第4話 ヤツに友達と寝床を奪われた件について

あれは、学年恒例のサマーキャンプでの出来事。

とても自然が多い離島で、私達は仮設宿舎のような所で、各クラス男女1部屋ずつ用意された大広間で雑魚寝して、3泊4日の熱帯夜を過ごした。

「あっきーはここでいいよね?」

初日の夜、仲のいい友人の《木野 日向》に、布団を押入れのよこの角のところに敷いていいかと尋ねられて頷く。とくにこれと決めているところはなかった。

「なんでヒナタが勝手に決めてんのよ、」

同じ班の女の子が横からツッコむが、ヒナタは不服そうにそれを制した。

「ちょっと、誤解しないでよ?ひどいのはこいつの寝相よ。この前あっきーとお泊り会したとき、散々ベッドから突き落とされて、もうめちゃくちゃ怖かったんだから。」

私は恥ずかしくなってそのの女の子の方を向いて喋るひなたの背中をバシバシと叩いた。怖い夢を思い出したように震えるヒナタを見て、女の子も気の毒そうに笑った。


一頻りお喋りが終わり、先生の見回りが来る時間になったので、みんな布団に潜り始めた。

すぐに寝静まったようで、島の外に響く波の音だけが耳にに運ばれてた。

私もうとうとし始めたその時、布団の中で何かがごそごそとうごめいた。細い爪が私の腕をそっと辿る。思わず隣を見ると日向は私の隣で静かに目を閉じていた。

「ひーなーた、くすぐったいよ。」

こそっと耳打ちするが、日向はたぬき寝入りを決めているようで、全く目を開かない。


もー、しょうがないな。

そっと上半身を起こそうとした、その時。

ヒナタが大きく伸びをした。両腕が、布団の中から突き出した。

じゃあ今私の左腕を傳うこの指は何?

反射的に腕を引く。という鈍い音と共に、瞬間的な激痛が走った。

噛まれた。布団の中に何かがいる!

パニックになった私は立ち上がると、布団から離れようとした。

雑魚寝のために布団が敷き詰められているせいで、上手く足場が取れない。それに、このままでは日向だって何かに噛まれてしまう危険がある。

じんじんと痛む腕を見た。肘の少し上から何かの汁が出てきている。

泣きそうになるのを抑えて、入り口付近の人に、一度明かりをつけてもらおうと声を上げた。

「ごめん、布団の下になにかいるんだけど明かりつけてもらえないかな。」

暗闇の中で、何人かが体を起こしてこちらを向こうとするのがわかった。

「多分ムカデかなにかだと思うんだけど、結構でかい、噛まれちゃったんだ。」

足元に寝ているヒナタも眠たそうに目をこすってこちらを見上げた。

「だから、ごめん。ちょっとだけ電気つけてもらえない?」


「うるさいっっ」

予想もしない返事が暗闇から帰ってきた。

外でもない、それはヒナタが発したものだった。

「そんなこと言ってたらいつまでたっても眠れないでしょっ!??」

ヒナタはジロリとこちらを睨むと、倒れるように再び布団に潜った。

すぐ隣をムカデが這っているかもしれないというのに。

痛い。噛まれたうでがじんわりとにじむ。

我慢していた涙がポロポロとこぼれて、私は嗚咽を抑えながら大広間を出た。

廊下を渡って、先生を探すが教員会議をしているようでとても入って行ける雰囲気ではない。

熱を持った傷口を手で抑え、その先をどんどん進むと、広いベランダに出た。


星がきれいだった。

「うるさいっ」

忌々しそうに吐き捨てるヒナタの声が耳にこびりついて離れない。熱くて、痛くて、Tシャツがじんわりと汗ばんだ。

「あんな風に冷たくしなくたっていいじゃん。」



「秋山?」

不意に名前を呼ばれ、驚いて振り返ると、そこには私と同じ半袖半ズボン姿の竹中が立っていた。

「なんでこんなとこにいるんだ?」

不思議そうに顔を覗き込んでくる竹中の手が、私の頬に触れた。

「泣いてんの?」

思わず手を振り払って、睨みつけてしまう。

「あんたこそ、なんでいるのよ。」

そんな怖い顔すんなよ。と、竹中は払われた手をものともせず、今度は私の左腕を掴んだ。

「腫れてんじゃん。どしたん?」

最悪だ。どうせ、ダセェ。とかなんとか笑われるんだろうな。

「噛まれたの。布団の中に何かいて、多分ムカデなんだけど、、」

私は顔をそむけ、竹中の真っ直ぐな瞳から逃れようとした。

「ふーん、それで部屋から出てきたってことか。」

竹中は笑わなかった。からかってこない代わりに、本気で心配そうな顔をして、私の左腕をそっと離した。

「すっげぇ赤くなってんじゃん、保健室の先生のとこ行かねーの?」

「先生達、今会議してるみたいだからもうちょっとだけ待つよ。」

竹中は口をきゅっと結び、少し考えた素振りを見せて。くるりと振り返って男子の部屋に戻っていった。


また一人になって、波の音が潮風とともに流れてくる。私は打ち捨ててあったレンガの欠片の上にしゃがみ込むと、澄み切った夜空を見上げた。

「冷たくすんな、ひなたのばか。置いていくなよ、竹中のばか。」


「誰がバカって?」

もう誰もいないと思っていたのに。

驚いて再度振り返ると、竹中が笑ってそこに立っていた。走って戻ってしたのか、心なしか息が上がっている。

「せっかく持ってきてやったのに。」竹中はいたずらっぽく私の頭を撫でた。その手には、やけに薬臭いチューブが握られていた。

「痛むんだろ?取り敢えずこれ塗っとけよ。」 


「蚊・アブ・ブヨ・ムカデ、等の虫刺されに キズナオール」という赤と蒼の印字が月明かりの下で光った。


「これまじ臭いんだよ、効きは最高なんだけどな。」

竹中はチューブから薬を押し出すと、指にすくい取る。男の子にしては細くてきれいな指で、でもちゃんと男の子らしく大きな手のひら。

私は黙ってまた腕を取られていた。

爪先が熱を帯びた肌を滑る。

「竹中は、いつも優しいよね。」

「んー?そうかもね。感謝しろよなー、笑」


なんでもないように流す竹中の胸板が、不意にスローモーションで近づいた。


抱留められているようで、ただ布と布とが触れ合っているだけの不思議な格好。

竹中は私の口をその薬臭くない方の手で塞いだ。

「やばい、絶対動くなよ。後ろ、体育の山ちゃんと西村が歩いてる。」

一気に鼓動が早くなって、とにかく肺が押し潰されそうになった。

竹中のやたらでかい心臓の音が聞こえる。

静かな吐息と、つばを飲む音が鮮明に鳴った。


「もう行った?」

しばらくその格好でいたのだが、流石にもういいだろうと声を上げると、私の口を塞いでいた大きな手のひらが離れた。

「あ、ああ。咄嗟に塞いじゃってごめんな。」

お互い気まずくなって、私は少しずつ後ろに後ずさりした。

「薬、持ってきてくれてありがとう。」

「おう。」

「じゃあ、私も寝るから。おやすみ。」

「うん、また明日な。」

ベランダに背を向けて、廊下の方を振り返り一直線で部屋に向かった。


トイレの前を通り過ぎたところで保健室の先生に遭遇し、冷やすものをもらった。

あいつに当てられたゴツゴツした手の感触がまだ唇と鼻先に残っている。

冷たい保冷剤が夏の夜に心地よかった。


サマーキャンプが終わるまでの間、竹中とはそれっきりだった。翌日、私とヒナタの布団の丁度隙間にムカデの巣が発見されたので、私は次の夜から無事にお布団で眠ることができました。


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リアルJK作者の日常を手短にパロってみましたので読んでみたらええやん。 @standstone

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