第4話 筋肉でモンスター退治 その1

 プレルの一件で、ボディビルダーのもつ能力が、「自身の筋力の一時的な強化」だということが判明した。


 その後、俺はこの力の詳細を探るべく、レベルアップするたびに跳躍力やパンチ力などを比べていった。すると、レベルが上がるほど、出せる能力が高くなっていることが分かった。


 ただ、一度強く力を出すと、使った筋肉にかなりの熱が加わり、何度も連続して爆発的な力を出すことはできなかった。各部位3回が限度で、限界まで力を出すと次の日に酷い筋肉痛に襲われた。


 そんな研究と筋トレを続けているうちに、アルクロがリリースされてちょうど1ヶ月が経った。


俺のレベルは現在30。ネット上でよく見るレベル報告が大体15〜20程度なのを見ると、相当ハイペースでレベルアップしていることがわかって嬉しくなる。


「なんか見た目も多少は変わった気がするんだよな」

細いのは相変わらずだが、体がしゅっと引き締まったように感じる。特に腕は若干のメリハリが生まれてきていた。


 だがどんなに頑張っても未だ解決できない問題もあった。

「筋肉の成長度合いはよく見られるけど、いつまでも上裸なのはなぁ」

そう、俺はまだ初期の上裸スキンだ。


別に自分の肉体を見たいからではない。ゴールドもレベル20以降はレベルアップでもらえるようになり困っていない。


ではなぜ服を買わないのか。

ボディビルダーがマイナーすぎて、このジョブの着られる服が売ってないのだ。


マイナーキャラはスキンが少ない。これはアルクロの世界でも一緒だった。


 しかし、この悲しい現実を気にしている暇はない。なぜなら今日はプレルの日以来、久しぶりにのどかと会う約束をしたからだ!


学校では、のどかが常に誰かに話しかけられていたり、緊張して話しかけるタイミングを逃してばかりだった。


けれど昨日、のどかから

「明日、アルクロで会えないかな?」

とスマホに連絡があったのだ!


 内心舞い上がっているのを悟られないよう、必要以上に表情を引き締めて、俺は中心街の待ち合わせ場所で待機していた。


 「広斗くん、おまたせ!」

しばらくしてから、のどかが手を振りながら小走りで駆け寄ってきた。


「ごめんごめん、待たせちゃったね」

そう言って微笑むのどかに、俺の引き締めた表情は一瞬で崩れた。


「ひ、久しぶりだね。今日はどうしたの?」

久々の会話に緊張で声が上ずりながら、俺はのどかに今日の用件を尋ねた。


「本当になんか久しぶりだね〜学校でも普通に話してくれていいのに。それでね、今日広斗くんを呼んだ理由なんだけど……」


そう言ってのどかはバッグから一枚の紙を取り出した。


「広斗くん。今度この大会に一緒に出てみない?」

そう言ってのどかが出したのは、今度開かれる大会の通知だった。


そこには

第1回、年齢別大会 開催決定!!

という大きな見出しがうたれていた。


「大会?」

「そう、大会! 要項見てみて」


のどかに言われるまま読んだ要項には


・開催日:7月10日

・開催場所:闘技場

・参加資格:15〜18歳、関東在住の学生

・参加方法:2人1組のペアを組み、西側闘技場にあるポータルで申請


といった旨の記載がされていた。


「今から1ヶ月後か」


「そうなの。この大会、参加資格が2人1組なんだ。広斗くん、一緒に出てくれないかな? 私の仲のいい友だち、みんな戦うようなジョブじゃないんだ」


お願い!と両手を合わせながらのどかが上目遣いでこちらを見てくる。


「ま、まあ。参加するくらいなら!」

その上目遣いにやられ、恥ずかしさで顔をそらしながら即答する。ああ、我ながらちょろい。


「広斗くんならそう言ってくれると思ったよ!」

のどかの表情がパアッと明るくなる。


「それに見てこの優勝金額!」

のどかが飴色の目をキラキラ輝かせて通知の下部を指さした。


「5百万ゴールド!?」

1ゴールドは日本円の1円とほぼ同じような額なので、これは相当大きな金額。破格だ。


「でも優勝って、それはさすがに厳しいでしょ」


「最初から諦めてたら何も成し遂げられないよ。それに、ここ見て」

のどかが今度は通知の最下部を指差す。


「なになに、参加賞として500ゴールドをもれなく進呈」


「ほら、仮に1回戦で負けてもアイス食べて帰れるよ!」

そう言ってニシシ、とのどかが笑う。


「優勝したら豪華なパフェ、そこそこ勝ったらそれなりのスイーツ、すぐに負けてもアイス。乗るしかない、このビッグウェーブに。だよ!!」


そう言ったのどかのノリノリなペースにのまれるまま、俺たちは大会参加の申請をしに行ったのだった。


 その日の夜、ログアウトして家でくつろぐ俺はニヤニヤしながら今日のことを思い出していた。


「のどかと2人で大会出場。ふふっ」

クラスでは友達に囲まれていてなかなか話したりできないけれど、ここでアピールができれば2人の距離がぐんと縮まる可能性だってある。


それに万一初戦敗退でも、のどかとアイスを食べて帰ることができる。どんな成績でもデートできる!


なんて素晴らしい大会!!

俺は今までで一番アルクロに感謝している。大会を開いてくれてありがとう!


 それに、まだサービス開始1ヶ月のゲームだ。効率的なレベルアップやレベルを上げる時間が確保しきれていない人もたくさんいることは十分考えられる。


そんな中、俺はレベルでスタートダッシュをきれている。これは大会においてかなりのアドバンテージと言えるのではないか。


 参加することにデメリットがひとつもない。もしかすれば上も狙える。これは本当に素晴らしい大会だ。

そうとなれば1ヶ月後に控えた大会に向けて、さらに筋トレあるのみ!


 その後の俺は、アルクロで筋トレを頑張ることに加え、食事の見直しを積極的に行っていた。

通販で買ったプロテインを毎食後に飲み、さらに腸内環境を意識し始めた。


得意のネットサーフィンで、効率よく栄養を吸収するためには、腸内環境の改善が不可欠だと知ったからだ。


ヨーグルトなどを積極的に食べ、お腹の調子を整える。そうしているうちに食べられる量も、最初と比べれば少しずつ増えてきた。


実はこの1ヶ月で体重が2キロ増えていた。

アルクロ内でのレベルアップに加え、現実の体重増加、見た目の変化などが起こり、今までにないほど俺は自身に満ちていた。


プロテインも追加で購入をした。今度は3キロの大型パックを注文したのだ。確実に色々とステップアップしてるぞ、俺!


 そして時は過ぎ、大会の2週間前。

実践練習をしようというのどかの提案を受け、俺たちは2人でモンスター討伐の依頼を受けに集会所に向かっていた。


 集会所は中心街から向かって西側に位置していた。この前行ったアーケードが東側なので、ちょうど反対側。大会会場となる闘技場と同じ区域だ。


 中心街から西に向かって歩くこと10分。入り口に剣と盾を模したエンブレムが飾られている、レンガ造りの大きな五角形の建物が見えてきた。


「あれが集会所か」

建物付近には大きな斧を持った屈強な男や、大きな銃を持った女性などの姿があった。さすがはモンスター討伐に向かう玄関口といったところだろう。


 集会所に入ると、入り口を除くそれぞれの壁に面して、ソロ討伐、マルチ討伐、ペア討伐、上級討伐と種類別に窓口が開かれていた。


 俺たちがペア討伐の窓口に行くと、受付のお姉さんがモンスターハントについての概要を説明してくれた。


お姉さんによると、討伐者のレベルやジョブから、AIが自動的に最適なモンスターを斡旋してくれるようになっているということだった。


 その後はお姉さんの説明に従って、それぞれの端末から依頼を受けるための情報をお姉さんの端末に共有し、契約書にサインをした。これで依頼を受注することができるようだ。


手続きを済ませてすぐにモンスターが決まったようで、お姉さんから続けて案内を受ける。


 「あなたがた2人の今のレベルをもとに、討伐していただくモンスターを選出させていただきました」


そう言って受付のお姉さんが提示してきたのは「ギルタルモス」という名の魔物だった。


「モンスターの詳細はこちらで確認いただけます」

そういってお姉さんは魔物の詳細情報を目の前に投影した。


そこに映し出されたモンスターの見た目は、ずんぐりした体の巨大な熊のようだった。


その上体は水晶のようなもので覆われていて、爪も鋭い。人間などいとも簡単に引き裂きそうな具合である。


見た目の映像の次に、モンスターのデータが映し出された。


「ギルタルモス」

・体長:250cm

・体重:400kg

・特徴:動きは比較的緩慢だが、非常に硬い外皮と鋭い爪をもつ。爪には強力な毒がある。

・取得経験値:3,000

・取得ゴールド:12,000


「毒!? てかこのモンスター、なんかめちゃくちゃ強そうじゃないですか……?」


「とても強いです!ボディビルダーのお客様。あなたのレベルが今まで依頼を受けに来た方の中でも最高位の35だからですね! 私もこのモンスターが選出されたのを見るの、初めてです!」


初めて出てくるモンスターに興奮したのか、お姉さんは早口で俺たちにそうまくしたてた。


「……なるほど。ちなみになんですけど、もうすこーし手頃なモンスターなんて、いたりしませんか?」


「レベルに応じて紹介できるモンスターが変わるので、他のモンスターは紹介しかねます」


「ああ、そうですか。毒…… ちなみにちゃんと解毒できないとどうなりますか?」


「5分程度で毒が回って戦闘不能になります。その場合、ゲームペナルティとして翌日の依頼等を受けることができなくなります」


「ああいや。ペナルティとかじゃなく。その、痛みとかってやっぱりあるんですか?」


「はい! 痛覚はリアルに再現されていますよ。そうしないとすぐモンスターに人が群がってしまうので」


「なるほど……」


「痛みがリアルなだけで、本当に怪我したり命を落としたりはしないので安心してください!」

お姉さんはそう言って微笑んだ。

 

 完全にレベルが仇となった…… 初めて戦うモンスターが硬い体に鋭い爪、それに毒まで持ってるのはさすがに荷が重すぎるぞ。


最初はたいあたりしか覚えていないような小型モンスターが相手だとばかり思っていた、考えが甘かった。甘すぎた。


 後ろで話しを聞いていたのどかも、完全に顔をこわばらせている。大方同じように、ちょっとした力試しができるくらいの敵を想定していたのだろう。


「……広斗くん。私、後ろから精一杯サポートするね」


「のどかさん、ちゃんと俺がやられたら解毒。お願いね」


「まあ……うん。  できる限り頑張るね」


「なにその間! 心配なんですけど! それとお姉さん、依頼のキャンセルってできたりしないですかね?」


「契約書にサインした時点でキャンセルはできません。頑張って倒してきてください。それではいってらっしゃい♪」


そう言ってお姉さんは、間髪入れずに俺たちに転移魔法をかけた。


そうして覚悟がまったく決まらないまま、俺たちはギルタルモスの元へ飛ばされるのであった。


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