夏と雨とイタリアン

赤城ハル

第1話

 季節で何が好きかと問われると正直困る。

 夏は暑いし、冬は寒い。そして春と秋はその日の気温によって厚着か薄着かを決めなくてはいけない。

 そして今日は8月8日。夏真っ只中の半袖シーズン。

 でも不思議と今日は涼しい。

 ここ最近、雨続きだったせいか? 

 それとも前線がまだ日本を過ぎていないせいか?

 まあどっちでも良い。エアコンを点けずゴロゴロできる。

 今日は良い夏の日だ。

 このまま今日はゴロゴロしておこう。

 しかし、そこへ邪魔するかのようにスマホから通話音が鳴る。

 もう、一体誰なのさ?

 スマホを嫌々取って画面を見る。

 すると相手は私が働く会社の一つ下の後輩、橋口君だった。

 留守にしようかな。……ん? いや待てよ。今日は佳苗とデートだったはず?

 ならどうして彼から?

「あー、もしもーし?」

 不思議に思って私は通話に出た。

『あ、宮下さん? こんにちは?』

「はい、こんにちはー。 何か用? 佳苗とデート中でしょ?」

『実は彼女、急に予定が入っちゃって来れなくなったんですよ』

「へー」

『お昼はイタリア料理のお店を予約してたんですけど……彼女来れないって言うんで……それで宮下さん、代わりにどうですか?』

「…………馬鹿なの? なーんで代わりに私を呼ぶわけ? 失礼じゃない? 切るよ?」

『ま、ま、待って! 待って下さい! 話を聞いて下さい! お願いします!』

 橋口君は切羽詰まって言う。

「はあ? 何よ?」

 一応聞いてやることにする。

『俺、今までそのイタリア料理店に二度予約して二度キャンセルしてるんです。もし今日もキャンセルしたら出禁ですよ。だから、今日は彼女が来なくても行こうとしてるんですけど一人だとちょっと……そのう……ね?』

「はいはい、恥ずかしくて行けないと? てか二度も佳苗にすっぽかされたの?」

『違いますよ。佳苗さん今日が初デートです』

 なるほどこいつは色んな女とのデートの度にそのイタリア料理店を予約してたと。

「お気に入りなの?」

『はい。すごく美味しくて、しかもお手頃なんです』

「まず佳苗に連絡取ってみるよ。それでオッケーがでたら行くよ」

『連絡しないで下さいよ』

「馬鹿か。断りもなしにアンタと飯食ったのがバレると面倒なことになるでしょ?」

 もしうちの社の誰かにでも見られたらどうなるか。勿論、佳苗の耳に入り、そして──。

 おお、怖っ。想像するだけで恐ろしい。

『なります?』

「なるわ! 想像しろ! とにかく佳苗に聞いてみるから」

 と言って私は通話を切った。

 そして佳苗に連絡を取る。

 けれど電話は繋がらなかった。

 仕方ないのでメッセージを送った。

 返事を待つ間、私は外出着に着替えることにした。まあ、佳苗なら問題ないと言ってくれると考えたからだ。

 ちなみ服はデート用ではなく、ただの外出着。スーパーで買い物に行く時の。

 そして着替えを終えて、スマホ画面を見ると佳苗からの返事が届いていた。

『ハイエナすっか(笑)?』

 イラッとした私はすぐに返事を送る。

『ざけんな。予約したイタリア料理がもったいないから、こっちに連絡が来たんだよ!』

『そーですか。どうぞどうぞ』

 なんだこいつ? 橋口君とのデート、あまり乗り気ではなかったとか?

 だとしたらデートを受けるなよ。橋口君もかわいそうに。

 断りも得たし、イタリア料理でも食うか。

 私は橋口君に連絡を入れる。

「佳苗がオッケーだって」

『そうですか。では吉祥寺駅の改札口で待ってます』

「あいあーい」

 私はバッグを持ち、外に出る。

 空は白く、曇り空。

 念のために折り畳みの傘をバッグに入れた。

 それと一応、冷えそうだし何か羽織ろうかな?


  ◯ ◯ ◯


 吉祥寺駅に着くと改札口で橋口君が手を上げて、

「宮下さーん、こっちでーす」

「声デカ過ぎ」

「そーすか? いやあ、俺だと分かりにくいかなと思って」

「はあ? 何でだよ?」

「ほら今日の俺、決まってるっしょ?」

 まあ確かに普段とは違い髪を遊ばせたり、服も少し若者向けだけど、きちんとシックになってるけどさ。

「いや橋口君は橋口君でしょ?」

「なんすかそれー? てか、宮下さん全然オシャレじゃないー」

 橋口君は私の服を見て、不服そうに言う。

「これ外出着だから。デート服じゃないから」

 今の私は白シャツにミニGジャン、下はピンクストライプのロングスカート姿。

 本当はミニのGジャンは着る予定はなかったけど曇り空だったから少し何か羽織っておこうと思ってチョイスした。

 もし暑くなったら脱いでバッグに入れればいいし。

「さ、イタリアンに行きましょう」


  ◯ ◯ ◯


「ねえ吉祥寺から離れてない? どんどん人通りの少ない道になってるけど」

「大丈夫です。もうすぐですよ。隠れた名店ですから楽しみしてください」

 なんか不安しかないんだけど。

不味まずかったら許さないからね」

「こわーい」

 と言いつつも橋口君は笑う。

 そして私達はイタリア料理店に着いた。

「ここですよ」

「…………」

 店名の看板を見て私は、

「おい! フランス語やぞ」

「宮下さん、フランス語わかるんですか?」

 橋口君は驚く。しかし、驚くのはそこではないだろ!

「わかるよ。で? イタリアンは?」

「まあまあ、中に入ればわかりますよ」

 と言ってレディーファーストもなしに橋口君はドアを開けて中に入る。

「…………」

 仕方ない。騙されたと思って入るか。私は諦め気味にお店に入った。


  ◯ ◯ ◯


 ところがどっこいだ。

 料理は確かに美味しかった。

 正直また来たいとさえ思う。

 ただメニュー表を見ると全部がイタリア料理ではなかった。ところどころフランスやハワイ、ロシア料理があった。だが美味しいからどの国の料理だろうがどうでも良いだろう。

 私が注文したのはラザニアとカチャトーラ。

 橋口君はボロネーゼのパスタとSサイズのピッツァ。……別に悪いわけではないが、なぜそのチョイスなのか?

「もしかしてどれがイタリア料理かわからなかった?」

「失礼な。それくらいわかりますよ」

 と言って橋口君はピッツァを食べる。

「自分だってデートの時はタリアータとワインを嗜みます」

 なるほど今はデートでないから見栄を張らないのか。

「この後、どうする? 佳苗とどこへ行く気だったの?」

「映画ですね」

 無難ね。

「それじゃあ映画でも観に行こうか」

「え? 行くんですか? 恋愛映画ですよ?」

「何よ。私だって恋愛映画観るわよ」

 失礼しちゃうわ。

「そうなんですか? 宮下さんってミステリー系やクライムサスペンス系が好きって聞きましたけど」

「なんで血みどろなものが好きなのよ?」

 とは言っても別に嫌いではないが。一応好きだよミステリー。

「だってこの前の酒の席で人が死なないミステリーなんてクソつまんないって豪語してたじゃないですか」

「ミステリーの話よ」

「だからミステリー好きなのかなって?」

「なんでやねん」

 安直過ぎだろ。

「恋愛もミステリーもホラーも好きよ私」

「そうですか。ではこの後、映画館に行きましょう」

「ええ。……で? 何てタイトル?」

「ええと『ラブリーポリス、タイムスリップして江戸時代に』です」

「……それコメディーだったような」

「え? でも上様との身分違いの恋愛だって」

「まあ、恋愛沙汰もあるけど基本コメディーでしょ。主役もデブの女芸人だし。ええと、佳苗は知ってたの? ……その、何の映画を観るのか」

「知ってますよ。観たいって言ってたので誘ったんです」

 あーなるほどね。

 読めたわ。うん、読めた。

 きっと佳苗は観たいと言ってしまった手前、断りづらくてデートをオッケーしてしまったんだ。

 そして当日にキャンセル。

 てか、もっと前にキャンセルしろよ。

「宮下さん、どうしたんです?」

「ん? なんでもない」


  ◯ ◯ ◯


 イタリア料理店を後にすると外は雨が降っていた。アスファルトが雨に濡れて艶々。

「うわっ、どうします?」

「私、傘持ってきてる」

 私はバッグから折り畳み傘を取り出す。

「相合い傘ですね」

 橋口君が開いた傘の柄を持って言う。

「黙りなさい」

 つい反射的に汚い言葉で罵ってしまった。

 そして二人に入るには折り畳み傘はかなり窮屈だった。

「コンビニ寄るよ」

「このまま映画館まで行きましょうよ」

「嫌」

 私だって吉祥寺に来たことあるし映画館にも行ったことある。だからここから遠いというのを知っている。ここに来るまでコンビニを見かけた。そこでビニール傘を買って映画館へ向かおう。

「夏は嫌ですね」

 橋口君はぽつりと呟く。

「へ?」

 つい私は反応してしまった。

「だって梅雨があるんですから」

「梅雨は過ぎてるよ」

「……台風がいっぱい来るんですもん」

「これは台風とは関係ないからね」

「宮下さんって気象予報士?」

「ちげーし」

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夏と雨とイタリアン 赤城ハル @akagi-haru

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