第6話 理想と現実

 のどかとギルタルモスを倒してから数日後、今日も俺は筋トレに励んでいた。


50日目 メニュー

スクワット 12回

サイドレッグレイズ 左右12回

ヒップリフト12回

空気イス 30秒

バックランジ 左右12回

スタンディングカーフレイズ 20回

アンクルホップ 12回


各3セット 運動前後にストレッチ


 筋トレを始めてからもう少しで2ヶ月。

始めた当初は泣きながらやっていたトレーニングも、今では黙々とこなすことができていた。


バランスを崩していたランジは、脚だけでなく体幹を意識することで体勢を維持して負荷をかけることができた。


Exp +1500 Lv.42→Lv.43

よく頑張りました!!という表示とともに、軽快なレベルアップ音が鳴り響く。


「よっしゃ! またもらえる経験値が上がった!!」

もらえる経験値も右肩上がりに増えていっていた。今や当初の+300の5倍、1500もの経験値が1度にもらえるようになっていた。


これも、筋トレ後にもらえるパーソナルアドバイスをきちんと守っているからだろう。アドバイスを参考に毎食のプロテインとバランスを意識した食事も継続できている。毎月の小遣いのほとんどをプロテインと栄養のために使っている高校1年生がいるだろうか。


 筋肉はアルクロだけでなく、実生活にもいい影響を与えていた。


まず、2ヶ月近く筋トレを継続してきた成果が少しずつ見た目に現れてきた。

腹筋は縦に線が入り、胸板も少し厚くなった。脚は太さこそ変わらないものの、きゅっと引き締まり、腕も曲げると大きな力こぶができるようになっていたのだ。


「体重も3キロ増えてる! ふふふ……」

体重は58キロになり、標準体重まであと2キロに迫っていた。数値に表れる成果はやはり達成感がある。


 それになにより、体つきが変わったことが理由か、はたまた筋トレというきついことを継続できていることが理由か、前よりも自信をもって過ごせている。


のどかにも少しだけだけど話しかけることができるようになったし、今まで憂鬱だった体育も以前より前向きに取り組めるようになってきた。



 こうしてアルクロも現実も充実していく中、大会が開催される1週間前を迎えた。


どんよりと厚い雲に覆われた日だった。アルクロでのどかと大会に向けたコンビネーションを練習をしようと約束をした俺は、放課後になってすぐ家に帰ろうとしていた。そして学校を出た直後だった。


 「お前、ちょっとツラ貸せよ」

俺の肩を力任せに掴んだのは、最近はめっきり絡まれることが減っていた熊澤だった。


「すいません。家に帰るんで……」

力なく言う俺の前に、子分たちが回り込んで退路をふさぐ。


「うだうだ言ってねぇで早くついてこいや」

そう言って熊澤が肩に手を回し、強引に俺の体を引っ張る。

俺は恐怖で、熊澤たちに連れられるまま家と逆方向に歩を進めてしまった。


 そうして熊澤たちに連れ込まれたのは、学校からすぐ近くの小さな森林公園だった。小高い山にできた公園はちょっとした散歩道のようになっているが、木の生い茂っている場所に入っていくと、途端に見通しが悪く人の姿も見えなくなる。



散歩道を外れ薄暗い森の中に連れ込まれた俺は、子分たちに両腕を押さえつけられた。


「あの、なんでしょうか……」

「お前、最近調子乗りすぎなんじゃねーの?」

恐る恐る聞く俺に向かって、熊澤はギロリと睨みをきかせる。そしておもむろに右腕が振りかぶられる。


「いっ!!!」

熊澤にいきなり左頬を殴打された。

頬に激痛が走り、途端に口の中で血の味が充満する。


「もやしのくせに生意気にクラスで喋ってんじゃねえよ!!!」

今度は蹴りがお腹に入り、痛みで身をかがめる。


うずくまった俺の背中に、周りの子分から次々に蹴りが入る。

少しでも身を守ろうと頭を手で覆い守っていると、カラカラと金属がこすれるような音がした。


ゾクリと胸に嫌な予感がし顔を上げると、熊澤の手には金属バットが握られていた。


「や、やめてください!! もう生意気なことをしないようにします。だからそれで殴らないでください!!」

頭を地面につけて必死に懇願する俺を、熊澤は濁った目で見下ろす。


「ならよぉ、お前スマホ出せよ」

必死で土下座をする俺の頭を、バットでカンカンと軽く叩きながら熊澤が言った。


「スマホ……」

「グチグチ言ってねえでさっさと出せや!!」

バットの先がぐりぐりと頭に押し付けられる。俺は血を拭って汚れた手で急いでスマホを取り出した。それを子分の一人が強引につかみ取り熊澤に渡す。


「お前、もうアルクロやめろ。そんで星山とつるむのも今後一切やめろ」

「そんな……」


「お前の頭とこのスマホ、どっち叩き壊されたいの?」

そう言うと同時に、熊澤はバットを思い切り地面に叩きつけ、こちらをニタニタと笑いながら見る。


「もう一度聞くぞ? アルクロやめておとなしく過ごすか、今ここで頭かち割られるかどっちにすんの!?」

そう言って今度は俺の頭のすぐ横にバットを振りおろした。バットの風圧と、空を切る「ブオンッ」という音が耳に張り付く。


「…………アルクロはやめます。クラスでも喋らないで大人しくします。だからもう殴らないでください」

俺がそう言った次の瞬間、熊澤は俺のスマホめがけてバットを力任せに振り下ろした。


「ガンッ」という音とともに画面が粉々に砕けた。それでも熊澤の手は止まらず、10秒ほどでスマホだったそれはただの鉄くずになっていた。


「約束破ったら、次こうなんのはお前の頭だからな? よく覚えとけよ」

そう言って熊澤は俺の頭を蹴ってその場を立ち去っていった。



 血の味と土の味が混ざり、口の中を不快で満たした。

熊澤が去った安堵感と、何もできなかった悔しさ、耳にこびりついた金属バットの音、体中の鈍い痛み。すべてがないまぜになり、自分から動く気力を奪う。


次第に大粒の雨が降ってきた。

それでも俺はその場を動くことができなかった。



 俺はこの日を境にアルクロをやめた。のどかから学校で話しかけられたときも、無視して逃げた。俺が2ヶ月で少しずつ積み上げてきた自信は粉々になった。


 そして俺は熊澤から感じる監視の視線と、のどかを無視する罪悪感で学校を休んだ。一度休むと、ずるずると欠席期間が長くなっていった。


 いつしか、2人で出ようと言っていた大会の期日も過ぎてしまった。

あんなに楽しみにしていた大会。のどかと2人で楽しむはずだった大会。


もうどうでも良い。

すべてが虚しく味気ない。


 現実はこれだ。ゲームで多少筋肉をつけたことでおかしくなっていったのだ。

俺は目立たず、いつも通り無難に過ごすべきだった。イカロスは翼を手に入れたことで命を落とした。自分もそうだ。太陽に近づきすぎたのだ。もうすべてがバカバカしい。


 いつの間にか見ていた理想は、理不尽な現実にねじ伏せられた。夢を見るのはもう終わり。俺はその後アルクロにアクセスもせず、学校を休み続けたのだった。

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細身な俺が筋肉でゲームの頂点を目指してみた件 つかもとたつや @tsukaTatsuya

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