なに最後みたいなこと言ってるんだよ!! これからも一緒に生き抜いていこうって約束しただろ!!!!」

「そう、だからごめんね」

「なにを言って――――」


 再び顔を上げてクレアのことを見つめた瞬間、ジークの言葉が消える。その視線の先には満面の笑みを浮かべて、けれどもとめどなく涙を溢れさせる彼女がいた。


「私の国が裏切ってしまってごめんね、そんな顔をさせてしまってごめんね。…………一緒にいれなくてごめんね」


 今すぐ駆けだしてクレアを抱きしめたかった。二人で逃げ出したかった。これからも一緒に生きていきたかった。魔王がいなくなった平和な世界の行く末を二人で見守りたかった。そんな願いがジークの手のひらから零れ落ちていく。それはまるで霞を掴むかのようで。


「そんなこと言うなよ……!! なんでだよ……なんでそこまでして俺を助けようとするんだ……!!」







「……だってジークのことが好きだから。それ以外に理由なんている?」







 時が止まったようだった。ジークの頭の中に、これまでの旅の記憶が濁流のように押し寄せる。



「それにあなたに助けられた命だもの、あなたのために使いたいわ」



 初めて城で出会ったとき。クレアを救った魔物の群れとの戦い。ダンケルを失った渓谷での裏切り。カーマを失った潜入調査。ルストと別れた商人の街。クレアと二人で乗り込んだ魔王の城。そして二人で身を寄せ合った帰り道。



「本当は笑ってお別れしたかったけど……やっぱり悲しいや」



 嫌だ、嫌だ、行かないでくれ。お前のことが好きなんだ。



「でも結局ジークは一度も私のこと――――」

「――――クレア、愛してる!!」



 気恥ずかしくてこれまで一度も直接呼べなかった彼女の名前。それが今になって自然と口から出た。



「初めてクレアって、呼んでくれたね」

「……何度だって言うさ! !クレア!! だから……!! 俺のためなんかに死なないでくれ……!!」



 ジークの心の底からの叫び。



「愛してるよ、ジーク」



 クレアはそう呟くと、たなびく髪を耳にかけそっとジークに一歩近寄り、顔を近づける。その顔には大輪の花が咲いたような笑顔が溢れていて。


 ジークが再び口を開こうとしたその瞬間。玉座の間は光で埋め尽くされる。誰もが動けなかった。たった1人、彼女を除いて。




 ――――この者を救いたまえ。




 どこからかクレアの声が聞こえた。そして、どこまでも白に埋め尽くされた世界の中で、ジークは自らの唇に手を当てそこに残る温もりを確かめる。



「――クレア」



 そう呟く彼の頬を、一筋の光の雫が伝った。



 光が消え喧騒が戻った時、玉座の間からは勇者の姿が忽然と消えていた。中心に倒れ臥す王女を残して。







 *







 王城での出来事から1年の月日が経ったある日、ジークは必死になって古めかしい書物を読み込んでいた。


「魔王城に保管された魔導書ならば……!! 強大な力が手に入るはず……!!」


 そう呟きつつ、必死になってページをめくる。全ては憎きあの王に復讐するため。自分にはそれしか残っていない。ジークの頭の中はその想いで埋め尽くされていた。




 クレアに命を助けられたあの日。視界を埋め尽くす光が収まったと思うと、ジークは王都にほど近い森の中にいた。それを認識した瞬間、拳を地面に叩きつける。地響きのような音が鳴り、柔らかくない地面が無数にひび割れる。それはまるで己の心の状態を表しているようで。


 王と対面するあの時まで、これでようやく終わりだと思っていた。ダンケル、カーマ、ルスト、クレアたちと命を懸けて果たした魔王討伐。ようやく確信できたクレアへの想い。


 それら全てが覆された。愚かな王の妄執によって。絶対に許さない。すぐさま王の元へ駆けだそうとするジーク。しかし、一歩足を踏み出した瞬間、脚に強烈な痛みが走る。


「ああぁぁッッッ!!!! くッッ……ガハッッ…………!!!!」


 それはヒースの祝詞による影響だった。クレアの祝詞によって玉座の間から脱出し身体の自由を取り戻したジークであったが、クレアといえど完全に無効化できたわけではなく、そのは確実に彼を蝕み続けていたのだ。これも魔王城に秘された魔導書によって得た知識であり、当時のジークは気づけなかったが。


「クソッッ!!!! これじゃ満足に戦えない……!!」


 流石のジークといえども、この状態では一国を相手取って戦うことができない。


「クレア……! ごめん…………!!」


 そう言ってジークは十中八九出されるだろう自分に対する追手から姿をくらませるべく、脚の強烈な痛みに耐えつつその歩みを森の深部へと進めたのだった。


 それからは自らの正体を隠しつつ、クレアと二人で通った王城への帰り道を逆向きに辿り旅をした。目的地は魔王城。すでに魔王がいなくなったあそこなら安心して拠点にできる。これまでの道のりで幾度となく王城からの追手に襲われていたジークは、そこを目的地とするしかなかった。


 もちろん理由はそれだけではない。一度侵入した時に分かったことだが、あの場所にはあらゆる知識が詰まっている。書庫らしき場所には膨大な量の魔導書が保管されており、今の自分にまさに必要なものだ。


 国を相手取り、完膚なきまでに叩きのめすためには。足の呪いも時間が経つにつれどんどん酷くなっており、それがますますジークを焦らせた。


「俺の身体が満足に動くうちになんとしてでも…………!!」


 そうして一年かけて魔王城へと辿り着いたジークは、それから4年間城にこもって魔導書の研究を行っていた。遥か古代に失われたとされる古代魔法や魔王に連なる者にしか扱えないと言われていた暗黒魔法、自らの身体に魔物を移植する禁呪。勇者であるうちは知りもしなかった数多くの力がそこには眠っていた。


 それらを少しずつ学び、実践して復讐の刃を磨く。幸いなことに実践する場には事欠かなかった。なにせ王城からの刺客が定期的に送られてくるのだ。全軍をもって急襲されれば流石に歯が立たなかったが、やはり他国とのにらみ合いが続いているのだろう。少数精鋭との戦闘がほとんどだった。


 相変わらず足の痛みは治まらなかったが、魔王城に眠っていた魔導書の一つに呪いを緩和する魔法が記載されていたため、呪いの範囲の拡大は抑えることができた。それに今となっては痛みが残っているのは好都合とも思えている。あの日の、あの悔しさ、あの心の痛みを常に実感し、忘れずに持ち続けることができたから。







 * 







 フードを深くかぶり、いつものように魔導書を必死になってめくっていたある夜。城の周囲に張った警戒魔法が反応したことを察知した。


「またか…………」


 読んでいた魔導書を手元に置くと、ゆっくりと立ち上がる。いつものごとく足に痛みが走る。


「それも3人……懲りない奴らだ……そんなに俺が恐ろしいのならばもっと人数をかければいいものを」


 呆れたようにそう呟くジークだが、奴らがそれをできない理由も分かっている。ただそれでも無性に頭にくる。そんな想いを胸に抱えたまま、彼は玉座に向かう。当時魔王と熾烈な戦いを繰り広げた場所。


「ここで今度は俺が国の兵士と戦うとはな。皮肉なもんだ」


 玉座に座ってしばらくすると、広間の端に3人分の気配を察知する。そのどれもが男であり屈強な肉体を持つ、精強な兵士だということが伝わってくる。


「そこにいるのは分かってるから、早く出てこいよ」


 ジークの言葉に対して反応はない。いちいち自分が出ていくのも面倒だと思ったジークは一歩たりともそこから動かない。しばらく待ってジークがしびれを切らして魔法を放とうとしたその瞬間、3人の気配が動き出す。


「なるほど、攻撃の気配を感じ取れるだけの実力はあるのか」


 そんな悠長な独り言を漏らす間にも3人の刺客はタイミングを巧妙にずらし、それぞれの得物を手にジークへと駆ける。


「まあ、それでも届かないが」


 ジークはそこで初めて立ち上がり、フードを脱いで素顔を晒す。


「「「なッッッ!!??」」」


 それまで一切口を開かなかった刺客たちは、そこで初めて声を出した。元勇者と思わしき存在を感知し襲い掛かった自分たちではあるが、まさかその相手がだとは聞いていない。


 元勇者とは人間ではなかったのか? だとしたら今目の前にいるあの形容するのもおぞましい顔をした存在はなんなのだ? 一瞬にして混乱に陥る。しかしそこは優秀な刺客たちであるからして、すぐに冷静になり勢いそのまま襲い掛かる。


「どんな存在であろうが人間の敵であることは間違いないだろう!」

「なんだと……?」


 ジークは刺客たちの反応に疑問を抱きつつも自らを勇者たらしめていた雷の魔法を放つ。ジークの手のひらから放たれた深紅の雷は細かく枝分かれして刺客たちの胸元へ突き進む。


「「ガハッッッ…………」」


 人間には視認することの難しいほどの速さで放たれた雷ではあったが後方を走っていた2人の胸を貫いたのみで、先頭を走っていた短刀を持ったリーダーらしき人間は雷を切り裂きそのままジークへと突進する。ジークは少し相手の実力を見直すと雷を放った手を下ろし、悠然とその男を待ち受ける。


 なめられていると感じたその男は握りしめた短刀に自らの魔法を込める。その魔法はただ"切り裂く"というだけの魔法。しかしそれによって男の短刀は魔法すらも切り裂く名刀と化す。男はその力と類まれなる戦闘センスによって国王によって統率される暗部のリーダーになりつめた。


「死ねッッ!!!!」


 男は目の前まで敵が近づいているというのに未だ動かない相手に漠然とした恐怖を抱きつつも、最も避けづらい肝臓の部分を狙って短刀を差し込もうとする。その刃先が身体に触れると思ったその瞬間、激しい衝撃とともに地面に叩きつけられた。


「グハッッッ!!!!!!」


 男は自分の身に何が起こったのかまったく分からなかった。気がついたらひび割れた床にうつ伏せに倒れており、激しい痛みによって微塵も身体を動かすことができない。


「こんなもんか」


 ジークは立ち上がる前と同じような声色で呟きつつ、男を殴りつけた己の赤褐色にひび割れ黒く染まった手を確かめるとその手を下ろす。ジークはだけだった。ただし、国王直下の暗部が視認できないほどのスピードで。


 およそ人間とは思えない所業ではあるが、魔王城にこもった4年間という月日がそれを可能にしていた。自らの身体に魔物を移植する禁呪。それを試したのはいつだっただろうか。


 禁呪を施した直後はまだ人間の枠を出ていなかったが、それが身体に馴染むにつれて人外とも呼べる力を手にしたのだった。その分、腕や足といった部位は炭化したかのように黒く染まり、場所によっては肌がひび割れ血のような色が顔を覗かせている。


「…………バケモノめ」


 そう声を漏らしたのは短刀を持って襲った暗部の男。血だまりの中に倒れ伏す彼であったが、辛うじて意識をとどめていた。


「意外としぶといな。よっぽどタフだったらしい」

「まさか元勇者とあろうものがこんな有様だとはな…………」

「確かにこの腕の見た目は悪いが捨てたものじゃないぞ


 男はその声を聞いて残った力を振り絞って元勇者の顔を見上げると笑った。


「ははッ……これは傑作だな……今の自分の状態すら理解できていないらしい」

「なんだと……?」

「それだけ憎しみが強かったのか……哀れだな…………」


 それだけ言い残すと、男は言葉通り哀れみの表情を浮かべたまま動かなくなった。この空間に残っているのはジークのみ。


「どういうことだ」


 男の不可解な最後の言葉と表情が頭に引っかかる。


「自分の状態がわかっていない……? この腕や足ではなく……?」


 混乱の渦に巻き込まれながらもその場を後にしようとするジークだが、その目にたまたま男が手にしていた短刀が映る。無造作に地面に転がったそれを何気なしに手に取ろうとして


「は……??」


 思わず取り落としてしまう。男が丹精に磨き上げたであろうその短刀の刃には、見るもおぞましいが映っていた。確かにこれまでの生活で自分の顔を確認する機会はなかった。


 とはいえ、この4年間でここまで変わってしまうのか? これは人間と言えるのか? そんな思いが頭を駆け巡る。しかし、戸惑っていたのも一瞬だった。


「別にこれが悪いわけではない……俺の目的は復讐すること、ただそれだけ……他のなにもいらない…………」


「これが正しいんだ……別に人間であることに執着しているわけじゃない…………」


「そうだよな、クレア」


 確かめるように愛しい彼女の名前を口にすると、ジークは元の部屋へと戻っていく。


「もっと力が必要だ……誰もを圧倒できるような……」







 *







 それからどれだけ月日が経っただろうか。何度も自らの身体を弄った影響なのか、どんどん意識が曖昧になっていく。常に感じていたはずの足の痛みはとうに消え去り。身体の変化にも無頓着になった。




 力が必要だ。負けないために。


 力が欲しい。後悔しないように。


 力をつけなくては。自分を貫けるように。




 足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足り足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリないタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイ




「……………………ナゼ?」




 ジブンハナゼコンナコトヲ。ワカラナイ。ナニカアッタハズ。ナンダッタノダロウカ。







 *







 扉を開く音が広間に響き渡る。そこには若い男と女がいた。


「ついにここまで来たッ……!!」

「あれが……」


 彼らの目の前にいるのは人間の身長ほどもある右腕を有する、黒く炭化し所々ひび割れた肌を持ったおぞましい魔物。否、


「あれを倒して二人で帰るぞ!!!!」

「もちろん!!!!」



(ワタシハイマナニヲシテイル)



「おいおい、冗談じゃないぜ……! こっちはもう限界だってのによ……!」



(コイツラハイッタイダレダ)



「私のことは構わないで! ほんの少しでも魔王の動きを止めてくれたら、私がなんとかするから!」

「けどそれをしちまったら、お前が死ぬんだろうが! ここまできて俺1人で国に帰れるわけねぇだろ!」

「あーもう分からず屋なんだから! 勇者がいれば国は持ち直せるんですよ! 何人も代わりがいる王女と違って!」

「何をっ……!」



(オレノジャマヲスルナ)



「国王様からの依頼よ……!! それにあれだけ村を、街を、国を襲っておいて何を言ってるのよ!! どれだけあなたに殺された人がいると思ってるの!!!!」



(ウルサイ)



「こいつはもうそんなことはどうだっていいのさ、ただ訳も分からず暴れてるだけ……」



(ウルサイ)



「今俺たちがやらなきゃいけねぇのはこいつをぶっ飛ばすことだろ! バフ頼んだ!」

「ほんっと、人使いが荒いんだから!」



(ウルサイ)



「さぁ! これで終わりにしようぜ!」



「ダマレダマレダマレ!」



 刹那、身体に走る激痛。それに伴い、思い出す過去の記憶。



(そうか、俺はまた失敗したのか)



 そして瞳に映る愛しい彼女に似た女の子。



(クレア……ごめん…………)







 *







「やっとここまで来たね」

「そうだな、旅に出てから長かったな……」

「魔王もいなくなったしこれからどうする?」

「ゆっくり過ごすのもいいな」

「確かにそうだね!」

「もっと田舎に家でも建てて一緒に暮らさないか?」

「うん……どこへでもあなたについていくわ」

























「…………本当に無事だったのだな二人とも。よくやった」


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魔王討伐後の長い長い帰り道 豹柄猫 @yuuuuu4869

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