第3話 ツッコミどころしかないっ!

 「ギャヒヒー……」


 石を蹴った方角の草むらからドサリと、一匹のゴブリンが頭から血を流して倒れこんできた。


 「む、一匹仕留めたか。オルグ君、戦いはできないと言っておきながらやるじゃないか」

 「真面目に偶然ですけどね!? あ!」


 俺が声をあげた直後、ゴブリンが草むらや木の陰から出てくる。数はおよそ六十以上……くそ、囲まれたか!? 


 「ど、どどど、どうしますソダンさん!?」

 「積極的だにゃ♪」


 俺はシノブに抱き着いたまま尋ねると、ソダンさんが口元を歪めてぽつりと呟く。


 「くっくっく、向こうから来てくれたのは好都合だ。ここで始末しよう」

 「ははは、サダンよ、アジトを聞くために数匹は残しておかんとダメだろう」


 あっちはサダンさんだったか……落ち着かないと見分けがつかねぇ……! ま、まあ、殺る気はあるみたいだし、とりあえず見守ろう。するとセダンさんがシノブへ声をかける。


 「シノブ、指示をくれるか? 今日はお前がリーダーだ」

 「お任せにゃ! わたしたちを守るように四方へ展開するにゃ!」

 「「「「おう!」」」」


 ババッと素早く俺たちを守るように立つスキンヘッド軍団。さらにシノブはオーダーをつづける。


 「全力で行くにゃ。“四宝”を使う許可を与えるのにゃ」


 シノブの声に、一瞬だけこちらをチラリとみるソダンさん。すぐにゴブリンに向き直り、口を開く。


 「容赦ねぇな。まあリーダーの言うことなら聞かないとな! “白虎剣”!」


 それに続き、残り三人も武器を取り出し掲げる。


 「むん……! 力を示せ“玄武鎚”」

 「“朱雀槍”! おりゃああ!」

 「目の前の敵を切り裂け……“青龍爪”!」


 四人がそれぞれ武器を取り出して気合を込める。


 「おお! かっこいい!」


 四人が取り出した武器が赤や白といった輝きを放ち始めるとスキンヘッド軍団の頭もいっそう輝き、気力が高まっているのがわかる。

 専用武器は男のロマン。素直にかっこいいので思わず口にしていた。

 そして、光が消えた瞬間、おもむろに手にした武器を……捨てた!?


 「うおぉぉぉりゃぁぁぁ!」

 「ゴブ!? グギャァァァ!?」


 ソダンさんが気合とともに拳を前に突き出すと、先頭に立っていたゴブリン数匹の頭が吹き飛とぶ。全身が骨だけになったゴブリンもいる。グロい。


 「ぬははは! ファイヤーボール、ファイヤーボール!」


 緑のローブを着たセダンさんは指で小石をはじきながらファイヤーボールと狂ったように連呼し、ゴブリンの頭を的確に狙い殺害していく。ステファンさんは何やらぶつぶつ念仏を唱えながら、ゴブリンの頭を両手で挟み、


 「墳!」

 「グギャァァァ!?」


 と、ゴブリンの頭を熟れたトマトのように潰していく。

 さらにサダンさんはというと、手刀で次々とゴブリンの首を刎ねていた。全員が全員、執拗に頭を狙うということに戦慄を覚えながらも、ゴブリンは全滅させてもらえるであろうという期待感が勝る。


 「すごい、見た目はともかく実力は本物……」

 「グ、グガガガー!!」


 仲間が殺られるのを黙って見ているわけもなく、襲ってくるゴブリン。

 だが、ハゲ達に攻撃を加えても、丸太のような腕や、ゴブリンの三倍はあろう体躯にダメージを与えることがまったくできず、鬼か悪魔のように仲間をジェノサイドしていくその様子に、ゴブリン達が恐れ退いていく。


 「ご、ごぶ……」

 「ごぶごぶ!?」


 ついにはがたがたと震え、いよいよ『お前が行けよ』的な動きを見せている。

 ……よく考えてみたら野生の猪ですら死を覚悟するレベルでスキンヘッド軍団が「強い」と認識しているのだ。

 それよりも知能があるはずのゴブリンがそれに気づかないはずもない。

 もう半分くらいになっているゴブリンの群れ。一方的な殺戮が目の前で行われている事実に、吐き気が込み上げてくる。

 すると隣に立っていたシノブがもじもじしながら俺に向かって言う。なんだ? トイレか? しかしシノブはとんでもないことを言い出す。


 「初めて見た時から好きでしたにゃ! 一目惚れだにゃ! えへへ」

 「今ここでその告白!? あと、えへへって恥ずかしがりながら人の股間を触るんじゃないよ!?」

 「大丈夫、誰も見てないにゃ」

 「見てるよ!? ゴブリンがいっぱいこっちを見てるよ!? こら、目の中にハートを作るんじゃないって! 発情してんのか雌猫ぉぉぉぉ!」


 俺が激高した次の瞬間――


 「いかん、ゴブリンを殺戮するのに夢中になって一匹すり抜けた!」

 「グゲゲゲ! オンナダ、オンナヲヨコセェェェ!」


 なんか頭に王冠っぽいのを乗せたゴブリンが俺とシノブに向かって突撃してきた。

 というか――


 「なんで、ハゲはそんだけ強いのに見逃すの!? 後、どうしてゴブリンが人語を喋ってるんだよぉぉぉぉ!! うぉぉぉぉ!」


 俺はこのいい加減な状況に嫌気がさし、突っ込んできた喋るゴブリンにツッコミを入れた。


 すると俺のツッコミがゴブリンの首筋に突き刺さり、ガクンと曲がってはいけない方向へ向いた。


 「グ……ガ!? バ、カナ……」

 「……え?」


 俺の一撃で王冠ゴブリンは動かなくなり、周囲のゴブリンを含めその場が静かになる。


 「え? なに? し、死んだ……? も、もしもーし」


 王冠ゴブリンを揺すっても返事がない。というか呼吸をしていないので、確実に死んでいる。

 膝をついている俺の後ろに立っていたシノブが俺の肩に手を乗せ、ゆっくりと首を左右に振ったあと、頭上で手を交差させる。


 「オルグの勝利にゃ!」

 「おお、キングゴブリンを一撃でやったのか! 凄いな」

 「マジで!?」


ま さかの大物……キングゴブリンは相当知能がある変異種で、ただのゴブリンたちを使役するリーダー的存在らしい。その強制力は無理やり従わざるを得ないのだとか。


 「グギャヤー!」

 「ギャギャア!」


 周囲を見渡すとゴブリンたちが抱き合って喜んでいた。どうやらこいつらもキングゴブリンの犠牲者だったようだ。


 だが悲しいかな――


 「では、残党狩りと行こう」

 「ギャギャ!?」


 スキンヘッド達への依頼は「ゴブリンの討伐」。

 残念だが、猪の時と違い俺から言えることは特にない。

 こいつらがキングゴブリンに命令され、仕方なく群れていたと仮定し逃がしたとしても、いつか村へ害を及ぼす可能性が非常に高い。

 せめて意思疎通ができる相手ならと、足元で息絶えているキングゴブリンを見て思う。

 さて、先ほどの猪親子のこともあり、今回も俺が何か言うと思っていたようで、五人が俺を見ていた。

 なので、フッと笑った後、にこやかにサムズアップしてあげた。


 「うわっはっはっは!」

 「死ね、死ぬのだぁぁぁ!」

 「ストーンブラストおぉ!」

 「ギャァァァァァ!?」


 逃げ惑うゴブリン。舞う血しぶき。

 一方的なジェノサイドはものの数分で終わり、わざと逃がした二匹の後を追いかけて残りの群衆も全滅させた。

 子供や雌もいたかもしれないが、等しく死を迎える。

 せめてキングゴブリンが居なかったらこんなことにはと、俺は原型がちょっと怪しいゴブリンたちに手を合わせて埋葬したのだった……



 「まさか一日で終わるとは……!?」


 村へ戻り報告を終えると、耄碌しているであろう村長の目が大きく見開かれ口をパクパクさせて呟く。

 まあ俺も目の当たりにしていなければ到底信じられるものではないから今回は村長が正しい。

 とりあえず埋葬前にゴブリンを倒した証として、片耳を一匹につき一つ回収をし、それを見せる。


 「全部で六十三匹だにゃ! 一体あたり千二百ぺそでいいにゃ」


 “ぺそ”という気の抜けそうな言葉はお金の単位で、賢明な方なら日本円と価値が同じと言えばわかるだろうか?

 一体千二百円。安いような気がすると思うかもしれないけど、この世界は七、八万ぺそあれば一か月暮らしていけるので、あの短時間で七万ちょっとはかなり稼ぎがいいほうだと言える。

 「相場より少し下とはありがたいことですな。ギグ、報酬の用意を」

 「オッケー」


 ギグが席を立とうとしたところで、ソダンさんが口を開く。


 「あ、待ってくれ、もう一つ報告だ。キングゴブリンが統率していた群れでな、そいつも狩ってきた」

 「ええ!? 一匹で通常のゴブリン二十匹くらいとほぼ互角の力があって、群れを強制的に支配する能力で村や町を襲うキングゴブリンが居たんですか!?」


 クレアが驚いて口に手を当てながらそんなことを言う。ソダンさんは頷き、俺を指さして答える。


 「うむ。だが、キングゴブリンはオルグ君の手にかかり……この通りだ」

 「「「ヒッ!?」」」


 足元にあった袋からキングゴブリンの頭を取り出してテーブルの上に置く。……なぜ、耳だけじゃないのかというと、耳だけだと見分けがつかないからという単純なものだった。

 頭の王冠が証明になるので首を落としてきたのだ。

 あ、余談ですがこの王冠は頭蓋骨が変形したものらしいです。


 「オルグが……? ははは、ご冗談を。牛の乳しぼりと、田畑の管理、魔物の解体、キノコ採りと野草採りに料理と薪割りくらいしか取り柄のないオルグにゴブリン、ましてキングは倒せませんぞ?」

 「オルグ有能にゃ」


 ありがとうシノブ。じじいは滅殺だ。


 「しかし、この目でしかと見ました。……それとも、我々が虚言を吐いていると……?」

 「いえ、オルグ凄いです」


 鮮やかな手のひら返しだ、村長。

 まあツッコミで死んだんだし、俺はどっちでもいいといったんだけど、セダンさんやステファンさんが言うにはこういうことはきちんとしておかないと揉める原因になるそうだ。


 かくして俺の手元にキングゴブリンの討伐代金、二万ぺそが入った。

 実際には町で首を換金する必要があるんだけど、代わりにソダンさんが持っていってくれるとのこと。前払いみたいな感じでもらったというわけだ。

 仮にソダンさんが嘘をついていて、もっと価値があったとしても気にしないことにした。二万もあれば十分だし。


 そしてついにスキンヘッド軍団とのお別れの時が来た。


 「嫌にゃ! オルグも来てほしいにゃ!」

 「うん、俺は村の住人だから行かないぞ?」

 「なーんでーにゃー!」

 「こらこら、リーダーがわがままを言うんじゃない。それでは皆さん、また何かあれば我らがギルド“バーバリアン”をよろしくお願いします!」


 俺のなにがシノブを執着させるのか分からんかったが、ソダンさんに担がれ、身動き一つとれず、サダンさんやセダンさん、ステファンさんと共に去っていった。不穏なギルド名と共に。

 わめくシノブの声が聞こえなくなったところで、俺はようやく愛想笑いをやめて肩を落として呟いた。


 「はあ……疲れた……」


 騒動が終わり、村の入り口も静かになったところで安堵のため息を吐いていると、隣にいたクレアが俺に笑いかけてくれる。


 「お疲れ様。凄いわね、キングゴブリンを倒したなんて」

 「ああ、でもまあ不可抗力だし、もう二度とごめんだ。ま、報酬が入ったのはありがたいな。今度町にでも行かないか?」

 「あ、いいわね。そろそろ調味料や石鹸が無くなりそうなのよ。シノブちゃん可愛かったじゃない、恋人にすれば良かったのに?」

 「何言ってんだ、俺にはクレアだけだよ」

 「ふふ、そういうと思った。ありがと」


 冗談めかして笑うクレアは庶民的な子で本当にいい子だ。デートついでになにかプレゼントでも買ってあげようかな?

 そんなことを思っていると、狩人を生業にしているウーノスが帰ってくるのが見えた。

 満面の笑みで、もう一人の狩人であるヤーナスと一緒に何かを担いでいるようだ。


 「お! オルグとクレアじゃないか! 見ろよこれ、今日は御馳走だぞ!」


 声色でも嬉しそうな感じが伝わり、こりゃ狩りが上手くいったんだなと聞かなくてもわかる。

 笑顔で手を振って迎えるが、担がれているモノの正体を見て俺は青ざめた。


 ……それは、大きな猪だったからだ。


 「見ろよ、投げロープで捕まえたから無傷なんだ。それにおまけもあるぞ」

 「おまけ……ま、まさか……」


 嬉々として言うヤーナスに目を向けると、カバンから顔を出しているのは――


 「ぷー……」

 「わあああああああ!? お前たちぃぃぃぃ!!」

 「わ!? な、なんだ、オルグ!?」


 ――カバンから顔を覗かせていたのはウリ坊だった。

 吊るされた猪と合わせ技で一本、麻雀なら跳満以上が確実の状況に、俺は慌てて俺はウーノスとヤーナスにタックルをかまし、ウリ坊を奪い、逆さづりにされている猪を降ろす。


 「お、おい、生きてるか……」


 横たわり、漫画のように目がばってんになっている母猪の頬を叩きながら恐る恐る声をかける。

 しばらくぺちぺちと叩いていると――


 「ぷぎ……。ぷぎ? ……ぷぎー!」


 パチリと目を開けてウリ坊を見てひと声あげた。


 「ぷー!!」

 「よかったぁぁぁぁ! 生きてたぁぁぁぁぁ!!」

 「ぷぎー!!」


 俺は大泣きしながら猪たちを抱きかかえ声をあげた。良かった、本当に良かった!


 「どうなってるんだ?」

 「さあ……」

 「うふふ」


 ――村に住人が二頭増えた。


さて、ゴブリン騒動も終わったしまた明日からミルク売りに精を出しますかね!



◆ ◇ ◆


 「ふむ……北の方で妙に強い力を感じたな……」

 「魔王様が強いと感じるとは何者でしょうか?」

 「わからん。もし我等の敵となるなら捨ててはおけん。行けるか?」

 「はっ、ただちに」

 「勇者は別に居る……しかもそれより強いとは……」


 玉座に座る魔王が目を細めて呟くが、報告が帰ってくることは無かった。



ーおしまいー

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ノーキンクエスト ~村人は最弱だと思っていた時期が俺にもありました。頼むから魔王とか関わりなく静かに暮らさせてくれ!?~ 八神 凪 @yagami0093

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