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 衣装チェンジのために鈴の家に寄った頃には夕方になっていた。太陽のギラギラ感は、もったりとした熱い空気へと変わり始めている。


「お待たせいたしておる!」


 と登場した鈴は浴衣姿だった。白地に色とりどりの花が舞い、薄い紫の帯が後ろで結ばれている。鈴の有り余るお転婆感をその帯がいい具合にきゅっとまとめていて不思議とよく似合っていた。

 鈴の両手にはクーラーボックスやらビニール袋やらがぶら下がっており、その中の一番重たそうなものを持たされて近くの公園へと移動した。着くなり鈴は袋の中身を公園の遊具やベンチに置いて回った。


「夏休みその三! 浴衣姿の女の子と夏祭りへ行く!」


 ちょうどよく今日の今日に近場でそんな祭りなど催されていないので、鈴による、手作りの夏祭りが開催された。

 ブランコに乗りながら飴部分が分厚過ぎるりんご飴をバリバリとかじり、ほとんど肉で構成された焼きそばを砂場の真ん中に座って食べ、カラフルなスプレーがこれでもかとかかったチョコバナナを食べながら滑り台を滑り降り、射的と言うには威力のないおもちゃの鉄砲で当てて嬉しいのかよくわからない小物を撃ち落とし、ほとんど溶けて氷水になったかき氷にブルーハワイ原液をめちゃくちゃにかけてシーソーで揺れながら飲み干した。

 すべて回って、鈴はノートにチェックを入れる。


「浴衣、夏祭り、エア金魚掬いに興じる、完了!」


 エア金魚掬いは鈴しかやってない。さすがに金魚は準備できなかったらしい。


「夏休み、満喫できたか?」


 鈴が聞く。太陽は沈み、辺りは祭りの余韻も全部溶かすような水っぽい藍色をしていた。


「満喫と言うか、なんとか乗り切ったと言うか。まぁ、楽しかったよ。めちゃくちゃ疲れたけど」


 振り返れば確かに、楽しかったな、と思う。心が広い場所に解放されたような、伸びができたような気持ちよさがあった。


「ありがとうな。企画運営、ご苦労さん」


 僕の言葉に、鈴はなぜか目を逸らした。


「……涼太郎が勉強頑張ってるのは知ってる。でも頑張りすぎてほしくない。高校には受かってほしいけど、ほしくない。どっかに行ったりしないで、ずっと遊んでられたらいいのに」


 さっきまでの元気が突然萎れ、俯いて言葉を落とす。浴衣から覗く下駄履きの足がぎゅっと縮こまった。


「涼太郎のが先に子供じゃなくなってくの、寂しい」


 顔を上げた鈴の目が光っていて、でもそれが涙だと気付くのに時間がかかってしまって、僕は何かしらのリアクションを選ぶこともできずに黙ってしまった。

 夏の虫、名前の知らない虫が鳴いていて、僕ははっとする。今日は夏休みの中の、とある一日にすぎないのだ。何かをしていても何もしていなくても過ぎていく夏休みを、鈴は今日一日、つかまえようと走り回っていたのだ。


 僕は背を伸ばして口を開く。


「鈴の強引なとこ、正直勘弁してくれって時あるけど、お前にいろいろ引っ張り回されたから発見できたこともたくさんあってさ。ブルーシートで作ろうとして豪快に失敗した巨大プラネタリウム、あっただろ? 一昨年くらいの夏休みの。あれのおかげで星に興味出て、それで宇宙工学勉強したいと思ったんだよ。なんかその、原動力っていうか、そういうパワーみたいなの、鈴からたくさんもらってんだな、と思って。だからさ」


 鈴が顔を上げた。


「子供じゃなくなるとか関係なくさ、鈴はずっとそのまま突っ走ればいいんだよ。僕もそれに負けないように、頑張る」


 鈴はちょっと驚いたような目をした後、うん、と頷いて、うんうん、と大きく頷いて、笑いながら鼻をずずっと鳴らしてから、もう一度深く頷いた。それから膝の上のノートを開く。


「普段元気な幼馴染みの涙におろおろして思わず熱く語る、完了!」

「は!?」

「ふふふ、いいぞ! 夏休みのクライマックスはね、いつでもちょっと切ないもんなんだよ!」

「諸々全部スケジュール通りだとぉ!?」


 鈴は大笑いしている。なんかいろいろ損傷を負った気分になった。もうだめだ。帰りたい。冷房の効いた部屋で安らかに眠りたい。


「さよなら。冷房が、僕を待ってる」

「待てやい! 誰が終わりだって言った!? グランドフィナーレはこっからだ!」


 ビニール袋から何かを取り出すと、鈴は僕の目の前にでんと立った。


「夏休みその四! 夜の公園で、花火!」


 両手には、溢れる程の花火セット。


「でっかいの打ち上げようぜ!」


 と、できもしないウインクで、鈴は笑った。


 もちろん打ち上げ花火なんかないから、僕らはひたすら手持ち花火に火をつけ続けた。鈴は浴衣の袖口をまくり上げ、火のついた花火を持って夜の中を走った。いろんな色の光が何本もの線を引くのを見て、僕らは何度でも夏休みを手にできるんだと思った。

 煙は静かに夜空をのぼり、夏の大三角の方に吸い込まれて消えた。そうして今日の夏休みが終わった。




 翌日、朝九時。直線ACの式を求めようとしていると、鈴がドアを蹴り上げて入ってきた。


「涼太郎大変だ! 昨日より今日のがさらに暑いらしい! 昨日がこの夏一番の暑さじゃなかった! 今日だ! てことで、夏休みするぞ!」


 僕は椅子からずり落ちた。鈴は楽しそうに声を上げて笑っている。

 まだまだ夏は続くらしい。そーだそーだと、セミたちが鳴いている。


〈了〉

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メイク・夏休み・ユア・オウン 古川 @Mckinney

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