害獣を駆除するお仕事です

ヘイ

第1話

「此奴ァ、また……俺達の手にゃ負えねぇな」

 

 蝿が集る肉塊。

 今は警察官達によって周囲を厳重に警戒している。警察とは言え、人の死体を見るなど滅多な物でもない。貪り食われたような人の肉。お世辞にも美食家などとは言えないだろう。

 昼下がりの山道、木々の中に隠された死体には腰より下がなく、腸はズタズタに避けてはみ出ていた。

 

「はい、退いた退いたー」

 

 白いマスクを付けた、ブレザーの制服の少年が人波を掻き分け、被害者男性の遺体に近づき、ブルーシートをめくり上げる。

 

「うひゃあ、これまた派手だね」

 

 突然の行動に呆気にとられていた警察官達は、数秒の間を置いてから少年の行動を脳内でしっかりと咀嚼したのか注意の怒鳴りをあげた。

 

「何をやっているんだ!」

「何って現場の確認だよ。えーと、あ、これだこれ」

 

 噛まれた跡、或いは掴まれていた場所。些細な物でも構わない。

 

「また、お前か」

「また、俺だよ。これもう、運命なんじゃない?」

 

 証拠として使えそうな物を探す。

 捕食をするにしても、人間は逃げようとするだろう。だから、何かしらの痕がある。

 今回の場合は。

 

「ありゃ、人型に近いや」

 

 彼の捜査とも言えない観察は、周囲にとっては吐き気を再発させるような物であったのは言うまでもない。

 面識のある警察官までもが顔を蒼白にさせているのだから。二度も見たいとは思えないような状態だ。

 まるでスプラッター映画のような。

 

「まあ、エドムだね。と言っても、この人の身体を見る限りはまだ、優しい方かも」

 

 エビルドリーム。

 通称、エドム。

 依存度の高さだけでなく、人体に及ぼす影響も強く知られている。

 

「優しい? ……何処がだよ」

 

 こんな凄惨な殺害現場を目の当たりにしておいて、優しいなどと口にできるとは何処まで脳みそがいかれているのか。

 舌打ちもしたくなる。

 唾だけでなく胃の中の物までぶちまけてしまいそうだ。

 

「ほら、だってこの死体」

 

 ────ヒトの形、保ってるじゃん。

 

 などと、色の見えない声で言われては怖気も走ると言う物。悪寒を覚えたのは彼の声を聞いた警察官達。

 

「んー、取り敢えずはこの写真を上に提出すれば、今日か明日にはどんなタイプのかは特定出来るはず」

「此奴はもう、警察の手には負える話じゃねぇから。そっちに任せる」

 

 顔を背けて警察の男性が言えば、少年もこうなることを初めから理解していたのだろう。

 

「まあ、今回も無事に解決するから」

 

 少年は去ってしまった。

 

「あの、先輩。あの子って……」

長谷川はせがわ慎吾しんご……高校生だとよ。後は、有害生物駆除部隊ってことくらいか」

「有害生物駆除部隊って……」

 

 それ以外は何も知らない。

 彼とは何度か会っているはずだと言うのに。

 

 

 

 

 

 

 先程の場所から十分程の所で慎吾は足を止めた。

 

「なあ、俺の仕事ってさ……有害生物を殺すことなんだよ」

 

 後ろで響く、興奮したような声に振り返る事もせず、ポツポツと言葉を溢していく。

 

「例えばさ、殺人事件の犯人ならバレないように言葉を、態度を弄して他人を欺くだろうけど……」

「はあっ……ハアッ……」

「エドムの全能感に支配されちまったアンタにゃ、そこまでの知能も残されてないのかも知れないけどさ」

 

 白昼堂々。

 狼人間が姿を現した。

 人の目など気にしていない。もはや餌の様にしか映らないのかもしれない。真っ赤に充血した目と、滴り落ちる涎は口を開けば糸を引く。

 裸の怪物。

 体躯は大凡にして二メートル。

 身体的な特徴として狼の部分が多く、人間としての名残は二足歩行である事くらいか。

 

「言葉は分かるか? ワンと吠えてみろよ」

「Garrrrrrrrrrrrrrrrッ!」

 

 ダメだ、こりゃ。

 と、わかり切っていたのに。

 

「覚悟しろよ、害獣」

 

 ブレザーの懐から一丁の拳銃を抜き取って構える。

 黒色の拳銃に余計な装飾はなく、シンプルなデザインだ。41ミリ口径のマグナム。殺傷能力は言うまでもなく。

 撃鉄を起こし、トリガーを弾く。

 弾き出された金属弾は真っ直ぐに狼男に向けて飛んでいき、肩を掠めた。

 

「は? 四足────ッ!?」

 

 姿勢を低くした狼は右手と左手を地に付けて────こうなってしまっては前足と称した方が適しているかもしれない────、疾走した。

 平行の跳躍。

 数メートル。

 空いていた距離は一瞬で埋まる。

 

「んだっ、そりゃっ……!?」

 

 ギリギリの回避行動。

 もはや、奇跡と言って良い。

 全力で横に飛んだ事により右手の一撃を避ける事ができた。

 肉食動物の視野の狭さ。

 これが幸いした。

 キョロキョロと、自らの口から滴り落ちる食欲を隠しもせずに怪物は視線を彷徨わせる。

 ニオイの方向にグリンと首を向けて。

 人間らしい表情などでは無いが、獰猛な笑みを浮かべた様な気がした。

 

「銃一つじゃ、どうにもならねぇよな」

 

 腹を空かせた獣は敵に回してはならないと、よく言われている事だ。

 そしてエビルドリームの服用により怪物ジャンキーモンスターとなった彼らは、飢えた獣と遜色ない。

 

「んじゃま、いつも通り、使うか……」

 

 人外の領域。

 並大抵の技術で怪物に人間が勝てる道理はない。

 では、人間が怪物に勝つ為の現実的な考えはどんなものか。物事には総じて相性というものがあり、そして動物であるのなら多くは人間以上に敏感な感覚機関がある。

 耳と、鼻。

 

「近所の皆様、ごめんなさいね」

 

 ────ピンッ。

 

 何かが引き抜かれた音。

 警戒する理性はあったのだろうか。無防備に晒された、狼の耳の奥を破壊する様な不快な音が響く。

 

「植物には除草剤、獣にゃ────そりゃ、音響弾だろ?」

 

 ニヤリと笑いながら、狙いを定め。

 二度目の引き金を弾く。

 怯んだ狼の胸を貫く。

 まだ、足りない。

 トリガーを弾く。

 太ももを撃ち抜く。

 地面に倒れ込んだ。

 リロード。

 止めに脳天を破壊。

 

「ふぅーっ、ま……こんなもんだろ」

 

 多少、焦りはしたがこの程度で済んで良かったと安堵の息を漏らす。

 幾ら怪物と言えど、元は人間。大概のジャンキーモンスターに、これは有効な手段だ。

 血溜まりと狼の死体を慎吾は冷淡に見つめて、連絡を入れる。

 

「あ、さっきの件ですけど……多分、処理終わったんで取り下げていただいて結構で……え? 別件? 班の奴らに合流しろ?」

 

 どうにも、休まる暇はない様だ。

 マスクの位置を正して、溜息を吐きながらとぼとぼと歩き始めた。

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