第7話 がんばれ妹ちゃん

 兄はそのあとしばらく無言でした。

 時折、襲い掛かってくるモンスターを軽くあしらうと、どんどん奥へと進んでいきます。


 かつては数万という兵士の視線が注がれていた彼の背中も、いまではわたしひとりが見つめています。

 兄を独り占めしているという優越感と、人類の希望を野放しにしている罪悪感とで、わたしの胸の裡は、彼に再会するまえよりもずっとずっと複雑でした。


「ここだな」


 それは巨大な空洞のようでした。

 わたしが蹴飛ばした小石の反響音が、深い闇に呑まれていきます。

 松明の光さえ、奥までは届きません。

 その代わりと言ってはおかしいですが、嫌な予感だけは高まっていきます。


 法衣の下をまさぐられる不快さ。ぬめっとした気色悪い感覚。ピリリと肌を差すような痛みを思い返すだけで、背筋がゾゾゾっとします。

 うーやだやだ。


 兄はここまでの道中で一度として降ろすことのなかったリュックを地面へと置きました。

 おそらく余分な装備を背負った状態で戦えるような相手ではないのでしょう。

 でも手にはやっぱりホットサンドメーカーです。

 だ、大丈夫ですよね?


「妹よ。俺はこういう生き方しか出来ない。いまはただ魔王すら勝ち目がないと言われる凶悪なモンスターを地道に倒すことが、唯一俺に残された使命だと思っている。そんな兄を許してくれるだろうか」


「兄さん――」


 やっぱりうちの兄は最高でした。

 惚れるわ、こんなもん!

 血縁が、血縁がこんなにも煩わしいと感じるなんて!


「だからすまん……」


「え?」


 兄はわたしの法衣の胸倉をむんずと掴むと、魔王すら勝てないとうたわれる凶悪なモンスターの巣に投げ込んだのです。


 そしてわたしの身体は、忌々しいあの気色悪い感覚を思い出しておりました。

 そうです。触手です。


「こ、このバカ兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 巨大な洞穴を埋め尽くすほどの触手の群れが、兄の投げ込んだ大量の松明に照らされて浮かび上がって参りました。

 あまりの気持ちの悪さに気を失いそうになりましたが、兄への怒りのおかげでなんとか持ちこたえることが出来ました。

 あの野郎、あとで絶対に殴ります。


「妹よ! きょうイチのいい画が撮れている! これから俺たちは『血のつながってない兄妹がダンジョン潜ってみた』の動画で、配信業界のテッペンを獲るんだ!」


「血のつながってないって……えええええええええええええええええええええええええええ!」


「あ、言ってなかったっけ?」


「聞いてないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 これもまた異界では鉄板のネタだそうです。

 兄も大概、毒されてしまっておりますが、このあと物凄い剣技で凶悪なモンスターを切り刻んでしまいました。

 でもそれはまた別の機会にお話します。


 なんでだって?


 だってもう撮れ高が十分なんだもん。


 あ、触手がなんか変なところに!


「気持ち悪い……」


 これもまた異界で有名なって……何だかんだでわたしも相当『文明汚染』されてます。

 わたしたちの世界はこれから一体どうなるんだか――。



【ホットサンドメーカー・イン・ダンジョン/終劇】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホットサンドメーカー・イン・ダンジョン 真野てん @heberex

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ