『悪役』『魔女』&妖精ストレンジのifストーリー

家宇治 克

ナディアキスタとサモン

 全てが新しくなった生活を送るのは、とても楽しい。

 私は書斎で、領地の事務仕事をしながら、それを噛み締めている。


 騎士としての仕事も充実し、モーリスやナディアキスタの手を借りて、丁寧に整えた領地も潤いが出てきた。最近は領民との関係も良くなりつつある。

 モーリスには何度か「きちんとお休みを」と怒られたが、以前よりもゆっくりと休む時間は取れるようになった。


 ケイト・オルスロット。二十一歳にしてようやく手に入れた幸せは、本当に手にしていいのか不安になるくらい。何だか申し訳なくなる。


 だがこれを、ナディアキスタに言えば、「この程度で」とか「だからお前は【自死の剣】なんだ」とかこの世の語彙全てを使った皮肉と、文句と、罵詈雑言が飛んでくる。


 ──私も負けないくらい返すが。


 時計を確認し、席を立つ。

 出掛ける準備をすれば、モーリスが「魔女の森へ?」と聞きながら、桃の入ったバスケットを手にしている。

 知らん振りをする割りに、人の行動を先読みする癖は直らなさそうだ。


「ああ、十八時までには帰る」

「かしこまりました。夕食は夜七時を予定しております。ご希望は?」

「そうだな……」



「魔物以外でお願いします」

「騎士の国では食べない約束だろ。ちゃんと守ってるってば」



 モーリスの意味深な笑顔をかわし、私は屋敷を出る。

 まだ春なのに、風が暖かかった。


 ***


 魔女の森に着くと、オルテッドが畑仕事をしていた。

 私が声をかけると、首にかけたタオルで顔を拭きながら、手を振った。


「オルテッド。これ、領地の桃だ。食べれたと記憶してるが」

「ああ、ありがとう。嬉しいなぁ。ケイトの領地の桃は人気だから、国に行っても中々手に入らなくて」

「今は貿易に力を入れているから、国内の流通を押さえてるんだ。言ってくれたら、届けに来るよ」


 オルテッドはニコニコしながら、「そのまま食べて良し、料理にして良し」と、使い道に思いをせる。

 私はオルテッドの嬉しそうな表情につられて、笑顔になった。


「あぁ、そうだ。ナディアキスタはどこだ? ナディアキスタにも話があるんだ」

「兄さんか? 今は俺の家にいるが。……ちょっと取り込み中でな」


 オルテッドは困ったように笑う。が、オルテッドの家から食器の割れる音がして、私はため息をついた。


「また癇癪かんしゃくか? オルテッドも大変だな」

「慣れれば何ともないぞ。赤ちゃんと一緒だ」

「事実だから否定はしない。けど、ナディアキスタを赤ちゃん呼ばわりして怒られないのか?」

「怒られるとも。でも、事実だからな」


 二人でくすくす笑って、私はオルテッドの家に向かった。

 一応ノックして、ドアを開ける。


「おいナディアキスタ。オルテッドの家だろ。物壊すのは止めとけ。そんなんだから、お前は精神年齢が赤ちゃんなんだよ。ジジイのくせに」


 リビングの方を見ると、ナディアキスタと白髪の男が睨み合っている。

 割れた食器は床に散らばり、一歩でも動けば足を怪我するだろう。


「ケイト、席を外せ! 俺様は忙しいんだ!」

「構わないよ。私はもう帰るからね。邪魔してすまないねぇ。ゆっくりしておくれ」

「おい! 話はまだ終わってないぞ!」


 フード付きのローブと羊飼いのような格好に、少しだけ違和感を覚える。雪のように真っ白な髪に、桃色の瞳がとても綺麗な男は、私に柔らかく微笑むと家を出ようとする。


 ナディアキスタはガラスの棒でテーブルを叩き、「戸締りしろ」と家に命じる。

 すると、勝手にドアが閉まり、家中の鍵が施錠される。


 白髪の男は深いため息をつき、ナディアキスタを冷たい目で見やる。


「あのさぁ、すぐ怒る性格なんで治ってないの? いつもいつも怒ってばっかりだよねぇ。飽きない? 疲れない?」

「好きで怒ってるわけがあるか! 大馬鹿者!」

「すぐ大声出すんじゃないよ。間抜け」

「兄に向かって間抜けとはなんだ!」


 私は二人に困惑していた。

 というより、ナディアキスタに強く反発する弟を見たことがなかったから、新鮮なのとどう介入すべきかで感情がごちゃ混ぜになって、頭が痛い。


「ナディアキスタ、何があったか知らんが、とりあえず謝っとけ」

「ケイト! 俺様を何だと思ってるんだ! 俺様は偉大で高貴な魔女だぞ! 敬意を払えとあれだけ言ったのに、学習能力が鶏以下か!」


「兄さんが言うの?」

「私も同意見だ」

「お前ら本当にカエルに変えて、余すとこなく薬の材料にしてやろうか!」


 ***


 ぷりぷり怒って、手をつけられなくなったナディアキスタをどうにかなだめ、ナディアキスタと男は『精霊遊戯』で遊び始める。


「こいつは弟のサモンだ」


 ナディアキスタはぶっきらぼうに男を紹介する。まだ怒っているのか、さっきから駒の動きが荒々しい。

 私は特に何も言わずに「あっそ」と返した。


「私はケイト・オルスロットだ。騎士団の副団長を務めている」

「そうかい。悪いがね、私は『よろしく』なんて言うつもりは無いよ」


 くすくすと笑いながら言うサモンの態度に、私はぎょっとする。柔らかい笑みで、人懐こそうな男の口から出るセリフじゃない。チラとナディアキスタに視線を投げかけると、彼は咳払いをする。


「サモンは人間嫌いだ。人間に捨てられたからな」

「好きになる理由も無いし、興味を持つことも無い。まぁ、名前は覚えておこう。兄さんが森に入れるってことは、そういう事だろうから」


 サモンは駒を進める。


「さて、さそりが動いた。破滅に出るか、再生と出るか」

「お前はこの『精霊遊戯ゲーム』が苦手だっただろう。上手くなったな」

「不本意だけどね。職場で占いに触れる機会があって、少しばかりかじってみたのさ」

「ふん。かじった程度の腕で、俺様を出し抜けると思うなよ。そら、【ほつれゆく織物】だ。物事が上手くいかなくなる星巡り」

「本当に、めちゃくちゃな占いで良く当たるもんだ。師匠の顔が見てみたいよ」


 サモンはため息をつきながら駒を進める。

 ナディアキスタは何故かじっと私を見つめた。


「サモン。なんかお前、ケイトに似てるな」

「何だい? 新手の嫌味? 昔に比べて、罵詈雑言が丸くなったんじゃない? ついに生まれ変わったの? おめでとう」


 サモンは黙々と星を読み、ナディアキスタは歯ぎしりをする。

 まるでナディアキスタが二人いるかのような錯覚に、私の頭痛は増していく。


「すごいマイルドなナディアキスタと、通常のナディアキスタって感じがする。お前ら本当に兄弟なんだな」



「「全然似てない」」



 ──スパッと切り捨てるところもそっくり。

 ナディアキスタが『平和』の一手を置き、ようやくゲームは終わる。

 サモンは最初から興味が無かったかのように、くぁ、と欠伸をした。


「さて、兄さんの相手も終わったし、私は学園に戻るよ」

「ん。貴殿、学生なのか?」

「いいや。私は教員だ。隣の大陸で、妖精学を担当している」


 最近『魔女歴史』を教えているナディアキスタと同じ、教職員だったのか。

 見た目が若いから、つい大学生かと思ってしまう。ナディアキスタが「童顔だからな」と言うと、サモンはにっこりと笑った。


「見た目も、性格も、精神も子供の兄さんに言われるとは思わなかったなぁ。あ〜あ、悲しい」

「嘘つけぇ! 思ってること全部言いやがって! 少しくらい兄に敬意を払え!」

「お断りしよう。兄さんがうちの学園で非常勤講師をするというのなら、少しは兄扱いしてもいいかねぇ」

「お断りだ! 魔女のまじないは授業では扱わん!」

「私に教えてくれたら、私が教鞭を執れるのだけど」

「何度も言うが、魔女のまじないは危険だ。魔女から弟子に受け継がれる力だ。そして俺様は、正式に言えば魔女ではない。よって、お前には絶対教えん」

「ケチ」


 サモンは頬を膨らませてみせるが、ナディアキスタは「駄目なものは駄目だ」と一蹴する。


 サモンはほぼ木の枝のような杖を出すと、「片付けくらいはしていくよ」とテーブルを叩く。

 魔女の呪いが発動し、割れた食器や、出した碁盤がひとりでに片付けられていく。


「魔法使いなのか!」

「そうだ。俺様の弟の中で、唯一魔法使いになった」

「本当は魔女になりたかったんだけどねぇ」

「弟を修行で殺すつもりは無い」

「……はいはい。じゃあ、またいつか。えぇと、誰だったっけ? 兄さんのことよろしく」


 サモンはプンスカ怒るナディアキスタを、まさに風のように受け流して家を出ていく。

 私はすっかり取り残されて、ナディアキスタのなだめ役に落ち着く。

 あまりの面倒くさい状況に、私はため息をついた。


「弟が懐かなくても構わないだろ。沢山いるんだし、教員やってんなら、もういい歳だ。弟離れしろ」

「はっ! 他人の家庭環境には口を出さないのが吉だぞ。……懐かないから怒ってるんじゃない。信用して貰えないのが悔しいんだ」

「お前に悔しいなんて感情あったのかよ」

「はっ倒すぞクソ騎士侯爵。芋踏んで静かに捻挫しろ」

「お前、ホント悪口の質下がったな。辞典数冊買ってやろうか。内容入りやすいように角で頭殴ってやるよ」


 ナディアキスタはまだ頬を膨らませたまま、オルテッドの水出しコーヒーを勝手に飲む。


「サモンは川に捨てられている所を拾った。残念だがあいつの幼少期は、人間の醜さをたんと見せることばかり起きた。自分がいつかそんな目に遭わないように、誰に対しても一線引いてる。壁を作って覗いてる」

「お前も醜い人間だと?」

「……とても、ものすごく不本意だが、そうだ。魔女とはいえど、所詮しょせんは生身の人間。俺様が弟を裏切ることは無いが、全ての弟を守れるとは言えん」


 ナディアキスタは「だから悔しい」とこぼす。

 サモンは聞かれたことには答えていた。胡散臭いが、笑顔は出来た。

 だが、ナディアキスタに言われたように、聞かれたこと以外には答えない。話さない。

 私の方を見ていながら、視線は決して合わせなかった。


 なるほど、人嫌いは伊達ではない。

 だが、彼の態度には覚えがある。



「長い目で見てやれよ。……私たちと同じだろうが」



 失った令嬢と、奪われた魔女。


 反撃されたくないがために付けられた、剥がせない『悪役』のレッテル。


 相容れない存在とは、距離を置かねば正気を保てない。

 ……そんなものだ。


「お前の弟だろ。お前がちゃんと導けよ。私を連れ出したように、オルテッドやメイヴィスたちを引っ張ったように。……導いてやれ。『星巡り』の魔女」


 安い慰めだな、とナディアキスタは笑う。

 だが、少し落ち着いたようでコップをシンクに置いた。


「まぁ、俺様は慈悲深いからな。そのくらい出来るとも」

「うんうん。その意気だ。それで、国内にもう少し、魔女の森の織物を流通させたいんだが……」

「その件なら先日モーリスとも話をしたぞ」

「あぁ、機織り機の問題だろう? 新しい機織り機が、獣の国で出たんだ。それを森で使うのはどうだろう?」

「電気が森にあると思うか」

「魔法道具の応用で、魔力を動力源とするものもある。ヒイラギから『太陽光発電』の話も聞いた。どちらでもいい。なんなら、改造して……」

「魔力を動力とする方が良さそうだ。魔法道具の応用なら、俺様がい」


 ドアを開けた瞬間、ナディアキスタが忽然と姿を消した。

 下に目線を落とすと、ドアの真下に深い穴があり、その中にナディアキスタが落ちている。

 吸収材に小麦粉が敷かれていて、ナディアキスタは真っ白になって震えていた。


 私は笑いを堪えるのに必死で、ナディアキスタを労ることが出来ない。

 オルテッドが帰ってくると、穴を覗き込んで「おや」と呟く。


「さっきサモンが、ドアの前で杖を振ってたんだが、これかぁ」

「オルテッド……サモンは、サモンはどこだ」

「さっきウキウキで森を出ていったよ。『兄さんの白粉おしろい似合ってるといいなぁ』なんて言ってたけど」


 私は鍛えた腹筋を限界まで使って堪える。


「これじゃあ白粉おしろいじゃなくて揚げる前のコロッケだな。卵とパン粉持ってこようか?」


 ──やっぱりダメだ。


 私は耐えきれず、盛大に吹き出して笑い転げてしまった。

 オルテッドが「魔女のコロッケは美味しくなさそうだな」と笑うから、よりツボに入ってしまう。



 ナディアキスタの怒鳴り声が、森中に響いた。

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