日常はふとした瞬間壊れる脆いものだった
スイートピー
第1話
「はああ~…疲れた…」
帰宅中、突然の大雨に降られて慌てて折り畳み傘をさしていた。
いつもなら混んでるはずの車が、今日は珍しく走っておらず、雨音だけが響く。
「…」
最初はなんの疑問にも思っていなかったが、次第に不思議に感じ周囲を見渡しながら歩く。
「(…車はおろか、人もいない…?)」
雨だから人が少ないとしても、この時間帯は誰かしらいるはず。
それにガソリンスタンドも誰もいないし…コンビニも…灯りはついてるけど店員さんの姿どころか動いてるものも見えない。
「…」
人が居ないから店内の奥に引っ込んでるのかもしれないとは思いつつ、もし本当にいなかったらと不安でコンビニの近くで立ち竦む。
雨は止むどころか激しさを増し、風まで吹いてきた。
「(…いや、適当に何か買おう)」
そう考えて自己完結し店内へ入った。店員はレジにおらず、エアコンのひんやりとした涼しい風が雨に濡れた足には冷たく感じた。
品出しをしてるのかと店内を不信に思われない程度に見て回る。
「いない…」
結局店員さんはおらず、呼び鈴を鳴らしても変化はない。静かな空間に自分独りしかいないような気がして、体に当たる冷風に体がゾクリとした。
言い知れぬ恐怖に、逃げるように外に出た。
「(あれ…?)」
外に出ると、雨がやんでいた。あの強さだと暫く降ると思っていたため、少し拍子抜けしてしまった。いつからやんでたんだろう?
5分程度しかいないと思うけど…まぁいいか。
「?(何か、苦しい…?)」
少しだけ歩いたのだが、全身の気だるさと少し呼吸がしにくかった。
≪――――≫
「えっ…?」
周囲に人もいないしと少し休んでいると、何かが聞こえた気がした。
だが、周囲を見渡してもやはり誰もいなくて。
「…(…気のせいか?)」
徐々にだるさもマシになって歩き出すと、交差点に差し掛かる。やっぱりここも車はおろか人の影もなくて。
≪――――――≫
「っあ…??」
信号機を見ようと顔を上げれば、また何か聞こえてくる。信号機は動いてなくて。
でも、先ほどよりもはっきり聞こえたそれが、音ではなく声だと気づいた。
「(…誰かいる? いや…嫌に脳に響く…音っぽいけど、声なの??)」
そう、聞こえた音は先程よりも存在感を増し、低い声の様だが何を言ってるのかわからない。少なくとも、日本語ではない。全く理解不能の言語。
脳に響く声なんて知らない。音もだ。薬物乱用防止の動画で音がぐわんぐわんなってるのを聞いたことあるけど、あれにどこか似てる気がした。
音の聞こえた方は、交差点の対角の方からだった。
「(ってかまず、信号機使えないけど車もないしな…)」
壊れてるなら仕方ないか。車も見える範囲にはいないし、本当に薬物で変になってるってオチじゃないなら多分大丈夫。
≪――、縺薙▲縺。縺ォ縺薙>≫
「…んえ? …(…こっち…?? 何言って…)」
横断歩道をわたってる最中に、ふと声が聞こえて気が抜けた声がでる。
だが、それは真横から聞こえてきて、向こう側ではなく交差点の中心からだと分かった。そのまま聞こえた方に歩いていく。
「ッあ”…!??!」
――ドクン。と心臓が強く脈打ち、意識が飛びかけ膝をついた。
「はぁ…はぁっ…ぁ…ッは、(なに、なに。なんだこれっ、)」
「ヴ、ぁ…」
血管が破れそうな勢いで体を強張らせ、巡る血の熱さに目を瞑って耐えていれば、バチッと電流が流れたかの様な衝撃に、なにがどうなってるのか理解する前に意識を失った。
―――――――――――――――――――
「…ん…っ”!? ッは、」
気が付くと、何かに背もたれており全身の激痛に自身の体を強く抱きしめる。血も今だ熱く脈打ってるように感じ、息を吸うのも苦しい。
ただ、周囲は冷たく風が体を微かに冷ましてくる。
「…」
長時間その体勢で居たが、落ち着いてくると周囲に気が向いた。
周囲からは相変わらず音はせず、目を開いても疲れか涙がたまってるのか霞んでいて使い物にならない。
「…く、そ…」
落ち着くと言っても今だ痛くて、暑い。なのに汗はかかなくて。
背もたれになっていたものを支えに立ち上がると強い風が吹き寒く感じた。
「…は、どこ…」
暫くして視界が歪まなくなって周囲を見れば、周囲の石造りの建造物は木製に代わり、古びていた。コンクリートの地面は固い土に代わっていた。
更に周囲には薄く霧があり、遠くは見渡せない。
「…? なんだ、これ…?」
背もたれにしていたらしいものは、立った状態で腰より少し高い位置にある円形の
さらさらとした黒い物体。道に沿って、来た方向から…
「…」
反対側まで、続いてるのだが…途中、石でできた…噴水のようなものを踏みつぶして瓦礫にしてたり、霧でギリギリだが木造の家を上から潰して、まっすぐ向こうまで続いていた。
「(これ…この先、どうなってるんだろう)」
冷たく硬いそれに触れながら、ふとそう考えた。
建物どころか地形すら変わっているが、目印として使えそうなこれの向こう側は建物を潰してる為来た道を戻るように霧に消えていく方へ歩き出す。
「…」
あれから黒いのを支えにしつつゆっくりと歩きだし、数十分程たった。
隣の黒い何かは肩程に大きくなった頃。
「……?」
周囲の古びた家がなくなって来て、黒い奴以外は辺り一面霧に囲まれた。
そんな時、足元を見れば何か模様が書いてあるのに気が付いた。
「(星、の中に…目?)」
砂の上に指で書いたような星の中に、目が書いてあった。目は黒目の部分が炎のような表現がされており、星の一つの頂点が踏まれたのか分からなくなっていた。
しゃがめば、手を大きく広げた程の大きさで。
「(…△に目が書いてある奴だったら見たことあるけど…)」
まぁそれは見たことがある程度で何かまでは知らない。ただ、これがただの模様には思えなかった。こんな所にあるんだしな。
「(…まぁ、いいか)」
生憎ペン等はないから書き留める事はできない。そのまま立ち上がって歩き出した。
隣の黒い何かは徐々に大きくなり、背丈を優に超えてしまった頃。
霧も若干薄くなって、周囲には建物がなくなり木々が生い茂ってるのがわかった。
「っわ、あぶな…(穴? …いや、違う)」
目の前には黒くて穴だと錯覚しかけたが、風で揺れ液体があると気づいた。
何だろう、自然にできてるような感じだけど、池か湖か…。
黒いなにかはこの先にあるが、霧により先に行って見えなくなった。
「(行き止まりか…めんどくさいけど、この池か湖かは広そうだし…。戻って建物を迂回していった方がいいか)」
そう思って、振り向こうとした。
「っ! おわっ!?」
――突如、強風が吹いた。立ってられないほどで尻餅をついた後、黒い何かを掴んで吹き飛ばされないように耐える。
「っは…なに……え……」
風がなくなり周囲を見渡すと、辺り一帯の霧が吹き飛んだようで、周囲には木々が見え山の中にある湖にいたんだと理解できた。
――湖の中心には、巨大な石像があった。
山よりはるかに高い石像は、くすんだ黄色のレインコートをつけており、顔はフードを被り別の方向を見ていてわからない。
だが、その手や下半身であろう部分からはタコや、イカのような巨大な黒い触手らしきものがのぞき、不気味さが漂っている。この黒いのはその一部だった。
「せっ、せき、ぞう…」
そう言葉に出すことで自身に言い聞かせようとするが、気づいてしまった。
ゴゴゴゴゴ「っ?! うわ、っと…、…えっ…ぁ」
あの強風が、どこから来たのか。
そう思った瞬間、今まで経験した事が無いほどの強い地震に触手らしきものに捕まると、ふと気づいた。
―――動いている。
人と同じ様に、頭部であろう場所が動いていた。フードが徐々にこちらを向いてきて、恐怖が体を支配し動けなくなる。
(あ、やばい)
これは本当にダメなやつだ、と気づいた時には遅く、顔が見えようとしていた。
「…あ、え?」
気がつけば、そこは薄暗く、見慣れた空間。
「(…夢? いや、あんなリアルな…)」
息は荒く、額から流れた汗をぬぐう。なぜかクーラーが付いてない。
そのせいで暑苦しくて変な夢を見たのかもしれない。そう思って、立ち上がる。
「っ、…」
立ち上がろうとした際、微かに力が抜けたがそのまま力をかけてクーラーのリモコンに手をかける。
「ッえ…」
その時に、見てしまった。…気づいてしまった。
手の甲には、あの古びた建物がなくなったとこにあった星に目のマークがあった。
思わず体が固まり、暑いはずなのに冷や汗が出た。あの出来事は嘘じゃないのだと自覚させられた。
「あー…(…大丈夫…)」
先程の事を思い出して苦しくなったが、怖かったのはあの巨大なナニカだけ。それまでは何もなかったし、きっと大丈夫。
そう思って手を見ると、あの印は消えていて。
「…」
幻覚では、と思いつつ、心では幻覚じゃないと解っていた。
…でも、実害はない。そう思えたら、スッと気持ちが落ち着いた。
「…(二度寝しよ)」
今度はあんな夢は見ない気がした。
ピンポーン 「っ…え、」
インターホンの音が聞こえてきた。こんな時間に…?と思ってスマホを見れば、時間は2時7分を指していた。
「(…丑三つ時、いや! 大丈夫。
隣の家の人とかが、酔っぱらって間違えたとかだ。きっと…)」
さっきの夢で神経質になってるだけだ、と結論付けて親を起こさないように玄関に向かってドアスコープを覘く。
「っえ…(黒…いや、悪戯、かも。覘くの久しぶりだし)」
誰かが黒いテープでも張って悪戯してたのかもしれない。と結論付けて、音もしないし間違いだと気づいたんだろうと結論付けて戻ろうとした。
「…っ、」
そう、戻ろうとしたのだ。背後からグチュッ…と音がして、足を止めた。
嫌な予感がして、息が荒くなる。いや、きっと大丈夫。何も…――――
「…え、…え??」
―――――そこには、なぜか開いてるドアポケットからタコの足がうねうねと入ってきていた。
日常はふとした瞬間壊れる脆いものだった スイートピー @SANdown
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます