第5話



「地形が変わったな」

 フェリオの問にハスラムは他人ごとのように呟く。

「はぁ……、そんな問題では」

 あまりの事態の変化に対応できなかったリードは泡を吹いて気絶していた。

「危険な物が多過ぎたようだ」

 言い訳のような説明が始まった。

「術を発動したぐらいで、ここまでの被害が出るなんてそうそうないからな。薬品やできた魔法アイテムの中には爆破系の物が多くあったかもな」

 現場を思い出しているようだった。

「はぁ」

 爆破系の物にちょっかいをかけたのは、あなたたちの普通ではない威力の魔術では? こう突っ込みたいが我慢した。

「そうだよ。爆発系の薬品やアレンジした呪文に錬金術師もいた」

 錬金術師、金を作るためにあらゆる物質を組み合わせ実験する。

 時には素晴らしい発明もあるが、不気味なものもある。

 そんな怪しいとされる職業の者が、危険な物を作る魔術師と組んでいたのだ。

 安直だが、危険で厄介な物が多々あってもおかしくない屋敷という見解になる。

 ハスラムが判断したのなら、それが通るだろう。

 一緒に来ていた討伐隊の面々も動く焼き物兵士や作られていた魔法アイテムを見ている。

「そうですけど……」

 ハスラムの意図していることは分かっていた。

 うやむやにしなければマズい事態なのだ。

「屋敷が姿を消してしまいましたよ。跡形もなく」

 煙が無くなり見えるのは大穴だけだ。オリビエではないが底がどこだろうという。

「屋敷は、危険物が多ければ消去してもいいと指示されていたから」

 少なければ持ち帰ればいいが、量が半端なく、市中に万が一でも出回れば混乱を招く物が多ければ建物ごと消すことを魔導協会はよくしていた。

 封印の呪文をするか破壊かはその時のリーダーの判断で。

「はぁぁ」

 確かにヤバいところだった。けどやりすぎではと言いたいが、真実を明らかにすることは自分たちにとってマズいのだ。

 ちょっとやり過ぎただけ。そう考えよう。でなければ、どんな罰が下るか分からない。

 ある意味正当防衛なんだと。

「本当に危険な場所だった。さあ、帰ろうか。今からなら陽が落ちるまでに村に着くだろう。寒くならない前にね」

「あのー、寒くなるって、オリビエが風邪をひくからですか? それもそうですがその、魔術書の方はどうしましょう?」

 これだけははっきりさせておかなければ魔導協会から説明を求められた時に困る。

「あの、ハスラムさん」

 こうしていても目はいつの間にか寝てるるオリビエを愛しそうに見ているだけ。

 ああ、オリビエさえ無事ならそれだけでいいんだ、この人は。

 疲れを感じる。

 オリビエ抜きの時とのギャップがすごい。

 いつもは視野が広くって、優しくって、冷静で正義感あふれている。

 あの魔術国家と言われるセルン王国の宮廷魔術師のトップであり国王の腹心。魔導協会からは、術、人格ともに優れていると賢者にと推薦されている人なのだ。

 かなり慣れてきてはいるが、やはり困惑しかない。

「そんな悲壮な顔をしなくてもいいよ。魔術書ならリードが懐に入れて持っているから」  

 さらりと答えられる。

「持っている?」

 一瞬言葉が止まる。

「知ってらしたんですか?」

 それならどうしてもっと早くに言ってくれなかったんだ。

 こんな目に遭わなくてすんだのにと目が訴えてしまう。

「いや、捕まえた時にフェリオがリードを担いで部屋を移動しただろう。その時に懐辺りからちらっと見えたんだ。仕事もまっとうできてよかった」

 ハスラムは、地面に寝かされてまだ気が付かないリードの胸元を開き、魔術書を引っ張り出した。

 最悪、燃やして消滅させてもいいと指示を受けていたとも付け加えた。

「ははは、そうですか。で、オリビエはどうします?」

 調子はガタ狂い。心身ともにどっと疲れたフェリオは、投げやりな口調となる。

 そんな時、オリビエの甘えた声がした。

「ハシュ! お家に帰ろう」

「ああ」

 腕の中で寝ていたオリビエが目を覚ましたのだった。

 それに応える声に表情、女性がいれば卒倒物の色気というか甘いものがあった。

 男のフェリオでさえも顔が赤くなってしまう。

「魔導協会に帰ったら、元に戻れる薬を作るよ。いくらなんでも街中で見境なしに術を使われたら困るから」

 自分で作れなければ、リードを締め上げて作り方を聞けばいい。

「ですね」

 元に戻す。これに関してはすごく消極的に感じたが、フェリオを落ち着かせることを答えてくれた。

「じゃあ、早い方がいいですよ。オレ、リードを担ぎますから」

 まだ目が覚めないようだ。ショックが相当なのだろう。

 フェリオはその原因を見る。

 瓦礫も残らずただ大穴が空いている屋敷跡。

 野望を抱き、大金、知識に時間とあらゆるものをつぎ込んでいたことが、一瞬で無に帰したのだ。

 悪人だがかわいそうかもと思うフェリオだった。



 その帰り道、フェリオは腕の中ではしゃぎ、じゃれているオリビエを幸せそうな顔をして見ているハスラムにこんな疑問がわく。

 もしオリビエが、ハスラムさんの使った術を覚えなかったら、素直に元に戻すことをしただろうか? と。

 いずれはそうするだろうけど。

 ハスラムのオリビエに対する気持ちを考えると、子供の姿であれオリビエが自分を避けずに甘えてくれている方がいいと思うのは、分からなくはない。

 が、どこか寂しい。

 早くオリビエが恋愛感覚というか、素直な自分を認められるように心が成長してほしい。

 二人ともこじれた初恋が続いているのだ。

 これでは自分が一目置いている人が、ロリコンと呼ばれても仕方ない状態であるからだった。

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ハスラムのささやかな幸せ 天野久美 @ryo63

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