第5話 筋肉でモンスター退治 その2

 転移魔法によって俺とのどかは、大きな木々が乱立している森にとばされてた。


足元は膝まであるほどの雑草が生い茂っている。木々に遮られているのか、日中だが辺りは薄暗い。


 そうした森の一番奥、ひときわ大きい木の幹にもたれかかっている巨大なモンスターの姿があった。


「あれがギルタルモス……」

モンスターは俺たちの来訪に気づかず、のんきに眠っているようだった。


「それにしてもデカいな……」

 

 データとして知っている2.5mと、実際に相対したときの2.5mは全く違うことがわかった。体感はイメージの2倍近く大きく、遠くからでも迫力を感じる。


「これ、もしかしてまたとないチャンスなんじゃない? なんか寝てるし」

のどかが耳元で囁く。


確かに、ターゲットが居眠り中なのは千載一遇のチャンスだ。敵を起こさないよう、2人で簡潔に作戦を決める。


 「あいつに気づかれないように近づいて、肉体強化で一気に奇襲をかけようと思う」


「それじゃ、私は魔法の届く範囲でなるべく離れて援護に回るね」

 

 そうしてお互いの役割を確認して持ち場につく。

のどかが木の陰に隠れたことを確認して、俺は気配を殺して、身をかがめながら少しずつ敵のもとに近づいていく。


 聞こえるのは敵の呼吸音と自分の心臓音、吹く風に草木が揺れる音のみだ。汗で体がじっとりするのを感じる。


――大丈夫。気づかれずに近づけている。

少しずつ、しかし着実に距離を詰めて、なんとか殴れる距離まで近づいた。


 音を立てないようにゆっくり立ち上がる。のどかに手で攻撃を開始する合図をして腕に力を込めようとした、そのときだった。


「ヴォ、ヴォ、ヴォクショョョヨオオオオオオオオオンンン!!」

「うおわああああっ!!」


ギルタルモスの突然のくしゃみで、俺の体は吹き飛ばされ、2、3度後ろに転がり尻もちをつく形になった。


そして顔をあげると、くしゃみで覚醒したギルタルモスとばっちり目が合っていた。


「ヴォァァァアアアアアアアアアアア!!!!!」

俺の存在に気づいたギルタルモスが大きな咆哮を上げる。


「ひぃぃぃいいいいいいいいいいい!!」


 異世界にきて間もない主人公が自分の能力を生かして勇敢に敵と戦う。

本やアニメではそんな展開をよく見ていたし、どこかで憧れていたところがあった。


 でも、そんなの俺には無理でした!!

威嚇されただけで脚がガクガクと震え、体からはいまだかつてない量の脂汗が流れる。


恐怖で脚が動かなくなっている俺に向けて、ギルタルモスが左腕を振りかぶる。


「まずいっ!!」

逃げなきゃと頭ではわかっていてもうまく体が動かない。


そりゃそうだ、今までろくに運動もしてこなければ、こんな命の危機も感じたことももちろんない。


「イグニス!」

死を覚悟して目をつむったその時、のどかの呪文を唱える声が響いた。

呪文はギルタルモスの左足を捉え、小規模な爆発を起こす。


「ヴォウ?」

予測していなかった攻撃にギルタルモスがバランスを崩した。

左腕の攻撃は空を切り、俺は間一髪直撃を免れる。


「広斗くん、今のうち!」


 のどかの援護で体を支配していた緊張が少し和らぐ。怖いけど、のどかが頑張ってるのに俺だけいつまでもこうしちゃいられない。

それに大会前に幻滅されたらどうしようもないぞ、頑張れ俺!


「ありがとう、のどか!」

覚悟を決めて右腕と両脚に力を込める。

筋肉が熱を帯びて力がみなぎる。


「はぁぁああああああああ!!」

ありったけの強さで地面を蹴り、渾身の一撃を相手の腹に入れる。


「ゴッッッ!!」という鈍い音が森に響く。


「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」

ギルタルモスのくぐもった声とともに、水晶のような外皮にヒビが入った。


――効いてる!

しかし、筋肉アップの出力が切れはじめると、途端にギルタルモスも反撃に転じる。


「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

ひときわ大きな雄叫びをあげ、勢いよく右腕が振り下ろす。


 「うおっ!?」

 とっさに脚力強化を使い、思いっきり地面を蹴って後ろへ攻撃を避ける。


「ゾンッ!」と鋭い音が響き、目の前が砂埃に包まれる。すると先程までいた場所が、爪の斬撃で深くえぐれていた。


――ああ、これ毒とか関係なしにもろにくらったら終わりだ……


 一撃の威力が相当大きい。動きは確かにデータ通り早くない。それでも近くで攻撃されれば、素の自分の脚力では避けきれないくらいのスピードはある。


つまり脚の強化が尽きたときが俺の最期。しかも俺のできる筋力強化は腕が2回と肝心の脚はすでに残り1回。慎重に行かなければ。


「のどか! あの攻撃呪文、どれくらい使えそう?」


「攻撃魔法はあんまり得意じゃないから、撃ててあと1、2回かも」


「了解。 距離をとってのどかの魔法で体勢を崩して攻撃していこう! とにかく慎重に攻めよう!」


「わかった! 広斗くん、くるよ!!」


のそのそとギルタルモスが俺に近づいてくる。


 大丈夫、この距離ではまだ攻撃は届かないはず。木々や草に隠れながらじっくりチャンスを伺おう。


「ヴォウウウオオオオオオオオオオオオ!!!!」

そう思っていた直後、突如ギルタルモスが咆哮をあげ自らの爪を引っこ抜いた。


「それ引っこ抜けるの!?」


 驚きに目を見張った次の瞬間、ギルタルモスはその爪を力任せに投げつけてきた。


――まずい!

爪は避ける間もなく俺の左肩をかすめた。


「ぐっ!!!」

 肩を切り裂かれた痛みとともにズキズキとした痛みとともに血が流れ出す。

それに毒の効果か、ビリビリと体がしびれるような感覚に襲われる。


「広斗くん! 今治療を!」

「のどか、今はだめだ!!!」


 咄嗟に姿を表したのどかをめがけ、ギルタルモスがさらに爪を投げつける。のどかの目の前の地面に爪が勢いよく突き刺さる。


「のどか! 解毒にかかる時間ってわかる?」

「多分だけど、完全に解毒するには数分は必要かも」


 抜いた爪はすぐに生え変わるようだ。

この会話の間、すでに敵の手にはもう鋭い爪が伸びはじめていた。


 駄目だ。解毒や治療をする時間をきっとこのモンスターは与えてくれない。



「前言撤回! のどか!この敵と慎重に戦うのは不可能だ!!」


「それでも広斗くん、一度隠れて体勢を立て直そう!治療しなきゃ!」


「でもあんなにバンバン爪が生えてくるのが相手じゃ治療してる時間ないよ!」


「でも治療しないと毒が!!」


 確かに攻撃をくらって1分程度だろうか。

しびれる感覚に加え、徐々に頭痛と吐き気も加わってきている。


――今考えられる方法はおそらく2つ。

相手の攻撃が当たらないことを祈って逃げ、治療に専念すること、自分に毒が回りきる前に相手を倒すこと。


 時間を稼いでもどんどん隠れる場所も体力もなくなってジリ貧。なにより前者の方法はのどかを危険にさらすことになる。


それに俺の脚力強化はどうあがいてもあと1回。それは相手への片道切符だ。近づいたらあとは倒すか倒されるしかない。


つまり選択肢は1つ、毒が回り切る前に倒す……


 両頬を思いっきり叩いて気合いを入れ直す。いつの間にか、感じていた恐怖はどこかへ消えていた。


「のどか。これから毒が回り切る前にあいつを倒そうと思う。また援護をお願いできる?」


「でも、もし倒しきれなかったら……」


「大丈夫、ここで絶対勝負を決めるから!」

心配そうに見つめる彼女の目をしっかりと見て答える。


「……わかった。信じるよ!」

のどかはそう言っていつもの笑みを浮かべた。そうして魔法攻撃をするために木の陰に身を隠した。


一度深呼吸をして覚悟を決める。

できる。絶対できる。


 勝負できる時間は残り3分ほどだろうか。

大丈夫、あの国民的なヒーローはいつも3分で敵を倒しているのだ。


「こうなったら絶対倒してやるからなこの野郎!!」

そう叫んで真正面からギルタルモスに突っ込む。


できる限り勢いを付けて攻撃するために、できる限り自力で近づく必要がある。まだ最後の脚力強化は使えない。


「ヴォォオオオオオオオオオオオオ!!」

ギルタルモスは俺めがけて爪を投げつけようとする。


「のどか! 今だ!!」

「イグニス!」

爆発はギルタルモスの目の前で炸裂した。


「ヴァアアアアアアアアアアアアア!」

視界を奪われたギルタルモスの投げた爪は、明後日の方向へ飛んでいく。


 その間に、今自分が出せる全速力で間合いを詰める。

――まだだ、まだ遠い。


 草に足が取られそうになっても下半身でしっかり踏ん張り、毒で体がよろけてもすぐに体幹に力を入れて体勢を立て直す。


今までの自分だったら確実に転んでいたであろう状況。ここにきて特殊能力だけじゃない、日頃の筋トレの成果が現れていた。


――いける。


「ギャアアアアアアアア!!」

体勢を整えたギルタルモスが雄叫びをあげ、右腕が振りかぶられる。

――あと、少し


腕が自分に向かって振り下ろされた。

――今だ!!


 最後の脚力強化を使い、敵の懐に一気に潜り込む。敵の攻撃は空を切り、大きな隙が生まれる。


「これで終わりだ!!!」

無防備になったヒビの入った腹に、最高速で全体術をかけて思いっきり殴る。


「ヴァァァゴォォオオオ!!」

敵の悲鳴とともに水晶の外皮が粉々に砕け散る。外皮を2回殴った右手は痛みでもう感覚がない。


「いい加減に倒れろぉおおお!!!!」

脚の勢いを保ちながら、左腕に残る力のすべてを込めて3発目を叩き込む。


「ヴォァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

ギルタルモスの悲鳴が響き、力なく後ろに倒れた。


「やった、のか?」

俺も身体強化をフルで使った反動か、毒が回った影響か、急に体に力が入らなくなりその場に倒れ込む。


「こ、こまで……か」

加速度的に意識は朦朧としてきて、目の前が真っ暗になっていった。





「……くん。 広斗くん!!」

のどかに呼ばれる声がして目が覚める。


「いっててて!」

 体を起こそうとすると、能力の反動で体がひどく痛んだ。それでも、のどかの手を借りながらなんとか体を起こした。


「こうして無事ってことは、ギルタルモスは倒せたんだよね?」


「倒した!倒したんだよ!!」

のどかが涙を浮かべながらそう告げる。


「本当によかった。 広斗くん。頑張ってくれてありがとう!」

そう言ったのどかの両手が俺の背中に回った。


理解が追いついていなかったが、どうやら俺は今ハグをされたらしい。

のどかの髪の良い香りと、ふんわりとした感触が胸のあたりに伝わる。


 それは俺にとって経験値やゴールドよりも価値のある報酬だった。

その直後、俺はあまりの嬉しさと幸福感でまた意識を失ってしまったのだった。


 こうして初のモンスター退治は大成功を収めた。この勢いで目指せ、第一回大会優勝!

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