第43話「穂村さんは何か怪しい」
彼女は自身の部屋の前でこちらに頭を下げてきた。
「今日は色々と参考になりましたよー! 本当に本当にありがとうございます! これからもどうか、お願いしますよー!」
夕暮れを背にがこちらに手を振った。しかし、何だか名残惜しい笑顔とは違うようなものを感じられた。考えすぎであろうか。
ツン崎さんの方は笑顔で彼女に応対して、部屋の方に帰っていく。
「じゃあ、またね!」
彼女の方も見習わなくては。些細なことを気にしてしまうなど人として問題なのかもしれない。何も気にせぬよう、明日だけを見るよう意識して、僕は自分の部屋に戻ろうとする。それでも気になった。一回穂村さんが入る音がして、その後にまた扉を開ける音。
彼女は何故か僕達に家に入るのを見計らってから、また出て行った。
何故、そんなことをするのか。何かを隠しているのか。普通であれば、気にする必要もないのかもしれない。
ただ、今日の穂村さんは何か変だ。
僕は早速扉の外に出て、穂村さんの居場所を探し始める。まだ寮を出たばかり、だ。僕の足なら追いつける気はする。と言っても、これ以上人間としての一線を越える訳にもいかない。普通に、これストーカーだ。
「ちょっと、何やってんのよ……!」
なんて慌ててたら、僕は廊下から見える青空にダイブしそうになった。あわや、犯罪計画を企ててその前に逃げようとして、高い場所から飛び降りた馬鹿になるところだった。あわわと慌てて、扉の方にバックして言い訳を探す。
「いや、それは……別に何か変なことをしようとか、そう言うのとかでもなくってさ。ほら、ほら、何だ。今から買い物に行こうなんてっかなぁって……あはははは」
もっとうまい誤魔化し方とか会ったと思う。何故、こんなに犯人らしい話し方をしてしまったのか、後悔する。
明日のカフェラテ子さんの配信でも言われるのだろうか。「ちょっと、隣の人が犯罪まがいなことをしたので警察に捕まってもらいました! きっと更生できるはずですよー! ぐすん」と。いやいや、そんな、警察に捕まる訳にはいかない。僕は生でカフェラテ子さんの配信が見たいのだ。
まだ何か言い訳はできないかと考えると、彼女の口から思いがけない言葉が飛び出した。
「ねぇ、ちょっと、絵里ちゃんの後を……」
「へっ!?」
僕と同じことをしようとしていたのか。あの真面目なツン崎さんが? あんまり信じられないとの態度をこちらが見せていると、彼女は彼女で弁明をし始めた。
「別に変なことって訳じゃないの……でも、あの子、凄く気が弱そうな感じもするし……何か変な犯罪に巻き込まれてたら嫌じゃない。今日のおどおどした感じがまた何か、嫌な感じがするの……」
「ほぉ……」
「ってか、アンタ、忘れてないわよね?」
「ん? 何を?」
そこで僕の身に起きている不思議なことについて語り出した。
「ほら! アンタ、今ごたごたで世のVtuber共から何か狙われてるって話よ! 何かアンタがしたんだろうけど……! 前は何か自然な感じで大丈夫だったみたいだけど……またVtuberが何かしたかもしれないし」
「な、何を……?」
「そりゃあ、例えば……隣に住んでる子から情報を取ってこい、みたいなスパイを無理矢理やらされているとか……! で、それでアンタの情報を集めて、全部かっさらって後は結婚詐欺か何かをするんでしょ。アンタ、世界一騙されそうだし」
どれだけ僕がちょろいと思われているのだか。そこにツッコミは入れないことにして動き始めていく。確かにVtuberが僕の日常に入り込んでいるのは確か。最近もまたメールで時々、求愛的なものが届く。そんな簡単に愛に返答できる訳はないから、スルーはしているが。それでも毎日スパムメールのように届いている。困ったものだ。以前、カフェラテ子さん、ツン崎さんをある問題から救うためにVtuberの力を借りなければならなかった。その拳でだいぶお世話になったものだから、いきなり「失礼です! もう送ってこないでください!」と言うこともできない。何とか別の形で恩を返していきたいところだ。
もし穂村さんがVtuberの手掛かりを少しでも握っているのであれば。そこから直接出逢って、説得できるかもしれない。
ただ……不安が一つ。
「まぁ、じゃあ……結局、でも集団ストーカーになるのでは……?」
「……別に好意とかで追ってる訳じゃないし、原因さえ分かればすぐに帰るわよ」
「そ、そうだね」
カフェラテ子さんが逮捕されるとの不祥事も避けたい。つまるところ、穂村さんに存在がバレそうになったらすぐに逃げよう。ツン崎さんを引っ張れば、何とかなる。
覚悟を決めて穂村さんを追い掛けてみると、意外と近くの横断歩道の前で車を待っていた。ツン崎さんは僕と共に電柱の後ろに隠れ、一息ついている。
「ふぅ……な、何とか……追いつけたわね」
「何処に行くのか……この辺って何があったかな……?」
「もう一度カラオケに行く訳じゃないし……何だろ? 何か心当たりとかないの?」
「ないないナイスガイ」
「寒い」
「ごめん」
下らないやり取りをしている間にささっと穂村さんは横断歩道を渡っていってしまった。距離を取らないといけないから、すぐ後ろを動くことはできない。すぐに飛び出そうとしてたツン崎さんの服を引っ張った。
「ちょっと……!」
「待ってよ! 何、ストーカーの初心者?」
「アンタ、上級者なの!?」
「いやいや、そういうことじゃないけどさ……すぐ後ろ走ったらバレるって……ってか僕達も追われたことあったでしょ。あれみたいにもっと静かに、落ち着いて」
「やっぱ、経験者……?」
何もコメントはしない。ただ途中で彼女は野良猫を見ては手を振る。散歩中のゴールデンレトリバーやダックスフンド、ポメラニアン、コーギー、柴犬をチラチラ見てはスピードを下げていく。今、挙動不審なのは穂村さんではなく、ツン崎さんだ。飼い主から「怪しい女性だ」と思われていただろうことに気が付いていないのか。
そして、今の活動が夕暮れドキドキ動物ツアーに変わっていることを知らないのであろうか。
「ツン崎さん、早く行くよ。逆に見えなくなる……!」
「ああ……あのワンちゃん、撫でたい……! 撫でたい……! くぅん……! ペロペロされたいのに……!」
毒舌Vtuber女子大生ツン崎さんと100人の美少女Vtuberの婚約発表から逃げる方法 夜野 舞斗 @okoshino
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