僕と彼女の一勝負

takemot

僕と彼女の一勝負

「ねえ、勝負しない?」


「勝負?」


「うん。この線香花火で」


 たくさんの手持ち花火が色とりどりに咲き誇る夜。文化祭の締めに用意されていた花火。校庭の真ん中で、クラスメイトや先輩たちが、キャッキャッと騒いでいる。そんな彼らから離れた位置で、僕と彼女は勝負を始める。


「これ、先に落ちたらどうなるの? 負け?」


「そうだよ」


 僕の質問に、彼女は、頷きながらそう答えた。


「そっか。じゃあ、僕が勝ったらどうなるの?」


「私が、ご褒美あげるよ」


「じゃあ、僕が負けたら?」


「私が、君からご褒美をもらうよ」


 そんな話をしながら、彼女はろうそくに火をつける。ほの暗い明りが、僕たちの顔を照らす。


「よーい、スタート」


 彼女の掛け声を合図に、僕と彼女は、一斉に、持っていた線香花火に火をつける。


 線香花火に火がついたかと思うと、次第にそれは小さな光の花に変わっていく。校庭の真ん中には、たくさんの色とりどりの花。僕たちの目の前には、小さな二つの花。はたから見たら寂しい光景に見えるのだろうか。でも、僕にとっては……。


 彼女の方にチラリと視線を向ける。彼女は、軽く微笑みを浮かべながら、線香花火を見つめていた。彼女は今、何を考えているのだろうか。


 さて、そろそろ……。


 僕は、彼女に分からないくらいの振動を線香花火に与える。花が地面に落ち、光が消える。


「……え?」


 僕の口から思わず漏れる驚きの声。


「同時かー」


 ろうそくの明かりだけがともる空間で、彼女はそう口にした。彼女の持っていた線香花火からは、花が無くなっていた。


 おかしい。僕が線香花火に振動を与えたのは、花が強く光を放っていた時。つまり、線香花火の花が咲いてすぐのこと。どうして一緒のタイミングで火をつけた彼女の線香花火が……。


 混乱する僕。そんな僕を見て、彼女はクスッと笑みを浮かべた。


「お互い様ってことだね」


 その言葉で、僕はすべてを理解した。彼女も僕と同じことをしていたのだと。


「君、私にご褒美をあげたくてわざと線香花火を揺らしたでしょ」


「……ばれてたんだね」


「分かるよ。だって、君だもん」


 そう言う彼女の顔には、優しい微笑みが浮かんでいる。それは、どんな花火にも負けないほど、美しく輝いていた。


「さて、同時に落ちちゃったからなー。どうしようかなー」


「じゃあ、両方負け?」


「……そうだね。両方負けで、両方勝ち」


 彼女は、ゆっくりと立ち上がる。つられて、僕も立ち上がった。先ほどまで僕たちを照らしていたろうそくの明かり。その明かりから離れたことで、彼女の顔はよく見えない。おそらく、彼女からも僕の顔はよく見えていないのだろう。でも、これだけは分かる。彼女は、今、顔を真っ赤にしているに違いない。だって、僕もそうなのだから。顔が熱くて熱くて仕方がない。


「ご褒美、あげるね」


「うん。僕も」


 僕たちは、ゆっくりと近づく。


 お互いに顔もよく見えないほど暗い空間。僕たちは、唇を重ね合わせる。


 花のようによい香りが、僕の鼻腔をくすぐった。

 

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