第2話 俺は村人だって言ってるだろ……
――というわけで再び集会場。
比喩ではなくガチで五人の戦士を前に、村長とその息子であるギグ、村長の娘であるクレアと、通訳のような立ち位置の俺が向かい合って座っていた。
他の村人は一旦出て行ってもらった。ややこしくなりそうだし。
「それで、いつから討伐に向かわれるのですか?」
村長は相変わらず動かないので俺が質問をする。その問いにリーダーのシノブ……ではなく、ソダンさんが答えてくれた。シノブは出された茶菓子を遠慮なくむさぼっている。
「今日から早速遊撃を行おうと思う。特に目撃が多いところなどを案内してくれると助かるのだが」
「ああ、それなら狩人のウーノスが――」
「オルグがいいにゃ!」
俺が森に詳しい人間を紹介しようとしたところでシノブが叫ぶ。いやいや、俺はただの村人。戦闘力など皆無なのだ、それには賛同できない。
「俺は戦いができないんだ、ウーノスが――」
「嫌にゃ! オルグがいいのにゃ! あ、ソダン、お菓子食べないならもらうにゃ!」
「速い!? 返しなさい!」
腕をぶんぶん振ってわがままを言う猫娘。
手にしたお菓子は決して離さないという硬い意思に呆れていると、素早さで劣り敗北したソダンさんが俺に言う。
「……どうだろう、オルグ君が案内をしてくれないか? 野草を採ったりするため森へは行くのだろう? リーダーの意向だし、我々も全力で守る」
……確かにそれはそうだが、俺は危ないことをしない主義なのだ。まじめな話、牛のハナコの乳を搾る毎日なので鍛えるとか戦うとかそーいうことは一切したことがない。
「いけ」
「はい」
村長の鶴の一声で行くことが決定した。ギグが村長になったら早々に始末せねばと心に誓い、俺とスキンヘッド軍団とシノブは村を後にする。
「気を付けてねー!」
「ああ!」
クレアに見送られて森へと歩き始める。
一応、備品である皮の鎧や脛あて、鉄の剣で武装をしているけど、使える自信はまったくない。
転生者は剣や魔法でひゃっはーというのがお決まりのようだけど、俺はうまい飯と可愛い女の子がいればそれでいい。魔法を使いたいなどもっての外だ。
金は欲しいが、名声は面倒になるだけだと思っているので、もし俺に力があったとしても村からでることはないだろう。
この十七年、ゆっくりとした暮らしをしていたのだから今更戦いの歴史を刻もうとは思わない。そう胸中で呟いているとしばらくして川へと到着した。情報があった場所なのでそれを伝える。
「……先日、この川で女の子が襲われました。それと、この川を渡ったところにキノコの群生地があるんですが、それを食べにくる猪を連中に横取りされたこともあります」
「ふむ、ゴブリンも食わねば生きていけないからな。では、そこから行ってみるとしようか」
ソダンさんが剣を抜いてざばざばと川を渡り、シノブはセダンさんの肩に乗って悠々としていた。
やはりセダンは乗り物か。そんなことを考えつつ、俺も行くかと足を踏み入れた途端、滑って転んだ。
ばしゃーん! というありがちな水しぶきを上げごぼごぼともがく俺。すぐに引き上げられて向こう岸に到着した。
「うおお……ちーくしょん!」
「ほう、『ちくしょう』と『はくしょん』を掛け合わせたのか、やるなあオルグ君」
「いっさいそんなつもりはねぇよ! ……ふう、ふう……ほら、ここにキノコがいっぱいあるでしょ? ここに猪が寄ってくるんですよ」
少し森に入ったところにキノコがたくさん生えている場所まで行き、俺はシャツの裾を搾りながら説明をする。
すると――
「本当だにゃ! 入れ食い状態だにゃ!」
「うおおおい!? やめろぉぉぉぉ!」
シノブが興奮気味に、どこから取り出したのかわからない籠にキノコをぽいぽい入れはじめたので、俺は慌てて制止する。
「どうして止めるにゃ? これで晩御飯を作るのにゃ」
「少しくらいならいいけど、さっきも言ったように猪やほかの動物も食べに来るんだ。根こそぎやっちゃうとここにはもうキノコがないと近寄らなくなる。そしたら狩りができなくなるだろうが」
「なるほどにゃ! 食べる分だけいただいておくのにゃ」
そういってシノブは倒木から採取したキノコをきれいに元に戻していく。折れたプラモデルのパーツを接着剤で止めるかの如く。
「どうやってんだそれ!?」
「なにがにゃ?」
「……いや、いい」
詳細を尋ねても俺の知りたい答えが返ってくるとは思えないので、この話は切ることにした。どうせ依頼は数日で終わるだろうし、あまりこの人たちとは関わらないほうがいいと直感が告げる。警鐘レベルだ。するとステファンさんが指を口に当てて身をかがめた。
「シッ! みんな静かに。猪が来たぞ、陰に隠れて様子を見よう」
「そうだな。あれを狩りにゴブリンが群れで来るかもしれない」
多分サダンさんが頷き、俺たちはささっと近くに木に隠れる。とてとてと歩いてきた猪は子連れのようで、早速キノコを口に含む。
「ふご♪」
「ぷぎー♪」
「おお……」
美味い美味いと楽しげに鳴く猪の親子に、俺の荒れた心が洗われる。ウリ坊も母猪の真似をしてキノコをもしゃもしゃ食べる姿がかわいい。
もちろん誰かに狩られることはあるだろうけど、今の俺は腹が減っているわけではないのであれを狩るようなことはしな――
「ふむ、あれを解体してこの辺においておけばゴブリンが寄ってくるかもしれん」
「いいアイデアだ、サダン。では早速行こう。少し肉を取っておくか」
「ウリ坊は鍋だな」
「うおおおおおい!?」
彼らは猪親子を狩るべく茂みから出ていこうとしたので俺は慌てて声をあげた。
「べ、別に殺さなくてもいいだろ? 囮になってくれればいいんだしさ」
「満腹になったらここから離れるだろう? 締めて転がしておけばいい罠になるんだ」
サダンさんがおかしなことを言うなよ、と返してくる。言いたいことはわかるが……。俺が口をつぐんでいるとソダンさんが前を見て言う。
「どちらにしても気づかれたみたいだ。もうやるしかないな」
「ふふ、一頭はちと少ないが無いよりはいいな」
ステファンさんだと思う人が舌なめずりをし、嬉しそうにソダンさんの横に立つ。
母猪を見ると、カタカタと震えながらこちらを睨むように威嚇していた。だが悲しいかな、ソダンさんたちにかかれば一瞬であの世に行ってしまうだろう。俺がそう思っていると、母猪が大きな声で嘶いた。
「ふごぉぉぉん!」
「ぷ、ぷぎ……ぷぎー……!」
直後、ウリ坊は踵を返して猛ダッシュで逃げる。
「あ! 逃げたにゃ!」
「チッ、意外と素早い。親が突進してくるか!」
セダンさんが構えて叫ぶが、母猪は目をつぶりゆっくりとその場に体を横たえた。
こ、こいつまさか……!?
「……なんのつもりだ?」
「こいつ、戦うのを諦めたんですよ……自分が犠牲になっている間にウリ坊を逃がすというところかと」
「ふむ、母の愛か……ならば苦しまずに――」
そういって一歩踏み出すソダンさん。俺は慌てて前に出て止める。
「いやいやいや! そこは見逃してあげましょうよ!? ウリ坊だって母親がいないとすぐ死んじゃうじゃないですか!」
「捕まえてきたにゃ♪ 親子仲良くいただきますにゃ」
「ぷー……」
「おおおおおい!?」
いつの間に姿を消していたのか、シノブがウリ坊を抱っこして帰ってきた。うきうきとした五人を見て、俺はなんだか悲しくなって呟く。
「お前らやめてやれよぅ……さっきまで楽しそうだったのに一気に地獄じゃねぇか……そりゃいつか狩られるかもしれないけど、今はそれが目的じゃないだろう? 見逃してやれよお……」
「むう……今晩は豪勢にいけると思ったんだが……」
「そこまで言うなら……」
「にゃー……」
「報酬で美味いもの食べればいいじゃないか……」
五人は明らかにがっかりした表情で横たわった猪を見る。
別に彼らが間違っているわけではなく、これは俺の我儘なので罪悪感が半端ない。
しかし、この五人といるストレスを緩和する癒しをくれた猪親子が今日の食卓に並ぶのは辛いのだ。
シノブからウリ坊を受け取り、覚悟を決めて目をつぶる母猪の体を揺すって声をかけた。
「ほら、子供を返すよ。ゴブリンが徘徊しているはずだから気を付けて帰れよ? あ、足を怪我しているのか。ほら、これでも巻いとけ」
横たわる時か、元々なのかは分からないが母猪の足から血が出ていたので、俺はハンカチで傷をふさぐように巻いてやる。
「ふご? ……ふごふ♪」
「ぷぎー♪」
すると体を起こして鼻をこすり付けあって喜ぶ親子。
「お? はは、よせよ、お前ら」
「ぷぎー!」
「ぶひー!」
お礼のつもりか、俺のズボンにすり寄って鳴き、そのまま走り去っていった。
「元気でなー!」
「なんかいいことをした気分にゃ。オルグはなかなかやる奴だにゃー」
「ま、たまにはいいか。山の中なら他に肉は手に入るだろうし、進もう」
「いや、肉を獲りに来たわけじゃないからな?」
いつの間にかゴブリン討伐が今晩のおかず探しに変わっていて俺は即座に突っ込む。
「もう少し陰に隠れて、別の動物を待とう」
「うおおおい聞けよ!? くそ……!」
あっさりとスルーされ、またストレスがマッハになった俺はイラっとしてその辺のちょっと大きめの石を蹴飛ばす。鉄のブーツを履いているのでいい感じに草むらに石が飛んでいった。
ゴスッ!
「おう……!?」
しかしそこで鈍い音がし、ドキッとしながらシノブの後ろに隠れる。
すると――
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