消えない煙

一般男性です。

第1話

いつものコンビニ前の灰皿に、赤マルの吸い殻を捨ててもう一本火を付ける。

「あたし、タバコやめるわ」

「唐突だな」

「恋する乙女はいつも唐突なんだぞ」

そう言うと、彼女は空箱の写真を撮って隣のごみ箱に捨てた。

「じゃ」

「またなあ…はぁ」

彼女が見えなくなると、俺はため息と一緒に煙を吐き出した。


今日、俺は失恋をした。


彼女が去ってから数分後、俺の携帯にピース・アロマ・ロイヤルの空箱の写真と「さよなら」の文字が表示されていた。彼女のインスタの投稿だ。

別れ際に「またな」と返したが、もう彼女がここに来ることはないのだろう。

たばこを吸い始め早1年、俺はもうこれがないと生きていけないヘビースモーカーになっていた。

きっかけは単純で、彼女と話がしたかったから、彼女がタバコに火を付ける姿を見たかったから、彼女の吐く煙の香りが好きだったから、彼女が好きだったから。

でも結局彼女は、別の男に恋をした。そいつはタバコが嫌いらしい。

どうやら彼女がここで言っていた、好きになった人の好みに合わせるタイプだというのは、ホントだったみたいだ。

「俺も合わせて吸ってたのにな」

煙になれるのに半年かかった。それでもだめだった。

彼女と親しくなるのに2カ月かかった。それでもだめだった。

「俺もやめてえな」

そんな俺の言葉を、矛盾した欲求が否定する。

「そんなに簡単なら、苦労しねえよな」

彼女に合わせるのに相当時間がかかった。だから、やめるのがもったいなく思ってしまう。

今日はやけに吸うペースが速い。1本目を吸ってからそこまで時間はたっていないはずだが、新品だったこの箱の中身はもう空になっていた。

「飲むか」


不意に酒が飲みたくなった。


6:30 P.M.

「ただいま」

誰もいない家に帰宅してすぐ、コンビニで買ったテキーラのボトルを開ける。

ショットグラスに注いで、常温のアルコールを一気に飲み干す。続いて二杯目、これも一気に飲み干す。やけ酒だ。

水を飲んで休憩をする。やけ酒のはずが、結局自分の体を労わってしまった。

とりあえず換気扇を付けて一服する。銘柄は、彼女が捨てたピース・アロマ・ロイヤル。

「あっま」

正直吸えたもんじゃない。多分、赤マルだけしか吸ってなかったからだろう。

「そりゃ合わないわな」

彼女が人に合わせるタイプと知ったとき、正直親近感がわいた。自分で言うのもなんだが、俺もそうゆうタイプだったからだ。

だからきっとうまくいくと、勘違いしていた。

「ふう」

その一息から、飲むスピードが上がった。

飲む、吸う、煙を吐く、飲む、吸う、煙を吐く、飲む、吸う、煙を吐く、飲む…

そこからの記憶はない。


3:17 A.M.

「あぁ、あったまイテェ」

飲み過ぎたことと、吐いていないことは理解できる。

昨夜のやけ酒は、ボトルの半分で終わったみたいだ。

水を飲んでから回ったままの換気扇の下に行ってタバコの火を付ける。

「ふう、甘いな」


俺はしばらく、吐き出した煙に見とれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消えない煙 一般男性です。 @DAN3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ