第6話 兄の真実

 焚き火の後始末を終えたあと、兄はおもむろに数本の松明を辺りにバラまきました。

 真っ暗だった空間が突如して明るくなり、岩肌の凹凸がゆらゆらとした炎に照らされると、まるで幽鬼のような影を落としました。

 それはきっとわたしの不安な心が生み出した、文字通りの幻影です。

 怖くない、怖くない。

 兄さんが一緒。


 一方、その兄ですが、先ほどまで調理器具として使っていたホットサンドメーカーを分割して両手に片方ずつ握ります。

 それは兄が子供の頃からもっとも得意としている双剣の構えです。

 兄さん、いくらなんでもホットサンドメーカーの『万能』を拡大解釈し過ぎてませんか。


「ふん!」


 兄は突然、何もない壁を手にした双剣――もといホットサンドメーカーで斬りつけました。それは奇しくもわたしが怖がっていた松明の影です。

 しかし次の瞬間、兄の放った斬撃の隙間から、勢いよく黒い液体が噴き出しました。


「ギャアアアアアアアアアアアア」


 モンスターです!

 なんと壁に擬態していた人型のモンスターでした!

 わたしが幽鬼だと思っていた影は、なんのことはない、そのまんまのものでした!


「ぎゃああああああああああああ」


 負けじとわたしも叫びます。

 怖い!

 正体が分かったからって怖いもんは怖いのです!


「妹よ! ホーリーライトは使えるかな?」


「つ、使えますっ」


 ホーリーライトは神官見習いがまず最初に覚えるおまじないです。

 神の癒しが宿った光を強い信仰心によって生み出します。

 わたしは兄の期待に応えるため、愛用の杖の先端にホーリーライトを灯しました。


「主よ、子らに光をあたえたまへ。我らがまえの穢れを祓いたまへ……」


 神の奇跡を行使している間は、祈りを続けなければいけません。

 兄はそのことを知っているので、あえて何も言わず、聖なる光で弱体化した人型のモンスターが壁から剥がれ落ちてくるのを待っていました。


 出るわ、出るわ。

 十体、いえ二十体でも利かないくらいの数です。


 しかしその数を物ともせず、兄は両手に構えたホットサンドメーカーで、次々に敵を倒していきました。


「もういいよ」


 そう言われたのがお祈りをはじめてから数分が経った頃です。

 久しぶりに真剣に祈ったせいか、わたしはホーリーライトを解除した瞬間に、ひざから崩れ落ちていました。

 いや普段怠けているとかじゃなくて、命が掛かったお祈りなんて初体験なんですもの!


「さすがは我が妹だ。いいアシストだったよ」


 兄は分割して使っていたホットサンドメーカーを再びひとつの調理器具に戻すと、あの屈託のない表情を浮かべます。


 良かった――。

 やっぱりこのひとはわたしの大好きな兄さんだ。


「こいつらはワイトの一種だね。もともとはダンジョン探索をしていた冒険者たちさ。何らかの理由で命を失って、その亡骸に幽閉されている魔族たちの邪悪な念が入り込む」


「だからホーリーライトが効いたんだ……」


 松明の灯りに照らされるのは、床一面に横たわるモンスターの死骸。

 だけれどその姿はどう見てもやはり――人間なわけで。


 そんなわたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、兄はそっとあたしの頭を撫でてくれました。

 温かい。

 優しい。

 こんなひとが本当に人類の一大事を、異界からの冒険者たちだけに丸投げするだろうか。


 もしかするとこのダンジョン攻略さえも、ほかの誰かでは成し得ないことへと挑戦、来るべき人類同士の戦いにおいて、魔王すら手懐けられない凶悪なモンスターが兵器として使用されないように、先んじて倒しておこうという腹積もりなのではないかと思ってしまうのです。

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