吾輩は夏休みである。

おくとりょう

宇貫でも、これは有名なので。

 吾輩わがはいは夏休みである。

 名前はまだない。


 あと何度寝れば、吾輩の出番かと指折り数えて楽しみにしていたのだが、いつの間にやら始まっていたようだ。片手の指が無くなる前に始まってさいわいである。


 ふむ、なんだか空がゴロゴロ騒がしい。

 ここ一週間は快晴のハズなのだが、雷親父の臨時株主総会でもあるのだろうか。コロナ禍だからな。

 吾輩も株主優待狙いでを買っておくべきだったか。まだ5万円以下で買えたハズだ。


 素っ裸のワクチンについて話していたワイドショーの女子アナの笑顔を思い浮かべて、騒々しい空を見上げる。

 そこには真っ暗な闇を照らす大輪の花。赤、緑、黄。いくつもの鮮やかな花火が咲き乱れていた。


 ……まいったな。

 紅生姜べにしょうがと青のりがたっぷり載ったタコ焼きが食べたい。だが、コロナ禍だからな。

 人混みを避けて、隣県のコンビニまで行くべきか。田舎だから客も少ないハズだ。

 扉を開けると、同居しているゴキブリが飛び出してきた。思わず腰が抜けて、ついめんつゆではなく、中性洗剤をかけてしまう。彼は手足をせわしなく動かすと、永い眠りについた。モルフェウス夢の神に代わって、ちり紙で包む。


 ホットケーキミックスだ!

 不意に戸棚の中身を思い出し、勢いよく開け放つ。雪崩の如く溢れ出したのは白い粉。あっという間にリビングがゲレンデと化す。

 注射針は先日恋に落ちたのだろうか。見当たらない。しょうがないので、側にいたヤブ蚊を代わりに火で炙る。

「夏だねぇ」

 白い粉から顔を出した紅生姜が蛆虫みたいな笑顔でそう言った。

 しょうがないので、海苔をかけた。もう吾輩にも消化できない。

「ノイシュバンシュタイン城だね、灰かぶり」

 後ろから声がしたので、白いティッシュをめくると、カマドウマがいた。

「便所コオロギじゃないよ、買いかぶり」

 コオロギになんと言葉をかけようか。悩んでいると、突然彼は泣きだした。もしかして、秋が近いのだろうか。


 そうだ、今年はカブを植えよう。

 種を撒く時期を尋ねようとした途端、電子レンジが開いて、無数のセミが飛び出す。そのうちの何匹かがタコ焼きを抱えていたので、食べてみた。赤、緑、黄。赤、緑、黄。歪んだ信号が青い薔薇に絡みつく。ブレーキ知らずの両足はエリス不和と争いの女神のリンゴでジャムにしよう。


 すると、素っ裸になった雷親父の悲鳴とともに、蝉爆弾が炸裂した。当然の如く、吾輩の頭の中は女子アナの笑顔でいっぱいになる。早く同居虫のパンツを買わないと。破けた下着で鼻をかむ。白い粉が腸に染みた。


 目を開くと、白い天井。

 慌てて両手を見ると、左手の中指が無かった。どのくらいの間、寝ていたのだろう。

 夜風に白いカーテンがはためく。窓の外にトライアングルを描く三つ星が明るく輝いていた。

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吾輩は夏休みである。 おくとりょう @n8osoeuta

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