EP.39 さよならイングランド

 彼らにとって『鋼鉄の処女』は残酷な悪魔であり、恐るべき敵であり、そして自分たちの世界の象徴だった。『鋼鉄の処女』の死は、彼らにとっての敗北に等しかったんだ。

 かつて自分が破ってきた英国中のTSたちの態度にロキシーは愕然とした。その横で、ジョン・ウォーカーが一連の事件の真実を伝える。



 ――残念だがジェレミー、パンデミックとデマゴーグで我々を混乱させ、その隙にイングランドを我が物にしようという貴様の計画は潰えた」

 ――ああん? 一体何のことだよ?」

 ――惚けても無駄だ。我々の諜報能力を甘く見られては困るな。時間はかかったが、調べはついている――」

 ――どういうことだ!? ジョン・ウォーカー!!」 

 

 

 ロキシーの問い掛けに、ジョン・ウォーカーが全てを解き明かした。

 システムトラブルにより様々なゲームが混在する世界で、ジェレミーはある日、【MSPO】のあるモンスターに致死率の高い感染毒があることを知る。単機のロキシーに敗北した怨みと、イングランドエリア掌握の為、ジェレミーは工作員を使って感染毒の恐怖を煽り、その混乱に乗じてイングランドに攻め込む計画を立てたんだ。

 その計画は、一部の【MSPO】プレイヤーを脅迫、マンチェスターで自浄能力のある【MSPO】プレイヤーを媒介に毒に脆弱なブリキ乗りたちへ感染を拡大させるというものだった。

 勿論、ある一定数の死者をだし、致死率の高い感染毒の拡大はすぐに収束した。そこへ彼らは、工作員を使って【MSPO】プレイヤーのテロリストが感染毒をばら撒いているというデマを流したんだ。元が【MSPO】プレイヤー発端の感染であった為、そのデマは真実味を帯びて拡大。無関係の【MSPO】プレイヤーが多数拘束され、感染毒の恐怖からイングランドは大混乱に陥った。


 

 ――そうか……私たちは、狂犬ジェレミーに躍らされていたという訳だな……」

 ――そういうことだ。これはもう貴様だけの戦いではない。我々の存亡を賭けた戦いなのだ」

 ――ふん、やはり私を助けると言うのは、お題目だな」

 ――これは我々と奴らの戦争だ。クイーンを取られるわけにはいかんだろ?」

 ――よく言う。私を助けたこと、後で後悔するなよ……」



 通信越しで顔は見えていなかったが、ロキシーが微笑んでいるような気がした。

 そして全ての陰謀を明らかにされ、形勢をひっくり返されたジェレミーが叫ぶようにがなり立てた。

 


 ――ざけんなっ!!! てめーらみたいな雑魚がいくら集まったところで、『鋼鉄の処女』さえいなけりゃ、どうってことねー!!!!」



 ジェレミーの叫びと共に、『モーターウルフ』の一団もイングランド勢に襲い掛かる。そんな激しい戦場を前に、ロキシーは蚊帳の外であった僕らに柔らかな声で言う。



 ――タタラ……どうやら、君たちの言う通りだったようだな……。本当にすまなかった。しかし、私もまだまだ孤高からは程遠いみたいだ。見ての通り心配無用、君たちは早く仲間の所へ向かえ!」

 ――だけど……君がそんな状態では……」

 ――君は私に似ていると思うが、決定的に違うことがある。君には自分の身を賭してでも守りたかった仲間がいるのだろ? 君などが孤高などと片腹痛い。君のやることは一つのはずだ! さあ、行け!!」



 認めたくないが、もう分かっていたよ。エナさんが目覚めなくなって悲しかった。カイの歪な苦悩も理解できた。僕を責めなかったソウヤも、僕と戦うと言ったヤドカリちゃんの意地らしさも、悪態を吐いて引き止めようとしたミズキも皆愛おしかった。何より、飛燕に泣きながら僕を守りたいなんて言われて、心を大きく揺さぶられた。

 僕らを後押しするように、ジョン・ウォーカーがロキシーに続く。



 ――『鋼鉄の処女』が見せない好意だ、素直に受け取ってやれ。タタラ……と言ったか? この前とは違う機体だな。あの侍のような女はいないようだが、伝えておいてくれ、次は負けない!!」



 そう言い残して、ランブレッタは敵へと向かって行った。目の前では、かつて見たこともないような激戦が繰り広げられている。呆然としている僕の肩に、飛燕が優しく手を伸ばした。



 「帰ろう、タタラ……ヒカリが、エナが……みんながあんたを待ってる!」



 僕が選んだもの。決していつも居心地のいいものではなかったが、僕はまだ彼らと一緒にいたいのだと思っていた。願わくば、どうにか皆を無事に日本へと送り届け、リアルへ帰還させたい。

 決意を決めた僕は、傷つきながらも戦いを静観し続けるロキシーへ最後のメッセージを送った。



 ――ロキシー!! 全てが終わったら、また僕と戦ってくれ!! 今度こそ誰の力も借りず、僕一人で君に決闘を挑む!! だから、それまで……絶対に!!!」

 ――おやおや、まるで愛の告白だな。いいだろう、せめてそれまでにはエディとまともに戦えるTSに乗っていてもらいたいものだな……」

 


 僕はコックピットハッチを開けて、ロキシーへ向かって大きく手を振った。もしかしたら、彼女とはこれが今生の別れになるかもしれない。だけど、僕はもう自分が進むべき道を選んだんだ。いつまでものんびりしているわけにはいかない。



 ――タタラ、時間がないよ! そろそろ行かなきゃ!」

 ――ああ、もうお別れは済んだ。行こう、あいつらの所へ!」



 ハッチを閉めると、僕たちは南西へ向かってファイタージークで駆け出した。振返れば、幾百の砲弾が飛び交う激戦の最中で、彼女はただこの戦いの趨勢を見守っていた。夕暮れに染まるその純白の機体は傷つき膝まづきながらも、まるで戦いの女神であるかのように神々しかった。



 ――タタラ……友よ、健闘を祈る。また会おう……」



 最後にそう言って、彼女は通信を切った。そうだな、僕もいつか彼女に相応しい男となって、またこの地に戻って来よう……。何か別の意味みたいな気もするけど、気のせいだよね。

 僕がそんな感傷に浸っている間に、飛燕は先に行った仲間たちに通信を取っていた。何やら雲行きは良くないようだ。



 「クロベ、今そっちに向かってるけど、様子はどう?」

 ――今出航を待ってもらっているが、軍港が間もなく閉鎖されるみたいだ。待てて、あと三〇分……間に合うか?」

 「ああ、ヒカリと約束したんだ。絶対に何とかしてみせる!!」



 あと三〇分て、まだ直線距離で100キロ以上もあるんだぞ? いくらなんでもこれは間に合わないと思ったよ。普通に考えたらね……。



 「まさか、このまま走って行くつもり?」

 「それ以外に何があるのさ? 気合入れて行くよ! はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」



 今までの無茶苦茶な戦い方を見れば、三〇分でこの距離を走り抜けるなんてことの方が余程現実感があるように思える。僕の期待を裏切らず、ファイタージークは新幹線みたいな速度で田園の中を駆け出していた。とは言っても、全て一直線に進める訳でもないから予断は許さない。僕らが必死にポーツマスへ急ぐ中、刻一刻と時間が刻まれていく。



 ――飛燕、あと一〇分だ! このまま行けるか?」

 ――他とは鍛え方が違う、私は大丈夫だ!」



 ギリギリだったが、何とか船の出航には間に合いそうだった。そろそろ海も見えてくる。そんな希望の光が見えつつあった僕らに、クロベから残酷な知らせが入る。



 ――まずい、自警団が海軍基地に攻撃を開始したみたいだ! すまん! もう待ってもらうのは無理だ!!」

 「クソ、まだ自警団にパンデミックの真相が伝わっていないから!! ここまで来て……」

 「タタラ、諦めるのはまだ早いよ!! 最後まで私は諦めないから!!!!」



 飛燕がそう言うと、更にファイタージークのスピードが上がった。目の前に大海原が広がり、海軍基地はもうすぐそこだった。案の定、基地の周囲には自警団のTSが多数展開していて、既に砲撃戦が始まっていた。



 ――タタラ君! 飛燕お姉ちゃん! もう船が出ちゃう!! 急いで!!!」



 ヤドカリちゃんが悲痛な様子で僕らに呼び掛けてきた。もう多数の艦船が自警団の進行から逃れるように出航を開始していた。

 


 ――こちらは自警団所属のTS、接近中のTSに警告する。現在当該区域では、自警団による作戦を遂行中である。早急に当該区域より離脱せよ! 指示に従わぬ場合は……」



 悠長に自警団を説得なんてしてる場合じゃない。信じてくれるかも分からないしね。僕らの取るべき行動は一つであった。



 「飛燕! このまま突っ切れ!!!」

 「あんたらの相手をしてる時間なんかないんだ!! やられたい奴だけ前にでな!!!」



 ファイタージークが自警団のTSの中を突き進んでいく。僕らの行く手を阻むTSは、まるでボーリングでもしているみたいに吹き飛ばされていく。



 ――な……なんだあのTS、ば……化物か!?」



 あっという間に僕らは基地の内部を突っ切って軍港まで到達していた。艦船はほぼみんな出航してしまっていて、飛び移ろうにも見分けがつかない。

 その時、前方を進む航空母艦から見覚えのある光が上がった。間違いない。これはあの光だ。



 ――タタラ君! 飛燕お姉ちゃん! 私たちはここだよ!!」

 「飛燕、あの光の上がった空母だ!! 行けるか!?」

 「ちょっと、遠い……このロボットって、海に落ちたらどうなるの?」 

 「スクリューもついてないから、沈むだけだ!! やはリ無理か?」



 既にだいぶ港からは離れてしまっていた。飛燕でも無理か……とも思ったが、僕の予想の遥か斜め上を行くのが飛燕って奴だ。僕の落胆をよそに、彼女は叫んだ。



 「絶対に……私はヒカリとの約束を守る!!!」

 「……へ?」

 「はあああぁぁぁぁぁっ!!!!! 飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」



 大きく助走をつけたファイタージークは、飛燕のかん高い叫び声と共に大地を蹴っていた。控えめに言っても、馬鹿げた跳躍力だった。それでも目標は前に進んでいるわけで、このままでは届きそうにない。目下には大海原、落ちたら文字通り海の藻屑になってしまう。コックピットではアラートが鳴り響いていた。



 「飛燕、まずいぞ、このままじゃ!!!」

 「あれを足場に使う!!」



 僕らは、偶然付近を航行していた潜水艦に降り立ち、それを足場に再度跳躍をする。僕らが飛び乗ったせいで、その潜水艦は海面から沈み込んでしまった。あーあ、きっと後で怒られるぞ。

 しかし、そのお陰で僕らは目的の空母まで辿り着くことができたんだ。僕らが空母の甲板に降り立つと、船体が左右に大きく揺れた。僕らはバランスを取りつつ、機体を中座にしてコックピットを開く。



 「全く、無茶しやがって……」

 「あんたに言われたくないよ」



 目の前には海と空を鮮やかに染めながら、水平線へと日が沈んでいっていた。コックピットへ吹き込む風は鼻につく潮の匂いがした。さっきまで死ぬ覚悟で『鋼鉄の処女』と戦っていたのだから、現実感が本当になかったよ。

 ちょっと黄昏ていた僕らを現実に引き戻すように、後方から大きな怒鳴り声が飛んでくる。



 「馬鹿野郎!! 人様の大事な船に飛び乗りやがって!! 甲板が壊れたら、どうしてくれるんだ!!?」



 僕がコックピットから乗り出すと、ヘルメットを被り艦内作業着を着た男が凄い剣幕で怒鳴り散らしてきた。仰る通りなので、僕としては謝るしかない。



 「いや……あの、すみません」

 「すみませんで済むと思ってんのか!? 大体うちのクロヒメも踏台にしてくれやがって!! お前は一体……」

 「どうしたの、タタラ?」

 「な……!!?」



 コックピットの奥から飛燕が出てくると、その男の表情が一変する。首を傾げる飛燕、お前も謝れっての。



 「まさか……【SFMO】の飛燕!?」

 「そうだけど……?」

 「可憐だ……」



 さっきまで凄い剣幕だったその男は、飛燕を見た途端放心したように黙りこくってしまう。よく分からんが、こいつのお陰で許してもらえそうだ。

 一歩遅れて、仲間たちが僕らの元へ駆けつける。どうやらその男がクロベの知り合いだったみたいで、必死に訳を説明してくれた。



 「すまん、神室、俺たちの命の恩人なんだ。許してやってくれないか?」

 「……ま、まあ……緊急時だったからな、そのTSは邪魔にならないところへ寄せておけ。それと……」

 「神室艦長、クロヒメの姫島艦長から艦長宛に抗議が入っています。至急CICへ上がって下さい!」

 「な……言わんこっちゃない!! うちの姫がご立腹だ! あーもう、どーすんだよ!」



 どうやらこの空母の艦長らしき神室という男は、他の船員に呼び止められ、慌てた様子で艦内へ戻って行った。これはもう一波乱ありそうだ。

 このゴタゴタが済んだところで、僕らはようやく甲板へと降りることができた。既に仲間たちがすぐそこに立っている。あんなに派手に啖呵を切ったもんだから、僕はどんな顔で皆を見たらいいのか判断に迷った。きっと少なからず罵声も浴びせられるに違いない。



 「タタラ君……の馬鹿!!!!」



 ほらね、ヤドカリちゃんの第一声がこれだ。でも、そう叫んだ彼女は僕の胸……というかお腹辺りに飛び込んできて、泣きながら僕の胸を叩いた。

 


 「タタラ君……の意地っ張り、頑固者、嘘つき……へそ曲がり!! かっこつけ!! えーと……それと、もう……大嫌い!!!」

 「そのくらいにしといてやんな、ヒカリ。約束……ちゃんと守ったよ」



 僕の横で飛燕がそう囁くと、ヤドカリちゃんは目をごしごししながら深く頭を下げた。そして再び僕を見上げた彼女は、涙を堪えて僕に訴えかけるように言った。



 「もう……勝手にいなくならないで……下さい……おかえりなさい、タタラ君!」



 ヤドカリちゃんは柔らかに微笑した。それを皮切りに、ソウヤ、ミズキからも次々に声が飛んで来る。



 「おかえり、兄ちゃん。それにしても、演技下手だったな。だけど俺は信じてたぜ! きっと兄ちゃんが戻って来るってさ!」

 「僕のSPを簡単に辞められると思ったら、大間違いだからね! これからもきっちり守ってもらうから! ……おかえり」



 何やら素直に喜べない迎えられ方だった。そんな彼らに答えるように僕は苦笑いした。そして飛燕が照れ隠ししながら、改まって僕に言った。



 「タタラ……おかえり」

 「ああ、ただいま……」

 


 そんな僕らを見届けるように、海上のずっと先に浮かんでいた黒ずくめの二人組が見えた。ギガデスとアンスラは何も語らず、ゆっくりと空に昇って消えて行った。あいつらの行動も謎ばかりだ。またきっとどこかで会うのだろうか?

 そしてやはり、その場にエナさんの姿はなかった。どうやら同じくその場にいないカイが付きっきりで彼女を見ているらしい。振返って見れば、ジョン・ウォーカーの件にしろ、ギガデスの件にしろ、エナさんのかけた情けに救われたことばかりだった。

 


 「情けは人の為ならず……か」



 人にかけた情けは、巡り廻って自身に帰って来る。結局最後の最後まで、僕はエナさんに助けられてばかりだった。それに報いる為にも、もう少し僕は頑張らなきゃならないよな。

 このまま無事に日本まで辿り着けるか分からない。辿り着けたとして、リアルに戻れるかも分からない。そして僕らの心の支えだったエナさんも目覚めない。考えてみれば悪いことばかりだった。

 それでも、今こうしてこいつらの前に立っていると、不思議ともう絶望的な気持ちにはならなかった。

 


 この世界は良くも悪くも不思議に満ち溢れている。きっとどこかに、エナさんを目覚めさせる方法だってあるかもしれない。



 “幸せを数えたら、君はすぐに幸せになれる”



 ショーペンハウエルらしからぬ言葉だと思っていた。でも、今ならその言葉の意味が少し分かるような気がする。

 辺りを青い闇が覆って夕暮れの光が消えつつある中、船のかき分ける波の音と遠くに聞えるカモメの鳴き声が、僕たちの新たな旅立ちを予感させていた。

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☆ロストボーダー・オンライン――巨大ロボットはファンタジーゲームの夢を見るか?―― szk @szk2021

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