第3話 筋肉的 才能開花

 星山と明日から一緒にジョブの可能性を探す約束をしたところで、お互いに別れを告げて星山はログアウトしていった。


 そういえばチュートリアル終了でのオンライン空間転移がすぐにあって確認できなかったけど、2日目の筋トレでもらえた経験値、増えてたな。

もう一度リザルトの詳細を見返している。すると


基礎 Exp300 加点 Exp200

と表示されていた。


「やっぱり、現実世界の行いも加点対象になるのか」

俺はリザルトのアドバイスに則って食事量を増やした。それが一定の評価を得て加点がされたということだろう。

今回のパーソナルアドバイスは「プロテインを活用して増量をしていこう」だった。


 プロテインって本当にムキムキのボディビルダーが飲むものなんじゃ……こんななんちゃってもいいところな職業ボディビルダーが飲んで意味があるのか。

さっそく俺はログアウトしてから、プロテインについて調べる。


「なるほど。プロテインの中には増量に向いたやつもあるのか」

調べている中で出てきたのは、ウエイトゲイナーと呼ばれる増量したい人に向けたプロテインだった。


「確かに、菓子パンとか色々無理に食べるのは結構きつかったからな……少しでも負担を減らして太れるのならいいかもしれないぞ」


さっそくいろいろなプロテインの口コミを見ながら、1キロのプロテインを購入した。しかし、気になったら即調べて購入できるとは良い世の中である。


これで翌日の朝にプロテインが届く。これを飲みつつ筋トレをしていけばさらにレベルを上げていけるはずだ。


 このゲームを初めて気づいたのは、自分の頑張りが数値化されるということは、行動の大きなモチベーションになるということだ。自発的に頑張ることで、経験値を積み上げることができるのはこのジョブの特権かもしれない。


「ドラゴンナイトなんて現実じゃレベルの上げようないだろうしな」心のなかで熊澤を踏みつける妄想をする。こうなったらジョブの可能性を追求してレベルもすぐ上げて見返してやる。そう前向きに思うことができた。


 「よーし、筋トレ頑張れー!」

星山の応援のもと、俺は3日目の筋トレに励んでいた。今日のメニューは腕を中心としたものだった。

腕立て伏せ数回で全身がプルプルさせているのを恥ずかしく思いながら、メニューをこなす。2セット目の途中からは、星山の存在を意識する余裕すらなかった。


 今日は朝に届いたプロテインをしっかり飲んで筋トレに臨んだ。さあ経験値はいかに……


Exp +800 Lv.3→Lv.5

素晴らしい!! という表示が出て軽快な音楽とともに紙吹雪が舞うような演出が加わっていた。


「レベルが一気に2アップ!? すごい!!」

星山が驚きに目を見開く。たった2日でもらえる経験値が2.5倍以上になっていることに俺自身も驚きが隠せなかった。


パーソナルアドバイスを見ると、「その調子でプロテインを取り入れつつ、食事のバランスを意識していきましょう」と表示されていた。


これも常に意識すれば、もっともらえる経験値が上がるのか? もしそうだとすれば、やはりボディビルダーのレベリング効率は相当いいぞ。


 ……でも、問題はこのジョブの付加価値なんだよな

星山に言われた「ゲームの空間だからこそできること」を探っていかなければ。どんなにレベルを上げても、それで何もできなければ意味がない。



 「筋トレも終わったし、気分転換にアーケードに行ってみない? まだ細川くん行ったことないでしょ」

星山がニコニコしながら言う。確かにオンライン空間に来てすぐに熊澤に絡まれたせいで、まだこの世界の冒険はほとんどしていない。


「そうだね。星山さんは行ったことあるの?」

「私もまだほとんど行ったことないかな。それと、昨日から言おうと思ってたんだけど」

そう言って星山は一呼吸おいてからこちらへ向き直った。彼女のきれいな飴色の瞳がじっと俺を見据える。


「星山さんじゃなくて、のどかって呼んで。いつも星山さんだとなんかよそよそしいし!」

そう言って彼女は朗らかな笑みを浮かべた。


「そ、そんな……」


「そのかわり私も細川くんのこと、これから広斗くんって呼ぶね。はい広斗くん、私の名前、呼んでみて?」

そう言って彼女はいたずらな笑みを浮かべる。


「……の、どかさん」


「さんも別になくていいよ?」


「…………のどか」


「よろしい!」

満足そうにほほえむ彼女の顔を、俺はほとんど直視できなかった。



 星山改め、のどかと2人でアーケードに来た。ここは街の中心部に位置していて、大小様々な露店で賑わう巨大な市場だ。アーケード内は目玉商品を売り込む商人の威勢の良い声が響き渡っている。


「見てみて、あそこに売ってる装備かわいい! でも高いなあ。」 

「あっ! あのお店のスイーツ美味しそう」 

のどかはそう言いながら楽しそうに露店を見入っている。


 2人で話しながらアーケードをめぐる。

「そういえば、のどかはなんのジョブを選んだの?」


「私はヒーラーにしたんだ。ほら、このゲームってみんな怪我しそうなジョブにするでしょ? そこにヒーラーでいたら、すぐにいっぱいゴールドが稼げるかなって。それで稼いだゴールドでいっぱいスイーツを食べるんだ!」


「スイーツのためにジョブを選んだってこと?」


「現実ではカロリーを気にして食べられないような大きなパフェとか、見たこともないきれいなスイーツもどれだけ食べても現実じゃないから全部0カロリーなんだよ! これは革命だよ!!」

のどかが拳を強く握って力説する。


「だから広斗くんも、もっと色々挑戦して怪我していいよ?」


「冗談じゃない! ってそれにしても、本当にいろいろな店があるんだな」


 アーケードには、のどかが言っていたスイーツや装備屋の他にも、宝石店や花屋、ペットショップ、さらには大きな水晶をもった占い屋などが立ち並んでいる。

大通りを見れば、ピエロが大道芸をしていたり、楽器を演奏している人がいたり活気にあふれている。


 みんな、自分のジョブを満喫しているんだな。

俺も早くああやって、自分しかできないことや、このジョブでできることを見つけたい。そう思いながらぼんやりと歩いていると、不意に向かいのペットショップの露店から店主が慌てて飛び出してくるのが見えた。


「そこの上裸のあんちゃん! そっちに走っていったプレルを捕まえてくれ!!」

店主が大きな声でこちらに向けて声を上げる。


「……俺!?」

「広斗くん、言いづらいけど上半身裸のジョブって殆どないからね……」


のどかにそう言われ、あたりを見渡した。確かに言われたとおり上裸は俺しかいなかった。3日目で慣れてきてたけど改めて考えると上裸ってやっぱり恥ずかしいな……


 自分の格好に今さらながら羞恥心を感じていると、小型の小動物がトテトテ走ってきていた。翡翠色のきれいな体毛で、遠目からでも分かるほど大きくつぶらな瞳がいかにも異世界でかわいい。


幸いプレルのスピードはそこまで早くなかった。これなら待ち構えれば捕まえられるな。そう思って立ち止まり、プレルと相対する。


「プヒイイイイイイ!!」

プレルは不意に体から大きな羽を出して飛び上がった。


「飛びましたよ!!」

「お前、飛べるのかよ!!」

あっという間に俺の頭のはるか上に飛び上がったプレルは、ゆうゆうと俺らの頭上を超えていこうとしていた。


「あの高さまで飛ばれたら捕まえられないね」

のどかが諦めたようにこちらに微笑みかける。


「確かに。あれはしょうがないな」

俺もプレル捕獲を諦めかけたときだった。


「プヒっ」

プレルがこちらを見下したような顔でこっちを見て、鼻で笑った。


「あんの野郎っ!!」

なんて憎たらしさ! 


「プヘっ!!」

そう思った次の瞬間、今度はこちらに向かってつばを吐きかけてきたではないか!


「なんだこいつ!!!」

最初はかわいいと思ったけど撤回します。こいつ絶対に捕まえて店主に明け渡す!


 俺は怒りでとっさにプレルに向かってジャンプをした。

その時は本当に、何も考えず、反射的に動いただけだった。


「えっ!!」

次の瞬間、俺は自分の身長くらいの高さまで飛び上がっていた。


「なんか現実よりめちゃくちゃ高く飛んでる!?」

「プヒっ!?」

自分の想像以上のジャンプ力に驚く俺とプレルが空中でご対面した。


 「よくも憎たらしく煽ってくれたな! お家に帰りなさい!」

そう叫んでプレルを両手でがっしり掴んで捕獲に成功した。


 「ありがとうございました。本当に助かりました!」

店主にお礼を言われながら、俺たちはアーケードをあとにしていた。


「すごいジャンプ力だったね。さすがにあれは現実じゃできないだろうし、この世界特有の能力なのかな?」

のどかがアーケードで買ったアイスを食べながら首をかしげる。


「多分そうだと思う。プレルを捕まえたいって思って脚に力を入れたらあんなに高く跳べたんだよね」

跳んだ後から脚の筋肉がジンジンと熱い。おそらく鍛えた筋肉の力を引き出すような能力なのだろう。


俺のレベルは5、この能力がレベルアップとともに鍛えられていけば相当なジャンプ力になる。それに腕にも応用が効くなら相当なパワーが出せるのではないか。


「まだわからないことは多いけど、とにかく能力が見つかってよかったよ」

そう言いながら、のどかはこちらに微笑みかける。


「あの……のどか、色々ありがとう。のどかのおかげで能力に気づいてこれからも楽しくアルクロができそうだよ」

のどかがいなければ、俺は今頃アルクロをやめて部屋で引きこもっていたかもしれない。本当に彼女には感謝してもしきれない。


「ううん。私は少し声をかけただけだから」

そう言ってまた優しく微笑む。ああ、本当にゲームをやめなくてよかった。


 こうして俺は、自分の筋肉に眠る才能に気づくことができたのであった。

そして、のどかとも仲良くなれた。ボディビルダーでもできることはたくさんある。


 俺はまだまだかなり細身な身だけど、これからも体を鍛えて頑張ろう。

そう思えた1日だった。

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