第23話 エピローグ
挙式から一ヶ月くらいは、そうでなくてもそうしてたと言われると当たってるけど、ハネムーンと称して、浮遊城であちこちの観光地を渡り歩いたりしていた。
そんなある夜。昼間はマクリーニャの縁戚というか獣人としてルーツとなる国を訪問して、かなりの歓迎具合に疲れ果てて先に寝てもらったので、一人でベランダから夜空を見渡してたら、側にじいさん神様が現れてた。
「抜け出してきたんですか?」
「・・・息抜きをさせてもらいに外に出してもらったんじゃよ。お主とも話をせんといけなかったしの」
「まぁ、そですね」
とりあえずその場に椅子を二脚とローテーブル、小さめの冷蔵庫をインベントリーから取り出した。中身は元の世界の無事だった飲み物とかを適当に入れてあった。
自分は缶コーヒー、じいさん神様はペットボトルのお茶を選んだ。腰を椅子に落ち着け、それぞれの飲み物を口に運んだりして、いくばくかの静寂が風と共に流れ去ってから、じいさん神様が言った。
「お主の選択肢としては、あれで良かったのか?」
「あれで何かのペナルティーを課されるとか無ければ、特には」
「じゃが、これでもう以前の様な人類の社会を取り戻すことは不可能になったと言える」
「それはもうあきらめてましたから。例え人間の身体と魂や人間性なんかを取り戻していけたとして、起きたことを無かったことには出来ないし、耐えられる人の方が少なかっただろうし」
「お主も、そんな大勢に関わり合いになりたくはないと?」
「気が向いたら、一部のゾンビは人間に戻せるかどうか試していったりするかも知れませんけどね。全員にとっての大切な誰かは取り戻せないなら、そもそも取り戻そうとしない方がマシなのかなとも思うので」
「そうか。ならば、わしの方からの責めは何も無い。よくぞサクリファを救い出してくれた。感謝しておる」
「いいですよ。本来ならあなた自身がしたかったことを代行させられただけでしょうし、自分がしたかったことも実現できましたしね」
「だとして、これからどうする?」
「さあ。この世界で面白おかしく暮らすも良いし、時々元の世界に戻っていろいろ試してみるのもいいですしね」
「神になる気はないのか?」
「少なくとも、当面は。マクリーニャとは、普通の夫婦として添い遂げたいという気持ちもありますし」
「では、そなたとマクリーニャとその子孫に、地球を任せてみよう。好きに扱ってくれてよい。それなりに丁重に扱ってくれるのであれば、特に口出しはせん」
「そうですか。もしかしたら、陽奈みたく人間性を取り戻せる誰かもいるかも知れませんから、気長に取り組んでいってみますよ」
「サクリファもな。大樹海がほんの一粒の種くらいの大きさになってしまった世界をお主に任せてみたいとか言うておったぞ」
「箱庭みたく最初から世界を育てるの楽しそうでもありますけど、それはまだ後の楽しみに取っておきますよ」
「そうか。では種のまま維持するよう伝えておこう」
「そういえば、ガラティナさんてどうなったんですか?あの時魂リソースを全部使い果たして消滅しちゃったりしたんですか?」
「己を取り戻したサクリファの中で小さくなりはしたが休んでおるよ。元々がサクリファが切り出した分霊の様な存在じゃったからの」
「そうですか。消えてないのなら、良かったです」
またいくばくかの静寂が流れ去ってから、神様は言った。
「いくつかの決定事項を伝えておく。元の世界のお主の身体は、人の身体に戻った。外見とステータスは今の身体と同一。そしてお主とお主の関係者と子孫は、地球で蔓延しとるゾンビ・ウィルスやその変種に罹患することは無い」
「そりゃどうも、って、ほんとはもっとちゃんとお礼言わないといけないかも知れないんですが」
「あの陽奈という娘か」
「自分が人間の身体を取り戻したのなら、彼女も、と言ってくる事は確定してるようなものなので。それは自分のスキルレベルを上げていけば、いずれ実現出来てしまう事でしょうし」
「時は永い。今の相手と添い遂げた後でも良いから、きちんと向き合うのじゃな」
「経験談ですか?」
「秘密じゃ」
まぁ、その後は、元の世界の身体と、異世界の身体を使い分けるかどうかとかを話し合って、じいさん神様はまたサクリファ様に拉致されていった。
それからは、おおむね穏やかな日々が過ぎていった。結婚式から半年とちょっと後にマクリーニャが三人の子供を産んだ。人間の男の子と、獣人の姉妹だ。
男の子の方は、マクリーニャに元の世界の人間の男の子の名前はどんなものがあるのか、何十個か伝えられた中で、レイ、という名前に決まった。漢字なら、零になる。陽奈にはジト目で見られて、ネタバレされてしまった。もちろん、エ○ァの方ではなく、○ンダムの方だ。アム○・サンダだと何かの冗談みたくなっちゃうからね!零は、全ての始まりなんだよと伝えたら気に入ってくれた。ネタバレされた後でも。その後ファーストのBD全巻を観せたのは言うまでもない。
同様に、獣人達の間の名前で縁起が良くて、自分の耳にも響きが良いものを、マクリーニャが選んでくれた候補の中から俺が選んだ。あの双子月の名前で、イアとシア。青い方がイアで平和を、緑の方がシアで繁栄を意味するそうな。
子育てする場は、主に浮遊城が多かったけど、魔族と人類の国境地帯に創られた間の都市三つとその通路、双方の出入り口となる門とその周囲1キロは、勇者領として決まってしまった。魔族の諸部族や人類の諸国で取り扱いが紛糾した結果、魔王と皇帝が主導して、それならばと皆が納得してしまった。
自分は名前だけ貸して、一日も早い自治が確立するようお願いしてるけどね。任せる相手はちゃんと見極めないといけなくて苦労してるけど、マクリーニャや陽奈や、帝国と魔王の宰相二人がなぜかあれこれ助言してくれるので助かってる。お二人曰く、勇者領の安定がそのまま魔族と人類側の安定にも直結してくるからだそうな。
そうそう。間の都市の名前も付けさせられた。東京と中京と西京にしようとしたら陽奈に怒られたので、意味的にはほぼ同じな、イスト、セント、ウーストになった。現地語訳って奴だね。
都市の形もだんだん出来てきてて、人もどんどん集まって、役人もどんどん選ばれて、共通通貨は先行するように魔族領にも人類領にも広まりつつあるそうな。完全に画一された規格と品質というのが、商人達にはクリティカルヒットだったらしい。
そして闘技場の機体を使った競技は半年間のモニターテスト期間を経て、ついに最初の予選が始まる事になった。イスト、セント、ウーストで、魔族と人類それぞれで三人ずつの代表を選ぶ、のだけれど、腕自慢の人達とか、機体での戦いの斬新さに惹かれた人達とかが大挙して押し寄せ、都市のインフラや受付を任せた新人役人さん達が悲鳴を上げたそうな。
定住する訳ではない一時的な来訪者の為に通路の門の外側に宿場街みたいのを急遽創って間に合わせたり、練習用の機体を量産してる内に商工業でも利用したいという要望が多すぎて、勇者領土内でなら稼働できるものを創った。
それでも十分でなかったのか、予選に紛れ込んで出場しようとしてた魔王が自分の城内でも練習できるようにしてくれと泣いて頼んできたり、帝国からも似たような要望は強く強く出ていたので、仕方なくそれぞれのお城の近くに勇者領の大使館といったようなモノをでっちあげて、その敷地内でなら稼働可能とした。持ち出しや分解等しようものなら永遠に取り上げるとも条件つけて呑んでもらった。
グレゴランさん達ドワーフ職人さん達からは、小さな作品達がどうやって動いてるのか根ほり葉ほり聞かれて、神様の奇跡で動いてる代物と伝えるだけだと芸も無いし、自分の工業系知識とこの世界のゴーレム技術を融合したような機械人形を製作し、彼らでも生産可能にした。戦争や紛争への技術転用は禁じた。ドワーフ氏族以外への販売やレンタルなども禁じた。細かなトラブルは起きるかも知れないけれど、対処可能な範囲に収まるだろう。
後日。彼らは、勇者領の大半を占める崖とその下に鉱脈を見つけて、崖の壁面にも都市を築き始める事になるのだけど、さすがにその未来は予測出来なかった。
スキルレベル上げは、いろんな頼まれ事などをこなしてる内にゆるゆると上がり、マクリーニャの出産が済んで、三人の子供が三歳になるまでの間に、ユニークスキル3の生命類創造もスキルレベル50に達して、人体の創造まで可能になってしまった。
最低限の条件は整ったので、それから自分は時折元の世界に戻り、ゾンビになった人々を安全に人間に戻せるかを試し始めた。
身体的に戻す事は、肉体的条件を先に整えておく事であまりハードルは高く無かったのだけど、失われた記憶とか人間性は、恐ろしくハードルが高い事が判明した。
希に人間らしさを取り戻せる人達もいないでも無かったけど、ゾンビだった時の事を鮮明に思い出してしまったり、その人にとって大切な人がどうなってしまったかわからなかったりして、自ら命を断ってしまう事も珍しくなかった。
「私だって、あの時出会ったのが創司じゃなかったら、人間性を取り戻せたかどうかはわからない」
あまりにも低い成功率に挫けそうになった自分を支えてくれたのは、陽奈のそんな言葉だった。
人間の身体を取り戻せた後も、何をするでもなく、ただずっとぼーーっとし続けるだけの人も多く、先行きはかなり怪しかった。人間性を取り戻す事が彼らにとって救いとなるかどうかも、自殺率の高さから微妙なままだった。
子育ての合間にマクリーニャに相談すると、
「想像力が及ぶ限り、何でも創造出来るのがGDプリンターなんですから、対象の人の人間性を取り戻せる何かを創造すれば良いのでは?」
とアドバイスされた。
「でも、それは、もし可能だったとしても、それぞれの人で違ってこない?」
「だから、その人向けの何かを創造出来る何かを創れば良いのでは?」
うちの嫁マジで天才か?と感極まって抱き締めてしまったのは不可避の行動だった。キッチンで調理中だったので、久しぶりに怒られてしまったけど。
人間性復活用デバイス生成装置というまんまなネーミングはその一週間後くらいには出来た。それまでは、百人に一人見つかるかどうかという人間性を取り戻せる割合が、十人に一人見つかるかどうかという割合にまで高まった。今後改良を続ければ、人間性を取り戻せる人の割合も増える筈だと自分を納得させた。
さらに、大学や大学病院といったところの医師といった感じのゾンビを集中的に対象にして、何とか医療従事者や研究者といった人材を得る事に成功した。
そこからは、彼らの助言に従って対象を選んだり、精神的なリハビリ施策を練って実施してもらったりして、段々と、時間をかけ失敗も重ねながら、人間性を取り戻せる人の割合を増やしていった。
そうして最初は十人に満たないくらいのコミュニティーだったのが、百人を越すくらいになってくると、浮遊城内や元の世界に築いたコロニー(宇宙空間じゃないよ)ではなく、望むなら異世界の勇者領にひっそりと転移してもらう事も可能とした。
雰囲気の明るさという意味なら、あちらのが全然上だった。コロニーにも活気が無い訳じゃないんだけど、悲壮さと使命感に溢れているというか・・・。
住民代表というか監督役には、陽奈に就任してもらっていた。俺の秘書長という役職を勝手に創って就任していた。
俺の事は、ウィルス禍で全滅した後の世界を神様から任された特別な人間だという事にして、普段は他の人達の前に出る事はしなかった。
まだゾンビから元に戻すのが手探りだった頃は自分が先頭に立っていたけど、今は手順や道具類が標準化されていって、人間性を取り戻せるかどうかは半々くらいになっていた。
統治機構を将来的にどうするかについては、陽奈ともども悩みもした。まだ十数人とかの頃から、集団の中で上位の位置を占めてグループの方向性とかをコントロールというか自分の望む方向へ誘導しようとした人達も出始めていたし。その全部が全部間違いと言えるほどのモノでもなかった事がまた悩ましかったりしたけど、マクリーニャに言わせれば、
「創司さんが王で、他の皆さんはその民という事で、何を悩む必要があるのでしょう?」
と悩みは共有してもらえなかった。
彼女からすれば、ゾンビから戻してもらうのもその後のリハビリや生活環境なども含めて全て俺に提供されているのに、自治など何を言ってるのか理解できないという事らしい。まぁ、社会がぶっ壊れてしまってるので、農業や医療とかがメインの作業で、その他は一部の人が衣料を作ったりしていたが、たいていは旧文明?というほどでもないけど壊れた社会の遺産ともいうべき生産物を回収してくれば用は済んでしまったしね。
電力?まぁそれは太陽光でもなんでも賄えたから無問題です。全部自然再生エネで賄いつつ、自動車とかもほぼ全部電気自動車で。必要ならバッテリーとかは俺が生産できてしまったし。
さらに二年が経つ頃には、勇者領の崖の壁面を削った空間を走る魔力列車が開通した。最初は魔王領側の壁面を東西に往復するだけの東西線だったんだけど、人類側にも同じのが欲しい!となって、そちらにも急遽作られて、イスト、セント、ウーストもつなげる環状線になった。
元はドワーフ達が鉱物資源の運搬とかに使う為に長大なトロッコみたいのを作ろうとしてたのを、こんなのがあると自分がアイディアを出し、最初は都市間を直線でつなぐモノレールぽいのを創ってあげようとしたんだけど、壁面内を通過しないと不便過ぎるという事で、崖の壁面をくり抜いて線路を引いて設営していく事になり、今では勇者領の観光名物にもなっている。
商人や旅人達からしても、安全で高速な移動手段という事で商業物量にも使わせろと大合唱が起きて、観光資源を活かすという意味でも、今では複線化作業中で、そちらはドワーフの皆さんにお願いしている。途中駅の作成なんかも彼らに任せてるけど、治安面には不安が出ないように配慮はしてあった。
その頃までに元の世界では千人に達していた人類復帰人口は、その後三年で一万人、さらに五年の間に五十万人にまで復していた。世界中に大きめのコロニーが五個で、さらに十年が経過するまでに最低でも十倍から百倍程度まで増えるかも知れないが、そこでいったんゾンビからの復帰事業は打ち止めになる見込みだった。
人間性回復率が五割に達していても、様々な理由で自殺してしまう人はなかなか減らなかったし、未遂で済んだ人の何割かはゾンビ時代の記憶は消したりした上で、異世界で人生をやり直してもらったりとか、後はゾンビの数そのものの数の上限が見えてきたのもあり、ゾンビ禍以前の様な国をそれぞれが再び興すべきかどうか、方向性を定めるべしとなったからだ。
五十万人なら、日本だけでも、地方の中核都市くらいの人口サイズだ。それが十倍から百倍でも、小国から中規模くらいの国で済む。
これまでは、日本を先行ケースとして。そこで一定の方向性と経験と知見を得てから、アメリカやヨーロッパ、中国とインドでコロニーを一つずつ築いていった。
コロニー内の人口が千人を越えてきた頃から自治の範囲を拡大していったけど、各コロニー間の争いは禁じてたし、差別などを理由にしたもめ事にも厳しく対処してたので、治安は守られていたとは思う。
大規模な戦争などを起こさないのであれば、資源の問題などはリセットされたようなものなので、かつての人類の過ちは繰り返さないようにしながら、映画やアニメなどの作品がまた生み出されるよう願うと各コロニーの住民や指導者達には伝えた。
復活途上の全人類の総意志として、インターネットの復活を願われたりもした。あれも実際のサーバー群とそれらをつなぐ通信網、さらにそれら全てに電力を供給したりしないといけず、ゾンビ禍のさなかにダメージを受けてるものも少なからずあったので、自分のユニークスキルでいろいろズルをして、かつてのインターネット上の情報資産にアクセス可能な"アーカイブ"なるものを創造して、各コロニーからアクセス可能にした。各コロニーをつなぐ通信網も構築してあげたけど、そこから先については各自の努力にお任せした。
後は、いろんな争いの元になりそうなお金に関しては自分が創造した通貨や紙幣を流通させて、水や食料資源なんかも各コロニー内で人口が数倍から十倍以上になっても賄えるくらいにはしておいたので、後は自分達で何とかしてもらおう、うん。
マクリーニャからは、いろいろ世話を焼きすぎで甘やかし過ぎですとも言われたけど、人類はいったん絶滅したのだ。かつての宗教は全て死に絶えたと言えるし、これくらいは最低限のケアとも言えるだろう。
自分はそれら表向きにはまじめに仕事してる振りをしながら、月面に宇宙船製造基地を築いたり、恒星間宇宙船を設計製造してワープ装置なんかも実装したりテストなんかも繰り返して別銀河とかにも到達したりして、かなり充実した創造ライフを満喫していた。
どうしても地球で暮らしたくないとか、宇宙開拓をしてみたいとかいう人達がいたら事業を手伝ってもらう予定。
というか数人の同志はすでに見つけてあって、彼らと悪のりしながらいろいろ進めていた。人類がまた地球上の覇権を巡ってどーのこーのとか言い出しそうになったら、彼らを爪弾きにして、このプロジェクトを喧伝してやるのだ。きっと悔しさに爪を噛んで泣いてしまうに違いない。
そんな風に、趣味にもその他にももろもろ走りながら、マクリーニャと共に老い、彼女を看取った後、神様に維持してもらっていたサクリファさんの世界を種の状態から育ててみる事にした。
ちょうどそれくらいの時を余生として過ごしたサクリファさんはほぼ完全消滅し、自分のナビゲータとしてガラティナさんをつけてくれた。
元の世界の人類達の世話を一区切りさせた陽奈も同行していた。自分も陽奈の身体も、人類というよりは半神のものとなっていた。なので、人間的なあれこれもまだそのまま出来てしまうらしい。
まぁ、そんな感じに、自分はこれからも好きに生きていきます。
さあて、今日は何を創ろうかな?
done
人類はGame Overになりました。その後始末を任されてしまった男の物語 @nanasinonaoto
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