冬
十一月二十五日
思えば、今までだって似たようなことはあった。出会う前に戻っただけだ。
そう思い込もうとして、やっぱりできない。
シャイロックの心にぽっかりとマルガレータの形をした穴が空いてしまったようだった。そこから隙間風が吹いて、びゅうびゅうと体を冷やしていく。そうすればどうにも寒々しくって凍えてしまって、日々をぬるく過ごすことすらままならない。
だから気づいた頃には、シャイロックはマルガレータの家を訪れてそのふるぼけたチャイムを押していたのだった。
返答は、ない。
もう一度押してみれど結果は同じだった。そこでようやくシャイロックは今が平日の真昼間であることに気が付く。なんてことはない。彼女は今学校に通っているのだ。
そんなことにさえ頭が回らなくなっていることを自嘲しながら、シャイロックは踵を返して元来た道を戻ろうとする。それを引き留めたのは、あの日聞いた悪夢のような声だった。
「懲りないな、お前も」
振り向けばそこには、数日前彼女を奪っていった赤毛の男が立っている。手には女の子に人気の雑貨店の紙袋が握られていて、ああ、彼もマルガに会いに来たのだなと察せられた。
「……時間はあるか?」
不意に青年が口を開く。その真っ黒な瞳にうながされるように頷けば、彼から誘いの言葉が投げかけられた。差し出された名刺には「アーサー・マクダフ」という名前と連絡先が記されている。
「よければ少し、話をしよう」
生まれて初めての、男からのデートのお誘いだった。
「お前のことはメグ……マルガレータからよく聞いていたよ。俺とアイツは従兄弟なんだ」
マルガレータと共によく足を運んだカフェに恋敵といるなんて一体全体どういうことだろうか。状況のあまりのおかしさに思わずシャイロックが笑みをこぼせば、エスプレッソを味わっていたアーサーが怪訝そうにこちらを見やった。
けれどすぐに改まって、彼は向き直ると重々しく口を開く。
「随分女性に困らない生活を送っているんだってな。アイツはよく泣いていたよ」
それは、シャイロックの初めて知るマルガレータの姿だった。怒ったり呆れたりしながらも決してシャイロックを見捨てようとはしなかった彼女。けれど陰でひっそりと悲しみ、涙をこぼしていたのだった。
そして何よりそんな弱弱しい姿を目の前の青年には打ち明けることができたという事実が、シャイロックの胸に苦いものを残す。
「俺としてはそういう輩との交際は控えてほしいと伝えたんだが……メグはあの通り一度言い出したら聞かない奴だろう?」
言葉の端々から感じられる彼らの付き合いの長さや絆の深さに打ちのめされて、シャイロックは気がつけば俯いていた。勝てない、という一言が胸につっかえてうまく息ができない。
「……それでも、アイツさえ幸せだと言うのなら俺の口出しすることじゃないと思っていた」
不意にアーサーのオニキスの瞳にやわらかな光がともる。彼女を心から愛していると伝わる、家族のような慈愛の目だった。
「それなら、どうして」
思わずシャイロックの口から疑問が零れ落ちれば、しばらくの沈黙の後アーサーが事の次第を話し始める。
「彼女の父親に知られてしまったんだ。厳格な方でな、不誠実な男との交際なんて認めないとメグに伝えたせいで二人の仲は今冷戦状態だ」
娘の父親が恋人との交際に反対するなんてよくある話だ。しかしそれとは少々事情が異なっているらしい。ぽつぽつと語るアーサーの目には郷愁の色が浮かんでいる。
「……メグの母親は、とても溌溂としていて美しい方だった。けれどもう十年も前に亡くなっている。彼らは二人だけの家族なんだ。お前との付き合いのせいで彼らが仲たがいをし、不幸になるところは見たくない」
言外に「お前にマルガレータは幸せにできない」と突き付けられて、シャイロックの身を冷水をあびせかけられたような衝撃が襲う。
そうか。僕といると彼女が不幸になるんだ。
それはもう幼いころからずっとシャイロックの身に沁みこんでいた言葉だった。
「頼む。メグのためを思うなら、もうアイツを振り回さないでやってくれ」
とどめの一言に、シャイロックはノロノロと唇を開くと小さな声で呟く。
「……わかったよ」
その言葉を口に出した瞬間、強く胸が軋んだような気がした。けれど心の叫びを無視してシャイロックは言葉を紡ぐ。
「マルガのことは諦める」
それは、決定的な一言だった。
そうすれば、目の前の青年があからさまにホッとしたのが分かってシャイロックの口にほろ苦い笑みが浮かぶ。
ああ、これでよかったんだ。家族とうまくいかない苦しさは他でもない僕がよく知っている。これでマルガレータは幸せになれるんだ。
そう自分に言い聞かせるけれど、それでも胸の疼きは収まらない。
だって、初めて本気で好きになった人だったのだ。
彼女となら、どんな未来だって進めると思った。
その未来が今閉ざされそうとしているのに、シャイロック自身は何もできないでいる。他でもないマルガレータのために。
せめて、と口にした言葉は悲痛な響きを伴っていた。
「マルガを……よろしくお願いします」
その懇願を受けたアーサーはといえば、誠実を形にしたようなオニキスの瞳でこくりと頷いたのだった。
「それじゃあ、俺はこれで」
そう言ってアーサーは伝票を手にすると颯爽と革靴の足音を鳴らして店を去ってゆく。残されたシャイロックは深いため息を吐くと残された紅茶を一気にあおいだ。そうすれば冷めて少し苦くなった紅茶がのどの奥を滑り落ちてゆく。
そうして彼も無言で店を出れば、世界はとっぷりと暮れて赤くなっていた。どこにも行き場がないような寂寥感が胸いっぱいに巣食って、ああ、こういう時傍にいてくれたのはマルガだったと独り言ちる。
けれども、彼女はもういないのだ。
だからシャイロックはとぼとぼと独り帰り路につくのだった。
空にはもうすぐ星が輝き始めようとしていた。
店を去った後、アーサーが向かったのはマルガレータの家だった。
先ほど家に置き忘れた紙袋……少しでも慰めになるようにと買った紅茶を彼女に渡すべく合鍵を使って家に入れば、そこにはちょうど学校から帰ってきたのだろう、制服姿のままぼうっと立ち尽くすマルガレータの姿があった。
「メグ」
アーサーが声をかければマルガレータがゆっくりと振り返る。
「ちょうどよかった。これをお前に」
そう言って紙袋を手渡せば、固かった表情に僅かに笑みが浮かんだ。
「……ありがとう。アーティ兄さん」
二人きりの時にだけ呼んでくる、まだ幼かったころからの呼び名にアーサーの胸が郷愁に疼く。
そうだ、俺はまだマルガレータが小さい時から面倒を見て来たんだ。そんな妹のような彼女が不幸になるところなど見たくなかった。だからきっとこの行動は正しいのだ。
「シャイロックと話を付けてきた……お前のことは、諦めるそうだ」
だからアーサーは包み隠さず彼女へと告げる。そうすれば彼女の青葉色の瞳に痛みの色がにじんだ。きっと今マルガレータの胸は千々に千切れ、想像もできないような痛みに苛まれているのだろう。それを慮って側にいてやることだけが、今のアーサーにできることだった。
「……そっか」
彼女の声は震えていて、袖から伸びた小さな掌がぎゅうと強く握りしめられる。
ああ、泣くなと分かった瞬間、アーサーは気づけばマルガレータを抱きしめていた。突然の抱擁に、耳元で彼女が息を呑む音が聞こえる。それにも構わずあやすように背中を撫でてやれば、次第に彼女の体から力が抜けていった。
そうしてしばらくの沈黙の後、しゃくりあげる音だけが静かな空間に零れ落ちる。
「私の小さい頃の夢、覚えてる?」
涙交じりの声で囁くマルガレータに、アーサーは撫でる手を止めることなく返事をした。
「ああ。運命の人のお嫁さんになりたいとよく言っていたな」
小さな女の子にありがちな願い。それでもマルガレータにとってはずっとずっと叶えたい夢だった。そしてその夢を叶えられると思う人がやっと現れたのだった。
けれど、ダメだった。その事実がマルガレータの胸をずたずたに引き裂いて、次から次へと涙をあふれさせてゆく。
「お嫁さんに、なりたかったなあ……」
悲しみで上ずる声があまりにも哀れで、アーサーの口から自然と言葉が零れ落ちた。
「それは、俺じゃダメか?」
口に出してから、今までどうして思いつきもしなかったのだろうと疑問が脳裏によぎる。
そうだ、自分だって彼女をお嫁さんにすることはできるじゃないか。
「俺なら、お前を大切にしてやれる。泣かせるようなこともしないし、お前の父さんも納得させられるだろう」
恋ではきっとないのだろう。それよりもずっと穏やかで、優しいものだった。だからアーサーはたどたどしく告げるのだ。
「俺はお前が好きだよ、メグ」
マルガレータを幸せにしてやりたいという思いだけが今のアーサーを突き動かしている。告白を受けた当の本人はと言えば、ただただきょとんとしてアーサーを見上げていた。驚きのせいだろうか、彼女の涙はいつの間にか止まっている。
「なにそれ」
そしてへたくそな慰めの言葉だと気づいたマルガレータが、涙でぬれた頬で力なく笑った。
今はその笑顔だけで十分だった。
十二月二日
あれからシャイロックはマルガレータの元を訪れなかった。
当然だ。自分から「諦める」と伝えたのだから、相手から追いかけられる義理はない。わかってはいるものの、それでも寂しさが憂鬱となってマルガレータの中に降り積もってゆく。そして彼女は起きたはいいものの、何をする気にもなれなくってただただベッドの上で無為な時間を過ごしていたのだった。
小さくため息を吐いたタイミングで、乾いたチャイムの音が部屋へと鳴り響く。アーサーだろうか。まだ少しけだるげな雰囲気をまといつつもマルガレータは何の警戒心も持たずにドアを開ける。
扉の向こうに立っていたのは仏頂面をしたアーサー。そしてにこにことやわらかな笑みを浮かべたシャルロッテの姿だった。
「シャルロッテさん?」
予想もしなかった来客の姿に驚くマルガレータとは対照的に、シャルロッテは余裕の笑みを崩さない。一方その隣に立って、無理やり腕を組まされていたアーサーはげっそりとした表情を隠しもしないで呟いた。
「もう案内はいいだろう……それより、本当にお前はメグに用があるのか?」
アーサーが腕を乱雑に振り払えば、シャルロッテは少し残念そうに眉を下げる。けれどすぐに本音の窺えない笑みをまた貼り付けて言い放った。
「あら、私はマルガちゃんのお友達よ。友達に会いにくることのなにがいけないのかしら?」
マルガレータには友達が多く、アーサーとてその全てを把握しているわけではない。そのため嘘だと跳ね除けることもできず、先日の名刺を手掛かりに連絡を取ってきたシャルロッテを仕方なく案内したのだった。
「今日はね、お茶をしようと思ってケーキを買ってきたのよ。アーサーさんもいかが?」
「俺はいい。ふたりでごゆっくり」
そう言い残すとアーサーは背を向けて足早に去ってゆく。本当に一刻も早くこの場から立ち去りたかったのだろう。そうすればその場に残された二人の間に沈黙が満ちる。
先に口を開いたのはマルガレータの方だった。
「ロック……いえ、シャイロックはどうしていますか?」
もう今までのような関係ではないのだ。愛称で呼ぶのはなんとなくはばかられてそう呼べば、彼女のスカイブルーの瞳がゆっくりと細められる。返事をすることもなく持ってきた箱を開ければ、そこにはイチゴのショートケーキが二つ並んでいた。
マルガレータが慌てて用意した真っ白いシンプルなお皿に盛って、ティーパックの紅茶を淹れればあっという間にティータイムの準備の出来上がり。
そうして白魚のような指がフォークを器用に操ってケーキを切り分けると口元へと運んでゆく。口元をちっとも汚さずにたいらげると、完璧な笑みで囁いた。
「シャイロック、なんて他人面してるような子には絶対に教えてあげない」
その言葉にガンと頭を投げられたような衝撃がマルガレータを襲う。他人面、という言葉が頭の中をぐるぐると巡って、次の言葉を吐き出させることを許さない。
それでも喉をカラカラにしながらどうにか紡いだ言葉は、ひどく感傷的なものだった。
「…………だって、ロックなんて呼んだらもう迷惑かもしれないから」
好きになってくれない人を好きでい続けるのは大変で難しいけれど、でも楽しくて仕方がなかった。しかし、ふとマルガレータは思うのだ。もしこの思いが誰かを傷つけるなら、父を傷つけるなら、他でもないシャイロックを傷つけるなら、諦めた方がいいんじゃないか、と。
だからそう呟けば、今度こそシャルロッテはため息を吐いた。そうして少し身を乗り出すとマルガレータの方に置かれたケーキのイチゴにフォークを刺す。
「あっ」
思わず声を上げた頃には赤い果実はもうシャルロッテの口の中に吸い込まれていったあとだった。悪びれもせず美味しそうに味わった後、彼女は赤くふっくらとした唇で呟く。
「そうやって言い訳して、欲しいモノを諦めるのね。誰かに盗られてしまうわよ」
欲しいモノ、という言葉にシャイロックの姿が浮かんで、消える。けれど好きな気持ちだけではもうどうにもならないのだ。だから何も反論できずに俯くマルガレータにシャルロッテは追い打ちをかける。
「シャールはもうあれ以来ずぅっと女遊びにふけっちゃって、前の彼に戻っちゃったみたい」
前の彼。軽薄で魅力的で、でもどこか寂しそうだった彼の姿がマルガレータの脳裏によぎった。以前の影のあるシャイロックも素敵だったけれど、マルガレータは今の明るく笑う彼が誰より好きなのだ。それが今、失われつつあると彼女は言う。
「彼が素敵に変わったのは、誰の為だと思う?」
シャルロッテの顔にはもう、笑みは浮かんでいなかった。その代わりどこか悲しそうに眉を下げて目を潤ませている。
「……私はあなたといる時のシャールが好きだったのに」
そして口から零れ落ちたのは、切実な懇願にも似た独り言だった。
「でも、もうあなたには関係ないのね。ごめんなさい。出過ぎた真似をしたわ」
そう言い残して、シャルロッテは席を立つ。そして隣を通り過ぎる彼女を、マルガレータは引き留められないでいた。体が硬直してしまって、言葉を発することもできない。
「さようなら、マルガちゃん」
最後にそう言って、シャルロッテはマルガレータの家を出る。そうすれば扉の向こうに立っていたのは、険しい顔をしたアーサーだった。
「あら、盗み聞きするなんて紳士の名が泣いてしまうわよ?」
またいつもどおりの蠱惑的な笑みを浮かべたシャルロッテに、アーサーは一歩近づくとその細い手首をつかむ。
「あまりうちの妹分をいじめてくれるな」
そして威圧を込めた声で一言そう囁くと、ゆっくりとその手を離した。
「……レディに乱暴な真似をして悪かった」
一言の謝罪と共に頭を下げると、アーサーは彼女の横をすり抜けてマルガレータの元へと向かってゆく。
シャルロッテはしばらく惚けたようにその場に尽くしていたが、不意にその唇から言葉が零れ落ちた。
「素敵……」
それはアーサーの今後の波乱の人生を予期させる一言だった。
十二月二十四日
どんなに悲しい日々が続いていたって、時間は等しく過ぎていく。
気づけば二週間近くが過ぎ、世間はクリスマスムード一色に染まっていた。
マルガレータはといえば父親と顔を合わせる気にもなれず、今年は家に帰らず一人でクリスマス前日を迎えていた。けれど一人ではすることもなくって、結局いつもどおりの休日と何一つ変わらない。クリスマスにはしゃぐ人々の間に身を投じる気にもなれず、こうやって夕方までベッドに寝転ぶ自堕落な生活を送っていたのだった。
ふと、枕元に置かれていた文庫本に手が触れる。見なくても分かる、誕生日にシャイロックがプレゼントしてくれたハイネ詩集だ。
適当にぱらぱらとページをめくっても、思い出されるのは彼との甘やかな日々ばかり。
そんな中、高らかなチャイムの音が部屋へと鳴り響く。あるわけがないのに一瞬シャイロックの顔が浮かんで、マルガレータは足早に玄関へと向かったのだった。
そして急いで開いた扉の先に立っていたのは、アーサーだった。
「……そんな顔をするな。シザーリオさんからお前が帰ってきていないと聞いて様子を見に来たんだ」
父親の名前を出されてますますマルガレータの自分は落ち込むばかりだ。あからさまに落胆するマルガレータに気を悪くすることもなく、アーサーは体にまとった雪を払うと室内に足を踏み入れる。
「一人で過ごすのか?」
「友達はみんな家で過ごすらしいから」
簡潔に答えを返せば、小さくため息を吐いた後アーサーはマルガレータの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「そうだろうと思った」
そして彼女の手を取るとしゃがみこんで目線を合わせる。
「それなら、今夜は俺と出かけようか。どこか気晴らしになるようなところに行こう」
黒スグリの瞳にはただただ純粋な心配の色が浮かんでいて、そこでようやくマルガレータは自分は今ひどい顔をしているんだろうなということに気が付いた。そんな彼女を慰めようと、アーサーは心を砕いてくれているのだ。
彼のためにも、元気にならなくっちゃ。
そう心の内でひそかに決心して、マルガレータは彼の手を握り返す。
二人のクリスマスイブが今、始まろうとしていた。
そうして連れていかれた先は、はしゃいだ人々でごった返すクリスマスマーケットだった。このあとのクリスマスイブに向けてプレゼントを選ぶ人々の目は期待に輝いている。
ぬいぐるみに絵本に目が眩むほどのアクセサリー。ポインセチアなんかも色鮮やかで目に楽しく、気づけばマルガレータの口にも頬笑みが浮かんでいた。
「ほら、冷えるだろう」
そう言っていつのまにか買ってきたのか、アーサーがホットチョコレートを手渡してくれる。口をつければ華やかなカカオな香りと甘みが口の中に広がっていった。うん、美味しい。
少しずつ辺りが暗くなっていくにつれてイルミネーションの明かりが輝き始める。周りを見渡せば、マーケットを楽しんでいた人々の間にも喜びの声が飛び交っていた。
ああ、そうだ。世の中にはこんなにも楽しいことが溢れているのだ。悲しい出来事なんて忘れてしまえばいい。
それなのに、どうしてこんなにも胸の中が空っぽなんだろう。
どうしてここに一緒にいるのが、シャイロックではないんだろう。
そんな考えで胸の内が陰って、マルガレータの視線が自然と下がってゆく。そうすればもうすっかり見慣れた革靴が視界に入ってきた。
「……マルガ?」
この数週間何度も夢に見た声が耳に届いて、マルガレータは弾かれるように顔を上げる。
そこに立っていたのは、シャイロックだった。一緒にマーケットを訪れていたのだろう、後ろにはシャルロッテの姿もある。
「ロック……」
久しぶりに見たシャイロックは、なんだか少し痩せたようだった。
ちゃんとご飯食べているのかな。ちゃんとベッドで寝ているのかな。そんな心配事ばかりが胸をよぎって、中々声を発することができない。
シャイロックの方も驚きに目を見開いていたが、すぐに平静を取り繕うとへらりと笑みを顔に貼り付けた。
「マルガは元気そうだね。よかったよ……ねぇ、今から少し話さない?」
そう言って一歩歩み寄ったタイミングでマルガレータの体がぐらりと揺れる。いつの間にか隣に立っていたアーサーに肩を抱き寄せられたためだ。
アーサーのオニキスの瞳がぎろりとシャイロックを睨む。「諦めるんじゃなかったのか」という非難が色濃く映し出された視線に、シャイロックはごくりと息を呑んだ。
「言っただろう。お前にこの子はきっと幸せにできない」
以前よりもはっきりと突き付けられた事実に、シャイロックのスカイブルーの瞳が曇る。わざわざ言われなくたってわかっているさ、そんなこと。
伸ばしかけた腕を引っ込めて、シャイロックは力なく笑った。
「……うん、そうだね。君の言うとおりだ」
女たらしで不誠実で明日生きてる保証もないような男に誰かを幸せにできるわけがない。
それでも、隣にいられるなら少し頑張ってみようって思ったのになあ。
けれどそんな詮なきことを言ったってどうしようもないだろう。シャイロックは足に力を籠めるとマルガレータの隣を通り過ぎようとした。
その瞬間、マルガレータの小さな掌がシャイロックの袖を弱弱しく掴む。少しでも動けば振り払えてしまいそうな、そんなわずかな力だった。
「……それでもいいよ」
緊張でわずかにかすれた声で彼女が囁く。そうすれば隣に立っていたアーサーがわずかに身じろぎした。
「メグ……?」
隣に視線を向ければ、アーサーが怪訝な目をしてこちらを見ている。けれどその目に確かに浮かぶ心配の色に胸が締め付けられた。
本当にこの人は、そして父さんは私を心配してくれているだけなんだ。だからマルガレータは彼らの言いなりになろうとしたのだった。けれど、もう自分の気持ちに嘘は付けない。
「不幸になったっていい。本当は私、ロックと一緒にいたい」
きっと今言わなければ一生後悔する。そう思えば自然と勇気が湧いてきて、マルガレータは目の前のシャイロックの目をまっすぐに射抜くと今度こそはっきりと自身の望みを口にした。
「諦めきれない。私やっぱりロックが好き!」
そう言い終わらないうちにシャイロックはマルガレータの腕を掴むと力強く引き寄せて抱きしめる。そして熱のこもったテノールで耳元で囁いた。
「マルガ、臆病な僕を許してほしい」
そうだ。ずっと僕は怖かったのだ。
彼女を他でもない自分自身が不幸にする未来が来てしまうかもしれないことを、ずっとずっと恐れていた。
けれど幸せにできないなら一緒にいない方がいいかもしれないと諦めかけたシャイロックを、マルガレータは諦めなかった。
だからシャイロックも正直に告げるのだ。
「君の隣にいさせてくれ」
マルガレータへの恋心を。
「いつか、後悔するかもしれないぞ。お前の運命の人はきっと彼じゃない」
不意に上から声が降ってくる。それはアーサーからの最後の忠告だった。
運命の人じゃない、という言葉が耳の中にやけに響いて残る。それでも、つないだ手は離さなかった。
「ありがとう、兄さん。でもいいの」
ずっと大事にしていた夢よりも、大切なことが今ここにある。それがマルガレータにとってのシャイロックなのだ。だから、胸を張って答える。
「運命じゃなくても、私はロックが好きなんだ」
そうすればアーサーは大きなため息を吐いたかと思うと片手で顔を覆ってしまった。そしてマルガレータが不思議そうにのぞき込むよりも前にため息交じりに言葉を紡ぐ。
「……そこまで言うならわかった。好きにしろ。シザーリオさんには俺からうまく言っておく」
それはアーサーからの事実上のお許しの言葉だった。マルガレータとシャイロックは顔を見合わせて喜ぶが、それにアーサーが割って入る。
「シャイロック」
そしてオニキスの瞳がシャイロックの姿をしっかりと捉えた。思わず背筋を伸ばすシャイロックの肩をアーサーの色黒の手のひらがつかむ。
「メグを頼むぞ」
彼の口から告げられた言葉に、今度こそシャイロックは背筋が伸びるような心地がした。こころなしか体が熱を帯びて熱いような気さえする。
「……はい」
そして確かな覚悟をもって、シャイロックは頷いたのだった。
それを見て、アーサーはもう自分の役割は終わったと判断したのだろう。二人に背を向けて歩き出す。
「……アイツのためと言いながら、俺はメグを縛り付けていたんだな」
ふと、悔恨の呟きが口からこぼれ落ちれば、それを拾いあげる人がいた。
「でも、あなたのおかげでマルガちゃんはずっと幸せだったじゃない」
アーサーが振り返ればそこにはいつも通り笑みをたたえたシャルロッテの姿がある。穏やかに凪いだ海のような瞳が、優しくアーサーの今までの苦労を汲み取ってくれる。
「お疲れ様、お兄さん」
その言葉に、アーサーはどこか肩の荷が降りたような心地がした。
「……ああ、ありがとう。ロッテ」
一方当の本人であるマルガレータは自由になった反動でもう浮かれっぱなしである。シャイロックに飛びつくとその長身を覗き込み、にんまりと得意げな笑みを浮かべるとからかうような口調で囁いたのだった。
「私のこと、好きになってくれた?」
「……恥ずかしいから、言わない」
それに対してシャイロックはといえば本音を言うのが照れ臭いのか、ふいと視線を逸らすと早足で先に歩いていってしまう。
「えー」
不満の声を上げるマルガレータから逃げるようにシャイロックは小走りをして先を急ぐ。けれど途中でつまづいて膝をついてしまった。
「あはは、何してるの。もう」
そう笑いながら近づいたマルガレータだったが、近づいていくうちにシャイロックの足元の雪に黒い斑点が散らされているのに気づく。
それは他でもない、シャイロックの血だった。
「ロック!」
突然悲鳴を上げたマルガレータに誘われるようにアーサーとシャルロッテも走って駆け寄ってくる。けれどシャイロック本人はその問いかけに答えることなくぐったりと身を横たえて荒い呼吸を繰り返すだけだった
こうしてマルガレータたちのクリスマスは一足早く幕を下ろしたのだった。
一月十四日
あれから三週間余りが過ぎた。
一時はどうなることかと思ったけれど、シャイロックのかかりつけ医が言うには「今までも何度かあったこと」らしい。目覚めたシャイロックも青ざめつつも「心配しないで」と安心させるようにマルガレータの頭を撫でてくれた。
そして今、シャイロックは未だにベッドに縛り付けられたままだけれど、あの時よりは随分顔色がいい。そのことにほっと息をつきながらマルガレータは今日も彼のもとを訪れていた。今日は彼女だけではなくアーサーも一緒である。
「調子はどうだ?」
誰が持ってきたのだろうか。光を受けててらてらと輝く見舞いの品であるりんごをもてあそびながら、シャイロックは困ったようにアーサーの問いへと答える。
「うーん、まずまずかな。この前の検査の結果次第だけど、とりあえず今は安静にって言われてる。昼間は寝てばかりだよ」
思えば初対面の時にもシャイロックは吐血していたな、とマルガレータは内心で独り言ちた。一緒に長生きしていきたいし、これからはちゃんと見ていてあげなくちゃいけない、なんて未来に思いをはせていれば病室のドアがカラカラと開く。
「あら、アーサーさん」
「…………ロッテ」
思いがけない邂逅に隠し切れない喜びの声をあげるシャルロッテとは対照的に、アーサーはといえば苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべた。
「こんなところで会えるなんて嬉しいわ。この後お茶でもいかが?」
「悪いがこの後メグと予定があってな。他をあたってくれないか」
上目遣いでしなをつくるシャルロッテの誘惑をぴしゃりと跳ねのけるアーサー。それにも関わらずシャルロッテはといえばにこにことした表情を崩さないままだった。
今まであまたの男を手玉に取ってきた彼女からすれば、中々自分の誘いに応じないアーサーの存在が珍しく、魅力的に見えているのだろう。
アーサーの好みからすれば貞淑とは程遠い彼女の存在は迷惑以外の何物でもないのだが。
「アーティー、私のことなら大丈夫だしデートしてくれば?」
そんなシャルロッテに助け舟を出すべくマルガレータがそう言いだせば、アーサーはほとんど悲鳴のような制止の声を上げる。
「メグ!」
「ありがとう、マルガちゃん。さ、お言葉に甘えましょう。いいお店知っているのよ」
これ幸いと腕を絡めるシャルロッテに対し、反論理由を無くしたアーサーは無碍にすることも出来ずされるがままになってしまう。そうして二人が騒がしく部屋を出て行ったあと、残されたのはマルガレータとシャイロックの二人だけだった。
そうすれば、甘やかな恋人同士の時間が始まる。
「ロック、早く元気になってね。そうしたら一緒に色んなところに行こう」
そう言ってベッドの上に投げ出された手をすがるようにして握るマルガレータに、彼は応えるように握り返す。
「ありがとう。退院した後が楽しみだよ」
スカイブルーの瞳を熱っぽく緩ませるシャイロックの姿にマルガレータは胸が熱くなるのを感じる。彼がまた自分をまっすぐに見てくれるようになったのが、いっそ泣いてしまいそうなほど嬉しかった。
けれどそんなかっこ悪いところを見せたくなくって、マルガレータは立ち上がるとにっこりと笑って花瓶を手に取る。シャルロッテが持ってきたのだろうか、そこには白いチューリップがいきいきと咲き誇っていた。
「お花、せっかくだし水換えてくるよ」
そして足早に病室を去ると給湯室へと向かう。古い水を捨ててそこに水をたっぷりと入れてお花を活けた。少しでもこの花がロックの慰みになりますように、なんて願いを込めながら。
そうして花瓶を手にシャイロックの待つ病室へと帰ろうとするマルガレータの視界に一人の女性が入り込む。線が細く儚げな彼女は人目を気にするようなそぶりを見せていた。
「どうかしました?」
思わずマルガレータが声をかければ、女性は少し困ったように眉を下げた。その表情にはなんだか見覚えがある。ああ、シャルロッテさんに似ているんだ、と気づいた瞬間マルガレータは思わず口を開いていた。
「もしかして、ロックのご親戚ですか?」
それなら話は早い、と案内をしようとすればサッと彼女の顔から血の気が引く。そうして視線をそらしながら小さな声で囁いた。
「あなた、あの子のお知り合いなんですね。でしたらこれを彼に渡しておいてもらえませんか?」
そう言うや否やカバンから封筒を取り出すと強引にマルガレータの手にそれを押し付ける。そしてマルガレータが何か言う前に一礼をするとそのまま足早に去って行ってしまった。
「……忙しかったのかな?」
それにしても、顔くらい見ていけばいいのに。封筒と花瓶を両手に持ちながら部屋に帰れば、シャイロックが笑顔で出迎えてくれた。
「遅かったね……あれ、それは?」
新たに増えた荷物に疑問を感じたのだろう。彼の視線が手に持っていた封筒に注がれる。マルガレータはいそいそと花瓶をテーブルに置くと、封筒をシャイロックに手渡した。
「これ、シャイロックの親戚の方からなんだけど……ごめん、名前聞きそびれちゃった」
「へぇ、どういう人だった?」
思い当たる節を探そうとしているのか、シャイロックがふと考える素振りを見せる。
「えっと、長い金髪を編み込んでハーフアップにしていて、紫の目で……ちょっとシャルロッテさんに似てた」
そう答えた瞬間、シャイロックの顔から色が失われる。そして慌ててベッドから抜け出すと廊下へと飛び出した。
「ロック?」
マルガレータが止める間も無く、そのままシャイロックは病院の出口を目指して走りだす。けれど途中で息切れを起こしてその場にうずくまってしまった。
「ちょっと、どうしたの?」
追いついたマルガレータが彼の背中をさすりながら問えば、しばらく荒い息をくりかえしていたもののシャイロックがゆっくりと口を開いた。
「ごめん、置いていって……その封筒の差出人は、」
衝撃に揺れていたスカイブルーの瞳に痛みの色が灯る。そしてシャイロックは力なく笑った。
「僕の母さんだ」
封筒の中に入っていたのは、いくらかのお金と「入院代」と書かれた味気ない一切れの紙だけだった。
一月二十一日
それからしばらくそのことに関しては口を閉ざしていたシャイロックだったが、数日後彼はぽつりぽつりと自身の身の上について話し始めた。
「僕と母さんは相性が良くないんだ」
そう語るシャイロックの青空の瞳に翳りが生まれる。マルガレータが慰めるように掌を重ねれば、シャイロックは眉を下げて笑った。
「ほら、僕は……呪われているから、母さんはそれが恐ろしいみたいで……」
呪われたあの時からシャイロックは父や母から隔絶され、遠ざけられて育てられてきた、とマルガレータはかつて彼自身の口から聞いた。
それは今日の態度からも目に明らかだった。あんな扱いを十歳のころからずっと受けていただなんて、考えるだけで身の凍るような思いがする。
それでも一抹の違和感がマルガレータにはぬぐえないのだ。遠ざけているのなら、愛していないのなら、どうしてわざわざ会いに来るような真似をしたのだろう。
そしてどうしてシャイロックはそんな扱いをされながらも彼女を追いかけるような真似をしたのだろう。
「ロックは、お母さんが嫌いじゃないの?」
不意に、マルガレータの口から疑問が零れ落ちる。シャイロックはと言えばその問いにまた困ったように笑った後頭を緩く振った。
「悲しくないわけじゃないけれど、それでも僕は母さんが好きだよ。また前みたいに戻れたらって何度も夢に見た。けど、難しいかな……」
そこまで口にしたシャイロックの頬に諦めの笑みが浮かぶ。それはマルガレータが今までに何度も目にした笑い方だった。この人は笑顔の裏で一体何度希望を捨ててきたのだろう。
そう思うといてもたってもいられなくなってマルガレータは彼を強く抱きしめた。ようやくシャイロックが無邪気に笑って抱きしめ返す。
「呪いは解けないの?」
ふと、マルガレータは素朴な疑問を口にした。魔女が呪いをかけたのなら解き方も知っているんじゃないだろうか。
「魔女に聞けば分かるだろうけど、会ったら何をされるかわかったものじゃないからね。好き好んで会いに行く人はいないさ」
その答えは最もなものだった。怖いもの知らずのマルガレータさえ魔女に会いに行くとなると臆してしまうほど魔女は恐ろしく、得体の知れない存在である。そのことをこの国に住む人間は小さい頃から耳にタコができるほど言い聞かされているのだ。
「ありがとうね、マルガ。心配してくれるだけで嬉しいよ」
「だって、ロックのこと大好きだからね」
そう囁いてマルガレータはシャイロックの指通りのいい髪を撫でる。そうすれば心の底からホッとして、シャイロックは安心してマルガレータに身を委ねることができるのだった。
そんな愛しいシャイロックのためなら、マルガレータは何でもできるような気がした。
そう、なんだって。
一月三十日
今日は学校が早く終わったのでいつもより早くシャイロックに会うことができる。そう思えば病院に向かう足取りも軽い。何か差し入れでも買っていってあげようか、でもシャルロッテさんが定期的に差し入れしてくれているしな、なんて思いながら病院の門をくぐる。
けれどそこでマルガレータは思いもよらない人物に出くわしたのだった。
あれって……ロックのお母さん?
美しいプラチナブロンドのロングヘア―を揺らしながらマルガレータの前を歩くのは他でもない、シャイロックの母親、キャタリーナである。
声をかけようとして、この前そうして逃げられたことを踏まえて思いとどまる。その代わりマルガレータは身をかがめると彼女の後をつけるようにして歩き始めた。
そうして追跡していった先はやっぱりシャイロックの病室だった。昼間は寝ているといった言葉通り、シャイロックは母親が部屋を訪れても起きる気配はない。
彼女は手にしていた大きなトートバックからオレンジやリンゴを取り出すと、ベッドサイドに置いてあったかごに丁寧に並べ始める。そこでようやくマルガレータは差し入れの主がシャルロッテではなく彼女であることを知ったのだった。
どうして、だってシャイロックのことを嫌っているはずじゃ……
キャタリーナは何も言わずただただ眠るシャイロックの姿を見下ろすと、しばらくの逡巡のあとそっとその前髪をかき分けるようにして頭を撫でる。それは、わが子を思う母親としての自然な行動であるかのように見えた。
もしかして、本当はシャイロックのことを……
そこまで思考が至った瞬間、いてもたってもいられなくなったマルガレータは病室のドアを勢いよく開く。そうすれば穏やかにシャイロックを見守っていたキャタリーナが勢いよくこちらを振り返った。
その目に浮かんでいるのは、明らかな怯えの色だった。
彼女は恐怖に唇をわななかせると、血の気の失せた顔でこちらを見据える。
「……見なかったことにしてください」
そう一言だけ言い残すと、キャタリーナは見舞いの品を鞄にしまって早足でマルガレータの横をすり抜けようとした。
けれど今度は逃がさない。マルガレータは通り過ぎる彼女の腕を力強く掴むとまっすぐにそのアメジストの瞳を見据える。
「それはできません……本当のことを教えてもらえませんか?」
そしてはっきりとそう言い切れば、キャタリーナの顔はますますその色を失った。そして唇をゆがませると、残酷な一言を口にする。
「本当も何も、私はあの子を愛していないんです」
「じゃあ、なんでわざわざここに来たんですか?」
畳みかけるようなマルガレータの指摘に、今度こそ言葉に詰まるキャタリーナ。そしてしばらくの沈黙の後、平坦な声で言葉を返した。
「……立ち話もなんですし、場所を変えましょう」
向かった先は病院のすぐ近くにある喫茶店だった。木の手触りをそのまま活かした家具の数々がシックな雰囲気をつくりあげている。そんな中、マルガレータとキャタリーナは向かい合って顔を突き合わせていた。二人の間に置かれたコーヒーの湯気だけがにぎやかで、あとは沈黙が満ちている。
キャタリーナは顔面蒼白で死刑宣告を待つ囚人のような面持ちだ。決して糾弾しようなどと考えていたわけではないマルガレータからすればどうすれば警戒を解いてもらえるかが最初の難関だった。
とりあえず当たり障りのない話題から、と考えてマルガレータは嫌に明るい声で言葉を紡ぐ。
「私、マルガレータって言います。娘さんにもお世話になってます」
そうすればキャタリーナの瞳に明らかに安堵の色が浮かんだ。直球な話題を避けたのが功をなしたらしい。
「娘……アリーチェは最近よそに行っているしジェシカはあり得ないから、もしかしてロッテのことですか?」
どうやらシャイロックの姉妹は予想以上に多かったらしい。驚きつつもその言葉にうなずけばキャタリーナの顔いっぱいに喜びが広がる。
「そうなんですね。ロッテは女の子の友達が少ないから、仲良くしてくれて嬉しいです」
それはなんてことのない、ごくありふれた母親の顔だった。
娘の行く末を案じている普通の母親が、どうして息子にだけはあんなにも冷たく、つれない態度を貫いているのだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、不意にキャタリーナの顔に暗い影が差す。そのまま一つの問いが投げかけられた。
「マルガさんは、シャイロックの事が好きなんですね?」
ストレートな物言いに少し怯むけれど、マルガレータは正直にコクリと頷く。そうすればキャタリーナは俯きがちに言葉を紡ぎ始めた。
「あなたは、強いんですね……私はダメでした」
キャタリーナの顔に浮かんだ笑みは色濃い自嘲の笑みだった。暖をとるようにコーヒーカップを握りしめた手はかすかに震えている。
「……怖かったんです。私だってあの子を愛している。だから私だけが不幸になるならいい。けど、」
そこでキャタリーナは一度口ごもるが、意を決したように口を開く。
「私の夫が不幸になるのは耐えきれなかった。だから彼があの子を愛さないように引き離したんです」
そうして告げられたのは、冷酷な愛だった。
たとえ人でなしと言われようが、それでもキャタリーナは愛する男のためならなんでもしたのだ。それがたとえ他でもない息子を傷つけることになったとしても。
同じく愛する男のためならなんだってしてやりたいと思っているマルガレータには、キャタリーナの気持ちが痛いほどに理解できる。けれど、それじゃダメなのだ。
それだとシャイロックが報われない。だからマルガレータはキャタリーナの手に手を重ねて説得を始めた。
「呪いが怖いなら、私がこの身で証明してみせます」
たとえシャイロックを愛したとしても不幸にならないと、誰より彼を愛する自分がこの身で確かめる。それがマルガレータに出来る唯一の説得だった。
「だから、もう一度シャイロックを愛してもらえませんか」
だって、彼は他の誰でもなく母親を求めているのだ。それはマルガレータがどんなに努力したって埋められない空白だ。だからマルガレータは頭を下げて彼女へと乞う。
どうか、シャイロックを愛してあげて欲しいと。
キャタリーナはと言えばしばらく狼狽えていたようだが、深呼吸をするとまっすぐにこちらを見据えて口を開く。
「……急には難しいですけれど」
それが彼女の答えだった。
必ずしも肯定ではないけれど、きっぱりと断られるよりもずっとマシだ。その事実にじわじわと胸の内が暖かくなっていって、マルガレータはコーヒーを一気に飲み干すとキャタリーナへと誘いをかける。
「それなら、今日はとりあえずお見舞いの品を届けにいきませんか?」
先程渡しそびれたリンゴやオレンジを渡すだけなら出来るんじゃないか。そう考えて問いかければ少し迷う素振りを見せた後、キャタリーナはコクリと頷く。
そうして二人連れ立って店を出た後もう一度シャイロックの病室へと向かったのだった。幸いまだ昼過ぎである。きっとシャイロックはまだ夢の中だろう。
そうあたりをつけて扉を開いたマルガレータの目の前に立っていたのは、他でもないシャイロックだった。
彼は彼で院内を散歩でもしようと思って扉を開いたのだろう。突然の訪問客に驚きを隠せないでいるようだった。けれどそれ以上にマルガレータの隣に立つ人物の姿が信じられない様子で目を見開く。
「母さん……」
絞り出した声は僅かに震えていた。キャタリーナも突然顔を突き合わせる心づもりは出来ていなかったのだろう。よろけるように後ずさり、体が勝手にこの場を離れようとする。
けれど彼女は足に力を込め、そのまま何とか踏みとどまった。
そしてぎこちない笑みを作ると、キャタリーナはそっとシャイロックに語りかける。
「……体調は悪くないみたいですね」
「うん、どうにか。母さんも元気そうで良かったよ」
ギクシャクとしたまま、けれど確かに互いを思いやる心の見え隠れするやりとりだった。
「お見舞いの品を持ってきたんです」
そう呟くとキャタリーナはカバンから果実を取り出してシャイロックの大きな手のひらにポンポンと乗せる。触れ合った手のひらの暖かさが優しくって、どうしようもなくシャイロックの胸を震わせた。
「じゃあ、私は今日はこれで……」
そうしてすぐさま踵を返したキャタリーナは、最後に小さな声で囁いた。
「また来ます」
それは未来の約束だった。ほんのわずかな一歩だけれど、たしかにシャイロックとキャタリーナの間の距離が一歩分歩み寄れたのだ。
そのことが嬉しくって、マルガレータは彼女がいなくなった後シャイロックと喜びを分かち合おうと振り返る。そうすれば、そこには顔を覆ってうずくまるシャイロックの姿があった。
「ロック、大丈夫?」
慌てて駆け寄れば彼はコクコクと頷いた後ゆっくりと立ち上がる。困ったような、それでも隠しきれない喜びの滲んだような表情でマルガレータを見据えた。
「……マルガが説得してくれたんだね」
「大した事はしてないよ」
そう答えれば、シャイロックはその空色の瞳を和ませたかと思うとマルガレータを力強く抱きしめる。声はたしかに涙ににじんでいて、けれど決して悲しみの涙ではない。
「ありがとう、君のおかげだよ」
シャイロックが心から喜んでいるのが伝わってきて、それが嬉しくて仕方なくってマルガレータは彼の背中に手を回して抱きしめ返した。二つの影が一つになるのを眺めながら、これからも安寧な日々を紡いでいくのだ、とマルガレータは内心でそっと誓う。
シャイロックの幸せのためならなんでも出来るのだから、きっと幸せな日々が続くと、信じて疑わなかったのだ。。
二月五日
少しずつ寒さが和らいできて穏やかな日の光が世界を暖め始めたころ、マルガレータはいつも通りシャイロックの病室に向かう。そしてそこで二人の女性に出くわしたのだった。
絹のような黒髪をポニーテールにした背の高い美女と、彼女に隠れるようにしてこちらをおずおずと窺う幼い金髪の少女。妙な取り合わせに首をひねっていれば、マルガレータの来訪に気づいたシャイロックが笑顔で彼女らを紹介する。
「彼女はアリーチェ。そしてその後ろに隠れているのがジェシカ。二人とも僕の妹さ」
そういえばキャタリーナさんがそんなことを言っていたような気がする。マルガレータは気を取り直すとにっこりと笑顔を浮かべて挨拶をした。
「こんにちは、マルガレータって言います」
そうすればとびきりの笑顔であったにも関わらず、ジェシカはひぃと小さな悲鳴を上げるとますます縮こまってアリーチェの後ろに隠れてしまう。どうやら極度の人見知りらしい。
その様子にショックを受けるマルガレータに追い打ちをかけるようにアリーチェが口を開いた。
「あなたがシャイロックの恋人ね。悪いことは言わないからこんな軟弱男さっさと見限った方がいいわよ」
……どうやら二人ともすぐに仲良くしてくれる気は無いらしい。どうして私たちの間にはこんなにも困難があるんだろう。
苦笑いを浮かべるマルガレータの肩をシャイロックがねぎらうようにぽんと叩く。こうして一筋縄じゃ行かない彼女たちとの交流が始まったのだった。
二月十四日
今日は待ちに待ったバレンタインデーである。
町中もどこかうきうきと浮き足だっている様子。それはマルガレータも例外ではなく、わくわくとした気持ちを抱えながらシャイロックの病室に向かっているのだった。
もちろん病人であるシャイロックに何かねだろうだなんて考えている訳じゃない。ただたった一言「好きだよ」なんて言ってもらえたらそれだけでもう立派なプレゼントなのだ。
そんな甘い夢を見ながら訪れた病室には、珍しい先客の姿があった。
「アーティー!」
遠目からでも目立つ赤毛の彼に声をかければ、シャイロックと話していた彼がゆっくりとこちらを振り返る。
「メグ。やっぱりここにいたか」
「どうしたの、元気にしてた?」
久しぶりの邂逅にきゃいきゃいとマルガレータがはしゃいでいれば、なだめるようにアーサーに頭を撫でられる。子どものころからすっかり慣れ親しんだそのやり取りに身をゆだねていれば、不意にアーサーが思い出したようにポケットを探った。
「そうだ。今日はバレンタインだろう」
そう言って手渡されたのはハート型の可愛らしいチョコレートの詰め合わせだった。愛らしいプレゼントに胸をときめかせながら、マルガレータはとろける笑みでアーサーへと向き直る。
「ありがとう、兄さん」
お礼を伝えれば、アーサーも満足げな笑みを浮かべて頷いた。彼らの間ではもう毎年恒例になっているやりとりだ。けれど、今年はどうやら少し違うらしい。
アーサーは何かを探すように辺りを見回すと、ほんの少し肩を落とした。計画通りにならなかった、と言いたげな表情をしている。不審に思ったマルガレータが問いただすよりも早く、シャイロックがからかい交じりの笑みを浮かべた。
「ロッテならもうすぐ来るって言ってたよ」
「……そうか」
言い当てられたのが不満なのか恥ずかしいのか、視線をそらしたままアーサーが返事をする。一方マルガレータは自身の知らぬ間に二人の仲が進展していたことに驚きを隠せない様子でいた。
「えっ、シャルロッテさんにもあげるの?」
「以前少し世話になったからその礼だ。深い意味はない」
そう答えるアーサーの褐色の肌からじゃ照れているかどうかは見抜けない。けれど今まで全く女の影がなかったアーサーの遅い春にマルガレータはもう興奮しっぱなしだ。
「何か私にも手伝えることがあったら言ってね。応援するから!」
「だから、ロッテとはそういうんじゃない」
アーサーがそう声を荒げた瞬間、涼やかな声が間に割ってくる。
「私がなぁに?」
それは他でもないシャルロッテだった。手にしたいくつもの紙袋には色とりどりの花束やプレゼントが所狭しと詰められていて、彼女の人気っぷりが窺える。誰もが知っている有名ショップのショッパーなんかが色鮮やかに目を引いた。
それを目にしてから、改めてアーサーは自身の手のひらの中のプレゼントを見やる。子どもなんかが喜ぶような、ちょっとしたチョコレートの詰め合わせ。あのプレゼントの群れの中に入れるには明らかに不釣り合いだ。
だからアーサーは手にしていたプレゼントをポケットにしまったのだが、それを見逃すようなシャルロッテではない。
ずいとアーサーに近づくと華やぐ笑顔で手を差し出したのだった。
「アーサーさん、ハッピーバレンタイン」
もらえることを疑いもしないその態度にいくらか気圧されたのち、アーサーは大人しくポケットの中身を明け渡したのだった。
「わぁ。こんな可愛いプレゼント初めて」
そうして皮肉なのか本音なのか分かりにくい一言をシャルロッテが口にすれば、アーサーはため息をついてぶつぶつと文句を言い始める。
「だからお前に渡すのは嫌だったんだ」
「それでも用意してくれるなんて、優しいのね」
突き放すような一言にも怯むことなく微笑みかけるシャルロッテ。その積極的な態度にマルガレータはただただ感心することしかできなかった。
「すごいね、あんなにめげないなんて」
「うーん、マルガも似たようなものだったと思うよ」
それでもそのめげない態度が自分をここまで連れてきてくれたのだ。そう思うと愛おしくって、シャイロックは「好き」の代わりにマルガレータにキスを贈ったのだった。
こうしてバレンタインはゆるやかにすぎていく。
ゆるやかに、ただ安寧に。
二月二十八日
冬はすっかり遠のいて、世の中はもうすっかり春ムードである。
心なしかマルガレータの足取りもうきうきとしたものになってしまう。
シャイロックの主治医、ニコラスさんによるとだいぶ容体が落ち着いてきたから三月中には退院できるかもしれないとのことらしい。そうすれば今までみたいにまたシャイロックと一緒に自由に過ごすことができる。そう思えば自然と浮かれた様子になってしまうのも無理はなかった。
「ロック」
だから張り切って病室のドアを開ければ、そこには人影が三つ。
シャイロックとその二人の妹たちだった。
アリーチェはベッドの近くに腰掛けてなにか分厚い本を読んでいるらしい。一方兄に甘えるようにじゃれていたジェシカはマルガレータの来訪に怯えてすがるようにシャイロックに抱きついた。
「大丈夫、マルガは優しい人だよ」
「で、でも知らない人だよ……」
シャイロックがあやすように撫でるものの、警戒心は抜けないらしい。うーんといくらか悩むそぶりを見せたあと、彼はにっこりと笑ってこう言ったのだった。
「じゃあみんなでお茶でもしようよ。僕お菓子買ってくるね」
そう言うや否や止める間も無く立ち上がって病院の購買所へと向かっていってしまう。突然見ず知らずの少女たちと置いてきぼりにされたマルガレータの身に気まずさが刺さる。
ジェシカは相変わらずベッドの向こうでガタガタと震えて警戒を解くそぶりはない。それならせめて、とマルガレータはアリーチェへと話しかける。
「えっと、アリーチェさんは何してるの?」
「アリーチェでいいわ。勉強しているのよ。一分一秒でも惜しいから」
そう言い切る彼女のラベンダーの瞳には強い光が宿っている。そんなに勉強家なのか、と思って少し横から本を覗いてみればそこには専門用語がずらりと並んでいた。
「え、すごい。アリーチェ、医者になるの?」
「……リズお姉ちゃんはすっごく頭がいいの。将来はお医者さんになるのよ」
不意にジェシカが囁くような小さな声で口を挟む。自慢の姉が褒められて嬉しかったのだろう。その小さな唇には自然な笑みが浮かんでいた。
「へぇ、すごいね。ジェシカちゃんは何になるの?」
少し警戒を緩めた隙にそうマルガレータが尋ねれば、ジェシカはびくりと肩を震わせたあと微かな声で返事をする。
「……私は、お花屋さん」
幼い少女らしい、可愛らしい夢に思わずマルガレータの口に笑みが浮かぶ。けれどその後に続いた言葉はひどく切実なものだった。
「だって、そうすればお兄ちゃんにいっぱいお見舞いのお花をあげられるから。早く元気になって欲しいの……」
兄を思う妹のひたむきな心に、マルガレータの胸がきゅうと疼く。マルガレータと同じくらい、いやそれ以上にジェシカはシャイロックのことを思っているのだ。
「私もロックに早く元気になって欲しいと思ってるよ。一緒だね」
だからマルガレータはしゃがんで目線を合わせると、にっこりとジェシカに向けて微笑みかける。そうすれば彼女はしばらく視線をさまよわせていたが小さくこくりと頷いた。
けれどすぐに恥ずかしくなってしまったのか、シャイロックの寝ていたベッドに上がるとシーツをかぶって顔を隠してしまう。可愛らしいその仕草に癒されていれば、アリーチェが意外そうに言葉を紡いだ。
「珍しいわね。ジェシカが他人と会話するなんて」
その声には尊大な響きはなく、ただひたすらに驚いている様が伺える。だからマルガレータは大きく胸を張ると決定事項であるかのように言い放った。
「それはほら、いつか私も家族の一員になるわけだから!」
口にしてから言いすぎただろうか、と思えばアリーチェはきょとんとした表情を隠さずにこちらを見つめている。そして不意に眉間に皺を寄せた。
「シャイロックは昔っから体が弱くて、頼りにならない男よ。アイツを支えて生きていく覚悟があなたにあるの?」
厳しい口調の中にちらりと覗く心配の色。ああ、この人はロックが心配なんだ。それがわかった瞬間、少し緊張気味だったマルガレータの肩の力が抜けてゆく。
「私にできることなら、なんでもするよ」
だからまっすぐと彼女の目を見据えてそう答えれば、アリーチェの顔にもうっすらと安堵の色が浮かんだ。これにちゃんと答えられない義姉はお断りらしい。
マルガレータはついでに、とばかりに彼女に尋ねてみる。
「アリーチェもロックのために医者になるの?」
そうすれば苦虫を噛み潰したかのような顔をして彼女が答えた。
「私なら絶対に名医になれる。たくさんの人を救うことができる。その中にシャイロックが含まれている、それだけよ」
そうか。アリーチェは自分のために、そして人のために生きようと決めているんだ。そんな彼女の姿が眩しくってたまらなくて、マルガレータは感動のままにアリーチェをほめたたえる。
「すごいなぁ、アリーチェは」
そうすれば当たり前と言わんばかりに彼女が胸を張ってみせる。けれどそのあとの言葉は気に食わなかったらしい。
「そんなにロックのことが好きなんだ」
「誰があんな穀つぶしのろくでなし好きなもんですか」
そう言い放つとアリーチェはツンとそっぽを向いてしまう。動きに合わせて長いポニーテールが揺れた。けれどその頬は僅かに色づいていて、マルガレータは思わず笑いをこぼしてしまう。
「ちょっと、マルガ?」
じとりとした視線を向けられて、慌ててマルガレータは表情を引き締める。けれど機嫌を損ねてしまったようで彼女は分厚い医学書を閉じると勢いよく立ち上がった。
「もう、私ちょっと飲み物買ってくるわ」
いたたまれないのか、アリーチェは席を立つと病室の外へと向かっていってしまう。入れ替わりで戻ってきたシャイロックの肩に軽くパンチを食らわせるとツカツカと足音を響かせて出て行ってしまった。
「あれ、ジェシカ……」
痛そうに肩をさするシャイロックの声につられるように視線を移せば、そこにはいつのまにかスーツにくるまって寝てしまったジェシカの姿があった。緊張の糸が切れたのだろう。すぅすぅと寝息を立てている様はよっぽどのことがない限り目覚めそうにはなかった。
「こうやって見ると、やっぱりロックに似てるね」
ジェシカの愛らしい寝顔を眺めながら、マルガレータの口からついつい言葉が漏れる。
「私たちに子どもができたら、こんな感じなのかな……?」
「それなら僕はマルガに似た子がいいな。元気で明るくって、愛される子になるだろうから」
ジェシカの髪を撫でながら、シャイロックも穏やかに言葉を紡ぐ。
愛する人との間の子ども。考えるだけでマルガレータの胸に暖かなものが満ちて行って、くすぐったくて仕方がない。何よりシャイロックと家族になれるんだということが一番嬉しかった。
「僕たち、ずっと一緒にいようね」
その夢をまたひとつ確かなものにするようにシャイロックが願いを口にする。マルガレータはその願いを拾い上げると、そっと抱きしめて囁いた。
「うん。私、ずっとロックが好きだよ」
それは、二人にとって嘘偽りのない本心だった。
けれどその一週間後、シャイロックの容体は急変することとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます