献血

@isako

献血

 夏休みだから家でぼーっとしているとお母さんが言う。「あんた暇なら献血にでも行ったら?」献血?やだよ。なんで献血なんか行かなきゃいけないの?お母さんはスマホをぽちぽちしている。


「献血とは、病気の治療や手術などで輸血や血漿分画製剤を必要としている患者さんのために、健康な人が自らの血液を無償で提供するボランティアです。輸血に使用する血液は、まだ人工的に造ることができず、長期保存することもできません。〔…〕

また、近年、血漿分画製剤のひとつである免疫グロブリン製剤の必要量が急激に増加しています。 このため、輸血等に必要な血液を確保するためには、一時期に偏ることなく、1日あたり約14,000人の方に献血にご協力いただく必要があります。」(https://www.jrc.or.jp/donation/first/より引用)


 いや、だからなに?何を読み上げてんの?行かないよ。献血なんか。「行けよ」お母さんうるさい。「行けってば」行かないよ。やだもん。血を抜くのとか怖いよ。なんで行かなきゃいけないの。


「行けって言われたら行け!!!! あんたはいつもそう! ママの言うことなんか聞きもしないんだから!! この親不孝! ママがあんたのためにどれだけ頑張ってるのかも知らないくせに自分勝手なことばっかり言って!! クズ! クズ娘! あんたなんか娘じゃないわ! 飯食って寝てスマホいじってるだけのあんたを社会サマにどう説明すりゃいいのよ! ママはあんたをそんな風には育ててない!! 育ててないぃいぃ!! 友達!? 友達がいけないのね!? 私はちゃんと育ててるのにそんな風になるのはあんたがクズとつるんでるからね!! 許せない! あんたをそんなにしたクズガキどもが許せない!」


 死ねババア! 私は財布とケータイだけを持って家から飛び出す。毒親。最悪。とりあえずイオンに行ってフードコートで充電とりながらSNSに今起きたことを報告する。キチガイでしょもう。まだクスリやってんの私知ってるから。でもそれだけは言わない。言ったら血が流れるから。前にそれを言った弟の亜蓮はお母さんにお腹の端っこを刺されて、そのまま家を出て行ってしまった。市内のキャバでボーイしながらなんとかやってるみたいだけど、会うたびに顔の怪我が増えてて、会うたびに私は泣きそうになる。


 お母さんからブーンとLINEがくる。


「帰ってこい」


 は? やばすぎでしょほんといかれてる。私はそれをスクショしてSNSに続報としてアップする。友達からリプがくる。すぐ来る。みんな慰めてくれる。タケトからはまだ来ない。彼女のアカウントくらいずっと見とけや。


 スマホ触るのにもイライラするので、イオンの中を歩き回る。服とかいろいろ見るけど買えないので写真だけ撮っておく。うろちょろしてるとイオンの中央広場にでっかい看板があるのを見つける。


【献血】


 私は足を止める。へーこんなところでもやってるんだ。絶対行かないけど。腹立つ。


「200ml:女性は16歳から献血できます」


 へー、もうできるじゃん。もし献血して帰ってきたら、お母さんは褒めてくれるかな?


 献血はなんか専用のバスの中でやるみたいで、バスの中に入る前に私は日除けのテントみたいなとこで面接される。看護師のおばさんはニコニコしてる。


「あんたえらいね〜。なかなか若い子してくんないのよ。助かるわ〜。後でお菓子とジュースあるから! ほんとは一人ひとつだけど、2、3個持ってっていーよ!」


 なんかよさげじゃん!献血!


 いろいろ聞かれるけど、私は酒も煙草もクスリもやんないので正直に答えてオッケーな感じになる。おばさんも優しいからいい。優しい人が好きだと思う。


「健康な若い子の血が一番いいのよ!三十代とかだめなのよね。もう老いが始まっちゃってるから。まぁアタシなんかもう40だから全然無理よ。煙草も酒もやるし。あんたくらいの子の血が困ってる人たちにとって一番ありがたいのよ〜」


え、なんかキモ。と思うけどおばさんはニコニコしているし、言い方は全然嫌じゃない。たぶんほんとに医療的には若い人間の血液がイイんだろうね。それが言いたいだけ。おばさんってついついこういう感じになるよね〜。と私は苦笑いする。


バスの中にはちょっとしたベッドみたいなのがあって私はそこに横になる。おばさんがそばに座って献血の準備を始める。「結構ね〜針が太いのよ。アタシうまいからぜんぜん痛くないけど、太い針が自分の血管に入っていくのを見ると倒れちゃう人、たまにいるのよね〜。だから刺してるところ見ちゃダメよ。あなた、注射へいき?」


「じつはちょっと好きです」「うそ! わかる〜。アタシもね。注射されるの実は好きなの〜。変態だと思われるから、あんまり言わないんだけどね〜」


 私たちは二人でアハハ!と笑う。楽しい。こんなに面白いひとがお母さんだったらいいのにな。と半分本気で思う。絶対楽しいし、もしかしたら私もお母さんみたいな看護師になりたいと思えたかもしれない。殴られたり、物を投げられたりすることなく、お母さんと普通に喧嘩できたかもしれないのにね。


 おばさんが私を見ていた。さっきまで針の用意をしながらぺちゃくちゃ喋っていたおばさんは、手を止めて私を上目遣いでしっとりと見つめていた。メイクがすっごい濃くて、目元の作りがガチガチになってるおばさん。私の心を読んだの!?とか思うけどそんなわけなくて、ただ一瞬私が黙ったから心配しただけみたいで、すぐに作業に戻った。さっきまでの調子で続ける。


「注射はちんぽいれられるのとよく似てるから、好きで当然よねぇ」


 え? 今なんて? 私は自分の耳を疑う。まさかそんなこと言わないよね? 


「はいやるよ! 緊張しなくていいからね〜」おばさんはなんにもなかったみたいに言う。あ、はい。お願いします。


 おばさんは私の肘の裏を優しく撫でる。「血管がね〜、うぅん……出る人と……出ない人がいるからぁ……」おばさんの指が私の血管をまさぐり出す。肌と肌が触れ合う感触がわざとらしいほどに伝わる。やがて私の太くて青い血管を見つける。


「あぁ……結構しっかりしてるわね……」おばさんは消毒液をそこに塗る。そして注射針を持ち出す。


「いれるわよ……」と言う。ちょっと待って、私は笑う。なんでエッチな感じでやるの? 笑っちゃって危ないってば。おばさんはわざとやってたみたいで。ごめーん、とにっこりする。マジ面白いんだけど。


「ごめんごめん。ちょっと冗談。ちゃんとやるわね」


 仕切り直しておばさんは私の血管に針を刺しこむ。え? ちょっとまって? 痛い? けっこう痛い! おばさんは真剣な顔で私の腕を見つめていて、そのおでこには汗が浮き始めている。


おばさんが針を抜いた。「ごめん! 血管逃げちゃった! 痛かったでしょう。ごめんなさい。ごめんね〜」すぐにガーゼで穴を押さえてくれる。ガーゼが赤く染まっていく。


「こっちの腕やっちゃったから、反対でやっていい?」言いながらおばさんは私の返事を待たずに反対側の腕の準備を始める。なんなの? おばさん実はへたっぴ系?やば〜。と思うけど、おばさんはいい人なのであんまり悪く言いたくないな。


 反対側でもやっぱり痛い! でもおばさんは満足げに微笑んでいる。これが正解なの?右手も左手もけっこう痛かったんだけど? まぁ献血は初めてだし、針もけっこう太かったし? 全く痛くないっていうのは、ありえないよね〜。


しばらく無言が続く。1分くらい。そしておばさんが呟く。


「アタシのかわいい娘……。アタシがママだからね……」


 え? おばさん?


「アンタたちなにやってんのォ!」と誰かが叫ぶ。

びっくりして頭を上げると、バスの入り口のところで別の看護師さんがいた。私は振り返ってバスの中を見渡すもちろん私たちしかいない。


 別の看護師さんは看護師っぽい帽子みたいのは被ってるけど、服装は普通のブラウスに紺のセーターで襟元に献血センターのバッチがついている。名札もある。私はおばさんを見る。おばさんはドンキで買ってきたみたいな安っぽいコスプレナース服みたいなのを着ていて、バッチなんかどこにもつけてない。もちろん名札もない。


おばさんは失敗した方の手のガーゼをむしり取って、私の傷口をえろえろと舐めまわす。滲んだ血がおばさんの舌について、口の中に取り込まれていく。そしておばさんの唾液が傷口から、少しずつ私の中に入っていく。


「あっ、あっ、ああ、あっ」私は怖くて言葉が出ない。おばさんは私を舐めながらも、しっかり私を見つめている。


 そして私は気づく。あ、このひと、女じゃない。


「助けて!」


 そう叫んだ瞬間、おばさんは素早く私の溜まった血が入った袋を刺した針と管ごとむしり取って、本物の看護師さんを突き飛ばしてどこかに走り去っていった。


 そのあと警察がきて私はずっと泣いてて、全部終わったあと、お母さんも友達も弟もタケトももうお父さんじゃないお父さんも誰も迎えにきてくれないってことがわかる。


誰も迎えに来てくれないってことが、わかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

献血 @isako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ