7 2階の真相
当日、夕方。開店前。
サイモンが荷車に乗せて運んできたのは、いくつかの木箱だった。毒杯の玄関から、昨夜は店に泊ったらしい店長が目をこすりこすり出てくる。今日の作業に彼も参加するためか、昨日のおしゃれコートではなく動きやすそうな恰好で、髪もきっちり結っている。そういうところは結構真面目なのかもしれない。
まずは一同で木箱を2階に運び入れていく。何が入っているのか、結構重い。階段はカウンターの奥だ。店長だけは「ジョッキより重たいものは持てない」と言い張って書類の束を持っている。
2階に上がると、玄関らしきそこそこの広さがあるスペースに出た。床には絨毯が敷き詰められており、1階の酒場よりも高級な雰囲気だ。その絨毯に各自持ってきた箱をどさどさと置く。サイモンがぼそぼそと呪文を唱えると、虚空から握りこぶしほどの光る球がいくつかわいてくる。中級の照明魔法だ。
「これ、品物の目録だから。全部あるかどうか確認して」
店長が持ってきた紙束をゆすって見せる。サイモンが木箱を開けると、独特の匂いがかすかに香った。
本だ。
木箱にはすべて本が入っていた。装丁も年代もまちまちのようだ。要するに先ほどの香りは古書の匂いであった。
「外国書で題名が読めなかったりしたらオレに回してくれ。共通語のやつは任せる」
「はい」
「……わかりました」
「じゃあ店長、おれ店に出てますんで」
「おう」
サイモンが階下に降り、3人で黙々と目録を確認していく。店長も黙っているせいか、一昨日とはずいぶん雰囲気が違って見える。
「これ、読めません」
「ん。わかった」
このくらいの会話がせいぜいだ。なんとなく気まずさすら感じる。
目録の確認が8割がた終わったころ、誰かが階段を上る音が聞こえた。サイモン――ではない。彼を超える背丈に、黒づくめの服装。テオデリヒとモニカにとっても知っている顔だ。
「呑み比べ大会の人」
「わたしの印象ってそれなんだ」
苦笑をこぼしつつ、サイモンが「領主みたいなもの」と言っていた自称ドラゴンの孫がゆっくりと階段を上がってくる。
「ようクロ。面倒かけるな」
「大した手間じゃないさ。それに蔵書が増えるのは私も大歓迎だからね、うれしいよ。今回はどういうのを集めてきたんだい」
「クロの好きそうなのは少ないな」
「少ないってことはないわけじゃないんだ」
「多少は」
「一番に貸してね」
「あんたの特権だ、好きにしろよ」
2人が話についてこれていないのを察して、クロが助け舟を出す。
「お2人さんは、ここの2階以上が何なのか知らないの? ここ、私設図書館なんだよ」
「図書館……」
「”私設”だから入場料や、資料によっては貸出料も取っているけどね。実際本を買うことを考えたら、微々たるものさ。ねえ、ジャン」
「まあな。半分以上オレの趣味だし」
店長の名前はジャンというらしい。平凡すぎて逆に偽名くさい。それならクロもかなり怪しい。でもこんなに怪しい酒場の店主と常連だ。そっちのほうが自然かもしれない。
それよりもこんなところに図書館があったことに2人は驚いていた。普通はもっと大きく「文化的」な街にあってしかるべき施設だ。しかもそれを店長は「半分以上趣味」で運営していると言う。テオデリヒの眼には驚愕が、そしてモニカの眼には感嘆があった。
「……店長さん」
「どした嬢ちゃん」
「……わたしも本、読みたいです」
「登録料を払えば、無料の棚は貸出自由だ。登録料はこのくらいで、入場料が毎回このくらい」
「……うう」
モニカが渋面を作る。入場料自体はいい。問題は登録料だ。本を買うよりははるかに安いが、それでも駆け出しの彼女が支払うには大きい金額である。それにモニカはテオデリヒと財布を共有しているわけだから、自分だけ勝手にまとまった出費をするわけにはいかない。
「ま、残念だけど金貯めてから来いよ」
「そうします……」
一方では興味深そうに本をチェックするクロに、テオデリヒが話しかけていた。
「クロさん、でいいんですか」
「うん。みんな名前をもじって適当に呼ぶんだよね。アルとクロが2大勢力かな」
「クロさんも手伝いに呼ばれたんですか」
「ちょっと私にしかできないことがあってね」
そういうとクロは、鞄から小さな紙の束を取り出した。覗き込むと、細かい文様がびっしりと書かれている。
「クロ! こっちの本、確認終わってる。貼ってくれ」
「わかった」
クロは店長の傍らに積み上げられた本に歩み寄ると、1冊ずつ開き、読むのに邪魔にならなさそうなところに先ほどの紙を貼り付けていく。不思議なことに、のりをつけている様子もないのにぴったりとくっついて落ちない。その様子を2人は興味津々で見つめている。特にモニカの視線が熱い。自身も魔術師ゆえに、その方面には人一倍の興味があるようだ。
「気になる?」
「……」
無言でうなずくモニカ。
「これはね、防犯魔法の一種。貸し出しの手続きを踏まずに本を持ち出そうとすると警報が鳴る仕組みだよ。あと、貸出期限を過ぎても持っていると本が光るようになっている」
「なるほど……」
それだけの術式をこの小さな紙に収めるというのはけっこうな高等技術であるし、1枚作るにも時間がかかる。それをまとまった枚数揃えてきているということは、クロは手練れの魔術師に違いなかった。モニカのまなざしが尊敬のそれに変わる。
「ジャン、ほかに確認済みの本は?」
「今見たのがここ。溜まってきたから、クロもいったん確認回ってくんね?」
「わかった」
「目録の確認終わりました! 全部あります」
「でかしたボウズ。じゃあ嬢ちゃんと一緒に下でミルクでも飲んでな」
「ジャン、テオデリヒくんはともかくモニカちゃんはお酒強いよ」
「へー。心強いじゃん」
何がだ。
とにもかくにも仕事が終わった。仕事の後の一杯というのは(酒でなくとも)格別なものだ。まだ本を触るのに未練がありそうなモニカを引っ張って、テオデリヒは階下へと向かった。
毒を食らわば杯まで 猫田芳仁 @CatYoshihito
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