異世界課武蔵野支部

赤城ハル

第1話

 日付が変わった深夜、俺は仕事で車を走らせていた。深夜にまで働かせるなんてとんだブラック企業だ。

「ねえ喉渇いた。おっさん、コンビニ寄って」

 助手席の少女が駄々をこねる。

「おっさんじゃない。俺は加藤だ。それとあともう少しだから我慢しろ」

 前を見つつ俺は叱る。

 助手席の少女の名前はミーシャ。異世界人。この世界でいうところの修学旅行で遊びに来た異世界からの生徒で俺は今、そのミーシャを保護というか捕獲してゲートへと送り届けるため車を運転中。

 なぜ一人だけかというと、この少女、迷子とかでなくグループから勝手に抜け出したらしい。捕獲の際も少々駄々をこね、手を焼いた。

「この色の付いた……透明な小さい板は何?」

「あ?」

 助手席のミーシャへと目を一瞬動かす。運転中だから横に顔は向けられない。

「MDだ」

「えむ……でぃー」

 今の若い子にはMDはもう死語か。いや、異世界の子だから関係はないか。

「音楽を聴くやつだ」

「CDてきな?」

「そうそう」

「色々あるけど──恋愛、鉄板、ロックに……ひつじ曲?」

「ひつじ?」

「これよ」

 と紫色のMDをミーシャは俺に向ける。俺はちらりと見た後、

「洋曲な」

「ようきょく? 何それ?」

「外国の歌だ」

「へえー」

 ミーシャはMDを裏返したりして遊ぶ。

「どうやって聴くの?」

「そこに差し込むんだ」

 俺は左手で内蔵コンポを指す。

 ミーシャはMDを挿れる。すると自動で音楽が再生される。

 甘ったるい恋愛ソングが車内に流れる。

「ぷっ! 何これ? こういうのが好きなの?」

「アホ。女が録音したものだよ」

「ふーん。それってアンタと会話をしたくないから?」

「殺すぞクソガキ」

「私、公爵家の人間よ」

生憎あいにく、ここは日本だ。貴族とか関係ない。そもそもお前は異世界人だ。国際法も何もない。こっちにいるだけで本来は大問題なんだよ。それにお前は規律を破ったんだ。殺されても文句はないぞ」

「べーだ」

 ミーシャは舌を出す。

 俺は溜め息を吐いた。

「ねえ、ちょっとコンビニ寄ってくれない?」

 俺は音楽で聞こえないふりをした。

 ミーシャは内蔵コンポのボタンを出鱈目に押して、MDを取り出した。

「ねえ、コンビニ」

「あと少し──」

「だーかーらー」

 ミーシャは俺から目を逸らし太腿をもじもじさせている。

「ああ! ションベンか?」

「デリカシー! お花を摘みたいのかって聞きなさいよ」

「というかお前がお花を摘みたいと言えよ」

「恥ずかしいこと言わせるな!」

「ああ! もう面倒くさい!」

 俺は近くのコンビニに車を停めた。

 ミーシャはドアを開けて車を出るとすぐに走ってコンビニに向かった。

 全く素直に言えばいいのに。

 俺も車から出て外に。ただコンビニには入らず、コンビニ周辺を注意する。

 しかし、杞憂だったのかミーシャは菓子とジュースの入ったコンビニ袋を持って出てきた。

「おいおい、そんな──」

 そこで急にハイエースが停車してきて俺の言葉を遮る。そして中から頭をすっぽり覆うマスクをしたやからが現れた。奴らは全員、警棒を持っている。

 俺はすぐにミーシャを後ろへ、そして闖入者に立ち向かう。そしてジャケットの内ポケットから魔法の扇子を取り出す。その魔法の扇子を広げ、奴らに向けて大きく腕を振って仰ぐ。

 すると大きな風が吹き荒れ、目の前の奴らを後退させる。

 しかし、倒れはしない。少しバランスを崩す程度。

「ちっ!」

 もう一度大きく仰ぐ。今度は強めに、そして速く。

 先程より大きな風が吹き荒れる。

 だが二度目なのか。輩達はたたらを踏んで後退するだけ。リーダー格の男が指示を出している。

 対策を取られるとやっかいだ。

 ここはもう一度風で距離を稼ぎ、そして一気に逃げるか?

 でもどこに逃げる?

 車か?

 すぐに出発できるか?

 それともコンビニか?

 コンビニだろうが平気で襲ってきそうだ。

 そんなことを考えていると、

「目を瞑って!」

 後ろのミーシャから強い魔力を感じた。

 俺は言われた通り、目を瞑る。

「光よ!」

 ミーシャが彼らに向け光魔法を使うと周囲が劇的に白く塗りつぶされるのを瞼越しに感じた。

『ぐっ!』

 相手が呻き声を上げる。

「よし! 車に乗れ!」

「うん!」

 俺達はすぐに車に乗り、発進。

 そしてミラーから奴らのハイエースが追ってこないのを確認。でも油断してはいけない。まだ仲間がいるのかもしれない。

「ねえ? あいつらって何?」

 ミーシャが怯えて聞く。魔法を使ったときの威勢はどこに。

「どっかの共産国の工作員だろ?」

「どうしてよ!?」

「どうしてもなにもお前を狙ってのことだろ」

「だーかーら、何で私を狙うのよ?」

「この世界の人間は魔法が使えないんだ。だからお前らの血を世界の国々は目を血眼ちまなこにして求めているんだよ」

 魔法さえ自由に使えたら科学捜査の目をくぐって犯罪及び破壊工作が楽になるだろう。

「何よそれ!?」

「求愛されていると思え」

「あんなのお断りよ! 孕まそうと考えてるやつなんてまっぴらごめんよ」

「別に孕まそうとは考えてないぞ?」

「え?」

「今の医療技術なら卵子さえあれば人工授精が可能だ。あとは代理の母体さえあれば問題はないからな」

「よく分かんないわ」

「ここに来る前、生理チェックあったろ?」

「え? あ、うん」

 ミーシャは気恥ずかしく答える。

「あいつらは使用済みのナプキンでも欲しがるんだよ」

「まじで?」

「まじ」


  ◯ ◯ ◯


 その後、追撃もなく無事に井の頭公園に着いた。

 普通、深夜時間は閉鎖しているが今日は特別に許可を得て園内を進んでいる。

 ここがゲートのある地点。

「ねえ、まだなの?」

 後ろでミーシャが文句を言う。

「もう少し進んだ先だ」

 球場と遊びの広場の間にある道のベンチに向こう側からの使者がいると聞いている。

 そして歩き進んでベンチに座る二人の影が見えた。一人は本を読み、もう一人は腕を組み、目を瞑っている。

「ゲッ! 姉様!」

 ベンチに座っている一人の女性を見てミーシャは嫌そうな声を出して立ち止まった。

 俺も立ち止まり、振り返る。

「どうした? よかったじゃないか迎えが身内で」

 たいてい迎えは堅っ苦しい役所然とした人間。今日は両方とも女性。さらに片方はミーシャの姉ときた。

「よくないわよ!」

 ミーシャが半歩足を後ろへ。

 まさか逃げようとしてないか?

 俺がミーシャへと一歩向けるのとミーシャがもう一歩下がるのが同時だった。

 お互い目が合う。そしてお互いの次の行動を理解する。

 ミーシャは反転し逃げようとし、俺は駆け始めるため足に力を。

 だが、

「きゃっ!」

 反転したミーシャが誰かにぶつかる。

 そのぶつかった人物はベンチに座っていた姉だった。

 その姉は怖い顔をしてミーシャをめる。そしてガシッとミーシャの肩を掴んだ。

「え? あれ?」

 俺は後方のベンチに振り返えると一人しかいない。その一人は相変わらず本を読んでいる。

「すみません。驚かせてしまって。ちょっとした転移魔法です」

「そうですか」

「私はミーシャの姉、リリーヤです」

「どうも加藤です」

「さあ、ミーシャこっちへ」

 リリーヤはミーシャの腕を掴みベンチへと引っ張る。

「痛い! 引っ張らないでよ」

 ベンチ座るもう一人の女性は本を閉じて、

「さて帰ろうか」

「…………理由聞かないの?」

「それは後でたっぷり聞くよ。カトウさんだっけ、私はクレア。異世界課所属の一等外交官だ。以後よろしく」

 向こうからしたらこっちが異世界ということなのだろう。

「ウチの妹が大変ご迷惑をおかけしました。さ、帰るぞ」

 ミーシャはちらりと俺に助けの目を向ける。

 はあ、仕方ないな。

「一応聞いてみません」

「ん?」

「いえ、こっちもね、理由も聞かずに帰すと上が五月蝿うるさいので」

「ふむ。仕方ないね。ミーシャ、理由は?」

「……つまんないから」

「ん?」

 クレアはそんな理由かと眉をひそめる。

「だってこっちの世界のこと色々知りたいのに旅館に泊まって私の世界にもあるような寺や神社を回るのよ。あと景色とかそんなのばっか。それ以外だって安全性だのなんだので許可は必要だし。言われたことしかできないし。つまんないわよ。テーマパークとかカラオケとかボーリングとかライブとか行きたいの!」

 ミーシャは一気に捲し立てた。

「修学旅行とはそんなものだろう」

「せっかく来たのにつまんない!」

 と、さらにミーシャは苛立って地団駄を踏む。

「あのなミーシャ、色んな国の奴がお前達を狙っているんだ。さっきだって狙われただろ?」

「知ってるんですか?」

「ここ周辺に使い魔を放っていてね」

 と言ってクレアは肩を竦める。

「分かったかい。お忍びで修学旅行するのも大変なんだよ」

「ううー」

 まだ納得いっていないのかミーシャは唇を尖らせる。

「今度は学校とか関係なく普通に旅行で来いよ」

「簡単に言わないでよ」

「成績が良ければ留学も出来るかもしれないぞ」

 とクレアが言う。

「本当!?」

 ミーシャはクレア、リリーヤの顔を伺う。

「お利口ならな」

 とリリーヤは溜め息混じりに言う。

「がんばるよ!」

 そしてミーシャは俺に向けピースサインを作り、

「カトウ、やったよ!」

 と笑顔で言う。

 俺は内心、留学となると寄宿先や地域の安全性、緊急時の連絡と対応とやらで申請しても時間がかかるのだろうと考えた。

 それを知らぬミーシャは嬉しさでぴょんぴょん跳ねている。

「ほら帰るよ」

 リリーヤがミーシャを落ち着かせようとする。

「うん。で、ゲートどこ?」

「こっちだ」

 とクレアが球場へと移動。それに二人は続く。ここでさよならしても良かったが一応最後まで見届けようと俺も球場に向かう。

 そして球場の真ん中でクレアが魔法でゲートを作る。ゲートというか魔法陣だな、これは。

 三人が魔法陣に乗ると魔法陣は強く発光し始める。

「じゃあね」

 ミーシャが俺に手を振る。

「またな」

 お別れの言葉を言った後、光は強くなり三人の体を覆う。

 そして光が消えると三人の姿も消えていた。

 残されたのは俺だけ。球場でポツンと一人。

 どうしてか恥ずかしさと虚しさが去来する。

 帰ろう。そして寝よう。

 直帰扱いなので支部への連絡はしないでいいだろう。

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