第29話 平穏のために
「俺たち勝っていたんだろう。なんで負けた事になるんだ」
和議の内容を聞いた力寿丸が少し不満そうに言った。
「此方から和議を求めたのです。そして平和になりました。事実上の勝ちです」
「でも連中が餓えて死ぬまで戦ってやっても良かったんじゃねえのか? 最後には俺たちが勝つし」
「追い詰められた軍勢は死に物狂いで戦ってきます。勝てるでしょうが、味方の損害も大きくなるでしょう」
「だけど勝てたのに勝ちを譲るなんて」
「今回の軍勢には勝てました。しかし、次の軍勢に勝てますか?」
「む……」
呉羽に尋ねられて力寿丸は黙り込んだ。
土倉山と街道の陣地は、維持できているからかなり戦える。
しかし、何度も攻撃されると、いずれ抜かれる可能性が高い。
科野の国侵入を許した後も、水無瀬に籠もればかなりの期間を戦える。
だが、やはり抜かれてしまうだろう。
一万人もの軍勢を動員できる朝廷は恐ろしい相手であり、一人一人は強くても数に劣る力寿丸達は最初は勝ててもやがて負けてしまう。
そうなったらお終いだ。
「だから、朝廷に負けて、従ったように見せる必要があったのです。朝廷に従ったのですから、攻められる理由は無くなります」
「連中が約束を破って攻めてきたらどうするんだ?」
「その時は朝廷の権威が失われます。約束を守らず、配下の領土を奪っていく存在であると」
朝廷、帝は大勢の豪族の中の第一人者に過ぎない。
中央集権体制を目指しているが、まだまだ支配するには豪族の力が必要となっている。
もし従わせた相手を騙し討ちするような事があれば、次は我が身と豪族達が同盟を組んで反乱を起こす可能性もある。
「私たちを認めなければ反乱を招きますので、手出しできません」
また、朝廷の力の源である軍事力、一万もの兵士を失えば豪族に対する切り札も失ってしまう。
結局、臣従した体面を作り上げ、科野の国を呉羽達が統治することを認めるしか無かった。
「しかし、食事を与えて、土産まで渡すなんてやり過ぎじゃ無いのか?」
「科野の国の産物を紹介するためです。科野の国の品物が良いことを知れば多くの人が買いに来るでしょう。国が豊かになります」
いくら物が採れても買ってくれる人がいなければ、宝の持ち腐れである。
科野の国で手に入らない物を手に入れ国を豊かにするためには産物を売り込む必要があった。
そこで、科野の国の産物を土産として持たせることにしたのだ。
その科を素晴らしいと感じた人々は科野の国にやってくるだろう。
「色々と考えているんだな」
「ええ、力寿丸と一緒に暮らしたいから」
不意打ち気味な呉羽の言葉に陸寿丸は顔を赤くした。
「さあ、あたし達の都に戻りましょう」
朝廷軍が帰って行くと呉羽と力寿丸は自分たちの作った都に戻っていった。
貴女伝説 呉羽 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます